悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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秋が深まり、王都の空は黄金に染まり始めていた。

クラリスは、文芸記録館の個人閲覧室に一人で籠もっていた。  
目の前に広がるのは、自らが書き綴った記録と、各地の“幻を語る者”たちから寄せられた新たな証言の数々。

ページを捲るたび、誰かの過去が風のように胸を撫でていく。

――声を出せなかった少女。  
――祈りをやめられなかった少年。  
――“幻”と呼ばれて捨てられた記憶。

それらすべてが、今は“記録”という名の居場所を得ていた。

「……静かで、強いわね」

彼女はそう呟きながら、棚の上に飾られた一輪の“幻の花”を見上げた。  
ほんの微かな魔力の気配を放ち、光に透けるその花は、もはや幻想ではない。

それは、記憶の象徴。  
そして今なお生き続ける“語りの種”だった。

扉の向こうで軽やかなノック音が響く。

「姉上ー、入っていい?」

レオンの顔が覗くと同時に、彼の手には分厚い封筒があった。

「また学術院から? 今度は何?」

「ほら、見て。“幻術語り部養成講座”だって。来年度から正式開講だってさ」

クラリスは封を開け、中身に目を通した。

《“幻術”という魔法は、特別な力を意味するのではない。  
 それを“語る勇気”を学ぶ場を創りたい》

主催者は、かつてクラリスが壇上で声を上げたとき、傍らにいた若き学者たちだった。

「……種を撒いたつもりだったけど、いつの間にか、芽が育ってる」

「みんな、姉上を見てたんだよ」

レオンの言葉に、クラリスは静かに笑う。

「幻を見て、それを信じようとする心は、きっと誰にでもあるのよ。……でも、それを語るって、とても勇気がいる」

だからこそ。

その勇気に応えるために、語れる場所を。  
耳を傾ける人々を。  
そして、書き記す者が必要なのだ。

クラリスは机に向かい、新たな記録の表紙にそっと題名を記した。

《幻術と生きるということ》

それは術の解説書ではなく――  
“語れなかった者たち”の物語を学ぶ、未来への手引きだった。

クラリス・フォン・ラウエンシュタインは、もう誰かの許可を必要としない。

彼女は語る。  
幻の続きを。  
その先にある真実を。  
そして、語り継がれる希望を。

――幻は、終わらない。  
誰かが見た限り、そこにまた“始まり”があるのだから。
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