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冬の気配が王都を包み始めたある日、クラリスは学術院の大講堂に立っていた。
今日は、幻術科の正式設立を記念した公開式典。
王国中から魔術関係者と教育機関の代表が集まり、かつて「虚偽の術」とされた幻術がついに正統な魔法として認められる日だった。
壇上には、学術院長、魔術師協会の長老たち、王家からは第二王子ユリウスの姿もある。
だが、開会の辞を任されたのは――クラリスだった。
かつて“引きこもり”と呼ばれた少女が、今や“語る者”として、王国の未来を告げようとしていた。
「……私は、幻術を“信じられなかった過去”を持っています」
講堂を包む沈黙の中、彼女の声ははっきりと響いた。
「それは、誰にも見せてはいけないもの。語れば、嘘になるもの。
けれど今、私はこう言えます。“幻”は、嘘ではない」
「誰かが見た記憶であり、痛みであり、祈りであり――
そして、それを語ったとき、初めて“真実”になれるものです」
会場には、静かに頷く者、目を伏せる者、それぞれの“記憶”と向き合うような空気が漂っていた。
「この国が、かつて“聖女”という存在を求めたのは、誰かが示す光にすがりたかったから。
でもこれからは、誰もが“語る力”を持つ時代に変わります」
「幻術は、そのための“道具”であり、“記憶を伝える術”です」
ユリウスが壇の横で、静かに彼女を見守っている。
その視線に、かつて壇上で共に立った日の記憶が重なる。
「だからどうか、語ってください。あなたが見た幻を。
誰かに否定された記憶を。
そして、いつかそれが誰かの“希望”になることを、信じて」
言葉の終わりと同時に、会場から拍手が鳴り始めた。
最初は控えめに、次第に大きく、そして確かな熱を帯びて。
それはクラリス個人への賞賛ではなかった。
“語る”という行為そのものが、ようやく讃えられた瞬間だった。
式典の後、ユリウスが歩み寄る。
「お疲れさま。……あなたの言葉が、この国に根付き始めている」
「ええ。けれど、それを育てるのはこれから」
クラリスは幻術講座の初代講義資料の控えを手にしていた。
《幻術とは、語ること。
それは誰かのためであり、同時に自分を許すための行為。
だから“消すため”ではなく、“遺すため”に使いなさい》
ユリウスはその文章を読み、静かに言った。
「この一文が、百年後も教えられているといい」
「百年後も幻は続くわ。誰かが見て、誰かが語る限り」
夜の講堂。
幻術の象徴として掲げられた花が、淡い光を灯していた。
その光は、もう幻ではない。
確かに、今を照らしている現実だった。
今日は、幻術科の正式設立を記念した公開式典。
王国中から魔術関係者と教育機関の代表が集まり、かつて「虚偽の術」とされた幻術がついに正統な魔法として認められる日だった。
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そして、いつかそれが誰かの“希望”になることを、信じて」
言葉の終わりと同時に、会場から拍手が鳴り始めた。
最初は控えめに、次第に大きく、そして確かな熱を帯びて。
それはクラリス個人への賞賛ではなかった。
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その光は、もう幻ではない。
確かに、今を照らしている現実だった。
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