悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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式典から数日後。王都の空は、早くも冬の白を含んでいた。

クラリスは王立図書塔の最上階――「記憶の間」と呼ばれる特別閲覧室にいた。

そこは、王国で最も古い記録が保管され、許可を得た者だけが立ち入れる場所。

だが今、その扉は静かに開かれていた。

「……クラリス嬢、ようこそ。貴女のために、ここを解放いたしました」

応対したのは、老齢の記録官。彼は幻術科設立の後援者の一人でもあり、かつて王家の秘密を管理する役目を担っていた人物だった。

クラリスは頷き、黙って奥の書棚へと進む。

探していたのは、“記憶されなかった記憶”。

王家と神殿の古い契約、民間伝承に記された“幻視者”、そして――  
かつて記録から消された“第零世代の語り部”の痕跡。

「……これは……」

埃をかぶった一冊の革装丁の書物。  
開いた瞬間、古の魔術式が光を放ち、幻の映像がふわりと空中に浮かび上がる。

それはひとりの女性が語る、無名の記録。

《私は幻を見た。  
 それを信じてもらえず、ただ“狂気”と記された。  
 けれど、私は語り続けた――誰かに届くまで》

その声に、クラリスは目を閉じた。

(この声は……母のものではない。でも、同じ場所に立っていた)

彼女はその記録を閉じ、記録官に尋ねた。

「なぜ、この記録は開示されなかったのですか?」

「“理解されないもの”を保存するには、時が早すぎたのです。だが今なら、ようやく……」

「――語れるのですね」

老記録官は頷いた。

クラリスは手帳を取り出し、その本の目録を新たに編み直し始める。

《幻の初声(はつごえ)――記録なき語り部たちの残響》

「この記録を、幻術科の必読資料に加えたい。語る者たちが、“自分だけじゃない”と思えるように」

「……承知しました。それが、今の時代を生きる“語り部”の仕事なのでしょう」

閲覧室の窓の外では、初雪が静かに舞っていた。

クラリスはそっと筆を置き、雪の降る空を見つめる。

「幻とは、消えるから幻なのではない。  
 語られなければ、初めからなかったことになる――それが一番の消失」

だからこそ、彼女は書き残す。

語られなかった声も、記されなかった記憶も。

それを“幻のまま”にしないために。

今、語り部がそこにいることこそが、最大の証明だった。
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