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冬の終わりが見え始めたある日、王都の北端にある旧教会区で、ひっそりとした集会が開かれていた。
主催したのは、王立学術院の幻術科と市民協議会。
その名も“語られなかった物語の夜”。
会場となったのは、かつて聖女制度下で祈祷の場として使われていた古い石造りの教会。
今では装飾も取り払われ、白壁と古びた窓だけが残されたその場所で、かつて語られることのなかった記憶が、ひとつひとつ読み上げられていた。
「これは、祖母が遺した手帳の一節です。
“私は、見た幻を信じた。でも、誰にも話せなかった”とありました」
「私は子どものころ、“聖女に選ばれなかったこと”で家族に見放されました。
でも、いまは胸を張って言えます。“選ばれなくても、私の人生は続いている”と」
語られる記憶は、どれもかつて“制度の外”に置かれていたものばかりだった。
クラリスは聴衆の中に紛れて、静かに耳を傾けていた。
――そこに、断罪も、正誤の評価もなかった。
あったのはただ、誰かが確かに見て、感じて、けれど口にできなかった“幻の残響”。
「……これは、癒しではなく、再生なのね」
隣に座るユリウスが小さく頷く。
「制度は崩れた。けれど、そこに取り残された記憶や痛みは、まだ居場所を求めている。
この集会は、その“居場所”の一つになるはずだ」
ふと、最前列に座っていた一人の少女が立ち上がった。
かつてクラリスが講義で出会った、幻術を“怖がらず語った”少女だった。
「わたし……おばあちゃんが見てた幻を、書いてます。たぶん本当にあったことかはわかりません。でも、聞いてください」
震える声で語られたのは、花畑の中で微笑む母の幻。
涙を堪えながら描写を綴るその姿に、誰もが心を打たれていた。
語り終えた少女は、壇上の片隅に置かれたノートをそっと開いて、そこに一行記した。
《これは、わたしの最初の物語》
その言葉を見た瞬間、クラリスの胸にこみ上げるものがあった。
(……そう、幻は終わりではない。語った時点で、それは“物語のはじまり”になる)
集会のあと、少女がそっとクラリスに近づいてきた。
「先生……これ、受け取ってください」
渡されたのは、小さな封筒。中には少女が記した短い物語と、花を描いた一枚の絵。
「おばあちゃんの幻、これからも書きます。だから、わたしも“語り部”になってもいいですか?」
クラリスは微笑み、少女の手をそっと包み込んだ。
「あなたはもう、立派な語り部よ。幻を信じ、言葉にしたその時から、ね」
教会の外、雪はやみ、空には星がひらいていた。
語られなかった記憶が、今夜、ようやく言葉になった。
それはただの慰めではない。
王国の中に、もうひとつの真実が根付いた証だった。
主催したのは、王立学術院の幻術科と市民協議会。
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でも、いまは胸を張って言えます。“選ばれなくても、私の人生は続いている”と」
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ふと、最前列に座っていた一人の少女が立ち上がった。
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震える声で語られたのは、花畑の中で微笑む母の幻。
涙を堪えながら描写を綴るその姿に、誰もが心を打たれていた。
語り終えた少女は、壇上の片隅に置かれたノートをそっと開いて、そこに一行記した。
《これは、わたしの最初の物語》
その言葉を見た瞬間、クラリスの胸にこみ上げるものがあった。
(……そう、幻は終わりではない。語った時点で、それは“物語のはじまり”になる)
集会のあと、少女がそっとクラリスに近づいてきた。
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「あなたはもう、立派な語り部よ。幻を信じ、言葉にしたその時から、ね」
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語られなかった記憶が、今夜、ようやく言葉になった。
それはただの慰めではない。
王国の中に、もうひとつの真実が根付いた証だった。
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