悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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三寒四温の気配が訪れ始めた王都。  
冷たい朝とあたたかな午後が交差する日々のなかで、クラリスは一つの決断を前にしていた。

王宮から届いた書簡。  
それは、第二王子ユリウスの名で正式に発された“王国対話評議会設立”の招請状だった。

《語る者が増えた今、記録する者もまた必要です。  
 クラリス・フォン・ラウエンシュタイン殿。  
 貴女に、この評議会の記憶管理責任者としての任を委ねたい》

つまりそれは、王国の“公式な語り部”としての任命だった。

「……名誉でもあり、覚悟でもあるわね」

クラリスは机に向かい、静かに返答の文をしたためる。

だが返事の言葉は、思ったよりもあっさりとしていた。

《拝命いたします。  
 ただし、語るのは制度のためではなく、人々のためであると、私は忘れません》

返書を封じたとき、そっと部屋の扉が開いた。

「姉上、今日は……断ったりしないの?」

レオンが、少し意外そうな顔で入ってきた。

「うん。迷いはあったけれど、私にはまだ、語るべき幻があるのよ。  
 誰かが言葉にできないままにしてきた記憶を、“記録”にする仕事。……これが、私のやるべきことだと思う」

「じゃあ、王国で一番偉い“物語集め屋さん”だね」

クラリスは思わず笑った。

「それ、案外的を射てるかもしれないわ」

数日後。  
王宮の対話評議会室では、各地の代表者や魔術師、神殿関係者、市井の語り部までが円卓に集い、初会合が開かれた。

ユリウスが開会を宣言した後、場を任されたのはクラリスだった。

「この場で語られる言葉には、上下も正誤もありません。  
 あるのは、“誰が、どのように見たか”。その幻を、私は記録します」

「制度でも、法律でもない、“記憶を尊重する仕組み”。  
 それを今日から、私たちは一緒に築いていきましょう」

最初は緊張に包まれていた空気が、次第にほどけていく。

市井の若者が語ったのは、旅の中で出会った“声なき幻”の話。  
神殿出身の僧侶が語ったのは、かつて祈りを強いられた日々と、その痛みを乗り越えた今の姿。  
老魔術師は、かつて失敗とされた幻術研究の断片を、今や“失われた叡智”として提出した。

誰もが、語った。

誰かに否定されることなく、遮られることなく。

そして、クラリスはそれを丁寧に記し続けた。

記録とは、封じるものではない。  
語られた言葉に“場所”を与え、“未来”へ渡すための行為。

会議のあと、ユリウスがそっと声をかけてきた。

「ありがとう、クラリス。君がこの国に残してくれたものは、言葉だけじゃない。“語れる国”という風土そのものだ」

「私は、幻を見ただけ。でも、語らせてくれたのは……この国の人たちよ」

クラリスはそう言い、ふと空を見上げた。

空には、柔らかな春の兆しが差し込んでいた。

幻が、過去の囁きではなく――  
“未来の議事録”として、いま、正式に王国に記され始めていた。
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