人生やり直し中の皇女様は失踪したい

郁律華

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目が覚めたら

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朝焼けのなか花畑にぼんやりと立つ。
私は夜着の衣一枚で薄着だった。
手にはくすねてきた短剣。
夜着は乱れて、体はあちこちが痛む。
ああ、もう私は汚れてしまった。
あのお方の元へはいけない。
あの美しさの隣に立つには汚れすぎてしまった。

「白華!」

「お兄様…」

駆け寄ってきた人影を見て薄く笑う。
兄は、私の姿を見て絶句して、あと数歩のところで立ち止まる。
ああ、そんな顔をしないで。お兄様のせいじゃない。

「お兄様…ごめんなさい。今までのこと感謝しています。ありがとうございました。」

「白華!」

「ごめんなさい。」

私は短剣を自分の首筋にあてて、そのまま思いきりよく切りつけた。
私が見たのは兄が手をのばして抱き止めようとしてくれるところまでだった。



この夢を初めて見たのは8歳の頃だった。
こわくて、ガバッと起き上がると、夜中だった。
今の夢は何だろうか?あまりにも鮮明すぎてこわい。
「だれか…」
声をかけても誰もいない。
それもそうだ。
身寄りのない側室の娘であり、世話をするものも僅かな者だけ。
皇帝の側室である母とは随分長い間、会っておらず、母の側に行くことも許されていない。
寝台を降りて、そのままふらふらと外に出て歩く。
夢で見た花畑はどこだろうか。
もしかしたら近くにあるのかもしれない。
気がつくと皇太子の館の前に来てしまっていた。
7歳離れた兄である皇太子は、私を兄妹の中で唯一可愛がってくれている人だ。
入り口に控えていた侍女が私に気付き、駆け寄ってきた。

「白華様!このような夜分に薄着でどうされたのです?まあ!こんなに冷えて!」

皇太子殿の侍女は皆、いつも優しい。

「白華?白華がいるのか?」

「太子様!」

皇太子である兄が出てきた。
ぼうっとそれを見ていると、兄が寄ってきて抱き上げてくれた。

「白華、どうした?」

「おはなのとこで、悲しい夢をみたの。」

「おはな?」

「お兄様がなきそうなお顔できてくれるのに、わたしが死んじゃうの。」

「それは…」

兄が顔を強ばらせると、足先を太子殿の中に向けた。

「今日は白華の添い寝をする。他には話すな。」

「かしこまりました。」

兄の寝台に下ろされると、一緒に横になる。
母とも一緒に寝たことがないのに、不思議と安心だった。

「白華、それは夢だ。悪い夢だ。」
布団の上から優しく肩を叩かれながら宥められる。

「お兄様、でもね?こわいの。」

「大丈夫、お兄様が追い払ってやる。」
兄が微笑み、私の頭を撫でてくれた。

「本当に?」

「本当だ。それにこわかったら、そうならないようにがんばるんだ。」

「がんばる?……うん、がんばる!」

「さあ、おやすみ。今度はいい夢を。」

「おやすみなさい、お兄様。」
その後の夢は穏やかだった。

しかし、その夢は何度も鮮明に見るようになった。
その度に怖くなったが、日によって見る夢の種類が変わるのである。
ある時は、兄妹たちに苛められていたり、正妃様から心ない言葉を言われたりしていた。
また、他にも皇族に教えられる勉学の内容や宴の様子。
起きた事柄と一致することが分かると、夢の内容がこれから起きることだと理解した。
おそらく、死んでから時が巻き戻っていたのだ。
このことを誰かに言えば利用されるかもしれないと幼心に思い、誰にも言わなかった。
そして、あの死ぬときの夢が怖くて、そうならないようにと夢の通りにならないように別の行動を取ることにした。

まずは勉学。
皇族に教えられるものは最低限だ。
夢のままだと皇族の女子としては教えられるもののそれ以上は学んでいなかった。
私を可愛がってくれる皇太子に勉学をねだったとしても、急ならば不審に思われるかもしれない。
しかし、追い詰められて死なないためには知力あってこそ回避する力にもなる。
よし、早めに身につければいいに越したことはない。
とりあえず、後宮にある書庫に潜り込み、片っ端からよんだ。
歴史書や料理日誌、武術の本、城下に関することまで様々だった。
……何故、古い料理日誌が書庫にあったのかは私も知らない。誰が作った。そして、何故ある。

次に、誰からか襲われても逃げられるようにしなければならないと考えた。
書庫の本から得た武術の知識はあっても、実践しなければ無力なままだ。
後宮では誰も皇女に武術など教えてくれないだろうから、外に求めよう。
そして、後宮や皇宮などは必ず抜け道やら穴があるはず。
探検と称してぐるぐると回れば穴が見つかった。
……衛兵、こんなすぐに見つかっていいのか。
職務怠慢してない?お陰で抜け出せるけど。
こそこそと後宮の穴をくぐり、そのまま外を歩き回ると武官たちの修練所に出た。
壁から覗くと槍や剣、体術の修練をしている武官たちを見て、キラキラと眩しかった。
あの筋肉が国を守っていてくれるとは頼もしい。
そして、私にも筋肉がほしい。
物陰から武官たちの修練と筋肉を眺めていると後ろから声がした。

「おや、こんなところに可愛らしい小鳥がいらっしゃった。」

顔に皺が刻まれた好々爺としながらも、筋肉で鍛え上げられた体の武官が後ろに立っていた。

「あ…勝手に覗いてごめんなさい…」
しゃがみこんで目線を合わせてくれた。

「いやいや、お嬢さんは修練を見ておったのかな?」

「はい。とっても素敵で眩しいです。みなさんがいつも国を守ってくださっているんですね。」

「まあ、筋肉バカばかりじゃがね。」
笑いながら答えられた。

「あの、わたし…」

「どうかしたのかね?」

「私の逃げ足を早くしてください!お願いします!」
武官は目を丸くしたあとに、大爆笑した。



結果的に言うと、好々爺とした武官は軍の一師団を任されている素将軍だった。
将軍にまさかの逃げ足を鍛えるようにお願いするとかどうかしていたと思うが、笑って許してくださり、部下の方々と一緒に鍛えてくださった。
逃げ足の速さはもちろんのこと、槍や剣、弓、体術もしっかり教え込まれた。
そこ辺りの町娘より強くなれたのではないだろうか…というか、武官のお兄さんたち張り切りすぎて、教え込みすぎである。
人の急所を教え込み、野宿となればどういうものが食べられるのかや気配の消し方なども嬉々として教えてきた。
もちろん、遠慮なく糧とさせていただいた。



13歳の頃、皇帝から魔獣の討伐命令を出されて、その先で龍を見つける夢を見た。
そして、龍がいつの間にか自分のもとを去り、皇帝に呼び出されて、その空白の後に例の花畑に立っていた。
飛び起きれば、空は白み始め、夜が明けようとしていた。
白華は頭を抱えた。


「これが、討伐命令が私の死ぬ原因の始まりかあああああ!」
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