醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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1.決意の日と、始まりの人。

1#6 説教

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 次の日早く、俺は親父に呼び出された。
 朝食すら取らせて貰えずに、強引に呼び付けられた俺は背筋に嫌な汗を掻いていた。
 つっても、密計がバレた、なんて思ってる訳じゃない。

 普段玉都に居る親父は、俺がまだ寝ている未明の内に屋敷入りし、俺が起きてくるのを書斎で今か今かと待ち構えていた。
 元々この日は親父が領内の雑務を片付ける日だった。だから、俺の思惑がバレたから呼びつけられたって訳じゃないだろう。バレるにしたって昨日の今日では早すぎる。
 そもそも親父は昨晩まで玉都にいたのだ。盗聴器でもしかけてなきゃバレようがないし、この世界に盗聴器なんて精巧な機械も遠隔地の会話を盗み聞きする魔法も存在しない。
 まあ、超古代の遺物であるガジェットにはそんな機能を持ってるアイテムもあるかもしれんが。

 だから、今回の呼び出しも精々小言を押し付けられるだけだろう。
 嫌な汗を掻いているのは、単なる条件反射だ。親父にあれこれ口出しされたり怒られたりする時は、いつもこの書斎なのだ。だから俺にとってこの場所は、入るだけで嫌な汗を掻く場所だった。

 本が日焼けするのを防ぐために昼間でも薄暗い室内は、重厚な家具に埋め尽くされていて息苦しい上に、親父のしかめっ面が余計に窮屈な思いを強いてくる。
 こんな部屋からは大人しく小言を聞いてさっさと退散するに限る。
 さっさと退散して、リリカに謝らないと……。

「母に会いに行こうとしているらしいな」

 あー……えー? なんで知ってんの?

「いえ……それは……」

「何のために会いに行く?」

 一家の重鎮であることを誇示するような重々しい声音だが、そこには責めるような響きは感じられない。というか、感情らしい感情が感じられない。
 俺はこの声が苦手だ。何を考えてんのかわかんなくて不気味だから。

 今年で四十になろうかという壮年の紳士は、薄暗い室内で切れ長の眼を炯々と輝かせて俺のことを見下ろしている。
 あっちは書斎机の向こうで腰掛けて。こっちはその机の前に立たされて。目の高さはほとんど変わらないはずなのに、俺ははっきりと『見下ろされている』と感じていた。
 それほどに親父の威厳は圧倒的なのだ。一体何を食ったらこんな威圧的な雰囲気を醸し出せるのかね。教えて欲しいよ。

「その……母上に……家族に会いに行く事は、そんなにおかしなことでしょうか……?」

 親父の前じゃさすがの俺もしおらしい。ほとんど親父と会話する為だけに、丁寧な言葉遣いを学んでいるほどだ。

「平民であれば些かもおかしなところはないだろう。だがお前はなんだ?」

「……シューレリア・オル・ティスト……ティスト家の次女です」

「そうだ。その意味は分かっているな?」

「……どうして、母上にお目通り頂くことが、それほどいけないことなんですか」

 親父はふっ、と鼻で笑うように息を吐いた。

「わかっていないようだな。まあいい。お前の歳では無理からぬことだ。その為の教育でもある」

 その物言いにムッとした。

「父上、そのようにはぐらかさず、きちんと説明願えますか」

 俺の物言いを生意気だとでも思ったのだろう。親父がゆったりと俺を睨み据えた。遥か上空から、猛禽が子兎へ鷹揚(おうよう)に狙いを定めるような目付きだ。

「少し見ない間にまた口が達者になったな」

 静かだが、本当に重さがあるような言葉が俺の頭上から圧し掛かる。

「黙って儂に従え。それがおまえの為だ」

 きゅうっと、頭の血が音を立てて下がった気がした。
 それまで感じていた重圧が嘘のように消え去る。

 黙って言う事に従え? それが俺の為?
 ああ……どっかで聞いた台詞だと思ったら、宗の時に散々親父に言われたっけな。
 あの頃はそうなんだろう、そうするしかないんだろうって考えないようにして従ってたけどさ、その結果俺はどうなったよ?

 生きる目的を見失って、挙句あっさり死んじまった。
 しかも次はその反動からか、自分の意志で生きていくって意味をはき違えて暴走した。

 親父が俺を貴族として立派に育てたいと、それが義務だと思うのはなんとなくわかるよ。親だもんな。
 俺だって一瞬だけど一人娘の父親の気分は味わったんだ。最悪の状況でだったけど。
 子供には幸せになって欲しい。そりゃそうだ。

「シューレリア」

 黙り込んだ俺を諭すように、親父が名を呼んだ。

「シャルレアのようになれとは言わない。お前にはお前の考えがあり、望みもあるのだろう。剣術を続けたいのであれば宮廷道場に通えばいい、門晶術を学びたいのであれば貴族の中から相応の師を付けよう、どちらも行儀見習いのかたわらに出来るはずだ。お前がその気であればな」

 無表情にそう告げてくる。
 姉貴かぁ。あの人はとても可愛い人だ。無邪気で、天真爛漫で、従順。そういった素直さが姉貴を可愛らしく見せている。
 だけどあれじゃいけないんだ。あれは無知ゆえの可愛さなんだ。他力本願じゃないんだけど、自分に出来ない事は誰か他人がやってくれるって、それを当たり前のように享受できる気楽な能天気。
 それがもし自分は無知無力だって気付いちまったら、無邪気が懊悩(おうのう)に、天真爛漫が優柔不断に、従順が猜疑(さいぎ)にひっくり返っちまう。世界が全部、悪いものに変わっちまう。あんな感覚はもうごめんだ。

 そもそも俺は最初から知ってる。わかっちまってる。
 確かに他人が漕ぐ舟に乗ってりゃ楽だよ。だけどさ、その舟がどこに辿りつくか、そもそもどこにも辿りつけずに沈没したりしても、その漕ぎ手は一切責任は取ってくれない。
 俺なんか道の半ばで舟から放り出されちまったしな。ずっと舟の上にいた俺は泳ぎ方も知らずに、そのまま溺れちまったって感じか。

 わかってるんだ、最初から。
 悩む必要なんてないんだ、これっぽっちも。

「父上、あたしは……俺は、貴族になりたくない」

「ならないでどうする?」

 親父は俺の口調も、反抗も責めはしなかった。
 さすが、わかってらっしゃる。俺を黙らせるにはその一言で十分だってこと。

 俺は貴族になりたくない。決められた将来なんてまっぴらごめんだ。
 これは、俺の中でわかりきった事実だ。
 だけど、その先がない。
 俺はまだ貴族でない自分を思い描けていない。

 宗の時とまるっきり同じだ。もしこのまんまティストの家を飛び出して、例えばユールグみたいに冒険者になったとしても、今度はアマル村のシューと同じ運命をたどる事になるだろう。今度は売る側じゃなくて売られる側だろうけどな。

 また同じ失敗を繰り返すのか?
 親父の沈黙は、暗にそう尋ねているように聞こえた。
 今の俺では、選べないのだ。選べるだけの覚悟がない。覚悟を通す決意がない。
 今の俺には、選べない。

「お前はまだ十歳。幼さ故に幻と現実の区別がつかず、目移りすることもあるだろう。そして誤った選択を正しいと思い込み、我儘に走る事もあるだろう。だが我儘は子供の特権だ、今は許す」

 寛容(かんよう)、と言っていいほどにゆったりと、親父は言葉を並べていく。
 まるで俺が聞き分けのないガキで、親父の手の平の上で踊らされているような気がしてきた。
 いや……まさしくその通りか。

「だから敢えてもう一度言う。聞き分けろ、それがお前の幸せだ」

 いつ、下がれと言われ、どうやって親父の書斎を出てきたのかも記憶になかった。気が付いたら俺は、親父の書斎の分厚い彫刻扉の前に立ち尽くしていた。
 呆然と、廊下の窓の外の長閑(のどか)な景色を眺めている内に、勃然と起こってきた感情があった。
 怒りだ。

 親父に対する怒りじゃない。あそこまで徹底的に、コテンパンに言い負かされたんじゃ対抗する気力すら起きん。
 だからこれはすり替えだ。この無力感を少しでも忘れたくて、当てのない怒りにすり替えたのだ。

 どうしてこうなったか。親父はどうやって俺の目論見を見抜いて釘を刺してきたのか。
 つまり、誰が親父に告げ口したのか。

 俺は煮えたぎる虚しい怒りに身を焦がしながら、ヨーセフの部屋へと廊下をのし歩いた。
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