醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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1.決意の日と、始まりの人。

1#7 動転

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「ヨーォォセフゥゥッ!」

 腹の底から搾り出すように声を出せば、十歳の少女の喉でも意外とドスの利いた声は出せるものだ。俺もこの時初めて知った。
 それも気弱な成年男子を竦み上がらせる程度には恐ろしげな声を、だ。

「お、お嬢様!? てっきり地獄の底から死んだ爺様がお決まりの説教をしに来たのかと……っ!?」

 俺がヨーセフの部屋の扉を開け放つと、ヨーセフは小奇麗に片付いた部屋の隅、窓にかかったカーテンにくるまって隠れ、顔だけ出してこちらを窺っていた。
 軽口なんだか本気で怯えているのかよくわからない台詞の後、ヨーセフは顔面を引きつらせて脂汗を流し始める。
 どうやら、俺の顔色から事態を察してくれた様子だ。手間が省ける。

「わかってんだろうなぁ? 自分が何をしでかしたのか、言ってみろ」

「し、しでかしたって、まだお嬢様は僕の調べの結果も聞いていないじゃないですか!」

「調べぇ?」

 おうむ返しにしてはたと思い出す。そういや、昨日の晩、こいつには母さんと会うための手段をなんとか見つけ出せって命じてたっけ。

「なんかわかったのか?」

「えー……いえ、そのぉう……」

「わかんなくて、俺に怒られるのが嫌だからこっそり親父に密告したのか」

「みっ!? そ、そんな大それたことするわけないでしょう!? 僕はまだ死にたくありませんよ!」

「んじゃあなんで親父が俺の計画を知ってたんだよ! しかも昨日の今日でさ! この事を知ってるのは俺とお前だけだ、俺が話してないとしたらお前が話したにきまってんだろ!」

「そんな!? その理屈はちょっと乱暴ですよ! 心外だ! 僕がお嬢様を裏切るわけないでしょう!? 僕の気弱さをお嬢様だってご存知のはずだ!」

「おまえ……十歳の女の子が怖いって堂々と宣告して、恥ずかしくないのかよ」

「殺されるよりかはマシです!」

 あまりにも情けない言い分だが、五年以上こいつと一緒に屋敷で寝起きしていると、その言葉に説得力を感じてしまうのだからどうしようもない。

「ああ、もう、んじゃあなんで親父にばれたんだよ……」

「なんででしょうねぇ……」

 いや、もうそのことを言ってても仕方がない。今の問題は親父にばれた状態でどうやって母さんに会うか、だ。
 やりたいことが見つからないからって性急に将来を決められても納得できるもんじゃない。もしかしたら来年、あるいは再来年には俺は自分の生きる道を、貴族以外の別の道を見出しているかもしれないんだ。
 それまではやはり剣と門晶術の修行はしておきたい。
 そのためには母さんに掛け合って、ちょっとでも時間の猶予を付けて貰わないと……。

「親父にバレた状態でも、母さんに会う方法って、なんかあるか?」

「難しいですね……」

 言葉通り難しそうな顔で、カーテンミノムシが唸る。
 俺はもうそんなに怒ってないから、そろそろそこから出てきてもいいんだぞ、ヨーセフ。なんか話しづらい。

「即日会うための手段は、正規の方法じゃまずありませんし……今回の事で正規の手続きすら難しくなったでしょうね」

「正規のって、一年待つやつか?」

「そうです。正規の手続きをなせば、間違いなくなくその知らせは元老院議員であらせられる御館様の元へ届きます。そこで御館様が取り消せと一言命じるだけで、お嬢様の申請はあっさり却下されてしまいますから」

「んな理不尽な!?」

「青爵とはそういった横車を平然と押してのけるご身分なのです。それもまた貴族という人種の持つ力なんですよ」

 それは言外に「貴族も捨てたものじゃありませんよ」と俺に諭しているようで、俺はヨーセフの言葉を鼻で笑い飛ばした。
 そういった選民思想が気に食わないんだよ……それでアマル村のシューがどれほど苦労したか。

「くそっ……何か打つ手はねえのか……」

 人差し指の背を噛んで、悔しさを紛らわす。
 昨日の読書で得たにわかの知識の中に、何かいい策はないかと思索にふけり始めたその矢先、ばたばたと廊下を走ってくる足音で現実に引き戻される。

「なんだ、やかましいな……」

 廊下を走るなって先生に注意されなかったのかよ。とか思いつつ、開けっ放しの戸口から首だけ乗り出して廊下の向こうを窺い見た。
 足音は一つ、妙に軽いから女性か子供のものだろう。そんな風に考えていた視界の中に、リリカの顔がどアップになった。

「シューちゃああんっ!」

 そのまま首に抱き付かれる。走ってきた勢いそのままに。首がもげるかと思うほどの衝撃に一瞬気が遠くなるが、俺は何とか意識を繋ぎ止めて、昨日喧嘩別れしたはずの幼馴染の泣き顔を真直ぐに見た。

「リ、リリカ? どうしたんだ、こんな朝早くから」

「シューちゃ――シュー様ぁ、ばばさまが、ばばさまがぁ~」

 部屋の中に大人の――ヨーセフの姿を見つけたリリカがわざわざ様付けに直す。
 いや、そんな事よりも、ルゥ婆が……?

「ルゥ婆がどうかしたのか?」

「ばばさまがいなくなっちゃったぁぁぁぁ!」

 そこまで言い切って、リリカは一人ぼっちですごく不安だったのだろう、大声をあげて泣き出してしまった。
 俺はリリカを抱き寄せてよしよしとその頭を撫でて、まずは彼女を落ち着かせようとする。
 ルゥ婆がいなくなったって情報だけじゃ、どうにもこうにも話が見えなかったからだ。
 まずはリリカを落ち着かせて、もっと詳しい話を聞かないと。

 優しく抱き締めて頭をそっと撫でてやっていると、リリカは少しずつ状況を話してくれた。

 昨日、俺と喧嘩したリリカは、修道院までの暗い道のりに耐えきれず、ルゥ婆の丸太小屋に転がり込んだらしい。
 事情を聞いたルゥ婆は、リリカを慰めて一晩おいてくれた。そこまではよかった。
 今朝、リリカが目を覚ますと、一緒にベッドで寝ていたはずのルゥ婆の姿がなく、あのとんがり帽子と長い杖も消えていたのだという。
 その一事に、俺も戦慄した。

 ただルゥ婆がいないのであれば、リリカもここまで取り乱しはしなかっただろう。ルゥ婆が薬草採取で近くの森へや、買い出しや薬を売りに近隣の村に出向くことはよくある事だったからだ。
 しかし、帽子と杖が、特に杖が丸太小屋から消えているという事実が示すのは、ルゥ婆が戦支度を整えてどこかへ出かけたということに他ならない。

 わざわざそんな支度を整えてどこへ?
 その理由が想像もつかないからリリカはこんなに慌てふためき、俺の心にも何か嫌な予感が過(よ)ぎった。
 特に俺の世話係を解雇された直後のこの行動だ、どんな風に捉えてもあまり良い連想は出来ない。その連想だって、具体性は何もない、妄想とすら呼べない断片ばかり。
 考えれば考えるほど焦りばかりが募る。だけど俺の頭にはこれといって何か対処できる方策も浮かばない。
 ただ、リリカを慰めている事しかできない。

 そんな風に自分の無力を噛み締めていた時だった。

「ルゥロゥさんが杖を? それは……そんな馬鹿な、用命は御館様の嘆願で取り下げらたはずじゃ――」

 俺の視線が自分に向いていることに気付いたヨーセフが、ハッとして己の迂闊な口を両手で覆い隠した。
 こいつ、何か知ってる。

「ヨーセフ、俺の聞きたいこと、わかるな?」

「えー……? そのう、なんのことでしょうか……?」

 用命ってのと親父が誰に嘆願したのかは知らないが、ルゥ婆に何かの命令が下って親父がそれを庇ったって意味だろう。
 そしてそういう内部事情を知っているってことは、こいつ、親父と繋がってるってことだ。親父に言いつけたのはもうこいつで間違いないだろう。
 だけど今はそれどころじゃない。いや、むしろ親父に言いつけやがった裏切り行為を逆手にとれるか。

「親父に告げ口したことは許してやるよ。その条件が何なのか、わかるよなぁ?」

 俺、今きっとすごく悪い顔してんだろうなぁ、とヨーセフの引き攣った顔から悟りつつ、俺はリリカをそっと引き剥がし、部屋の隅にゆっくりとヨーセフを追い込んでいった。
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