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1.決意の日と、始まりの人。
1#9 魔獣
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その部屋も他の部屋と同様、がらんとした長方形の妙に広い一部屋だった。天井も高い。
入り口から覗き込んだ俺の視界に、大きな黒いとんがり帽子とその一・五倍はある杖の直立する姿が入る。俺は歓喜に鳥肌が立った。
見間違うわけもない。ルゥ婆だ。その後ろ姿にはちゃんと足がある、立っている、腕がある、杖を振りかざしている。ルゥ婆は、無事だった……!
だがようやくルゥ婆の後ろ姿を見つけた時、俺はルゥ婆が生きててよかったと思うよりも、巻き添えで黒焦げにされなくてよかったと考えるよりも、ルゥ婆の小さな身体と対峙する恐竜みたいな化け物の姿に戦慄した。
「な……んだこりゃ……」
「ばばさまぁ!」
「リリカ? お嬢様!?」
俺達の声に驚いたルゥ婆はわずかに振り返りかけ、辛うじて堪えた。目の前の化け物から目を離す事がそれほど危険なのだと物語る行動だ。
化け物と睨み合って動けないルゥ婆の代わりに、俺とリリカはそのすぐ背後まで駆け寄る。そしてさっきとは別の意味で鳥肌が立つのを感じた。
近くで見るとおっそろしいな、こいつ……あんなもんに襲い掛かられたら俺もルゥ婆もひとたまりもないだろう。
大まかなルックスはさっき俺が倒したトカゲの魔獣と似たようなもんだ。
でも大きさと細部の凶悪さがダンチだ。鱗は生えていないが、ゴツゴツと岩のような皮膚に覆われた細長い扁平(へんぺい)な身体は、あちこちに鋭い棘を生やしている。
わずかに開いた口の中には刃物みたいな牙が二重三重と並んで獲物を待ち構え、俺の胴回りはあろうかというぶっとい四肢には剣みたいな爪がずらりと並んでいた。
それでなくても体長十メートルはあろうかという巨大な化け物だ、あの巨体に踏まれたら切り裂かれるとか以前にぺちゃんこだろう。
そしてそれはルゥ婆も同じことだ。ルゥ婆は大人にしちゃ小柄で、俺達と同じくらいの上背しかないのだから。
しっかしこんな化け物、一体どんな生き物が変質したらこんなのが生まれるんだ……って、もしかしてこれって――。
「こいつ、ドラゴン……? 魔族、なのか?」
俺の浅い知識によると、魔族は滅多に存在しないがその存在は一国家を揺るがす凶悪なものだと聞いた記憶がある。
エーテル渦から生まれた禍つ神。意思と肉体を持ち、言葉と門晶術を操って生きとし生けるものに仇なす存在。ドラゴンはその筆頭だ。
そんなものが俺のご近所に住んでたなんてな……世間ってのは狭いもんだ。嫌な意味で。
とか感嘆していたら、
「いえ、これも魔獣でございますよ、お嬢様」
かたわらまで移動した俺に、視線を動かすことなくルゥ婆が告げる。
あれ、これも魔獣なの。それにしては規格外って言うか……。
「しかし的外れではございません。これもこの近辺に生息するシュベリザードが魔獣化したものに変わりはないのですが、長い間エーテル渦の中で変質を繰り返したのでございましょう、もはや元の生物としての形質も気性も残ってはおりますまい。魔族ドラゴンに次ぐ脅威、レッサードラゴンとでも呼べる魔獣でございますよ」
「レッサードラゴンって……火ぃ吐いたりするのか?」
「いえ、ドラゴンと申しましてもあくまで魔獣でございます。門晶を持ちませんので、そういった類いの能力は持ち合わせておりませんよ」
「そうなのか。炎対決と洒落こもうと思ったんだがな」
「……何故いらしたのですか」
おどけて言う俺に、ルゥ婆は詰問した。
レッサードラゴンは新しい闖入者(ちんにゅうしゃ)――俺とリリカの事だ――の存在を確認するように、ちろちろと舌を出して様子を窺っている。ように見える。少し話をするくらいの余裕はありそうだな。でも油断は禁物。
俺もルゥ婆に倣(なら)ってレッサードラゴンに視線を貼り付けたまま、ルゥ婆を見つけたらまず言ってやろうと思っていたことを口にする。
「いきなりいなくなった家族を心配して、迎えに来るのは悪い事かよ」
ルゥ婆が息を呑んだのが、細い背中越しにも感じ取れた。
「……危のうございます、ルゥを置いてお戻りください」
「嫌だね。俺はこんなバカをやめさせに来たんだ。ルゥ婆が今すぐここから帰るって言わない限り、戻らないよ」
「これはルゥのお役目なのでございます。放り出して帰るわけには参りません」
「だったら、とっととこの化け物を倒して帰ろうぜ。ルゥ婆なら簡単だろ」
ここまでの道中で見てきた数えきれない魔獣の死骸を思い出して嘯く。きっとルゥ婆ならこんな化け物あっさり片付けられると、俺は結構マジで信じている。
「お嬢様、リリカを連れてお下がりください」
ルゥ婆が声の調子を変えた。俺がいつの間にか逸らしていた注意をレッサードラゴンに向け直すと、奴は一歩、また一歩とゆっくりこちらへにじり寄って来るところだった。俺は怯えた様子のリリカの手を引いて、言われた通りに部屋の唯一の出入り口まで下がる。
レッサードラゴンの足が次第に速くなる。応じるようにルゥ婆が動いた。
次の瞬間、サンライズパースよろしく構えたルゥ婆の杖から、目に焼き付くほどの閃光がレッサードラゴンの鼻先に襲い掛かる。言うまでもなく、ルゥ婆得意の雷門晶術だ。しかし、詠唱がなかった。
あの威力の門晶術を『心中構築』でぶっ放せんのかよ……。
一般的に雷属性の門晶術は扱いが難しい。
範囲攻撃ばかりで細かい攻撃が苦手というのもあるが、迂闊に使うとその雷撃が自分自身やあらぬ方向まで攻撃する恐れがあるからだ。それを防止するには、細かいエーテルの操作技術が必須になる。それが出来ないと自分が放った門晶術に自分も巻き込まれて結構冗談じゃない被害を被るとか。
まあ自滅は雷に限った話じゃないんだが、広域術が多い雷属性が特に多いってことでそれが巷に高位の雷門晶術士が少ない理由の一つらしい。
だから門晶のコントロールに意識を向けなきゃいけない分、論理の構築が難しくなるはずだ。それを『口頭構築』なしであの精度とか、ルゥ婆って考えてた以上にすごい門晶術士なんだと思い知らされる。
『口頭構築』ってのはいわゆる呪文詠唱の事だ。口で論理を構築するから口頭構築。心の中だけで構築するよりも、論理の名前を口にした方が無意識下で構築出来て簡単だよってな具合らしい。対して心の中で論理を構築することを『心中構築』と呼ぶ。
もちろん、口頭構築より心中構築のが早い。実は俺もすでに一論数の門晶術なら心中構築できる。しかし思考ってのは結構一つのものに集中させるのが難しいもんだ。戦闘中とあればなおさらだろう。だから一般的には口頭構築より心中構築の方が難易度が高いと言われている。実際は場合によりけりなんだけどな。
ちなみに論数ってのは術に使っている論理の数の事だ。俺は論理『エリフ』しか覚えてないから、当然一論数しか使えない。
多分、今ルゥ婆が使った雷の門晶術は『三論数』くらいあると思う。一般的に論数は増えれば増えるほど門晶術として高等だ。三論数ともなれば中位門晶術に相当する。
それをほとんどタイムラグなしにあの精度で心中構築するとか、ルゥ婆は間違いなく高位門晶術士級の門晶術士だ。
鼻っ面に雷撃を喰らったレッサードラゴンは平然とした様子でぎょろりを目玉を動かすと、ルゥ婆に敵意のこもった眦(まなじり)を定めた。
あの威力の門晶術にもかかわらず、まったく効いてる感じがしねえ……あいつの皮膚、ただでさえ硬そうなのに、ゴムかなんかで出来てんじゃねえの……?
しかし門晶術が効いてなくてもルゥ婆は意に介さない。四肢をバタつかせて迫るレッサードラゴンを引き連れて、部屋の中を回り込むように疾った。
その動きの意味がはじめは理解できなかったが、すぐに気付く。俺達の安全を確保するために、レッサードラゴンを引き離してくれたんだ。
それはそれとして、舌を巻いたのはその動きの良さだ。速いのなんのって、とてもしわくちゃの老婆の動きとは思えない。あれ、剣術の修業をしてる俺よりよっぽど速いぞ。
レッサードラゴンはルゥ婆に従って、頭を振り振り滑らかな床の上を疾(はし)る。
その咢(あぎと)がルゥ婆の身体に襲い掛かろうとした時、リリカが俺の背中にしがみついた。俺もルゥ婆が寸暇に噛み砕かれてしまう、とかほんとに一瞬だけど考えてしまった。
だけどルゥ婆はここでも老人とは思えない軽やかな身のこなしで宙に躍り上がり、十分に引きつけたレッサードラゴンの必殺の噛みつきを鼻先一寸で躱(かわ)すと、空中に居るままその差し出された上顎の上に軽く杖の杖頭を置いた。
「オド・ルッコ・ギヴ・グノルトス・シルトセレ」
一語一句、はっきりと口語構築していく。オドは冠詞的に主論理に係る言葉で厳密には論理じゃない。状況に対して主論理を安定させるための役割だ。論理じゃないからこれは俺も教わってる。
つまりこの門晶術は『四論数』……文句なしの上級門晶術。
矢庭、杖から激しい放電が発生し、ルゥ婆の姿を青白く輝かせた。空気の焦げる独特の匂いが発生する。確か、イオン臭だったか。
恐らく門晶術の効果自体は杖の先に電気を発生させる術だ。仕掛けは俺の唯一覚えている術、炎の玉を出すエリフとほとんど変わらない。しかし如何な雷の門晶術のコントロールが難しいと言っても、その単純な仕掛けにあれだけの論数が必要だとは思えない。
考えられる可能性は一つ。あの術、ほとんどが発生する雷を強化する論理で構築されてる。
初級門晶術相当の簡単な術の威力を上級門晶術に匹敵する難度まで上げて威力強化とか、どんだけだよ……。
さすがにこれは終わっただろ、と俺が胸を撫で下ろしたその目のすみで、レッサードラゴンの前足が動いた。
まだ……動けるだと……?
門晶術を維持していたルゥ婆もその動きに気付いたみたいだ。すかさず門晶術を中断し、老女とは思えない機敏な動きで杖を高跳び棒の代わりに飛び退る。その直後、ルゥ婆のいた空間をレッサードラゴンの爪が薙ぎ払った。
ルゥ婆を捉え損ねても、レッサードラゴンの追撃は続く。噛みつき、爪で切り裂き、圧し掛かろうとする。ルゥ婆は余裕を持ってそれを回避しているが、流石にこの苛烈な攻撃の中じゃさっきみたいに虚を突くこともできず、強力な攻撃は出来ないみたいだ。
後退しつつ、たいして効果の望めない簡単な雷の術で牽制するのが手一杯といった感じで、ジリ貧感が否めない。
このままじゃまずい。それは素人の俺の目にも明らかなんだから、ルゥ婆が理解してないわけがない。それでも対策を講じられずにいるのは……多分、俺達がいるからだ。
雷の門晶術の特色は広範囲高威力。そして門晶術はビデオゲームの魔法みたいに対象を敵味方で区別なんかしてくれない。雷の門晶術は無慈悲に術者の周囲を薙ぎ払う。それは上位の門晶術に、つまり威力が上がれば上がるほど顕著になる。
ルゥ婆は俺達を巻き添えに出来なくて、高威力の門晶術を出せないでいるんだ。
じゃあ俺達が逃げ出せば……?
確かにルゥ婆は全力で戦えるかもしれない。だけど、それじゃあ、俺達は一体何のためにここに来たんだ?
自滅覚悟で遺跡に乗り込んだルゥ婆を連れ帰るためだろう?
本来の目的を確認して、俺は白くて小さい拳を硬く握りしめた。色白の掌から血が搾り出され、より白さを増す。しかし皮膚を破って血が滲むようなことはなかった。そこまでの握力が、俺にはないのだ。
力が、ないんだ……。
ルゥ婆を連れ帰るために、欲を言えば手助けするために来たはずなのに、現実はこのザマ。勢い込んで来たはいいものの結局足手まといに成り下がってる。
あんだけ苦労して修行してきたのに、俺には家族を助ける力もない訳だ。
……ふざけんなよ……違うだろ……そうじゃないだろ……またそうやって目を逸らすのかよ……。
親父に見捨てられた天堂宗の時みたいに……自分の能力を見限っちまったアマル村のシューの時みたいに……また、俺は自分を見捨てて、そうして全部投げ出すのかよ!
想像しろ。思い描け。もしここでルゥ婆を失えば、よしんば俺自身が命を長らえたとしても、俺は一生ルゥ婆の死を引きずって……いや、ルゥ婆の死に押しつぶされて、もう一歩も先に進めなくなる。それじゃあ今までの人生と一緒じゃねーか。
「そんなの、もううんざりなんだよ!」
喉が引き裂けそうなくらいに叫んで、一歩前に出る。
「Guyrloooo!」
その鼻頭をレッサードラゴンの咆哮が掠めて、俺の足は再び動かなくなった。
金縛りにあったかのような俺の視界の中で、レッサードラゴンの巨体とルゥ婆の小柄な姿が交錯する。
鎌のような大爪が閃き、奈落のような大口から牙が覗く。レッサードラゴンが大きさに似合わぬ俊敏さで巨躯を翻すたびに、身体を芯から震えさせるような地鳴りと得体の知れない腐臭が撒き散らされる。
それを至近で見せつけられながら、ルゥ婆は顔色一つ変えない。唸る爪を紙一重で躱し、圧し掛かる牙の群生を潜り抜け、充分に引きつけた猛攻の僅かな隙間から三論数――中級門晶術を立て続けに二、三発お見舞いして離脱する。そんな死の舞踏を既に十数回に及んで繰り返している。
ルゥ婆にだって恐怖がないわけはないだろう。きっと恐怖をものともしない意志の力で身体と頭脳をフル回転させてるんだ。どれだけの胆力があればなせる業なのか。
あの咆哮は俺に向けられたものじゃない。そんな風に逃げつつも反撃を加えるルゥ婆の一撃離脱戦法に、苛立ったレッサードラゴンが上げた怒りの咆哮だ。
だが俺には直接無関係なはずのその咆哮だけで、俺の戦意は委縮し、身体は再び硬直してしまった。
ついさっき固めたばかりの覚悟を振りかざして自分の身体を叱咤するが、本能の奥底から止めどなく溢れ出る恐怖は俺の勇気を軽く凌いでいた。
その恐怖にがんじがらめにされて動けない。心臓が粘性を増したような血を無理矢理に循環させる蠕動が気色悪い。口惜しさと恐怖に歪んだ顔面からはいやに粘っこい汗が噴き出してくる。
覚悟と恐怖の板挟みで身体が言うことを聞かない。そんな俺の異変に気が付いたのだろう、背後からリリカの小さな手が伸びてきて、俺の汗ばんだ手を握ってくれた。その瞬間、不思議なくらいあっさりと呪縛は解けた。
「近づいたら危ないですよ……シュー様」
息苦しそうなリリカの声。そっか、リリカも同じ気持ちなんだ。大切な家族が命を賭けて戦っているのを、ただ指を咥えて見ているしかない自分に苦しんでるんだ。
「リリカ……俺は――」
俺の言葉を、リリカは首を振って制した。危ない事はするなってことなんだろうけど……違うんだよ。
気持ちが、口を衝いて飛び出してくる。
「違うんだ。俺ならどうにかできるとか、俺がどうにかしなくちゃとか、そんな無謀な気持ちじゃないんだ」
考えろ。頭を使え。俺には力がない。ルゥ婆みたいに戦うなんて夢のまた夢だ。もし俺が一対一でレッサードラゴンと対峙してたら、逃げる間もなく頭からガブリだっただろう。
だけどさ、ルゥ婆みたいに戦えない=無力って等式は成り立つか?
「うん、そうだ、戦いたいわけじゃない。むしろ、ほら」
じっと俺の顔を見詰めているリリカの眼前に、握られているのとは反対の手を持ち上げる。小刻みに震える女の子の手が、俺とリリカの視線の間に割って入った。
「怖いんだよ。恐くて、怖くて、たまらない。だけど、見てるだけなんて――」
確かに俺にはルゥ婆みたいな力がない。腕力だって、知恵だって一般的十歳女児より少し高いくらいか。
そう、俺の力はゼロじゃない。少し高いくらいでも力は力。あれほどじゃなくたって、力なんだ。俺の身体にはルゥ婆直伝の門晶術――の基礎と、ユールグ直伝の剣術――の基礎がしっかりと叩き込まれている。
俺は何も出来ないんじゃない。宗の時も、アマルのシューの時もそうだ。他の誰かが持ってる俺よりすごいものを羨むばかりで、自分が本来持っているものをちゃんと見もせずに……俺は今までずっと、何が出来るかを真剣に考えてなかっただけなんだ。
貴族の――親父と母さんのことも同じなのかもしれない。俺は貴族っていう枠組みにはめ込まれるのを嫌がって、貴族にならなくていい方法ばかりを探してた。なんでなりたくないのか考えもせずに……そういや、なんでなりたくないんだろう?
そんな核心部分もろくに考えず、ただただ駄々っ子みたいにいやだいやだって否定してたのか、俺ってヤツは……。
「シュー様は、どうするつもりなの……?」
まるで心を見透かされたような質問に、俺は答えを迫られた。
リリカとしては俺がどんな風にルゥ婆の手助けをするのかって聞いただけなんだろうけどさ。
「俺は――」
めまぐるしく頭を回す。咄嗟だったから馬鹿正直に二つの問題を同時に考え始めちまって、頭蓋の中身が攪拌されるような目眩すら伴った。
一呼吸おいて頭の中を一つずつ整理することにする。
今、どうしたいのか?
これから、どうしたいのか?
二つの問題は突き詰めればこの二つの問いに絞れるだろう。この内、これからの方は今をどうにかしなければ実現のしようがない。だけど未来にどうしたいか、どうありたいかを考えて今を動くってのは大事なことだろう。
「俺は、自分がどうしたいのか知りたい」
リリカが小首を傾げた。
うん、気持ちはわかる。どうしたいのか聞いたらどうしたいのか知りたいって答えられりゃ、誰だってそんな顔になるわな。
「えっと、自分がどうして貴族になりたくないのか、俺は考えもせずにただ押し付けられるのは嫌だって拒絶してて……」
リリカの怪訝顔は薄れない。もうちょっと、もうちょっと聞いててくれれば話が繋がるから。
「ルゥ婆とレッサードラゴンの戦いを見てて思ったんだ、俺はルゥ婆みたいには戦えない、力がないから役に立たないって。でも、それじゃ今までと同じなんだ」
リリカの少しとろんとした茶色い瞳を見透かして、それほど付き合いがあった訳じゃないけどずっと心の片隅に居座り続けている女の子の姿を思い出す。そうすると、リリカがエリの生まれ変わりっていうのに結構気持ちが奮い起こされる。
リリカとルゥ婆。俺は俺が家族だと思えるこの二人を守りたい。
そして自分の将来と、この二人を守ること。この二つは一つの目的の元で達成できる。すなわちレッサードラゴンを倒し、生きてこの遺跡から脱出するってことだ。
「俺は変わりたい。変わらなきゃいけない。その為にも変わらなきゃいけない理由を知りたい。それを考えたい。だから、俺は、こんなところで死んでなんかいられないんだ」
我知らず、固く握りしめていた拳に気付く。いつの間にか震えも消えていた。身体が自由に動くぞ。
「だから大丈夫、無茶なんてしないよ、リリカ」
「……うん」
躊躇いがちだがしっかりと頷いたリリカは、身を退くように俺の手を離してくれる。
俺はルゥ婆とレッサードラゴンの戦いに向き直った。
覚悟を決めるのに手間取ったが、実は対レッサードラゴン戦に考えが一つある。
レッサードラゴンにはルゥ婆の雷門晶術があまり効いてないように見える。それってつまり耐電性が高いってことだよな。耐電性が高い皮膚のイメージといえばゴム質とかあとは……いや、それくらいしか浮かばないや。とりあえず、ゴム質なら火に弱いってイメージもついてくる。そして火といえば俺、熱の門晶術だ。
火の門晶術で奴の皮膚を焼いて、その状態で電撃を流し込めば効果を上げるんじゃないか?
問題点は俺が唯一使える火の門晶術、エリフを飛ばせないってことだ。最低でも門晶術を具象化できる半径一メートル以内に奴を捉えなきゃいけない。離脱はユールグ直伝の踏み込みの要領で一気に距離を取ればいいだろう。本来は相手の懐に飛び込む為の技術だが、物は使いようってことで。
うまくいけばラッキー程度の妄想に近い予想だが、これが今の俺の力で可能な最大限の戦術案だろう。やるっきゃないってこった。
「ばばさまっ!」
俺の思考が纏まりかけたその時、リリカの悲鳴じみた呼び声で強引に現実に引き戻される。
反射的にリリカの方を見て、その絶望的な表情を認め、嫌な鼓動を打った心臓に急かされつつその視線の先を辿ってルゥ婆を探した。
最悪の情景が頭の隅をよぎる中で俺の視界に飛び込んできたのは、それまでの火花散る――というか実際に雷が飛び交ってた激戦が嘘のような静寂だった。勿論、ルゥ婆は生きている。しかしレッサードラゴンもまだ死んでない。一人と一匹は一足飛びに飛び掛かれる距離を置いて竦んだように対峙していた。
どうしてこんな状況に陥ったのか、それはルゥ婆の様子から察せられる。さっきまで猫のように敏捷に飛び跳ねまわっていたルゥ婆が、敵を前にして呼吸を整えているのだ。それもちょっと息が上がったとかそんな生易しいもんじゃない。苦しそうに折り曲げた背中を大きく上下させ、喉を擦過する呼吸音がゼヒュウゼヒュウと俺のいる場所まで届くほどだ。
レッサードラゴンがそんなルゥ婆に襲い掛からない理由まではちょっとわからないが……妙に警戒している様子から察するに、ルゥ婆のいきなりな変化を警戒してんのか? だとしたらトカゲとは思えない知性だな……。
って感心してる場合じゃない! ルゥ婆の異変も気になるが、今の状況ってすごいチャンスなんじゃね?
レッサードラゴンはルゥ婆への注意を重視するあまり、俺達への警戒を完全に解いているように見えた。ずっと戦闘に加わってこなかった俺達に対して、無防備に背中を晒しているのがその根拠だ。
状況は俺に味方してくれている。好機といっていいだろう。作戦の内容は、まあもうこの際細かい事は考えずにおこう。だって、レッサードラゴンの警戒が徐々に弛められてきたからだ。ルゥ婆の苦しみが演技でないと思い始めたのか、レッサードラゴンは前後に揺れるような動作で一歩一歩を慎重に踏み出し始めた。
やるしかないのだ。
俺は意を決すると、頭の中にエリフの論理を展開し門晶にエーテルを通す。前方一メートルのあたりにいつでもエリフの炎を具象化できるように準備を整えて、身体の重心をまっすぐ深く落とした。
じわじわと詰め寄るレッサードラゴンの巨躯に、ルゥ婆が杖を構え直そうとするがその拍子に大きく咳き込んで呼吸を整えるのもままならない様子だ。そんな醜態を見ながらも、レッサードラゴンの歩はいまだ躊躇いがちな前進を維持している。
重心を落として忍び足でその背後に迫っていった俺は、連峰のような棘だらけの平たい背中が踏み込みの射程圏内に入ると感じた瞬間、溜めに溜めていた体幹のバネを解き放った。
「お嬢様っ!」
ルゥ婆の叫び声が耳に飛び込んだ。
俺の名前を読んでいるんだって気付いた時には、声と同じくらい速かったんじゃないかって猛スピードで突っ込んできたルゥ婆に押し倒されて、もろとも吹っ飛んだ。
吹っ飛びながらルゥ婆の身体越しに鈍く重い衝撃が伝わり、俺達の身体はさらに激しく勢いを増した。ルゥ婆の骨張った背中の後を丸太のようなものが薙ぎ払っていくのが見えた。
冷たく硬い床に落っこちてから数メートルほど慣性に引きずられる最中、俺は俺達をふっとばした何かがレッサードラゴンの尻尾だったんだと、ぼんやり考えていた。
俺は気付かれてなかったんじゃない。奴に気にされてなかったんだ。ああやって、尻尾の一撃でいつでも黙らせられるから放置していた。レッサードラゴンにとって俺はハエと変わらない程度の脅威でしかなかったってことかよ。横たわったままのルゥ婆の腕の中で理解して愕然とする。
「ってルゥ婆、大丈夫か!?」
ルゥ婆がすぐに動かない事に気付いて、俺は慌てた。俺の迂闊な行動のせいで助けようとしたはずのルゥ婆にどっか怪我でもされたら、自分をいくら呪っても呪い足りんぞ……!
「いえ、大丈夫です……急に激しく動いたので、筋肉に少し負担が残っただけでございますよ」
「いやでも、尻尾にぶっ飛ばされたんじゃ……!」
「衝撃のほとんどは門晶術で防ぎ切りましたよ。本当に、身体が動かないのは無理をした反動でございます故、すぐに収まります」
弱々しくも笑みを見せてくれたその顔に、少しだけ安心する。
「ばばさま、シュー様、魔獣がぁっ!」
って和んでる場合じゃねえよ!
リリカの声にはっとして顔をあげれば、真っ直ぐこっちに駆け寄ってくるレッサードラゴンの姿。ルゥ婆は起き上がろうとするが、身体がまだ上手く動かないのか、顔をしかめて呻いただけだ。
「くそっ!」
動けないルゥ婆を担いでは逃げきれない。一人で逃げるなんてもっての外。だけどこのままじゃ二人揃ってレッサードラゴンに美味しくいただかれてしまう。でも俺一人で立ち向かったところで……って、そういう思考を払いのけたくて俺は動いたんだろうが! どうせ食われるなら一か八か、やるしかないんだよ!
俺はルゥ婆の腕の中から這いだすと、意地でも放さなかった木剣を両手に持ち直して顔の横まで掲げると、真っ直ぐに立てた。考えはある。相手の意表をついて致命傷を与える秘策だ。
つっても、その実かなり分の悪い賭けなんだが……そんなもの最初から百も承知で突っ込んできたんだ、今更怯んでいられない。
そうして思考を強引にまとめ上げ、敵と自分の距離を正確に見定めようと目を凝らす。って……うっへぇ、正面から見るとこんなに大きく見えるのか。床から頭頂部まで俺の背丈くらいあんぞ。
しかも真正面から嵐のように吹き付けてくるこの圧迫感って、いわゆる殺気ってやつか……意地を張ってなきゃ即座に回れ右して逃げ出したくなる強烈さだ。
しかし狼狽えてはいない。心の表面に泡みたいに浮かんだ恐怖の割に、底の方は意外と落ち着いている。そっか、剣術の稽古の時、ユールグが不意に本物の殺気をぶつけてきたのは、こういうときに怯まないように慣らすためだったのか。てっきり俺は嫌われてるものと思って、仕返しでユールグの着替えに毛虫を仕込んだりしちゃったけど、今ちゃんと理解したから許してねユールグ! あんたのおかげで恐ろしい現実からも目を逸らさずに注視していられるよ!
ベタベタベタと腹を擦るようにしてレッサードラゴンがこっちに駆け寄ってくる。その咢(あぎと)はまだ閉じたままだ。俺の方もまだ踏み込みの射程圏内に捉えたとは言い難い。だけど遅すぎれば咢が開く。レッサードラゴンが大口開けてるところに飛び込むのはいくらなんでも自殺行為だ。
締め付けてくるような重苦しい空気に耐えながら、その時を待つ。
その間は数えるほどもないわずかな時間だったと思う。なのに、ほんの一瞬の時間が何秒にも何分にも感じられた。ああ、これが永遠の一瞬とか刹那の閃きってやつか……なんかプロの戦士っぽくね?
とか思った瞬間、身体が勝手に動いてた。稽古でその呼吸を叩き込まれていた身体が、自然と一瞬を捉えていた。
重心を低く、中心に据えたまま前へ踏み込む。レッサードラゴンとの間合いが一気に詰まる。
そんな俺の行動にレッサードラゴンは付いてこれなかった。俺が怯えて竦んでるとでも思ってたのか、迎撃のために口を開く動作が一瞬遅れた。
その油断を最大限利用させてもらう。俺は大上段に構えていた木剣を、渾身の力で振り下ろした。迎撃も減速も間に合わなかったレッサードラゴンは、自らその下に滑り込んできて、俺の会心の一撃に――ゴキッ! と、小気味いい音を立てて木剣が折れた。折れたよっ!?
ってたじろぐな! 本命はこっちだ、使い慣れて色々思い入れも深い木剣を失った悲しみは生きて帰ってからゆっくり噛み締める! 泣いてない!
「猛き気焔よ! 五十八式甲、エリフ!」
俺の力ある言葉に反応して、俺の頭くらい大きな火球がレッサードラゴンの頭上に出現し、弾けた。
いや、実のところエリフの論理は心中構築してたから口に出す必要ないんだけどさ、ほら、呪文詠唱とか憧れるじゃん? ちなみに五十八式ってのはエリフが協会に登録された時の番号で、別にそれ以上の意味はない。カッコイイから付けてみただけだ。
まあとにかく、無駄を挟んでも門晶術はちゃんと発動してくれる。エーテルが門晶を通るこそばゆい感覚と同時に、自分の正面に物理的な熱が集まるのを感じる。それが我慢できなくなるほど熱くなるのと、空気が膨れる音がボッと破裂したのはほぼ同時だった。目に見える炎の、それも小さな太陽と見紛うばかりに密度の高い火球が、俺とレッサードラゴンの中間に現れる。火球は、前進する俺の動きに合わせて直進し、見事にレッサードラゴンの顔面に直撃! 心の内で快哉を叫んだ俺の眼前には、エリフの炎で焼けただれたレッサードラゴンの皮膚が――あれ、結構平気そう……? っていうかほぼ無傷のご様子で……。
何事もなかったかのようなレッサードラゴンの頭頂部を見て、俺は焦った。焦りながらも、次の動きを身体にこなさせていた。
口を開けようとしていたレッサードラゴンの正面から身を捻って脇に逸れ、そのまま噛み砕かれるのを避ける。
そして身の捩じれを利用して、名残惜しくて握り締めたままだった木剣の柄から半分を、レッサードラゴンの体躯の内で恐らくもっとも柔らかいであろう部位、眼球に突き立てる。
「GyLYOh!?」
レッサードラゴンが悲鳴とも怒声ともつかない唸り声を洩らした。頬を生臭い吐息が撫でていく。
突き立てた柄を手掛かりに、頭に張り付いたままの俺を振り落とそうと身悶え暴れるレッサードラゴンに必死に食らいつきながら、俺は頭の中で唯一扱える論理を構築する。
「これならどうだよ!」
手にした木剣の柄を媒介に、門晶術を発動する。
「GYhoohooo!」
レッサードラゴンの眼窩に突き立った木剣の先端、つまり奴の体内へ直接エリフの炎をぶち込んでやった。威力は半減するが、門晶術を身体の延長から具象化できるってのはルゥ婆の授業で習ってたからな。ぶっつけ本番とはいえやればできるもんだ。
なんて感心してもいられない。内部から燃え盛る火が柄を伝わって手元に迫る。
手に迫る熱源から遠ざかろうと慌てて手を離した瞬間、俺の身体は思った以上の勢いで空中に放り出されていた。
そりゃそうだわな。痛みに暴れ狂ってるレッサードラゴンの体に辛うじて食いついてた手を離せば弾き飛ばされるのも道理だ。むしろ無暗やたらに振り回していた四肢や尻尾に当たっていたらあっさりとお陀仏してたかもしれないと思えば、吹っ飛ばされただけなのはラッキーなんだろうけど……態勢を整える間もなく床に叩きつけられた俺は、肺から無理矢理追い出された空気に喉を圧迫されて咳き込んだ。死ななかっただけマシだと思ってこの痛みは我慢だ。
でもこれで! と内心でガッツポーズをとる。威力が半減してるとはいえ身体の中から焼き尽くされりゃさすがにこいつだって生き物だ、ひとたまりもないだろう。波のように緩急つけて襲い来る痛みに耐えながら、確信を込めて顔を上げる。
その時にはルゥ婆も膝立ちに立てるまで回復していて、レッサードラゴンの息絶える様を見……って……木剣を一瞬で炭化させるほどの火力を体内から受けても、レッサードラゴンは生きていた……。
それどころか、残った瞳に憎悪の色を濃くして、俺を睨み据えている。俺はその醜悪な眼差しを直視して、思考を停止した。
「シューちゃぁぁんんっ!!」
「お嬢様、お逃げ――!」
その眼光に怯んだ瞬間、停止した思考が今度は途切れた。
途切れていたのは一瞬だったが、気が付いたら地面にうつぶせに倒れていた。その間、気を失っていたらしい。
なぜすぐ気付けたかって? 気を失ってられないほど、身体が痛いからだよ。
俺は、レッサードラゴンの尻尾スイングをモロに喰らって吹っ飛んだのだ。
「っあぁあああぁっあああっ!?」
左腕が、自分の身体の下で捩じれて二つに折りたたまれていた。見なきゃよかったと後悔して硬く目を瞑る。痛みに意識が飛びそうなのに、痛すぎて意識を手放すこともできない。
呼吸をすると身体が引き裂かれるほど痛かった。吸った瞬間痛みで吐き戻し、浅く荒い呼吸を犬みたいに繰り返す。どうやら内臓がいくつかやられたっぽい……口の中がぬるぬる血塗れだ。
気色悪い脂汗が全身をじっとり濡らす。そういえばレッサードラゴンは……目を開けて顔を上げると、レッサードラゴンと視線が合った。
地響きのように迫り来る唸り声をあげながら、残った片方の瞳がずっと俺の姿を捉えていた。
「ぐ、るなっ……!」
レッサードラゴンがにじり寄る。
身体は動かなかった。当然だ。痛みに耐えるので精一杯だ。
レッサードラゴンの背後では雷鳴と閃光が疾っているが、レッサードラゴンは意に介さず俺にターゲットを合せたままだ。じわりじわりと、俺の心をなぶるように近づいてくる。
このままじゃ食い殺される。だけど立ち上がろうと足を動かしても、腕に力を込めても、身体が重くて持ち上がらない。その場で無様に右足と右腕を動かしているだけの俺に、レッサードラゴンがほくそ笑んだような気がした。
大きな咢が開かれ、逃げられない俺に対しても呵責ない素早さでその巨体が迫り来る。
まだ何もしてないのに、何をしたいのかもわかってないのに、俺はこんなところでトカゲの化け物に食い殺されるみたいだ。
そう覚悟を決めてしまったら、痛みも焦りも一気に遠退いていく。
さすがにもう三回目ともなると、死ぬのにも慣れたもんだ。この激痛から解放されるなら、死ぬのも悪くないか。もしかしたらまた別の人生を歩めるかもしれないんだから、今回の失敗はその時活かそう……。
俺は無駄に足掻くのをやめた。迫り来る咢をただ茫然と眺める。最後は痛くなきゃいいな、とか考えてたら、俺の身体が何かに突き飛ばされた。
「ばばさまぁっ!」
リリカの悲鳴が今度はルゥ婆の名を叫んだ。
気が付けば、ルゥ婆の顔が目の前にあった。
「シューお嬢様、ご安心くださいな。そのくらいの怪我であれば、今のリリカでも十分治せるはずでございますよ」
俺の恐怖を慰めるように、ルゥ婆が優しく教えてくれた。朦朧とする頭で「そうなのか、凄いんだなリリカは……」と考える。遠くから、誰かの咽び泣く声が聞こえる。
リリカの泣き声だ。リリカは泣き虫だから、この泣き声は耳に馴染んでる。だからすぐにわかる。泣いているのはリリカだ。
なんで泣いてるんだ。俺が怪我をしたから? でもそれはリリカが治せるはずだ。じゃあなんで、じゃあどうして?
霞む視界の向こうに、レッサードラゴンの灰色の巨体が山のように見えた。その稜線を辿っていき、俺は潰れた肺に無理矢理息を吸い込んだ。
ルゥ婆が、食われてた。
大口の端から端に長い杖を引っ掛けているから飲み込まれるのは防いでいるものの、その牙までは止めようもない。
ルゥ婆は俺の代わりに、杖を持ったままの右半身をその咢に差し出していた。
レッサードラゴンのわずかな口の隙間から味わっているような、満足気な吐息がゲフゥと洩れて、血生臭い風が俺の顔を叩く。
「ルゥ……ば……」
「大丈夫です、お嬢様はこのルゥが必ずお守りしますから」
そう微笑むルゥ婆の皺が寄った唇から、血が流れた。傷が内臓にまで達しているってことか。
俺の油断が、ルゥ婆を殺そうとしている。
俺がこんなところに来たから、ルゥ婆が死のうとしている。
俺、ルゥ婆を助けに来たはずなのに……俺、ルゥ婆に生きていて欲しかっただけなのに……。
なんでこんな事になるんだよ、ありえねえだろ、おかしいだろ、誰のせいだよ――。
「あなた」
声が俺の口から独りでに漏れていた。
「あなたがいるから……」
それは俺の声なのに、俺の意識とは関係なく喋っていた。
身体が勝手に動いた。動かないと思っていたはずの身体が独りでに動いて、立ち上がり、レッサードラゴンに近づいていく。
レッサードラゴンは静かだった。動かなかった。
いや、レッサードラゴンだけじゃない。ルゥ婆も、リリカも、世界の全てが凍り付いたように動かない。動いてるのは、俺じゃない俺の身体だけ。
「えーと」
のんびりした声で、焼けて炭と化した木剣の柄を握りしめる。焼けぼっくいと化したそれは相変わらずレッサードラゴンの眼窩に突き立ったままだ。
「こうかしら?」
俺は自分の身体の中で得体の知れない力が……いや、違う。今まで扱ったことがないほど大量にして高密度のエーテルだ。それが俺の門晶を軋ませながら体内に流れ込んできて、弾けた。
エーテルの濁流が弾けたと思ったら、俺の手元でも爆発が起こった。それは言ってしまえば俺が先程やった事の繰り返しだ。しかしその威力が桁外れだった。俺自身の腕が吹き飛ばなかったのが不思議なほどの威力に内側から炸裂され、レッサードラゴンの半身が風船でも割れるかのようにあっさりと弾け飛んだ。飛び散ったレッサードラゴンの血肉に塗れて、いまだ俺の意志の元に帰らない俺の半身が赤く染まる。
濁った血液の臭気が鼻を衝く、と感じた瞬間に俺の五体に感覚が戻った。安堵する間もなく、一緒に戻ってきた痛みにもんどりうって閉口する。
ついでに言うと、時間も元に戻った。
「GhYiulyyyy!?」
レッサードラゴンの悲鳴が響いた。口を開けた反動でルゥ婆が放り出される。頭の半分を失ったレッサードラゴンはのたうちながら俺達から離れていき、反対側の壁を打ち崩さんばかりの勢いで激突し、その一切の動きを止めた。
「ばばさまっ、ばばさまっ、ばばさまぁ!」
脅威は去ったと判断したのか、リリカが横たわるルゥ婆に駆け寄った。ルゥ婆がその耳元で二言三言リリカに囁くのと、動かなくなったレッサードラゴンの体とを、俺は呆然と見比べた。
一体何が起こったのか、理解が追い付かなかった。身体は相変わらず痛いが、時間が凍る直前ほどじゃない。まるで身体を動かすべく麻酔を施したように、痛みは我慢できる程度に引いている。左腕がブラブラしてるのはちょっと精神衛生上よろしくないが……。
一体何が痛みを押さえたのか。決まってる、俺じゃない俺自身。あの爆発を引き起こした俺だ。
あの爆発は間違いなく門晶術だった。それも使用したエーテルの量から考えれば軽く上級は越えている。上級でも耐えられるとルゥ婆が太鼓判を押した俺の門晶が、術の使い過ぎで疲弊しているのが何よりの証拠だ。
でもその割にあの爆発、威力が大人しかった気もする。上級以上の門晶術は町中での使用がどんな理由で禁止されているほどの高威力だ。あんな至近で放てば俺の身体も噛まれてたルゥ婆も一緒くたに吹っ飛んでおかしくなかった。なのに二人とも一応生きてはいる。
その事実から見れば、なんとなく察しが付いてくる。多分あれ、論理を介さず無理矢理エーテルを変換して爆発させただけの代物だ。門晶術とすら呼べない非効率な業。あんなエーテルの使い方、見たことも聞いたこともないぜ……。
ズキリと胸のあたりが痛んだ気がした。慣れない高密度高圧縮のエーテルを出し抜けに流された俺の門晶が、音のない悲鳴を上げて軋んでるんだ。苦悶に顔を歪め、そこに門晶があるわけじゃない胸を押さえる。
具体的にどう痛いってわけじゃないんだが、強いて言うなら筋肉痛のじわじわとくる痛みに似ていた。あまり使ってない筋肉を急に激しく動かしたらつったり痛めたりするのと同じことが門晶でも起こるのだ。まあ、普通は自分の技量をはるかに超えたエーテルなんて扱えるべくもないもんなんだが……。
止まった時間といい、原始的な門晶術といい、明らかに俺の身体の中で異変が起こった。それが一体何だったのか、物思いに耽る俺を現実に引き戻したのは、誰かに引っ張られた袖の感触だった。
「シューちゃん、怪我治すよ」
「は? そんなのルゥ婆のが先――」
「いいから言う通りにさせてぇ!」
普段のリリカからは想像も出来ないはっきりとした物言いに俺が驚いている隙に、リリカは俺の折れた左腕に手の平を掲げる。
「大地に微睡(まどろ)む我らが母よ、吾が願い、日々の祈りを糧として叶えたまえ……彼の者の苦痛を取り除きたまえ――」
リリカが祈りの言葉を唱えると、その手の平が淡く緑色に輝き、俺の身体に残っていた痛みが温もりに洗い流されていくのがわかった。
「……なんで、俺が先なんだよ……」
薄い色の唇を引き結んで黙ったままのリリカに尋ねる。答えは期待していなかったが、案の定、答えは帰ってこない。
光が収まると、左腕に感覚が戻っていた。軽く動かしてみても、なんの違和感もない。
治してもらっておいてなんだからこれは口にしないけど、ついさっきまで感じていた痛みがなくなるってのはなんだか変な気分だ。まるで悪い夢でも見ていたかのようで、自分の身体が信用できなくなりそうだ。
回復魔法……これはちょっと、便利すぎて危険な気もするな。頼り過ぎたら油断に繋がるかもしれない。
「ばばさまがシュー様を先に治せって~……」
それが先程の質問の答えなのだと気付いて、俺は強張っていた表情を和らげてその頭を撫でてやった。
「そっか、ありがとう、もう十分だから早くルゥ婆を治してやらないと」
「うん~……」
さ、次はルゥ婆を治す番だ。浮かない顔のリリカを引きつれて、ルゥ婆の元に駆け付ける。
ルゥ婆の状態は想像以上に酷かった。
はたから見ていた分にはただ噛みつかれていただけだったのに、肩口から足の付け根までルゥ婆の枯れ木みたいな右半身は真っ赤に染まり、引き裂かれた法衣と肉体の区別がつかないほど惨憺たる有様だった。磨り潰されたかのような状態に目を背けたくなるのを我慢して、ルゥ婆のそばに屈み込む。
「シューお嬢様……よかったですね……お怪我は大丈夫そうで……」
虫の息の合間から、ルゥ婆がそう言った。
こんな時にも俺の心配かよ……俺のせいでこうなったも同然なのに……。
俺は何も答えられずに顔を背けた。ぶっちゃけ、我慢の限界だ。あまりに悲惨過ぎてこれ以上ルゥ婆の姿を見ていられなかった。
でも、リリカは険しい表情ながらも決然とルゥ婆に向き合い、先程と同じようにその身体に手をかざして祈りの言葉を口ずさみ始める。
「大地に微睡む我らが母よ、吾が願い、日々の祈りを糧として叶えたまえ……彼の者の苦痛を取り除きたまえ――」
この祈りを口にしている間、祈祷術は発動する。祈りの内容はほとんどが神様を称賛するおべんちゃらだ。その合間に自分の願いを織り込んで、功徳を糧に願いを成就してもらう。
その神々しいまでの輝きを見ていると、改めてこれが奇跡の業と呼ばれる所以を思い知る。祈祷術か……いや、確かにすごいとは思うけど、文字通り他力本願な力はぶっちゃけ性に合わない。
神様の誓いを頼るより、やっぱ自分の力と頭を駆使して技術を切磋琢磨する門晶術の方が楽しそうだ。俺にそんな尚学の精神があったなんて自分でもびっくりだけどな。
いや、今までは本気で取り組みたいものがなかっただけで、この世界に来てようやくそれを見つけたのかな……剣術と門晶術、この二つはもしかしたら俺を変える縁(よすが)になるのかもしれない。
「母なる慈悲、大地に及び、還らざる力を呼び戻し、今一度緑なす力を蘇らせ――」
リリカの祈祷は続いている。
見れば、ルゥ婆の傷は外側からはもう赤い痣程度にまで回復していた。やっぱすごいな、祈祷術も、それを使いこなすリリカも。
とか思った矢先、リリカの手の平から力ある光が失われた。
「その御心は遍(あまね)く天地に揺蕩(たゆた)い、その目見(まみ)は遍く時空に輝き……」
リリカの祈祷は続いている……なのに、ルゥ婆にかざしている手の平に光はない。
ルゥ婆の容体もさっきまでの虫の息よりかはよっぽどましだがまだ苦しそうで、時折痛みに耐えかねるように歯を食いしばって顔を歪めている。まだ、完治はしていないのだ。
「リリカ、どうして治療をやめちゃうんだ?」
俺は何気なく聞いた。深く考えずに聞いて、振り返ったリリカの顔を見て驚いた。
リリカは、およそ顔から出る汁全部で顔面をグシャグシャにして泣いていた。
「どうしよう、シューちゃん~、ばばさまが助からない、助けられないぃ……このままじゃばばさまが死んじゃうよぉ」
そう言ってとうとう天井を仰いでワンワンと泣き出してしまった。
俺はと言えば、ルゥ婆は相変わらず苦しそうだわ、リリカは大声で泣きじゃくるわ、そして状況がさっぱり掴めないわ、実はまだ地味に胸のあたりが痛いわで大混乱に陥っていた。リリカさん、俺も泣きたいっ!
でも泣いてたって何も解決しない! いくらレッサードラゴンの脅威が去ったからって、いつまでもここにのんびりしていられるほど遺跡の内部が安全だとは思えない。
「リリカ、どう言うことなんだよ、どうしてルゥ婆を助けられないんだ?」
頭を撫でてなるべく優しく語り掛ける。リリカが泣いてる時、いつもこうしてやると少し落ち着いてくれるのだ。
しかし今回はこれだけじゃ気持ちが落ち着かなかったのか、涙でベチャベチャの顔で俺の胸に飛び込んで、一際大きな声で泣き出した。
あー、そういや俺さっきレッサードラゴンの頭を爆裂させた時、しこたま返り血を浴びてたっけ……絹のブラウスも真っ赤に染まってたんだが……ま、いいか、リリカが気にしないなら。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、リリカは俺の胸に縋りついたまま俺を見上げてきた。顔にちょっとレッサードラゴンの血糊が付いているけど、今はそっとしておこう。
「どうしてルゥ婆をこれ以上助けられないんだ?」
改めて尋ねた俺に、リリカはふっと目を伏せた後、横たわるルゥ婆の方を見やった。
「功徳が、私の溜めてた分じゃ足りないの~……」
「功徳が足りないって……MP切れってことか……」
「えむぴー……?」
聞き慣れない言葉にリリカが怪訝そうにする。
「いや、聞き間違いだ忘れてくれ。そうか……動かせそうか?」
「わかんないぃ……私は治るように神様にお願いする事しか出来ないから、怪我の具合とかはよくわからないし……まだ勉強してないから~」
そういうもんなのか。よく、回復魔法は肉体構造を知らないと効果がうんぬんとか聞くけど、祈祷術は治れと祈るだけで治っちまうもんなんだな……だから、実際の医療知識は後回しってか。便利すぎるのも考え物だな。
「お嬢様……リリカ……良いですから、このまま老体を捨て置いて早くお戻りくださいな……」
いつの間にか薄く目を開けていたルゥ婆が、狼狽(うろた)える俺達を見てそう言った。
☆「なあルゥ婆、俺さ、そういうセリフを聞くたんびに思うんだが、そう言われて『はいそうですか』と帰れるバカがいると思ってるのか?」
ルゥ婆は何も答えない。
俺は更に心中を吐き出すように言い募る。
「それってむしろ『是が非でも連れて帰ってくれ』っていう振りだろ。わかっててやってんだろ?」
「は、いえ、決してそのような心積もりは……ってお嬢様」
「そう言う訳でお言葉に甘えて是が非でも連れ帰らせてもらうぞ」
ルゥ婆がまともに動けないのをいいことに、俺は強制的にルゥ婆を担ぎ上げた。勿論、慎重に慎重を重ねて、ルゥ婆が痛がったりしないか確認しながらだ。思ったよりも、ルゥ婆の身体はしっかりと俺の身体に乗りかかってくれた。これなら思ったよりも酷い状態じゃないのかもしれない。
しかし……軽いな。紙で出来てるみたいだ。こんな吹けば飛びそうな身体で、あんな恐ろしげな門晶術をバカスカぶっ放してるんだから恐れ入るよ……そうだ、こんだけ頑張ったんだ、何がなんでも連れ帰ってやるからな、ルゥ婆。
ルゥ婆を担ぎ上げた背後で、気を取り直したリリカも鼻をすすりつつ上げつつルゥ婆の杖を担いで俺のそばまで駆けてきた。
「修道院のデリケ様なら、ばばさまを助けられるかも……」
そう耳元で囁かれ、俺は首が痛くなるほどの速度で隣のリリカを振り見た。
「マジか! ってか誰それ!?」
ビクッと身を竦ませて俺の剣幕に驚くリリカが可愛い。じゃなくて、ルゥ婆が助かるってか!
「え、えと、あのぅ、修道院の高弟様でぇ、私の師匠の師匠でぇ――」
まだるっこしい!
「その人のところまで行けば、ルゥ婆は助かるんだな!」
「う、うん~」
「よしじゃあ修道院へ行くぞ!」
「はぁい~」
よっしゃ、助かる道があるとわかれば俄然やる気も湧いてきた!
一気に気勢を上げた俺は意気揚々と、だけどゆっくりと、背中のルゥ婆に気を使いつつ歩き出す。リリカもかたわらから介添えするように付いてくる。
そんな風に俺達は希望を見出す間ずっと、レッサードラゴンの死骸に背を向けていた。というか、一顧(いっこ)だにしてなかった。
だってどう考えても頭が半分吹き飛んだら死ぬと思うじゃん。
部屋唯一の出入り口に差し掛かったところで、なんとなく首筋辺りがピリッとして振り返った。
振り返った先で、レッサードラゴンが半分弾け飛んだ頭をこちらに向けて起き上がろうとしていた。
「な……んだよ……なんなんだよ、あれは……」
愕然と呻く。恐怖で喉が詰まっていた。
「リリカ、杖を」
立ち尽くす俺の背中から、ルゥ婆のしっかりとした声が聞こえた。
リリカが、手にしていたルゥ婆の杖を渡す。
「Gyooorrr! GrGyoooouu!」
突然、レッサードラゴンが今までと違う声で咆哮した。それはまるで何かを呼ぶようにも、何かを知らせるようにも聞こえる。咆哮は遺跡内部にこだまして、やがて尾を引いていた残響も薄暗い廊下にか細く消えて行った。
と思ったら、今度はレッサードラゴンがよたよたとこちらに向かって歩き出した。身構える。
ギッと睨みつけたレッサードラゴンの焼けただれた頭には、木剣の柄だった消し炭がしつこく突き立ったままやけに自己主張激しく金属光沢を放っていた。
「オド・ドラフ・レドヌフ……ヤル・トンク・テグラト」
「ルゥ婆っ――!?」
杖をかざしたルゥ婆が、門晶術を構築した。しかも『五論数』。
そんな身体で無茶だと言い終わる前に杖の先から一瞬だけ光が迸り、迸ったと思った途端、レッサードラゴンの体が内側から爆発したようにビクンッと大きく一度だけ痙攣して、動かなくなった。その口や、肉が見える顔半分から黒い蒸気が立ち昇り始め、辺りに焼けた肉の匂いが濃くなった。
「お嬢様が炭化させた木剣のお陰で、正確にあやつの体内に雷を送り込めましたでな……さすがに、ゴホッ……これで再生することもないでしょう」
言われて俺は、湯気を立てて倒れ伏したレッサードラゴンにたくましくいきり立つ元愛棒を見やった。
そっか、あの木剣が最後に役に立ってくれたのか。なんか感慨深いぜ……。
っていうかさ――。
「再生って……あいつそんな能力まで持ってんのか」
「魔獣は死なない限りエーテルの力でゆっくりと再生しますでな……油断ならないのでございますよ……ェホッ!」
「大丈夫か……?」
「何のこともございません……さ、帰りましょうか……」
「……ああ!」
そうだ、これで完全に終わったんならそれでいいじゃないか。今度こそ大手を振って帰れるんだ!
帰ったらまずは風呂に入りたいなぁ……あー、だけどいま親父が屋敷にいるんだったっけ。好き勝手に風呂入れたら怒るかなぁ……つか今何時なんだろ? あんまり遅くなってたらそれ以前の問題で怒るかもなぁ……門限とか言われたことないけど、向うで勝手に設定してないとも限らないしなぁ……あでもその前にルゥ婆を修道院に連れてくから、リリカと一緒にそっちに入れて貰うって手もあるなぁ……それならゆっくりできるし、リリカとキャッキャウフフなご褒美イベントも起こせるし――。
みたいな妄想を炸裂させつつ、俺はルゥ婆に負担がかからないようにゆっくりと遺跡の通路を進むのだった。
入り口から覗き込んだ俺の視界に、大きな黒いとんがり帽子とその一・五倍はある杖の直立する姿が入る。俺は歓喜に鳥肌が立った。
見間違うわけもない。ルゥ婆だ。その後ろ姿にはちゃんと足がある、立っている、腕がある、杖を振りかざしている。ルゥ婆は、無事だった……!
だがようやくルゥ婆の後ろ姿を見つけた時、俺はルゥ婆が生きててよかったと思うよりも、巻き添えで黒焦げにされなくてよかったと考えるよりも、ルゥ婆の小さな身体と対峙する恐竜みたいな化け物の姿に戦慄した。
「な……んだこりゃ……」
「ばばさまぁ!」
「リリカ? お嬢様!?」
俺達の声に驚いたルゥ婆はわずかに振り返りかけ、辛うじて堪えた。目の前の化け物から目を離す事がそれほど危険なのだと物語る行動だ。
化け物と睨み合って動けないルゥ婆の代わりに、俺とリリカはそのすぐ背後まで駆け寄る。そしてさっきとは別の意味で鳥肌が立つのを感じた。
近くで見るとおっそろしいな、こいつ……あんなもんに襲い掛かられたら俺もルゥ婆もひとたまりもないだろう。
大まかなルックスはさっき俺が倒したトカゲの魔獣と似たようなもんだ。
でも大きさと細部の凶悪さがダンチだ。鱗は生えていないが、ゴツゴツと岩のような皮膚に覆われた細長い扁平(へんぺい)な身体は、あちこちに鋭い棘を生やしている。
わずかに開いた口の中には刃物みたいな牙が二重三重と並んで獲物を待ち構え、俺の胴回りはあろうかというぶっとい四肢には剣みたいな爪がずらりと並んでいた。
それでなくても体長十メートルはあろうかという巨大な化け物だ、あの巨体に踏まれたら切り裂かれるとか以前にぺちゃんこだろう。
そしてそれはルゥ婆も同じことだ。ルゥ婆は大人にしちゃ小柄で、俺達と同じくらいの上背しかないのだから。
しっかしこんな化け物、一体どんな生き物が変質したらこんなのが生まれるんだ……って、もしかしてこれって――。
「こいつ、ドラゴン……? 魔族、なのか?」
俺の浅い知識によると、魔族は滅多に存在しないがその存在は一国家を揺るがす凶悪なものだと聞いた記憶がある。
エーテル渦から生まれた禍つ神。意思と肉体を持ち、言葉と門晶術を操って生きとし生けるものに仇なす存在。ドラゴンはその筆頭だ。
そんなものが俺のご近所に住んでたなんてな……世間ってのは狭いもんだ。嫌な意味で。
とか感嘆していたら、
「いえ、これも魔獣でございますよ、お嬢様」
かたわらまで移動した俺に、視線を動かすことなくルゥ婆が告げる。
あれ、これも魔獣なの。それにしては規格外って言うか……。
「しかし的外れではございません。これもこの近辺に生息するシュベリザードが魔獣化したものに変わりはないのですが、長い間エーテル渦の中で変質を繰り返したのでございましょう、もはや元の生物としての形質も気性も残ってはおりますまい。魔族ドラゴンに次ぐ脅威、レッサードラゴンとでも呼べる魔獣でございますよ」
「レッサードラゴンって……火ぃ吐いたりするのか?」
「いえ、ドラゴンと申しましてもあくまで魔獣でございます。門晶を持ちませんので、そういった類いの能力は持ち合わせておりませんよ」
「そうなのか。炎対決と洒落こもうと思ったんだがな」
「……何故いらしたのですか」
おどけて言う俺に、ルゥ婆は詰問した。
レッサードラゴンは新しい闖入者(ちんにゅうしゃ)――俺とリリカの事だ――の存在を確認するように、ちろちろと舌を出して様子を窺っている。ように見える。少し話をするくらいの余裕はありそうだな。でも油断は禁物。
俺もルゥ婆に倣(なら)ってレッサードラゴンに視線を貼り付けたまま、ルゥ婆を見つけたらまず言ってやろうと思っていたことを口にする。
「いきなりいなくなった家族を心配して、迎えに来るのは悪い事かよ」
ルゥ婆が息を呑んだのが、細い背中越しにも感じ取れた。
「……危のうございます、ルゥを置いてお戻りください」
「嫌だね。俺はこんなバカをやめさせに来たんだ。ルゥ婆が今すぐここから帰るって言わない限り、戻らないよ」
「これはルゥのお役目なのでございます。放り出して帰るわけには参りません」
「だったら、とっととこの化け物を倒して帰ろうぜ。ルゥ婆なら簡単だろ」
ここまでの道中で見てきた数えきれない魔獣の死骸を思い出して嘯く。きっとルゥ婆ならこんな化け物あっさり片付けられると、俺は結構マジで信じている。
「お嬢様、リリカを連れてお下がりください」
ルゥ婆が声の調子を変えた。俺がいつの間にか逸らしていた注意をレッサードラゴンに向け直すと、奴は一歩、また一歩とゆっくりこちらへにじり寄って来るところだった。俺は怯えた様子のリリカの手を引いて、言われた通りに部屋の唯一の出入り口まで下がる。
レッサードラゴンの足が次第に速くなる。応じるようにルゥ婆が動いた。
次の瞬間、サンライズパースよろしく構えたルゥ婆の杖から、目に焼き付くほどの閃光がレッサードラゴンの鼻先に襲い掛かる。言うまでもなく、ルゥ婆得意の雷門晶術だ。しかし、詠唱がなかった。
あの威力の門晶術を『心中構築』でぶっ放せんのかよ……。
一般的に雷属性の門晶術は扱いが難しい。
範囲攻撃ばかりで細かい攻撃が苦手というのもあるが、迂闊に使うとその雷撃が自分自身やあらぬ方向まで攻撃する恐れがあるからだ。それを防止するには、細かいエーテルの操作技術が必須になる。それが出来ないと自分が放った門晶術に自分も巻き込まれて結構冗談じゃない被害を被るとか。
まあ自滅は雷に限った話じゃないんだが、広域術が多い雷属性が特に多いってことでそれが巷に高位の雷門晶術士が少ない理由の一つらしい。
だから門晶のコントロールに意識を向けなきゃいけない分、論理の構築が難しくなるはずだ。それを『口頭構築』なしであの精度とか、ルゥ婆って考えてた以上にすごい門晶術士なんだと思い知らされる。
『口頭構築』ってのはいわゆる呪文詠唱の事だ。口で論理を構築するから口頭構築。心の中だけで構築するよりも、論理の名前を口にした方が無意識下で構築出来て簡単だよってな具合らしい。対して心の中で論理を構築することを『心中構築』と呼ぶ。
もちろん、口頭構築より心中構築のが早い。実は俺もすでに一論数の門晶術なら心中構築できる。しかし思考ってのは結構一つのものに集中させるのが難しいもんだ。戦闘中とあればなおさらだろう。だから一般的には口頭構築より心中構築の方が難易度が高いと言われている。実際は場合によりけりなんだけどな。
ちなみに論数ってのは術に使っている論理の数の事だ。俺は論理『エリフ』しか覚えてないから、当然一論数しか使えない。
多分、今ルゥ婆が使った雷の門晶術は『三論数』くらいあると思う。一般的に論数は増えれば増えるほど門晶術として高等だ。三論数ともなれば中位門晶術に相当する。
それをほとんどタイムラグなしにあの精度で心中構築するとか、ルゥ婆は間違いなく高位門晶術士級の門晶術士だ。
鼻っ面に雷撃を喰らったレッサードラゴンは平然とした様子でぎょろりを目玉を動かすと、ルゥ婆に敵意のこもった眦(まなじり)を定めた。
あの威力の門晶術にもかかわらず、まったく効いてる感じがしねえ……あいつの皮膚、ただでさえ硬そうなのに、ゴムかなんかで出来てんじゃねえの……?
しかし門晶術が効いてなくてもルゥ婆は意に介さない。四肢をバタつかせて迫るレッサードラゴンを引き連れて、部屋の中を回り込むように疾った。
その動きの意味がはじめは理解できなかったが、すぐに気付く。俺達の安全を確保するために、レッサードラゴンを引き離してくれたんだ。
それはそれとして、舌を巻いたのはその動きの良さだ。速いのなんのって、とてもしわくちゃの老婆の動きとは思えない。あれ、剣術の修業をしてる俺よりよっぽど速いぞ。
レッサードラゴンはルゥ婆に従って、頭を振り振り滑らかな床の上を疾(はし)る。
その咢(あぎと)がルゥ婆の身体に襲い掛かろうとした時、リリカが俺の背中にしがみついた。俺もルゥ婆が寸暇に噛み砕かれてしまう、とかほんとに一瞬だけど考えてしまった。
だけどルゥ婆はここでも老人とは思えない軽やかな身のこなしで宙に躍り上がり、十分に引きつけたレッサードラゴンの必殺の噛みつきを鼻先一寸で躱(かわ)すと、空中に居るままその差し出された上顎の上に軽く杖の杖頭を置いた。
「オド・ルッコ・ギヴ・グノルトス・シルトセレ」
一語一句、はっきりと口語構築していく。オドは冠詞的に主論理に係る言葉で厳密には論理じゃない。状況に対して主論理を安定させるための役割だ。論理じゃないからこれは俺も教わってる。
つまりこの門晶術は『四論数』……文句なしの上級門晶術。
矢庭、杖から激しい放電が発生し、ルゥ婆の姿を青白く輝かせた。空気の焦げる独特の匂いが発生する。確か、イオン臭だったか。
恐らく門晶術の効果自体は杖の先に電気を発生させる術だ。仕掛けは俺の唯一覚えている術、炎の玉を出すエリフとほとんど変わらない。しかし如何な雷の門晶術のコントロールが難しいと言っても、その単純な仕掛けにあれだけの論数が必要だとは思えない。
考えられる可能性は一つ。あの術、ほとんどが発生する雷を強化する論理で構築されてる。
初級門晶術相当の簡単な術の威力を上級門晶術に匹敵する難度まで上げて威力強化とか、どんだけだよ……。
さすがにこれは終わっただろ、と俺が胸を撫で下ろしたその目のすみで、レッサードラゴンの前足が動いた。
まだ……動けるだと……?
門晶術を維持していたルゥ婆もその動きに気付いたみたいだ。すかさず門晶術を中断し、老女とは思えない機敏な動きで杖を高跳び棒の代わりに飛び退る。その直後、ルゥ婆のいた空間をレッサードラゴンの爪が薙ぎ払った。
ルゥ婆を捉え損ねても、レッサードラゴンの追撃は続く。噛みつき、爪で切り裂き、圧し掛かろうとする。ルゥ婆は余裕を持ってそれを回避しているが、流石にこの苛烈な攻撃の中じゃさっきみたいに虚を突くこともできず、強力な攻撃は出来ないみたいだ。
後退しつつ、たいして効果の望めない簡単な雷の術で牽制するのが手一杯といった感じで、ジリ貧感が否めない。
このままじゃまずい。それは素人の俺の目にも明らかなんだから、ルゥ婆が理解してないわけがない。それでも対策を講じられずにいるのは……多分、俺達がいるからだ。
雷の門晶術の特色は広範囲高威力。そして門晶術はビデオゲームの魔法みたいに対象を敵味方で区別なんかしてくれない。雷の門晶術は無慈悲に術者の周囲を薙ぎ払う。それは上位の門晶術に、つまり威力が上がれば上がるほど顕著になる。
ルゥ婆は俺達を巻き添えに出来なくて、高威力の門晶術を出せないでいるんだ。
じゃあ俺達が逃げ出せば……?
確かにルゥ婆は全力で戦えるかもしれない。だけど、それじゃあ、俺達は一体何のためにここに来たんだ?
自滅覚悟で遺跡に乗り込んだルゥ婆を連れ帰るためだろう?
本来の目的を確認して、俺は白くて小さい拳を硬く握りしめた。色白の掌から血が搾り出され、より白さを増す。しかし皮膚を破って血が滲むようなことはなかった。そこまでの握力が、俺にはないのだ。
力が、ないんだ……。
ルゥ婆を連れ帰るために、欲を言えば手助けするために来たはずなのに、現実はこのザマ。勢い込んで来たはいいものの結局足手まといに成り下がってる。
あんだけ苦労して修行してきたのに、俺には家族を助ける力もない訳だ。
……ふざけんなよ……違うだろ……そうじゃないだろ……またそうやって目を逸らすのかよ……。
親父に見捨てられた天堂宗の時みたいに……自分の能力を見限っちまったアマル村のシューの時みたいに……また、俺は自分を見捨てて、そうして全部投げ出すのかよ!
想像しろ。思い描け。もしここでルゥ婆を失えば、よしんば俺自身が命を長らえたとしても、俺は一生ルゥ婆の死を引きずって……いや、ルゥ婆の死に押しつぶされて、もう一歩も先に進めなくなる。それじゃあ今までの人生と一緒じゃねーか。
「そんなの、もううんざりなんだよ!」
喉が引き裂けそうなくらいに叫んで、一歩前に出る。
「Guyrloooo!」
その鼻頭をレッサードラゴンの咆哮が掠めて、俺の足は再び動かなくなった。
金縛りにあったかのような俺の視界の中で、レッサードラゴンの巨体とルゥ婆の小柄な姿が交錯する。
鎌のような大爪が閃き、奈落のような大口から牙が覗く。レッサードラゴンが大きさに似合わぬ俊敏さで巨躯を翻すたびに、身体を芯から震えさせるような地鳴りと得体の知れない腐臭が撒き散らされる。
それを至近で見せつけられながら、ルゥ婆は顔色一つ変えない。唸る爪を紙一重で躱し、圧し掛かる牙の群生を潜り抜け、充分に引きつけた猛攻の僅かな隙間から三論数――中級門晶術を立て続けに二、三発お見舞いして離脱する。そんな死の舞踏を既に十数回に及んで繰り返している。
ルゥ婆にだって恐怖がないわけはないだろう。きっと恐怖をものともしない意志の力で身体と頭脳をフル回転させてるんだ。どれだけの胆力があればなせる業なのか。
あの咆哮は俺に向けられたものじゃない。そんな風に逃げつつも反撃を加えるルゥ婆の一撃離脱戦法に、苛立ったレッサードラゴンが上げた怒りの咆哮だ。
だが俺には直接無関係なはずのその咆哮だけで、俺の戦意は委縮し、身体は再び硬直してしまった。
ついさっき固めたばかりの覚悟を振りかざして自分の身体を叱咤するが、本能の奥底から止めどなく溢れ出る恐怖は俺の勇気を軽く凌いでいた。
その恐怖にがんじがらめにされて動けない。心臓が粘性を増したような血を無理矢理に循環させる蠕動が気色悪い。口惜しさと恐怖に歪んだ顔面からはいやに粘っこい汗が噴き出してくる。
覚悟と恐怖の板挟みで身体が言うことを聞かない。そんな俺の異変に気が付いたのだろう、背後からリリカの小さな手が伸びてきて、俺の汗ばんだ手を握ってくれた。その瞬間、不思議なくらいあっさりと呪縛は解けた。
「近づいたら危ないですよ……シュー様」
息苦しそうなリリカの声。そっか、リリカも同じ気持ちなんだ。大切な家族が命を賭けて戦っているのを、ただ指を咥えて見ているしかない自分に苦しんでるんだ。
「リリカ……俺は――」
俺の言葉を、リリカは首を振って制した。危ない事はするなってことなんだろうけど……違うんだよ。
気持ちが、口を衝いて飛び出してくる。
「違うんだ。俺ならどうにかできるとか、俺がどうにかしなくちゃとか、そんな無謀な気持ちじゃないんだ」
考えろ。頭を使え。俺には力がない。ルゥ婆みたいに戦うなんて夢のまた夢だ。もし俺が一対一でレッサードラゴンと対峙してたら、逃げる間もなく頭からガブリだっただろう。
だけどさ、ルゥ婆みたいに戦えない=無力って等式は成り立つか?
「うん、そうだ、戦いたいわけじゃない。むしろ、ほら」
じっと俺の顔を見詰めているリリカの眼前に、握られているのとは反対の手を持ち上げる。小刻みに震える女の子の手が、俺とリリカの視線の間に割って入った。
「怖いんだよ。恐くて、怖くて、たまらない。だけど、見てるだけなんて――」
確かに俺にはルゥ婆みたいな力がない。腕力だって、知恵だって一般的十歳女児より少し高いくらいか。
そう、俺の力はゼロじゃない。少し高いくらいでも力は力。あれほどじゃなくたって、力なんだ。俺の身体にはルゥ婆直伝の門晶術――の基礎と、ユールグ直伝の剣術――の基礎がしっかりと叩き込まれている。
俺は何も出来ないんじゃない。宗の時も、アマルのシューの時もそうだ。他の誰かが持ってる俺よりすごいものを羨むばかりで、自分が本来持っているものをちゃんと見もせずに……俺は今までずっと、何が出来るかを真剣に考えてなかっただけなんだ。
貴族の――親父と母さんのことも同じなのかもしれない。俺は貴族っていう枠組みにはめ込まれるのを嫌がって、貴族にならなくていい方法ばかりを探してた。なんでなりたくないのか考えもせずに……そういや、なんでなりたくないんだろう?
そんな核心部分もろくに考えず、ただただ駄々っ子みたいにいやだいやだって否定してたのか、俺ってヤツは……。
「シュー様は、どうするつもりなの……?」
まるで心を見透かされたような質問に、俺は答えを迫られた。
リリカとしては俺がどんな風にルゥ婆の手助けをするのかって聞いただけなんだろうけどさ。
「俺は――」
めまぐるしく頭を回す。咄嗟だったから馬鹿正直に二つの問題を同時に考え始めちまって、頭蓋の中身が攪拌されるような目眩すら伴った。
一呼吸おいて頭の中を一つずつ整理することにする。
今、どうしたいのか?
これから、どうしたいのか?
二つの問題は突き詰めればこの二つの問いに絞れるだろう。この内、これからの方は今をどうにかしなければ実現のしようがない。だけど未来にどうしたいか、どうありたいかを考えて今を動くってのは大事なことだろう。
「俺は、自分がどうしたいのか知りたい」
リリカが小首を傾げた。
うん、気持ちはわかる。どうしたいのか聞いたらどうしたいのか知りたいって答えられりゃ、誰だってそんな顔になるわな。
「えっと、自分がどうして貴族になりたくないのか、俺は考えもせずにただ押し付けられるのは嫌だって拒絶してて……」
リリカの怪訝顔は薄れない。もうちょっと、もうちょっと聞いててくれれば話が繋がるから。
「ルゥ婆とレッサードラゴンの戦いを見てて思ったんだ、俺はルゥ婆みたいには戦えない、力がないから役に立たないって。でも、それじゃ今までと同じなんだ」
リリカの少しとろんとした茶色い瞳を見透かして、それほど付き合いがあった訳じゃないけどずっと心の片隅に居座り続けている女の子の姿を思い出す。そうすると、リリカがエリの生まれ変わりっていうのに結構気持ちが奮い起こされる。
リリカとルゥ婆。俺は俺が家族だと思えるこの二人を守りたい。
そして自分の将来と、この二人を守ること。この二つは一つの目的の元で達成できる。すなわちレッサードラゴンを倒し、生きてこの遺跡から脱出するってことだ。
「俺は変わりたい。変わらなきゃいけない。その為にも変わらなきゃいけない理由を知りたい。それを考えたい。だから、俺は、こんなところで死んでなんかいられないんだ」
我知らず、固く握りしめていた拳に気付く。いつの間にか震えも消えていた。身体が自由に動くぞ。
「だから大丈夫、無茶なんてしないよ、リリカ」
「……うん」
躊躇いがちだがしっかりと頷いたリリカは、身を退くように俺の手を離してくれる。
俺はルゥ婆とレッサードラゴンの戦いに向き直った。
覚悟を決めるのに手間取ったが、実は対レッサードラゴン戦に考えが一つある。
レッサードラゴンにはルゥ婆の雷門晶術があまり効いてないように見える。それってつまり耐電性が高いってことだよな。耐電性が高い皮膚のイメージといえばゴム質とかあとは……いや、それくらいしか浮かばないや。とりあえず、ゴム質なら火に弱いってイメージもついてくる。そして火といえば俺、熱の門晶術だ。
火の門晶術で奴の皮膚を焼いて、その状態で電撃を流し込めば効果を上げるんじゃないか?
問題点は俺が唯一使える火の門晶術、エリフを飛ばせないってことだ。最低でも門晶術を具象化できる半径一メートル以内に奴を捉えなきゃいけない。離脱はユールグ直伝の踏み込みの要領で一気に距離を取ればいいだろう。本来は相手の懐に飛び込む為の技術だが、物は使いようってことで。
うまくいけばラッキー程度の妄想に近い予想だが、これが今の俺の力で可能な最大限の戦術案だろう。やるっきゃないってこった。
「ばばさまっ!」
俺の思考が纏まりかけたその時、リリカの悲鳴じみた呼び声で強引に現実に引き戻される。
反射的にリリカの方を見て、その絶望的な表情を認め、嫌な鼓動を打った心臓に急かされつつその視線の先を辿ってルゥ婆を探した。
最悪の情景が頭の隅をよぎる中で俺の視界に飛び込んできたのは、それまでの火花散る――というか実際に雷が飛び交ってた激戦が嘘のような静寂だった。勿論、ルゥ婆は生きている。しかしレッサードラゴンもまだ死んでない。一人と一匹は一足飛びに飛び掛かれる距離を置いて竦んだように対峙していた。
どうしてこんな状況に陥ったのか、それはルゥ婆の様子から察せられる。さっきまで猫のように敏捷に飛び跳ねまわっていたルゥ婆が、敵を前にして呼吸を整えているのだ。それもちょっと息が上がったとかそんな生易しいもんじゃない。苦しそうに折り曲げた背中を大きく上下させ、喉を擦過する呼吸音がゼヒュウゼヒュウと俺のいる場所まで届くほどだ。
レッサードラゴンがそんなルゥ婆に襲い掛からない理由まではちょっとわからないが……妙に警戒している様子から察するに、ルゥ婆のいきなりな変化を警戒してんのか? だとしたらトカゲとは思えない知性だな……。
って感心してる場合じゃない! ルゥ婆の異変も気になるが、今の状況ってすごいチャンスなんじゃね?
レッサードラゴンはルゥ婆への注意を重視するあまり、俺達への警戒を完全に解いているように見えた。ずっと戦闘に加わってこなかった俺達に対して、無防備に背中を晒しているのがその根拠だ。
状況は俺に味方してくれている。好機といっていいだろう。作戦の内容は、まあもうこの際細かい事は考えずにおこう。だって、レッサードラゴンの警戒が徐々に弛められてきたからだ。ルゥ婆の苦しみが演技でないと思い始めたのか、レッサードラゴンは前後に揺れるような動作で一歩一歩を慎重に踏み出し始めた。
やるしかないのだ。
俺は意を決すると、頭の中にエリフの論理を展開し門晶にエーテルを通す。前方一メートルのあたりにいつでもエリフの炎を具象化できるように準備を整えて、身体の重心をまっすぐ深く落とした。
じわじわと詰め寄るレッサードラゴンの巨躯に、ルゥ婆が杖を構え直そうとするがその拍子に大きく咳き込んで呼吸を整えるのもままならない様子だ。そんな醜態を見ながらも、レッサードラゴンの歩はいまだ躊躇いがちな前進を維持している。
重心を落として忍び足でその背後に迫っていった俺は、連峰のような棘だらけの平たい背中が踏み込みの射程圏内に入ると感じた瞬間、溜めに溜めていた体幹のバネを解き放った。
「お嬢様っ!」
ルゥ婆の叫び声が耳に飛び込んだ。
俺の名前を読んでいるんだって気付いた時には、声と同じくらい速かったんじゃないかって猛スピードで突っ込んできたルゥ婆に押し倒されて、もろとも吹っ飛んだ。
吹っ飛びながらルゥ婆の身体越しに鈍く重い衝撃が伝わり、俺達の身体はさらに激しく勢いを増した。ルゥ婆の骨張った背中の後を丸太のようなものが薙ぎ払っていくのが見えた。
冷たく硬い床に落っこちてから数メートルほど慣性に引きずられる最中、俺は俺達をふっとばした何かがレッサードラゴンの尻尾だったんだと、ぼんやり考えていた。
俺は気付かれてなかったんじゃない。奴に気にされてなかったんだ。ああやって、尻尾の一撃でいつでも黙らせられるから放置していた。レッサードラゴンにとって俺はハエと変わらない程度の脅威でしかなかったってことかよ。横たわったままのルゥ婆の腕の中で理解して愕然とする。
「ってルゥ婆、大丈夫か!?」
ルゥ婆がすぐに動かない事に気付いて、俺は慌てた。俺の迂闊な行動のせいで助けようとしたはずのルゥ婆にどっか怪我でもされたら、自分をいくら呪っても呪い足りんぞ……!
「いえ、大丈夫です……急に激しく動いたので、筋肉に少し負担が残っただけでございますよ」
「いやでも、尻尾にぶっ飛ばされたんじゃ……!」
「衝撃のほとんどは門晶術で防ぎ切りましたよ。本当に、身体が動かないのは無理をした反動でございます故、すぐに収まります」
弱々しくも笑みを見せてくれたその顔に、少しだけ安心する。
「ばばさま、シュー様、魔獣がぁっ!」
って和んでる場合じゃねえよ!
リリカの声にはっとして顔をあげれば、真っ直ぐこっちに駆け寄ってくるレッサードラゴンの姿。ルゥ婆は起き上がろうとするが、身体がまだ上手く動かないのか、顔をしかめて呻いただけだ。
「くそっ!」
動けないルゥ婆を担いでは逃げきれない。一人で逃げるなんてもっての外。だけどこのままじゃ二人揃ってレッサードラゴンに美味しくいただかれてしまう。でも俺一人で立ち向かったところで……って、そういう思考を払いのけたくて俺は動いたんだろうが! どうせ食われるなら一か八か、やるしかないんだよ!
俺はルゥ婆の腕の中から這いだすと、意地でも放さなかった木剣を両手に持ち直して顔の横まで掲げると、真っ直ぐに立てた。考えはある。相手の意表をついて致命傷を与える秘策だ。
つっても、その実かなり分の悪い賭けなんだが……そんなもの最初から百も承知で突っ込んできたんだ、今更怯んでいられない。
そうして思考を強引にまとめ上げ、敵と自分の距離を正確に見定めようと目を凝らす。って……うっへぇ、正面から見るとこんなに大きく見えるのか。床から頭頂部まで俺の背丈くらいあんぞ。
しかも真正面から嵐のように吹き付けてくるこの圧迫感って、いわゆる殺気ってやつか……意地を張ってなきゃ即座に回れ右して逃げ出したくなる強烈さだ。
しかし狼狽えてはいない。心の表面に泡みたいに浮かんだ恐怖の割に、底の方は意外と落ち着いている。そっか、剣術の稽古の時、ユールグが不意に本物の殺気をぶつけてきたのは、こういうときに怯まないように慣らすためだったのか。てっきり俺は嫌われてるものと思って、仕返しでユールグの着替えに毛虫を仕込んだりしちゃったけど、今ちゃんと理解したから許してねユールグ! あんたのおかげで恐ろしい現実からも目を逸らさずに注視していられるよ!
ベタベタベタと腹を擦るようにしてレッサードラゴンがこっちに駆け寄ってくる。その咢(あぎと)はまだ閉じたままだ。俺の方もまだ踏み込みの射程圏内に捉えたとは言い難い。だけど遅すぎれば咢が開く。レッサードラゴンが大口開けてるところに飛び込むのはいくらなんでも自殺行為だ。
締め付けてくるような重苦しい空気に耐えながら、その時を待つ。
その間は数えるほどもないわずかな時間だったと思う。なのに、ほんの一瞬の時間が何秒にも何分にも感じられた。ああ、これが永遠の一瞬とか刹那の閃きってやつか……なんかプロの戦士っぽくね?
とか思った瞬間、身体が勝手に動いてた。稽古でその呼吸を叩き込まれていた身体が、自然と一瞬を捉えていた。
重心を低く、中心に据えたまま前へ踏み込む。レッサードラゴンとの間合いが一気に詰まる。
そんな俺の行動にレッサードラゴンは付いてこれなかった。俺が怯えて竦んでるとでも思ってたのか、迎撃のために口を開く動作が一瞬遅れた。
その油断を最大限利用させてもらう。俺は大上段に構えていた木剣を、渾身の力で振り下ろした。迎撃も減速も間に合わなかったレッサードラゴンは、自らその下に滑り込んできて、俺の会心の一撃に――ゴキッ! と、小気味いい音を立てて木剣が折れた。折れたよっ!?
ってたじろぐな! 本命はこっちだ、使い慣れて色々思い入れも深い木剣を失った悲しみは生きて帰ってからゆっくり噛み締める! 泣いてない!
「猛き気焔よ! 五十八式甲、エリフ!」
俺の力ある言葉に反応して、俺の頭くらい大きな火球がレッサードラゴンの頭上に出現し、弾けた。
いや、実のところエリフの論理は心中構築してたから口に出す必要ないんだけどさ、ほら、呪文詠唱とか憧れるじゃん? ちなみに五十八式ってのはエリフが協会に登録された時の番号で、別にそれ以上の意味はない。カッコイイから付けてみただけだ。
まあとにかく、無駄を挟んでも門晶術はちゃんと発動してくれる。エーテルが門晶を通るこそばゆい感覚と同時に、自分の正面に物理的な熱が集まるのを感じる。それが我慢できなくなるほど熱くなるのと、空気が膨れる音がボッと破裂したのはほぼ同時だった。目に見える炎の、それも小さな太陽と見紛うばかりに密度の高い火球が、俺とレッサードラゴンの中間に現れる。火球は、前進する俺の動きに合わせて直進し、見事にレッサードラゴンの顔面に直撃! 心の内で快哉を叫んだ俺の眼前には、エリフの炎で焼けただれたレッサードラゴンの皮膚が――あれ、結構平気そう……? っていうかほぼ無傷のご様子で……。
何事もなかったかのようなレッサードラゴンの頭頂部を見て、俺は焦った。焦りながらも、次の動きを身体にこなさせていた。
口を開けようとしていたレッサードラゴンの正面から身を捻って脇に逸れ、そのまま噛み砕かれるのを避ける。
そして身の捩じれを利用して、名残惜しくて握り締めたままだった木剣の柄から半分を、レッサードラゴンの体躯の内で恐らくもっとも柔らかいであろう部位、眼球に突き立てる。
「GyLYOh!?」
レッサードラゴンが悲鳴とも怒声ともつかない唸り声を洩らした。頬を生臭い吐息が撫でていく。
突き立てた柄を手掛かりに、頭に張り付いたままの俺を振り落とそうと身悶え暴れるレッサードラゴンに必死に食らいつきながら、俺は頭の中で唯一扱える論理を構築する。
「これならどうだよ!」
手にした木剣の柄を媒介に、門晶術を発動する。
「GYhoohooo!」
レッサードラゴンの眼窩に突き立った木剣の先端、つまり奴の体内へ直接エリフの炎をぶち込んでやった。威力は半減するが、門晶術を身体の延長から具象化できるってのはルゥ婆の授業で習ってたからな。ぶっつけ本番とはいえやればできるもんだ。
なんて感心してもいられない。内部から燃え盛る火が柄を伝わって手元に迫る。
手に迫る熱源から遠ざかろうと慌てて手を離した瞬間、俺の身体は思った以上の勢いで空中に放り出されていた。
そりゃそうだわな。痛みに暴れ狂ってるレッサードラゴンの体に辛うじて食いついてた手を離せば弾き飛ばされるのも道理だ。むしろ無暗やたらに振り回していた四肢や尻尾に当たっていたらあっさりとお陀仏してたかもしれないと思えば、吹っ飛ばされただけなのはラッキーなんだろうけど……態勢を整える間もなく床に叩きつけられた俺は、肺から無理矢理追い出された空気に喉を圧迫されて咳き込んだ。死ななかっただけマシだと思ってこの痛みは我慢だ。
でもこれで! と内心でガッツポーズをとる。威力が半減してるとはいえ身体の中から焼き尽くされりゃさすがにこいつだって生き物だ、ひとたまりもないだろう。波のように緩急つけて襲い来る痛みに耐えながら、確信を込めて顔を上げる。
その時にはルゥ婆も膝立ちに立てるまで回復していて、レッサードラゴンの息絶える様を見……って……木剣を一瞬で炭化させるほどの火力を体内から受けても、レッサードラゴンは生きていた……。
それどころか、残った瞳に憎悪の色を濃くして、俺を睨み据えている。俺はその醜悪な眼差しを直視して、思考を停止した。
「シューちゃぁぁんんっ!!」
「お嬢様、お逃げ――!」
その眼光に怯んだ瞬間、停止した思考が今度は途切れた。
途切れていたのは一瞬だったが、気が付いたら地面にうつぶせに倒れていた。その間、気を失っていたらしい。
なぜすぐ気付けたかって? 気を失ってられないほど、身体が痛いからだよ。
俺は、レッサードラゴンの尻尾スイングをモロに喰らって吹っ飛んだのだ。
「っあぁあああぁっあああっ!?」
左腕が、自分の身体の下で捩じれて二つに折りたたまれていた。見なきゃよかったと後悔して硬く目を瞑る。痛みに意識が飛びそうなのに、痛すぎて意識を手放すこともできない。
呼吸をすると身体が引き裂かれるほど痛かった。吸った瞬間痛みで吐き戻し、浅く荒い呼吸を犬みたいに繰り返す。どうやら内臓がいくつかやられたっぽい……口の中がぬるぬる血塗れだ。
気色悪い脂汗が全身をじっとり濡らす。そういえばレッサードラゴンは……目を開けて顔を上げると、レッサードラゴンと視線が合った。
地響きのように迫り来る唸り声をあげながら、残った片方の瞳がずっと俺の姿を捉えていた。
「ぐ、るなっ……!」
レッサードラゴンがにじり寄る。
身体は動かなかった。当然だ。痛みに耐えるので精一杯だ。
レッサードラゴンの背後では雷鳴と閃光が疾っているが、レッサードラゴンは意に介さず俺にターゲットを合せたままだ。じわりじわりと、俺の心をなぶるように近づいてくる。
このままじゃ食い殺される。だけど立ち上がろうと足を動かしても、腕に力を込めても、身体が重くて持ち上がらない。その場で無様に右足と右腕を動かしているだけの俺に、レッサードラゴンがほくそ笑んだような気がした。
大きな咢が開かれ、逃げられない俺に対しても呵責ない素早さでその巨体が迫り来る。
まだ何もしてないのに、何をしたいのかもわかってないのに、俺はこんなところでトカゲの化け物に食い殺されるみたいだ。
そう覚悟を決めてしまったら、痛みも焦りも一気に遠退いていく。
さすがにもう三回目ともなると、死ぬのにも慣れたもんだ。この激痛から解放されるなら、死ぬのも悪くないか。もしかしたらまた別の人生を歩めるかもしれないんだから、今回の失敗はその時活かそう……。
俺は無駄に足掻くのをやめた。迫り来る咢をただ茫然と眺める。最後は痛くなきゃいいな、とか考えてたら、俺の身体が何かに突き飛ばされた。
「ばばさまぁっ!」
リリカの悲鳴が今度はルゥ婆の名を叫んだ。
気が付けば、ルゥ婆の顔が目の前にあった。
「シューお嬢様、ご安心くださいな。そのくらいの怪我であれば、今のリリカでも十分治せるはずでございますよ」
俺の恐怖を慰めるように、ルゥ婆が優しく教えてくれた。朦朧とする頭で「そうなのか、凄いんだなリリカは……」と考える。遠くから、誰かの咽び泣く声が聞こえる。
リリカの泣き声だ。リリカは泣き虫だから、この泣き声は耳に馴染んでる。だからすぐにわかる。泣いているのはリリカだ。
なんで泣いてるんだ。俺が怪我をしたから? でもそれはリリカが治せるはずだ。じゃあなんで、じゃあどうして?
霞む視界の向こうに、レッサードラゴンの灰色の巨体が山のように見えた。その稜線を辿っていき、俺は潰れた肺に無理矢理息を吸い込んだ。
ルゥ婆が、食われてた。
大口の端から端に長い杖を引っ掛けているから飲み込まれるのは防いでいるものの、その牙までは止めようもない。
ルゥ婆は俺の代わりに、杖を持ったままの右半身をその咢に差し出していた。
レッサードラゴンのわずかな口の隙間から味わっているような、満足気な吐息がゲフゥと洩れて、血生臭い風が俺の顔を叩く。
「ルゥ……ば……」
「大丈夫です、お嬢様はこのルゥが必ずお守りしますから」
そう微笑むルゥ婆の皺が寄った唇から、血が流れた。傷が内臓にまで達しているってことか。
俺の油断が、ルゥ婆を殺そうとしている。
俺がこんなところに来たから、ルゥ婆が死のうとしている。
俺、ルゥ婆を助けに来たはずなのに……俺、ルゥ婆に生きていて欲しかっただけなのに……。
なんでこんな事になるんだよ、ありえねえだろ、おかしいだろ、誰のせいだよ――。
「あなた」
声が俺の口から独りでに漏れていた。
「あなたがいるから……」
それは俺の声なのに、俺の意識とは関係なく喋っていた。
身体が勝手に動いた。動かないと思っていたはずの身体が独りでに動いて、立ち上がり、レッサードラゴンに近づいていく。
レッサードラゴンは静かだった。動かなかった。
いや、レッサードラゴンだけじゃない。ルゥ婆も、リリカも、世界の全てが凍り付いたように動かない。動いてるのは、俺じゃない俺の身体だけ。
「えーと」
のんびりした声で、焼けて炭と化した木剣の柄を握りしめる。焼けぼっくいと化したそれは相変わらずレッサードラゴンの眼窩に突き立ったままだ。
「こうかしら?」
俺は自分の身体の中で得体の知れない力が……いや、違う。今まで扱ったことがないほど大量にして高密度のエーテルだ。それが俺の門晶を軋ませながら体内に流れ込んできて、弾けた。
エーテルの濁流が弾けたと思ったら、俺の手元でも爆発が起こった。それは言ってしまえば俺が先程やった事の繰り返しだ。しかしその威力が桁外れだった。俺自身の腕が吹き飛ばなかったのが不思議なほどの威力に内側から炸裂され、レッサードラゴンの半身が風船でも割れるかのようにあっさりと弾け飛んだ。飛び散ったレッサードラゴンの血肉に塗れて、いまだ俺の意志の元に帰らない俺の半身が赤く染まる。
濁った血液の臭気が鼻を衝く、と感じた瞬間に俺の五体に感覚が戻った。安堵する間もなく、一緒に戻ってきた痛みにもんどりうって閉口する。
ついでに言うと、時間も元に戻った。
「GhYiulyyyy!?」
レッサードラゴンの悲鳴が響いた。口を開けた反動でルゥ婆が放り出される。頭の半分を失ったレッサードラゴンはのたうちながら俺達から離れていき、反対側の壁を打ち崩さんばかりの勢いで激突し、その一切の動きを止めた。
「ばばさまっ、ばばさまっ、ばばさまぁ!」
脅威は去ったと判断したのか、リリカが横たわるルゥ婆に駆け寄った。ルゥ婆がその耳元で二言三言リリカに囁くのと、動かなくなったレッサードラゴンの体とを、俺は呆然と見比べた。
一体何が起こったのか、理解が追い付かなかった。身体は相変わらず痛いが、時間が凍る直前ほどじゃない。まるで身体を動かすべく麻酔を施したように、痛みは我慢できる程度に引いている。左腕がブラブラしてるのはちょっと精神衛生上よろしくないが……。
一体何が痛みを押さえたのか。決まってる、俺じゃない俺自身。あの爆発を引き起こした俺だ。
あの爆発は間違いなく門晶術だった。それも使用したエーテルの量から考えれば軽く上級は越えている。上級でも耐えられるとルゥ婆が太鼓判を押した俺の門晶が、術の使い過ぎで疲弊しているのが何よりの証拠だ。
でもその割にあの爆発、威力が大人しかった気もする。上級以上の門晶術は町中での使用がどんな理由で禁止されているほどの高威力だ。あんな至近で放てば俺の身体も噛まれてたルゥ婆も一緒くたに吹っ飛んでおかしくなかった。なのに二人とも一応生きてはいる。
その事実から見れば、なんとなく察しが付いてくる。多分あれ、論理を介さず無理矢理エーテルを変換して爆発させただけの代物だ。門晶術とすら呼べない非効率な業。あんなエーテルの使い方、見たことも聞いたこともないぜ……。
ズキリと胸のあたりが痛んだ気がした。慣れない高密度高圧縮のエーテルを出し抜けに流された俺の門晶が、音のない悲鳴を上げて軋んでるんだ。苦悶に顔を歪め、そこに門晶があるわけじゃない胸を押さえる。
具体的にどう痛いってわけじゃないんだが、強いて言うなら筋肉痛のじわじわとくる痛みに似ていた。あまり使ってない筋肉を急に激しく動かしたらつったり痛めたりするのと同じことが門晶でも起こるのだ。まあ、普通は自分の技量をはるかに超えたエーテルなんて扱えるべくもないもんなんだが……。
止まった時間といい、原始的な門晶術といい、明らかに俺の身体の中で異変が起こった。それが一体何だったのか、物思いに耽る俺を現実に引き戻したのは、誰かに引っ張られた袖の感触だった。
「シューちゃん、怪我治すよ」
「は? そんなのルゥ婆のが先――」
「いいから言う通りにさせてぇ!」
普段のリリカからは想像も出来ないはっきりとした物言いに俺が驚いている隙に、リリカは俺の折れた左腕に手の平を掲げる。
「大地に微睡(まどろ)む我らが母よ、吾が願い、日々の祈りを糧として叶えたまえ……彼の者の苦痛を取り除きたまえ――」
リリカが祈りの言葉を唱えると、その手の平が淡く緑色に輝き、俺の身体に残っていた痛みが温もりに洗い流されていくのがわかった。
「……なんで、俺が先なんだよ……」
薄い色の唇を引き結んで黙ったままのリリカに尋ねる。答えは期待していなかったが、案の定、答えは帰ってこない。
光が収まると、左腕に感覚が戻っていた。軽く動かしてみても、なんの違和感もない。
治してもらっておいてなんだからこれは口にしないけど、ついさっきまで感じていた痛みがなくなるってのはなんだか変な気分だ。まるで悪い夢でも見ていたかのようで、自分の身体が信用できなくなりそうだ。
回復魔法……これはちょっと、便利すぎて危険な気もするな。頼り過ぎたら油断に繋がるかもしれない。
「ばばさまがシュー様を先に治せって~……」
それが先程の質問の答えなのだと気付いて、俺は強張っていた表情を和らげてその頭を撫でてやった。
「そっか、ありがとう、もう十分だから早くルゥ婆を治してやらないと」
「うん~……」
さ、次はルゥ婆を治す番だ。浮かない顔のリリカを引きつれて、ルゥ婆の元に駆け付ける。
ルゥ婆の状態は想像以上に酷かった。
はたから見ていた分にはただ噛みつかれていただけだったのに、肩口から足の付け根までルゥ婆の枯れ木みたいな右半身は真っ赤に染まり、引き裂かれた法衣と肉体の区別がつかないほど惨憺たる有様だった。磨り潰されたかのような状態に目を背けたくなるのを我慢して、ルゥ婆のそばに屈み込む。
「シューお嬢様……よかったですね……お怪我は大丈夫そうで……」
虫の息の合間から、ルゥ婆がそう言った。
こんな時にも俺の心配かよ……俺のせいでこうなったも同然なのに……。
俺は何も答えられずに顔を背けた。ぶっちゃけ、我慢の限界だ。あまりに悲惨過ぎてこれ以上ルゥ婆の姿を見ていられなかった。
でも、リリカは険しい表情ながらも決然とルゥ婆に向き合い、先程と同じようにその身体に手をかざして祈りの言葉を口ずさみ始める。
「大地に微睡む我らが母よ、吾が願い、日々の祈りを糧として叶えたまえ……彼の者の苦痛を取り除きたまえ――」
この祈りを口にしている間、祈祷術は発動する。祈りの内容はほとんどが神様を称賛するおべんちゃらだ。その合間に自分の願いを織り込んで、功徳を糧に願いを成就してもらう。
その神々しいまでの輝きを見ていると、改めてこれが奇跡の業と呼ばれる所以を思い知る。祈祷術か……いや、確かにすごいとは思うけど、文字通り他力本願な力はぶっちゃけ性に合わない。
神様の誓いを頼るより、やっぱ自分の力と頭を駆使して技術を切磋琢磨する門晶術の方が楽しそうだ。俺にそんな尚学の精神があったなんて自分でもびっくりだけどな。
いや、今までは本気で取り組みたいものがなかっただけで、この世界に来てようやくそれを見つけたのかな……剣術と門晶術、この二つはもしかしたら俺を変える縁(よすが)になるのかもしれない。
「母なる慈悲、大地に及び、還らざる力を呼び戻し、今一度緑なす力を蘇らせ――」
リリカの祈祷は続いている。
見れば、ルゥ婆の傷は外側からはもう赤い痣程度にまで回復していた。やっぱすごいな、祈祷術も、それを使いこなすリリカも。
とか思った矢先、リリカの手の平から力ある光が失われた。
「その御心は遍(あまね)く天地に揺蕩(たゆた)い、その目見(まみ)は遍く時空に輝き……」
リリカの祈祷は続いている……なのに、ルゥ婆にかざしている手の平に光はない。
ルゥ婆の容体もさっきまでの虫の息よりかはよっぽどましだがまだ苦しそうで、時折痛みに耐えかねるように歯を食いしばって顔を歪めている。まだ、完治はしていないのだ。
「リリカ、どうして治療をやめちゃうんだ?」
俺は何気なく聞いた。深く考えずに聞いて、振り返ったリリカの顔を見て驚いた。
リリカは、およそ顔から出る汁全部で顔面をグシャグシャにして泣いていた。
「どうしよう、シューちゃん~、ばばさまが助からない、助けられないぃ……このままじゃばばさまが死んじゃうよぉ」
そう言ってとうとう天井を仰いでワンワンと泣き出してしまった。
俺はと言えば、ルゥ婆は相変わらず苦しそうだわ、リリカは大声で泣きじゃくるわ、そして状況がさっぱり掴めないわ、実はまだ地味に胸のあたりが痛いわで大混乱に陥っていた。リリカさん、俺も泣きたいっ!
でも泣いてたって何も解決しない! いくらレッサードラゴンの脅威が去ったからって、いつまでもここにのんびりしていられるほど遺跡の内部が安全だとは思えない。
「リリカ、どう言うことなんだよ、どうしてルゥ婆を助けられないんだ?」
頭を撫でてなるべく優しく語り掛ける。リリカが泣いてる時、いつもこうしてやると少し落ち着いてくれるのだ。
しかし今回はこれだけじゃ気持ちが落ち着かなかったのか、涙でベチャベチャの顔で俺の胸に飛び込んで、一際大きな声で泣き出した。
あー、そういや俺さっきレッサードラゴンの頭を爆裂させた時、しこたま返り血を浴びてたっけ……絹のブラウスも真っ赤に染まってたんだが……ま、いいか、リリカが気にしないなら。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、リリカは俺の胸に縋りついたまま俺を見上げてきた。顔にちょっとレッサードラゴンの血糊が付いているけど、今はそっとしておこう。
「どうしてルゥ婆をこれ以上助けられないんだ?」
改めて尋ねた俺に、リリカはふっと目を伏せた後、横たわるルゥ婆の方を見やった。
「功徳が、私の溜めてた分じゃ足りないの~……」
「功徳が足りないって……MP切れってことか……」
「えむぴー……?」
聞き慣れない言葉にリリカが怪訝そうにする。
「いや、聞き間違いだ忘れてくれ。そうか……動かせそうか?」
「わかんないぃ……私は治るように神様にお願いする事しか出来ないから、怪我の具合とかはよくわからないし……まだ勉強してないから~」
そういうもんなのか。よく、回復魔法は肉体構造を知らないと効果がうんぬんとか聞くけど、祈祷術は治れと祈るだけで治っちまうもんなんだな……だから、実際の医療知識は後回しってか。便利すぎるのも考え物だな。
「お嬢様……リリカ……良いですから、このまま老体を捨て置いて早くお戻りくださいな……」
いつの間にか薄く目を開けていたルゥ婆が、狼狽(うろた)える俺達を見てそう言った。
☆「なあルゥ婆、俺さ、そういうセリフを聞くたんびに思うんだが、そう言われて『はいそうですか』と帰れるバカがいると思ってるのか?」
ルゥ婆は何も答えない。
俺は更に心中を吐き出すように言い募る。
「それってむしろ『是が非でも連れて帰ってくれ』っていう振りだろ。わかっててやってんだろ?」
「は、いえ、決してそのような心積もりは……ってお嬢様」
「そう言う訳でお言葉に甘えて是が非でも連れ帰らせてもらうぞ」
ルゥ婆がまともに動けないのをいいことに、俺は強制的にルゥ婆を担ぎ上げた。勿論、慎重に慎重を重ねて、ルゥ婆が痛がったりしないか確認しながらだ。思ったよりも、ルゥ婆の身体はしっかりと俺の身体に乗りかかってくれた。これなら思ったよりも酷い状態じゃないのかもしれない。
しかし……軽いな。紙で出来てるみたいだ。こんな吹けば飛びそうな身体で、あんな恐ろしげな門晶術をバカスカぶっ放してるんだから恐れ入るよ……そうだ、こんだけ頑張ったんだ、何がなんでも連れ帰ってやるからな、ルゥ婆。
ルゥ婆を担ぎ上げた背後で、気を取り直したリリカも鼻をすすりつつ上げつつルゥ婆の杖を担いで俺のそばまで駆けてきた。
「修道院のデリケ様なら、ばばさまを助けられるかも……」
そう耳元で囁かれ、俺は首が痛くなるほどの速度で隣のリリカを振り見た。
「マジか! ってか誰それ!?」
ビクッと身を竦ませて俺の剣幕に驚くリリカが可愛い。じゃなくて、ルゥ婆が助かるってか!
「え、えと、あのぅ、修道院の高弟様でぇ、私の師匠の師匠でぇ――」
まだるっこしい!
「その人のところまで行けば、ルゥ婆は助かるんだな!」
「う、うん~」
「よしじゃあ修道院へ行くぞ!」
「はぁい~」
よっしゃ、助かる道があるとわかれば俄然やる気も湧いてきた!
一気に気勢を上げた俺は意気揚々と、だけどゆっくりと、背中のルゥ婆に気を使いつつ歩き出す。リリカもかたわらから介添えするように付いてくる。
そんな風に俺達は希望を見出す間ずっと、レッサードラゴンの死骸に背を向けていた。というか、一顧(いっこ)だにしてなかった。
だってどう考えても頭が半分吹き飛んだら死ぬと思うじゃん。
部屋唯一の出入り口に差し掛かったところで、なんとなく首筋辺りがピリッとして振り返った。
振り返った先で、レッサードラゴンが半分弾け飛んだ頭をこちらに向けて起き上がろうとしていた。
「な……んだよ……なんなんだよ、あれは……」
愕然と呻く。恐怖で喉が詰まっていた。
「リリカ、杖を」
立ち尽くす俺の背中から、ルゥ婆のしっかりとした声が聞こえた。
リリカが、手にしていたルゥ婆の杖を渡す。
「Gyooorrr! GrGyoooouu!」
突然、レッサードラゴンが今までと違う声で咆哮した。それはまるで何かを呼ぶようにも、何かを知らせるようにも聞こえる。咆哮は遺跡内部にこだまして、やがて尾を引いていた残響も薄暗い廊下にか細く消えて行った。
と思ったら、今度はレッサードラゴンがよたよたとこちらに向かって歩き出した。身構える。
ギッと睨みつけたレッサードラゴンの焼けただれた頭には、木剣の柄だった消し炭がしつこく突き立ったままやけに自己主張激しく金属光沢を放っていた。
「オド・ドラフ・レドヌフ……ヤル・トンク・テグラト」
「ルゥ婆っ――!?」
杖をかざしたルゥ婆が、門晶術を構築した。しかも『五論数』。
そんな身体で無茶だと言い終わる前に杖の先から一瞬だけ光が迸り、迸ったと思った途端、レッサードラゴンの体が内側から爆発したようにビクンッと大きく一度だけ痙攣して、動かなくなった。その口や、肉が見える顔半分から黒い蒸気が立ち昇り始め、辺りに焼けた肉の匂いが濃くなった。
「お嬢様が炭化させた木剣のお陰で、正確にあやつの体内に雷を送り込めましたでな……さすがに、ゴホッ……これで再生することもないでしょう」
言われて俺は、湯気を立てて倒れ伏したレッサードラゴンにたくましくいきり立つ元愛棒を見やった。
そっか、あの木剣が最後に役に立ってくれたのか。なんか感慨深いぜ……。
っていうかさ――。
「再生って……あいつそんな能力まで持ってんのか」
「魔獣は死なない限りエーテルの力でゆっくりと再生しますでな……油断ならないのでございますよ……ェホッ!」
「大丈夫か……?」
「何のこともございません……さ、帰りましょうか……」
「……ああ!」
そうだ、これで完全に終わったんならそれでいいじゃないか。今度こそ大手を振って帰れるんだ!
帰ったらまずは風呂に入りたいなぁ……あー、だけどいま親父が屋敷にいるんだったっけ。好き勝手に風呂入れたら怒るかなぁ……つか今何時なんだろ? あんまり遅くなってたらそれ以前の問題で怒るかもなぁ……門限とか言われたことないけど、向うで勝手に設定してないとも限らないしなぁ……あでもその前にルゥ婆を修道院に連れてくから、リリカと一緒にそっちに入れて貰うって手もあるなぁ……それならゆっくりできるし、リリカとキャッキャウフフなご褒美イベントも起こせるし――。
みたいな妄想を炸裂させつつ、俺はルゥ婆に負担がかからないようにゆっくりと遺跡の通路を進むのだった。
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