醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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2.夢の途中と、大切な恩人。

2#2 友人

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 今日は文句のつけようがないくらい、気持ちのいいピクニック日和だった。
 ルー=フェルそのものが緑深い山岳を切り拓いて発展してきたように、南北に延びる街道も山間にのたくるわずかな平地を辿って必要最低限を開拓した険路だ。それでも二大国が水面下で権威を競うだけあって、車が通りやすいように石畳で舗装された路面は荷馬車が余裕ですれ違えるほどの幅が次の街まで保たれている。

「いい天気ねー……」

「いい天気ですねー……」

 俺の独り言に、ルルが独り言で返してくる。
 俺達はそんな街道筋に広がる草原に、フェルトの敷物を延べて座っていた。
 顔触れは俺ことシューレリアとリリカ、ルルのパーティメンツ三人だ。例によってガーラは帰ってこなかったので誘っていない。まったく、どこで何してんだか……協会宿舎破壊の一件以来、ガーラの動向が怪しい。
 落ち着かない気持ちを持て余すように、敷物の外の草を抜く。無造作に手を開くと、罪もなく引き抜かれた草は、草原を吹き渡る風に乗って散っていった。

 草原って言っても街道を拓く時に安全のために少し広く森を伐採しただけの狭い草地だ。視界の隅には街道を往来する人影や馬車が動いているし、見渡すまでもなく景色の半分は森と山嶺に囲まれていた。
 そしてその山肌を降りて森の木々を揺らしてきた風の涼しさ、清々しさときたらもう、春うららの日差しと相まって例えようもない極楽だ。

 吹き渡る涼風が心を満たす栄養であれば、俺達の眼前に広がる食べ物の群れは力を漲らせる栄養で、見ているだけでも嬉しくなるラインナップはこんな感じだった。

 メインはペッパーハムとピクルスのサンドイッチ。少し硬めのライ麦パンに、ピリリと香辛料が効いた厚手のハムと甘酸っぱいウリの酢漬けと新鮮なレタスとトマトを挟んである。頬張るとサクッとしたパンの歯ごたえの後、フワリと酸味が口を吹き抜けてサッパリしてからお肉の旨味と野菜の甘味がジュっと染み出す。最後はペッパーがピリッと引き締めてもう一口の欲求を掻き立てるのだ。なんとも小憎らしいアンサンブルだよ。

 そしておかずにはサーディンフライとポテトサラダの鉄板コンビ。こいつらも添え物とは思えない存在感だ。
 あ、ちなみに素材や料理はわかりやすいように似通った見た目や調理方法の聞きなれた名前で代用してるから。本来のこの世界固有の名前が別にちゃんとあるからな。

「はい、シューちゃん、お茶よ~」

「ん、ありがとう、リリカ。このサーディンフライ、昨日の残り物とは思えないおいしさね。今度揚げたてを注文してみようかしら」

「ルルはこのピクルスが気に入りました!」

 このお弁当を用意してくれたのは、何を隠そうクリエラさんだ。それもほとんど全部が昨晩の狗尾亭(えのころてい)の残り物で出来てるってんだから驚きだろう。
 唯一、残り物でない料理はポテトサラダなのだが、これはクリエラさんの手によるものじゃない。大きな冒険の準備で時間の隙間を持て余したキャリン・ローンのお手製だ。彼女は冒険者であり、俺の大切な友人であり、そして偉大な恩人でもあった。

「ん~、このポテトサラダのレシピ、今度キャリンさんに聞いてみなくちゃ~」

「あ、いいわね。そしたら毎日でも食べられる」

 特製ポテトサラダを一口含んだリリカが、丸眼鏡の奥で大きな瞳を細くした。
 友人相手に偉大とか言うと大げさに聞こえるかもしれないが、偉大に思えちゃうくらい深刻な事態を打破してくれたんだから感謝してもしてもし足りない。“様”をつけて呼びたいくらいだ。まあ、実際に様付けで呼んでみたら結構真面目に迷惑がられたからやめたんだけど。
 それで具体的にどう偉大かというと、話は俺達がルー=フェルに到着して二週間が経ったある日まで遡る。運命の、と頭につけたくなるようなその日は、俺の冒険者人生の中にささやかな記念と苦々しい後悔と洒落にならない借金を生み出した。

 ルー=フェルに腰を据えてから初めての遺跡迷宮探索――それは冒険者協会が御膳立てしてくれる仕事であるクエストと違い、冒険者が冒険者たる所以だ。
 自身で計画して地震で決行する遺跡迷宮探索は、もちろんその掛りが完全自腹。しかも命が惜しければ準備に金を惜しめない。自然と探索の規模に比例して出費はどんどん大きくなる。そんな風にしてハイリスクハイリターンが前提の、文字通りの冒険だっだ。
 その最初の一歩をほどほどの成功で飾れたのは、俺にとって良い思い出になっている。冒険の中で見つけたガジェットに個人的利用価値の高いものはなかったが、それは協会に引き取ってもらうことで実質的な収入へと変わり、収支は黒字へと傾いたのだ。
 それを祝して仲間四人でちょっとした打上げを開催したのがそもそも失敗の素だったんだが……冷静な時であれば十分予測出来た事が、成功の興奮に隠れて読み切れなかったのが悔やまれる。

 打上げの会場はありきたりだが酒場の一角だった。
 この酒場、見た目も雰囲気も思いっきり安易な大衆呑屋なんだが、実は結構特別な場所だったりする。ここにいる客のほぼ全員が大なり小なりの冒険者なのだ。
 ここは冒険者協会が運営する冒険者用宿舎の一階にある、いわば冒険者専用のサロンだった。サロンといえば聞こえはいいが、結局は山師上がりの荒くれ者が集う場所、百人も収容できる広い店内が荒々しい賑やかさとむさ苦しい怒声を撹拌する熱気に支配されている。
 冒険者であればほぼ無料みたいなもんで利用できる宿舎に、この時は俺達も部屋を貰っていた。
 そんな中でのささやかな飲み会だ。酔い潰れても階段を上がれば自分のベッドが待っているという安心感も油断につながった。

 ガーラはちょっと皮肉っぽいところはあるが、基本的に冷静で大局を窺う機知に長けている。それは冒険者の誰もが喉から手が出るほど欲しい才能だった。大局を見誤れば間違いなく命を落とすのが冒険者なのだから。
 戦士としての実力も、冒険者としての才覚も人並み外れた俺の師匠だが、一つだけどうしようもない悪癖がある。酒癖だ。
 飲んでも呑まれるな、とはよく聞くがガーラはしっかり呑まれるタイプなのだ。そのことは長い付き合いの中で熟知していた。そしていつしか熟知したことに胡坐をかいていた。
 高揚と慣れ。二つの作用が相まった時、滑稽な悲劇の幕が上がった。

 はじまりはよくある光景だった。こういった酒場では名物というかマナーといっても過言じゃないだろう、つまらない理由から発展した喧嘩だ。
 広い酒場の反対側で発生した小さな火種は、呆れ半分に見物していた俺達のテーブルまであれよあれよという間に飛び火してきて、気が付いたらガーラが立ち上がっていた。トイレにでも行くのかと何気なく見上げたその顔には、据わりきった酔眼と不安しか覚えない不敵な笑みが浮かんでいた。
 平静の思考能力を保っていれば間違いなく静止したであろうその様子に、しかし俺はちょうど到着した注文の料理に気を取られてそのタイミングを逸した。
 その代償は安くなかった。っていうかぼったくりバーもビックリの高額と相成った。

 酒に溺れたガーラは、喧嘩を口実として高揚した気分に唆(そそのか)され、彼女が持ちうる冒険者垂涎の才覚を間違った方向にいかんなく発揮した。要するに、荒くれ者どもに混じって大暴れしたのだ。
 群雄割拠の戦国時代といった様相であちらでこちらでバカ騒ぎをしている野郎共の輪に入っては楽しそうに殴り飛ばして、動くものがなくなると次の輪へ飛び込んでいく……そんなことを繰り返している内に、好き勝手暴れていた荒くれ共もガーラの快進撃に危機感を抱いたらしい。共闘して事に当たり始めた。
 そこで大人しく退治されてくれればよかったものを、ガーラの才覚は困ったことに留まるところを知らなかった。並み居る屈強な冒険者をちぎっては投げ投げては引きずり起してまた投げて、もはや冒険者同士の喧嘩というより魔族ベヘモスか魔族テュポーンといったバケモノとのレイドバトルってな様相を呈していく。もちろんバケモノ役は我が親愛なるお師匠様だ。

 そんな光景を横目に俺はというと、実は他人事のようにガーラの応援をしてたりする。だって、ちょっと酔ってたし……あ、ちゃんと飲酒の法規定には則ってるぞ。スラディア皇玉国は十五歳から飲酒可能だ。
 ちなみに俺の他の仲間、リリカとルルはどうしていたかというと、リリカはご想像通りあたふたと喧嘩の仲裁をするか倒れている人の治療をするか俺に助けを求めるか選びかねて挙動ってたし、ルルに至っては我関せずといった顔であの騒ぎの中でも平然と料理を楽しんでいた。

 そんな調子で、まあ喧嘩だけだったら当人達同士の自己責任で話は片付くのだが、バケモノと冒険者の本気バトルが本人達だけの被害で済むはずがない。
 椅子は武器としてへし折られるわテーブルは盾として打ち砕かれるわ、壁は穴だらけ床にはのびた人間だらけその合間を埋めるようにグラスや皿の破片まみれ……元々清潔整然でもなかった店内はより見る影もなく、台風が通り過ぎたどころか文字通りバケモノが一暴れした戦場に無傷のものは一つも残されていなかった。
 椅子も、テーブルも、皿も……商品として展示されていた高価な酒も……店内に使われていたガジェットも……この辺りはもう考えるだけで頭が痛くなるから思い出さないようにしてる……。

 もうお分かりだろう、如何にして俺が身を持ち崩すほどの借金を背負ってしまったのか。
 不幸中の幸いは怪我人が軽傷者ばかりで重傷者も死人も出なかったことか……それだって借金が増えなかったってだけで減ったわけじゃないから慰めにもならないんだが……。
 んでまあ、こんな大騒ぎを引き起こしたのだから店の弁償代を払って無罪放免といくはずもない。当然のように俺達は冒険者協会の宿舎を追い出された。
 
 持ち物は腰に提げた小剣と身に着けた革の胸当てとバックパックに入りきる程度の私物だけ。
 まあそれでも使い古した荷袋は正面から見た時に身体の横からはみ出すほどには膨れ上がってて、まるでこれからどこかへ旅に出るかのような出で立ちではあったけど、別にルー=フェルを離れるわけじゃない。
 というか、これからどうしようかという算段の類はこれっぽっちもない。
 俺たち四人は言葉少なに歩くだけだった。

 金もない、宿もない、ツテもない、考えもない……こんな絶望的な状況で笑っていたのはガーラだけだ。それも自分の責任をごまかそうとするかのような、俺たちを励まそうとする作り笑いだ。気が紛れるはずもない。
 落ち込んだ気持ちを引きずる重い足取りは自然と人気のない方へと向いていた。気が付けば、それまで先入観からあまり近付こうとしなかった貧民窟の中にいた。
 そこは昼間でも薄暗く、安普請の家屋が互いを邪険にするようにひしめき合い、どこからともなく何かの腐敗臭が漂ってくる、想像通りの場所だった。
 ただ一つ、想像を裏切ったのはその活気だ。確かに大通りよりは人の往来が少ないにもかかわらず、子供たちの遊ぶ声、おばさん達の笑い声、威勢のいいおじさんの呼び込み、犬の吠える声などなどたくさんの生気に溢れていた。

 人の目を避けるようにしてここに来たはずなのに、今度はその活気に誘われるようにして下町の奥へ奥へと歩を進める。リリカ、ルル、ガーラの三人も無言のまま物珍しそうに俺の後をついてくる。
 狭い路地だが人通りは多くなくて、歩くのに苦労した記憶はない。だから行き違おうとしたその冒険者二人組に意識が向いたのもこれと言った理由があったわけじゃない。

 若い男女だった。若いといっても俺よりは年上で、ガーラと同じ二十歳過ぎくらいだろうか。
 女性の方は中肉中背、そばかすが印象的なスポーツマンタイプ。男性の方もラガーマンのようにガッシリした長身が特徴と言えば特徴の体育会系。似たものカップルって以外には特筆することもなく、美しいわけでも醜いわけでもない至って普通な雰囲気の二人組だった。

 二人とも今さっきクエストから帰還したといわんばかりの薄汚れた防具のまま薄暗い往来をこちらに向かって歩いてくる。
 それらを見るともなしに見ている内にお互いの距離が詰まってきて、でもお互いにまったく知らない同士の他人だ、このまま何事もなくすれ違うのだろうと思っていた矢先、それまで女性ばかりを見て談笑していた男の首が、ギッと唐突にこちらへ捻られた。

「……なあ、あんた」

 わずかな逡巡(しゅんじゅん)の後、低い声音でそう声を掛けてくる。あんまり友好的な様子じゃなさそうだった。

「なんですか」

 少し行き過ぎたから振り向かなきゃいけなくなった俺の顔に、男の視線はなかった。

「あんたじゃない、奥の大女だ」

 男の指先が俺の肩越しにガーラを指さす。ガーラは意に介した風もなく、大きな口を開けてあくびした。それを見咎める前から男の眦(まなじり)はみるみる吊り上がり、もうすっかり臨戦態勢を整えた雰囲気になっている。見た目通り短気な男なんだろうな。

「あんた、『森山羊(もりやぎ)の宿り木』で大暴れしたヤツだよな」

 『森山羊の宿り木』ってのは、この前日にガーラが大暴れした協会直営宿舎の名前だ。同時に地階で経営している酒場の名前でもある。
 あまり楽しいお題目じゃない話柄(わへい)に、ガーラを除く三人――俺とリリカとルルが居心地悪く身動(みじろ)ぎした。
 っていうかここで俺は一つの納得を得た。今朝から道行く人達、特に冒険者風の通行人にじっとりとした視線を向けられることがあったのは、古巣を破壊したガーラを見ていたからだったんだな。

「そうだが?」

 ガーラは臆面もなく肯定して、同時に話の先を促す。

「あんときゃよくもやってくれたな」

「やった? 何をだ?」

「俺の顔面をぶっ飛ばしたじゃねえか」

 男の声はまるで怒りを溜め込んでいくかのように低くなっていく。対して、ガーラの声はずっと暢気(のんき)なものだ。ゆっくりと首を巡らせて、男の顔を見た。そこには黄色い薬が染みた四角い綿布が張り付けてある。化膿止めの絆創膏だ。

「ふむ、掠り傷だな」

 ガーラは面白くもなさそうに呟いてそっぽを向く。男のボルテージがまた一段上昇したようだ。
 とぼけてるのか本当に身に覚えがないのか、ガーラなら前者の可能性が多分にありうるから困る。

「程度の問題じゃねえ、やられっぱなしの舐められっぱなしで冒険者のメンツが立つかってんだよ。こちとら体面稼業だ」

「言っていることは正しいがな、私には話が見えないんだ。そもそも貴様は誰にやられたのだ?」

「テメエに決まってんだろ!」

 ガーラの素っ頓狂な発言に男が声を荒らげる。ってか声がでかい人だな……耳が痛くなるほどだ。

「話の流れ的に、そうよねぇ……」

「ガーラさんはァホですから」

 俺の呆れ声に対してルルが冷ややかに答える。
 バッサリですね、ルルさん……。

「あのその、喧嘩はよくないですよ~……」

 そんな声じゃ聞こえないと思うんだが……リリカも平常運行だ。

「ごめんねー、ジノはすぐ頭に血が上るから。でも血管が太い分冷めやすくもあるんだけどね」

「そうなんだ。まあ、最初から見物に徹するつもりだったけど――って、どなた?」

「キャリン・ローン、見ての通りマイナー冒険者よ。キャリンでいいわ」

「はあ、ご丁寧に。シューレ……シュリア・オーティスです。こっちがルルであっちがリリカで向こうのがガーラ。あたしもシューでいいわよ……ってそういうことじゃなくて!」

 ちなみに『シュリア・オーティス』は冒険者としての偽名だ。さすがに紫侯ティスト家の次女シューレリア・オル・ティストを家の外で名乗るのはいろいろと差し障りがあるからな。家出娘だから堂々と名乗るワケにもいかないし。

「あなた、あの男のツレでしょ。なんで当然のようにこっちの陣営にいるワケ」

「ただのいちゃもんに陣営も何もないと思うけどな。それともシューは私に何か因縁でもある?」

「いや、ないけど……」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑られては、悪し様にもできないじゃないか。この人、可愛い人だ。顔の造詣が整ってる方じゃなくて、中身の良さで可愛らしさを演出する方の。
 近くで見たキャリンは、先程の印象を覆すようなことはなかったが、その印象を良い意味で高めてくれた。鼻頭から目の下に散るソバカスも、俺と似たような革製の胸当ても、腰に差した厚刃のダガーも、彼女が快活で軽妙で俊敏な戦士であることを物語っている。きっと俺と似たような戦法を使うんだろうな。
 でも俺は小剣を使って正面から相手を撹乱するのが得意だけど、キャリンは側面や後方に回り込んで敵の意表を突く方に重きを置いてるみたいだ。動きやすさと静音性を重視した工夫が装備のあちこちに見て取れた。

「じゃあせめて、私たちは仲良くしましょうよ」

「え? なんか話が見えないんだけど」

 キャリンの申し出に俺は小首をかしげた。聞き逃した気はしなかったけど、キャリンを観察している間に話が飛んだか?

「私のツレはあなたのツレに因縁をつけた。でも私とあなたはなんの因縁もない。だから仲の悪い向こうの分まで私たちが仲良くする。これでバランスがとれるってもんじゃない」

 別にそういうわけではなかったらしい。そもそも話の筋がぶっ飛んでた。

「牽強付会(けんきょうふかい)も極まれりですね」

 ルルがニコリともせずに言い放つのも、キャリンは気にしない。ちなみにリリカは相変わらずジノと呼ばれた男とガーラの間でオロオロしている。

「世の中強引なくらいが退屈しなくて楽しいのよ」

「出る杭は打たれますけど」

「打たれそうになったら避けるのよ」

「ぃっそ私が打ちたくなる言ぃ分ですね」

「いいわよ、don'tこい!」

「今明らかに『don'tこい』って言ぃましたょね。ぃってぃぃんですか、悪ぃんですか、どっちですか」

「ふふ……なかなかやるわね。あなたとは良い友情を築けそうだわ」

 え、今の流れでそう結論着くの?

「そぅですね、なかなか楽しめそぅですね」

 なんかルルのは肯定とも皮肉ともとれて怖いんですけど。顔が悪い笑みを浮かべてるし。

「――っんだとテメェ! 大人しく訴えてりゃ舐め腐りやがって!」

 と、和気あいあい(?)な女子組の間に、ジノのでっかいがなり声が飛び込んでくる。向こうもいい感じにヒートアップしてきたみたいだ。

「訴え? 身に覚えのない罪を押し付けるのは当たり屋だろう。ついさっき冒険者だと聞いたが、当たり屋だったのか?」

「さっきから話が見えないだの身に覚えがないだと抜かしやがるが、テメェこそほっかむり決め込んで言い逃れようって魂胆じゃねえのか。見たところ冒険者らしいが、敵前逃亡とは情けねえ話じゃねえか」

「そう、そこだ。私にはお前を傷つけた記憶がない。そもそもあった記憶もなければ顔も知らないんだぞ。傷付けようがない」

「覚えてないだと? テメェは昨日のことも覚えてらんねえ鳥頭だってのか」

「昨日? 乱闘のことか? 幸い、私は酔っても記憶が飛ばない性分でな。昨日は実に爽快な――」

 ガーラの言葉が切れる。どうやら俺の刺すような視線に気付いてくれたみたいだ。あの状況を楽しんでいたのであれば、俺は男とタッグを組んでガーラに引導を渡す、という純心を込めた視線に。

「げふん、実に遺憾な夜だった。しかしその思い出のどこを見てもお前の顔は見当たらないんだが」

「最初の方、四人がかりで暴れ始めたお前を止めにきた集団がいただろ」

「いや、三人だったぞ」

「他のヤローの陰に隠れてて死角だったんだよ!」

「ふむ?」

「そんで吹っ飛ばされたそいつの巻き添えでこのザマだ!」

 そう言ってジノは自分の額を指さした。

「なるほど。その男なら覚えてる。確か肋骨を二、三本折った感触がしたから、全治二か月といったところか」

 結構な重傷を与えた感触を確かめるように掌を開閉するガーラ。その言葉には恍惚とした感情の破片すら感じられた。
 もう少し悪びれてくれよ、俺の精神衛生のためにも……。

「思い出したか!」

「いや待て、思い出したのは貴様を巻き込んだ男のことだ。やっぱり私が手を下した訳じゃないじゃないか。やはり言い掛かりだ」

「もはや問答無用だ!」

 言うが早いか、ジノは拳を振りかぶってガーラに突進していく。
 ガーラは背負っていた荷物をその場に下ろすと、片足を引いた半身になってジノの突撃を受け流す。
 ジノがまた突っ込む。ガーラが避ける。
 ガーラに反撃の意思はないのか、まるで闘牛のような戦いだ。

 言い合いくらいは珍しくもなかったのだろうが、さすがにバタバタと角突き合わせる状態になると、往来を往く人々の足と目が二人に留まり始めた。そろそろ止めた方がいいかな、と一歩進んだ俺の袖を、誰かに掴まれる。
 振り返ると俺の袖をつまんでいるのはキャリンだった。

「ところで、なんでそんな荷物背負ってるの?」

 唐突な確認に、俺は困惑混じりに「えーと……」と呻く。キャリンの視線は俺の背負った背負袋に向いていた。
 なんとなく気恥ずかしくなり、身をよじって背中の荷物を隠そうとするが、そもそも身体の横幅からはみ出している大荷物だ。悪足掻きにすらならなかった。

「これは……その……今から冒険に出ようかーって話してたところで……!」

 思わず誤魔化そうとした嘘も声が裏返って逆にわざとらしくなってしまった。
 キャリンは意にも介さず俺をじっと見上げてくる。

「あの人、あなた達のパーティメンバーなのよね」

「不本意ながら」

 答えたのはルルだ。
 ホントにそんな不本意そうに答えなくても。

「じゃあ連帯責任で追い出されちゃったのね」

「いや、まあ……」

 聞かれてついさっき嘘八百を並べたてた口が口籠る。咄嗟に嘘吐いたせいで逆に会話しづらくなっちまった。
 いや、完全な嘘って訳でもないんだけどさ。協会からはこれまでの功績を勘案してこれ以上の処罰はナシって寛大なご処置を頂いてるけど、冒険者たち個人レベルになると話は変わってくる。冒険の後、仲間とその日の武勇伝を語る憩いの場所であった酒場が破壊されたとあっては、どうしても一日の終わりに締まりがなくなるだろう。
 もちろん、酒場は他にもたくさんあるわけだが、やはり気兼ねなく冒険者ばかりが集まる酒場ってのは『森山羊の宿り木』がイチバンだ。やり取りされる情報の質も違う。
 そんな大切な酒場が修繕のために一か月以上休業だってんだから、恨むなという方が無理だ。どうしても他の冒険者からの風当たりは強くなる。

 そういうわけで、ジノの悪感情は決してお門違いなものじゃなかった。むしろこんだけ真っ直ぐにぶつけてくれるのは逆に清々しい。
 俺達としても、一か月以上もの間こんなじっとり絡みつくような遺恨の視線を投げかけられるのはしんどい限りだ。街を出るかと考えたのも昨夜の内だけで一度や二度じゃない。
 だけど……ルー=フェルってのはそれでも居座り続けたくなるほど、冒険者にとって魅力的な街なんだよな……だから、自分一人で葛藤するばかりでまだ仲間にすら話していない本心だった。
 それを見透かしたような、キャリンの執拗な追及は続く。

「行く宛もないんだ」

 キャリンの窺うような顔が肩を落としたリリカに向く。

「はい~、お金もなくて困っているところです~」

 さっすが、リリカは素直だなぁ~……俺とルルが何とか誤魔化そうとしていた醜態をあっさり露呈しやがった。
 まあ、これもそれも往来でダンスでも踊るごとくジノの拳を受け流し続けているガーラのせいだ。リリカに腹を立てるのは筋違いだな。

「なんだ、テメェら、オコモさんになったのか」

 そこにいきなり男の大声が割り込んでくる。
 声の主は見ず知らずの第三者ではなく、つい今しがたまでガーラへ一方的に拳を振り上げてはいなされ続けていたジノ氏だ。
 ガーラとのじゃれあいに飽きたのか、少し息を弾ませながらこちらに歩み寄ってくる。熱しやすく冷めやすいとは言ってたけど、えらい唐突だ。

「オコモって……」

 俺が少し苦い顔になったのも無理からぬことで、それはあんまり人聞きのいい単語じゃない。浮浪者にバカとマヌケを足したような感じか。あくまでこの世界での意味、な。

「そうねぇ……あなた達にその気があるなら、住むところ、紹介してあげましょうか?」

 キャリンがこげ茶色の瞳に思案の光を浮かべて言った。この二人、なんか唐突なところがよく似てるなぁ。
 そんな暢気なことを思いつつも、俺がその申し出に反応して浮かべたのはわかりやすい警戒色だった。隣ではルルも似たような顔をしている。リリカは手放しに喜んで、ガーラは少し離れたところで肩透かしを食ったように憮然と頭を掻いている。

 だってなぁ、ついさっき出会ったばかりの、しかも因縁をつけてきた男のツレだ。人懐っこくて明け透けな印象の彼女ではあるけれど、それを隠れ蓑にどんな思惑を抱(いだ)いているかわかったもんじゃない。
 俺の隠すところもない警戒はキャリンにもしっかり伝わった。
 キャリンはむしろそれを面白がった。

「そんなにわかりやすく身構えないでよ」

 そう言ってあっけらかんと笑った後、

「いいわ、お誘いの裏事情も教えてあげる」

 さっきまでの笑みを困らせた表情のうわべに残して、キャリンは俺達の警戒を解きにかかってくれた。

「紹介するっていうのは私も住んでるアパートでね、あ、場所は下町のヴェーシュ通りにあるんだけど、主に冒険者が利用してるアパートなのよ。『狗尾亭(えのころてい)』っていう酒場も経営してるアパートなんだけどね――」

 一階が盛り場で二階以上が部屋貸しっていう建物は少なくない。特に安いアパートなんてだいたいそんな感じだって、ガーラが昔言ってたな。だから喧嘩をしたいときは上階の住人の迷惑になるように酒場で騒いで突っかかってくるのを待つ、とかしょーもない魂胆と共に。
 そういうアホな話も出てくるくらいそういうところは夜間の騒がしさが有名で、家賃が安いって相場は決まってる。

「そのアパートに住んでた冒険者の人達、この人達ってパーティ組んでたんだけど、それが先々週くらいから帰ってきてないのよ、冒険に出たまま」

 これもよくある話だ。冒険者が冒険に出たまま帰ってこないなんて、ルー=フェルだけじゃなく世界中どこにでも転がっているありふれた悲劇だ。キャリンの声にもわずかな同情はあっても忌むような響きはない。
 なぜ悲劇と決めつけるかって? そんなの、冒険者が帰ってこない理由のほぼすべてが全滅の二文字に起因するからだ。
 わざわざアパートを借りてルー=フェルを根拠地にしている冒険者が夜逃げするとしたら犯罪を犯した場合がほとんどだから、そういう時はむしろとっとと出てって欲しいだろうしな。

「それで住人が私だけになっちゃってね、大家さんが頭を抱えてるのよ、飲み屋の経営だけじゃ税金も払えやしないって。そんな台所事情を聞かされたら、雨漏り修繕の話なんて出しづらいじゃない」

 キャリンが自嘲気味に苦笑する。

「あなただけって、そこの大男は?」

 “私だけ”の語感に引っかかるものを感じた俺が尋ねると、

「俺は宿舎住まいだ」

 と、簡潔な返答が返ってきた。まあそりゃ、設備も条件もいい宿舎からわざわざ下町のアパートなんかに移り住む理由はない、か。

「それで、住まいを探してる冒険者がいたらちょうどいいなぁって思ってた矢先にあなた達に出くわしたのよね。これって天の配剤だと思わない?」

「運命ってやつ? あたしはあんまり信じてないのよね」

「運命なんて胡散臭ぃですょ」

 口々に運命論を否定する俺達に、キャリンは気後れした風もなく片目を瞑って見せた。

「私も信じてないわ。でもあなた達に必要なものでしょ? 住まいは」

 それはおっしゃる通りなんだが――。

「どうしてあたし達なの? 見ず知らずの上に宿舎を追い出された前科持ちよ」

「だってシューもルルもリリカもオマケでガーラもとっても可愛いんだもの」

 ああ、うん、それは激しく同意するけど……。

「それだけ?」

 あまりに明朗な回答に唖然としてしまう。

「それで十分じゃない? こうして話してみて会話が通じることも分かったし、どうせご近所で顔を合わせるなら清々しい顔の方がいいじゃない」

「確かに理には適ってるけど……」

 疑問の余地もない俺の言葉に、ルルが後ろから怪訝そうな声を上げる。

「適ってますか……?」

「シューちゃんがそう言うんだから、適ってるんじゃないかしら~」

「どうでもいいからどっかで休まないか? 私は喉が渇いたぞ」

 好き勝手なことをほざいてる仲間はほっといて、と。

「それで、あなたの話に乗っかると、あたし達がどんな得をするワケ?」

「そうね、私が話を通すから、部屋を借りるのに信用貸しで通るわ。あと口利きの仕方によっては家賃が少し安くなるかもね。向こうも困ってる状況だし。それに敷金礼金もたぶんなくなるわ。もちろん、契約するかどうかはクリエラさん――大家さんと面談の上で構わないわ。破格でしょ」

 自信満々に笑みを浮かべるキャリン。
 確かに、こんなうまい話はない。キャリンの話を鵜呑みにすれば、だが。
 さりとて落とし穴の有無は大家さんと話してみないことにはわからないか……唯一にして最大の懸念はこれがキャリンの皮算用だってところかな。まあ、それこそ一度ちゃんと話してみないとわかりようもないことだし……とりあえず話すだけってのは今の八方塞がりな状況から見れば眩しすぎるくらいの光明だ。
 
 思考を固めた俺が背後の仲間を振り返ると、三人はそれぞれの表現で同意を示してくれた。リリカは満面に笑みを湛え、ルルはしかつめらしく頷き、ガーラはどうでもよさそうに掌を振っている。

「いいわ、それじゃあ案内してもらえる?」

「そうこなくっちゃ!」

 ここでふと、ガーラに含むところがあるジノに気持ちが移った。キャリンは彼と浅からぬ関係のようだが、そんな勝手に話を進めてもいいのだろうか。恨んでいる相手を手助けする彼女にまで反感を抱いたりしないのだろうか。
 彼の動向に不穏なものはないかと視線を移した時、ほぼ同時にジノが口を開いた。

「そりゃいいな! これでクリエラさんの機嫌もちっとはよくなるだろ!」

「ジノはいつも『声がでかい!』ってクリエラさんにどつかれてるものね」

「ああ、元冒険者の正拳突きはかなり効くぜ。お前らもクリエラさんは怒らせないように気をつけろよな、いやそれにしても住人が決まってよかったぜ!」

 なんか、手放しで歓迎されてるぞ。しかもジノの中ではもう契約が済んだことになってるし。

「それじゃあ行きましょうか!」

「ああ、ちょっとそんな手を引かなくても……!」

 張り切るキャリンに引きずられるようにして俺達はそのアパートへと案内された。
 案内された先が、下町の建物にしてはやけに立派で昔からそこにあって広い土地を有してる分だけ風格――と呼べば聞こえはいいが古めかしさを建物全体にカビのごとく生やしまくったアパート兼呑屋、『狗尾亭』だった。
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