醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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2.夢の途中と、大切な恩人。

2#5 密談

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 この部屋は密談するには不向きだ。明るすぎる。
 希者エリク・ノーラは総督府執務室に入室するたびにそう思う。別段、密談をしに来たわけでもないのに。
 南の庭園に向いた壁全面をガラス張りにした明るく広い部屋、その立派なガラス張りを見晴るかすようにやはり立派な執務机が据えられ、黒く重厚な威容を逆光の中で遺憾なく発揮していた。

「随分待たせてしまったね、とりあえずかけたまえ」

 声は重厚な影の中からした。
 影と一体になっているのはこのルー=フェルの最高責任者の一人、皇玉国から派遣されている総督だ。もう一人の最高責任者は共王国から派遣される総監だが、エリクにそちらとの面識はない。
 そもそもこの会見自体も政的なものではない。極めて政治的な問題でありながら、あくまで希者個人に協力を求めた結果の逢瀬だ。そこに打算はあれど陰謀はない。今のところは。

 部屋の中央に置かれた応接セットが最高責任者の執務室に相応しい感触でエリクを歓迎すると、ルー=フェル総督は濃い影の中で身動(みじろ)ぎした。

「今日も元老のお歴々は矍鑠(かくしゃく)となさっていてね、舌鋒鋭く同じことを何度もお話になる。飲み物はフォクでいいかな? それともノリエク産アヴのファーストフラッシュが手に入ったのだが、一緒に賞味してみるかい」

 現総督は壮年に差し掛かる若輩のはずだが、声には張りのある若さと熱意が漲っている。今は少し苦笑が混じっていたが。

「ファーストは好きじゃないんだ☆ なんだか自己主張が激しくてね。セカンドなら頂くよ。それもないなら飲み物はいらない。長居するつもりもないからね☆」

「であれば早々に本題に入るのが君を待たせたお詫びになるかな」

 影は肩を竦めたようだった。

「いつものことだが今年の評議会も長引きそうだ。だがどこかに作為的なものを感じる。総督府側か監察府側か、そこはまだはっきりとしていないがね。評議会が進展しないことで利潤を得られる者はどちらの国にもいるからな……君の方では何か進展はあったかね」

「そっち方面はないよ。具体的な対策の方ならとりあえず下準備は整ったところ。あとはそっちが間に合わせてくれればなんとかなるよ」

「そちらの方面にも手掛かりはなしか……となると本国側の可能性も高いな……」

 一瞬だけ沈思した総督が、顔を上げた気配があって思い出したように付け加える。

「手筈の方だが、正直なところ評議会が進展しない現状では如何ともし難い、と言ったところだ。悪戯する方もルー=フェルがなくなってしまえば元も子もないことくらいは理解してくれているともうのだが……当面はこちらで出来る事を推して努力するしかないな。君の方も部隊の派遣だけは計画通りに事を運んでくれ」

「ハイハイ☆ ま、うまくいかなくてもルー=フェルがなくなるだけだからね、僕には何の痛手も感慨もないんだけど。どうせ三日天下だろうし」

「そういわないでくれよ、エリク君。君にルー=フェルが必要なくても私達には君が必要なんだ。希者とはそういうものだろう?」

「そういうものらしいね。だから僕としてもこの方が便利な内は使わせてあげるよ☆」

「最悪なのは評議会開催にあたって退けられた駐留軍が間に合わなかった場合だ。戦力が整わないまま全方位から散漫的に襲撃されればひとたまりもない。いくらこの街が冒険者の街とはいえ、戦術と戦略は理解のベクトルが違うからな。冒険者に兵士は倒せても軍隊は倒せない。縦どころか横の連携もない烏合の衆では、この広いルー=フェルは守り切れない」

「じゃあ冒険者が軍隊になったら?」

「そうなればルー=フェルは安泰だろうが、今度は協会と総督府、監察府で三つ巴の軋轢が生まれるだろうな」

 最高責任者としては最悪のシナリオを想像した総督の嘆息はエリクのところまで届いた。そうなればこのルー=フェル最高責任者の一人は国と市民の両方から槍玉に挙げられて散々こき使われた挙句に責任を取らされるのだから当然と言えば当然だろう。

「今更だが、本当に貧民窟を切り捨てる以外に道はないと思うかね……」

「本当に今更だね☆ そもそも言い出したのは君達じゃないか。多少の犠牲は厭わないって。僕はその実現に少し手を貸してあげてるだけだからね、その是非なんてどうでもいいさ。義務は義務として果たす。それ以外の責任は知ったことじゃない」

「そうだな、それが希者としての立場だものな。それは理解している。だが、その希者の力をもってしても、もっと被害の少ない方法で事を収められないのかい?」

「ないね。向こうの目的が目的だからこれで最小限さ。それこそルー=フェルが焼け野原になってもいいんなら簡単なんだけどな☆」

 突き放すように言い放ち、酷薄なまでに完璧な美貌の青年はコートとマントとケープを一体にしたような上着を翻して立ち上がった。

「ま、いずれにしろ僕には関係のない話だ。興味もない。僕は僕に希(のぞ)まれたことをする。それでいいでしょ☆」

 総督は何も答えなかった。ただ逆光の中に身を沈めて黙っていた。それはエリクに対して返す言葉を知らなかったわけじゃない。エリクが返す言葉を求めていないことを知っていたからの沈黙だった。
 総督の態度が示す通り、エリクは自分の発言を一顧だにせず樫の重い扉を開けて執務室から姿を消した。
 後に残された総督は長いこと身動ぎ一つせず椅子に腰かけた姿を保っていたが、やがてふと思うところができたのか手元の呼び鈴を鳴らして侍従を呼びつける。
 思索を巡らせるのに程よい時間をおいて、侍従は姿を現した。

「フォクを一杯淹れてきてくれるかな。なにも入れなくていい、ただ熱いやつで頼む」

 うやうやしく腰を折って侍従が去ると、総督は再び影の中に埋没して動かなくなった。
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