醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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3.岩屋の死闘と、居ない人達。

3#9 報告

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「シューちゃぁぁんん! 怪我はないぃ!? 痛いところはぁ!? こんなに汚れちゃって、大変だったよねぇっ、無事でよかったぁっ」

「リリカ……」

 キャンプがある『根絡みへの回廊』の小部屋に入った途端、リリカに飛びつかれて泣き出しそうな顔で畳みかけられた。
 その勢いに気圧されたわけじゃないが、万感の思いに言葉が詰まってリリカの名前を呼ぶことしかできない。
 不意に背中が軽くなる。ルルを寝かせたガーラが、気を利かせてヒャラボッカちゃんを預かってくれたのだ。

 改めて、リリカが全身を使って俺を抱き締めてくれる。お互い、まともに身体も洗ってないからあまり気持ちのいい抱擁ではないはずなのに、そんなのこれっぽっちも気にならなかった。
 話したい事、伝えたい事が沢山ある。
 だけど、今は言葉じゃなくて涙しか出てこない。

「シューちゃん~……?」

 そんな俺に気付いて、リリカは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべたが、

「……大丈夫、大丈夫だよ~」

 子供みたいに背中をポンポンと叩かれあやされた。
 何が、大丈夫、だ……。

「なんにも、大丈夫じゃない……」

 嗚咽を噛み殺す奥歯の合間から、それだけどうにか声を絞り出す。

「大丈夫だよ……シューちゃんはここにいて、わたしもここにいるから~、ねぇ?」

「……うん」

 ギュッと、その存在を確かめるようにリリカを抱き締める。硬い布地の法衣の上からでも、リリカの感触と温もりが染み出してくる。
 かなり強めに抱き締めてもリリカは文句の一つ言わず、自分が汚れるのもいとわずに、俺の背中を撫で続けてくれた。

 ひとしきりそうして慰められている間に、眠るジノの隣にルルとヒャラボッカちゃんを落ち着けたガーラはフォクを淹れてくれていた。
 フォクってのは……そうだな、コーヒーに似た飲み物だ。その一言で説明がつくほどよく似てる。
 俺達の荷物にはなかったから、ガーラが持参してくれたのであろう。固形乳と砂糖をたっぷり溶かした甘い、とても甘いフォクだ。
 ガーラは狼狽えるリリカにヒャラボッカちゃんの容体を見るように指示したり、ルルとヒャラボッカちゃんの寝床を整えたりして、俺が飲み終えるのを待ってくれた。

「さて、掻い摘んで何があったのか聞かせて貰おうか」

 素焼きの携帯かまどを囲んで車座になったところで、ガーラがそう切り出した。
 『根絡みの大空洞』の一フロアを横切って『根絡みの大階段』を昇り切るまでの二時間近い道中、いくらでも話を聞くタイミングはあった。なのにガーラは全くその話題に触れようとしなかった。どうでもいい、下らない話ばかりしていた。
 こうやってリリカの顔を見て一息つくまで、待ってくれていたんだと気付かされる。本当に必要な時だけ効果的に気を遣ってくるのだ、この人は。
 こういうことされるから、どうしても頭が上がらない、突き放せない存在になってしまう。困った師匠だ。

「……リリカにあたし達の居場所を聞いたのであれば、ここまでの経緯は知ってるのよね」

 ガーラが頷く。萎えそうになる気持ちを支えるように、リリカが俺の右腕にその手を添えてくれた。
 斬り飛ばされ、失ったはずの右腕は、しっかりと手の平の体温を感じている。まごう事なき、俺の腕。

「あたしは……キャリン達は生きてるって、信じてた……でも――」

 助けられなかった。
 『根絡みの大空洞』で繰り広げられた死闘を言葉にしながら、俺の心はその一点に支配されている。
 俺が出来た事と言えば、オークキングとその軍勢を倒してキャリンの仇を討ったのと、オークキングの野望でこれ以上々悲しみが生まれないようにした事くらいだ。
 キングを圧倒したあの力の事は濁した。ぶっちゃけ、俺にもまだよくわからないから、説明のしようがなかった。
 それでも説明にはそれなりの時間を要して、全部語り終えるまでに小一時間も使っただろうか。結構、しんどい。

「キャリンを、助けられなかった……ドズさんだって、もしかしたら今も苦しんでるかもしれないのに……」

「ドズは絶望的だろうな」

 もちろん、こんなことを言い出すのはガーラだ。眼鏡を外したリリカが、倒れ込むように俺の胸に顔を隠す。

「……それでもあたしは探しに行くから。ドズさんの生死がわけるものを見つけたい」

 オークによって環境の破壊された『根絡みの大空洞』の一フロアが、元の魔獣が闊歩する危険地帯になるまでの間がチャンスだった。多少の疲労は押してでも捜索に赴くべきだ。もう、危険は何もないのだから。
 自覚できるほど、表情が硬く強張っている。俺の覚悟をそこから読み取ったガーラが口にした言葉は、俺の予想を少し上回るものだった。

「私も付き合おう」

「……てっきり『好きにしろ』とか言って一人で帰るかキャンプに入り浸ってるかと思った」

 ポカンと呟く俺に、ガーラが肩を竦めて見せる。

「それもいいがな、流石に私だって木石じゃない。覚悟は出来ていても、知った人間の死には遣り切れないものが生まれるさ……そういう時は、身体を動かすのが一番良い」

「……うん、そう思う」

 意外だった。本当はそんな風に考えていたなんて。ガーラはいつも、先輩風を吹かせて酸いも甘いも知り尽くしたような事ばかり言ってるから。
 実を言うと、俺はガーラの正確な年齢を知らない。三年前くらいに聞いた時は『永遠の二十歳だ』とかふざけられて終わった。実際、その容姿は二十歳前後にしか見えなかったからせいぜい二十三とかもしかしたら二十五なのかな、くらいに難しく考えず納得した。
 だけど、老婆心と呼ぶに相応しい諫言は、聞きかじりというにはホロ苦い実感が込められていて……俺はその年齢不相応な重さに反抗心を抱いていたのかもな。

 今言ったような話は軽い方だ。とても二十数年程度の人生経験から出てくる重さじゃない説教を、これまで散々聞かされてきた。
 そういう時、ガーラは老獪(ろうかい)な年寄りのように見える。不思議と反論できない威圧感に反抗心が無理矢理抑え込まれてしまうのは、やっぱ面白くない。
 
 そんな重々しい言葉の裏で、ちゃんと人の心を持て余してた。
 ちゃんと、割り切れないものを抱えていた。
 その事が妙に嬉しいのは、純粋に親近感からだと思いたい。

「まだ、頑張るの~……?」

 きっとドズさんを見つける。最悪、手掛かりだけでも……そう覚悟を新たにしていた俺の耳に、弱々しくリリカの声が転がり込んでくる。
 革鎧を外したブラウスに顔を埋めていたリリカが、不安げに俺を見上げていた。

 涙に潤んだ上目遣いが妙に艶めかしい。
 冒険者である以上、覚悟をしているとはいえやはり友人の死は辛い。気立ての優しいリリカであればなおさらだろう。その優しい涙を見ていると、俺の目頭も熱くなってくる。
 いつの間にか見惚れていた瞳が遠ざかったかと思うと、分厚いレンズに遮られた。リリカが眼鏡を掛け直したのだ。
 俺から身を離したリリカは、隣に敷いた自分のクッションの上にペタリと座る。座って、言った。

「シューちゃんは……もう十分頑張ったのにぃ……」

 何故かその声に批判の色を感じて、戸惑う。

「いや、でも、あたし……助けられなかった……」

 確かに、自分でもすっげぇ頑張ったと思う。
 何度も死にそうになった。何度も頭を使った。ずっと、身体を働かせた。
 だけど、結果だけ見ればこの救出劇は失敗だった。散々苦労したのに、大切な恩人を……キャリンを助けられなかった。
 それが悔しい。悲しい。とてもじゃないけど納得できない。
 
 リリカはそれきり俯いて黙り込んでしまった。時折、洟をすする音が隣から響いてくるだけだ。

「ひとまず、今日の所は休もう。ヒャルの経過も見たいしな」

 重苦しい空気を執り為すようにガーラが宣言し、なんだか居た堪れない気持ちになっていた俺は一も二もなく賛成した。リリカも、俯いたまま頷いた。
 ルルとヒャラボッカちゃんの容体はガーラとリリカが交代で見張ってくれるという事で、俺はお言葉に甘えてじっくりと身体を休めることにした。

 でも……思考と感情と記憶とそこから生まれる疑問、疑念、疑惑。廃墟の部屋の片隅、瓦礫の陰に設えた自分の寝床に横になると、それらが好き勝手に頭の中を掻きまわし始めるのがわかった。
 こんな状態で眠れるんだろうかと不安に思っている内に――気が付いたら夢を見ていた。

 どこかで見た事のある、黒い闇が圧し掛かる空の下に鬱蒼と広がる原生林。佇んだキャリンが、木下闇に表情を隠してじっと俺を見ている。
 俺が追いかけようと一歩踏み出すと、同じ距離だけキャリンは遠ざかる。
 必死に追いかけても自分の影のように離れるだけで、キャリンの姿はいつしか原生林の彼方に消えてしまった。

 気配を感じて振り返ると、白いドレスの女の子が立っていた。
 薄暗がりの中で、その子の姿だけはクッキリと浮かんで見える。まるで自分で光っているかのようだ。
 次の瞬間、その子がすぐ手の届く至近にいた。近付く素振りは全然見えなかった。近付いても、その子は白い影のように細部が塗りつぶされている。
 その手が静かに俺に差し向けられて――

「ぅわあぁぁぁっ!」

「ぁわわぁっ!?」

 夢だとわかっていたのに、絶叫して飛び起きた。
 あんまり可愛らしくない叫び声に唱和した長閑な悲鳴に脇を見れば、

「……リリカ?」

「ど、どうしたのシューちゃん~?」

 リリカが座っていた。どうやら、俺の様子を見に来てくれて……そのまま一緒にうつらうつらしてたみたいだな。口から顎にかけて涎の跡が見える。

「ちょっと、夢見が悪かっただけ……リリカはどうしたの?」

 軽く頭を振って俺が問うと、リリカははにかんで、

「シューちゃんの声に驚いただけよぅ」

 と言った。質問とはズレた答えに苦笑を返す。

「それはわかってる、何か用があるんじゃないの?」

 敷布団代わりの不織布に座り直して、自分の隣を軽く叩く。リリカは俺の枕元、つまり石床の上にいるのだ。そこだとお尻が冷たそうで、ゆっくり話も出来ない。
 リリカは何故か考える素振りを見せてから、おずおずと隣に座った。

「用事、ってほどの事なじゃいの~……ちょっと、シューちゃんとお話ししたくなって、待ってたのよぅ」

「そっか、待たせちゃったわね。おはよう」

「おはよ~」

 今更のんびりと挨拶する間抜けに、なんとなく二人ともおかしくなって噴出したが……やっぱ、愉快に笑う気分ではないな。

「それで、話って?」

「えと~……話っていうような話があるわけじゃあないのよ~。なんとなく、シューちゃんと言葉を交わしたいなって、そんな感じで~」

「そっか」

 それきり会話が途切れる。
 自然な沈黙が二人の間に漂い始めた。
 他の人ならいざ知らず、少なくとも俺はリリカとならこうした会話の途切れに変なプレッシャーや圧迫感を感じたりしない。
 むしろ、隣にリリカがいるというだけでなんとなく安心する。重く沈殿した胸の澱(おり)が少しずつ消えていくような気すらした。
 リリカもそうなのだろうか、と思ってそちらを見ると、何か思い詰めた光を宿す茶色の瞳とぶつかった。丸い眼鏡が震えている。

「どうしたの?」

 聞くと、リリカから予想だにしなかった答えが返ってきた。

「わたし、冷たい人間なのかなぁ……」

 っていうか、答えですらない。

「ほんとにどうしたの? 何か悩んでるの?」

「悩む……? ううん……悩んでないよ~」

「じゃあどうしたの……?」

「悩んでないから、かなぁ……」

 回りくどい言い回しに、少しだけイラっとする。

「悩んでないならどうしてそんなに首を捻りっぱなしなのよ」

「うん~……わたし、悲しかった~」

 話が見えないけど……リリカはいつもこんな感じだし、ひとまずじっくり聞いてみないとか。
 
「シューちゃんの話を聞いて~……もうキャリンさんに会えないんだって知ったら、とても寂しくて~」

「うん、あたしもよ」

「ううん、違う~」

 違うって……一刀両断か。
 鼻白む俺にもお構いなしに、リリカの独白が続く。

「わたしとシューちゃんとでは、違うのよぅ」

「違うって、何が」

「わたしは、シューちゃんほど悲しんでないの~。確かに、キャリンさんが亡くなったのは悲しい事、出来ればそんなことにはなって欲しくなかったよぅ? でもね、どこかで納得している自分がいるの。冒険者だもの、仕方ないって、いずれこういう日が来るのはわかってた事だって……シューちゃんみたいに本気で泣いたり後悔してないのよぅ、わたしは……」

「それは……」

 そう言われてしまうと、逆に俺に冒険者としての覚悟が足りなかったような気もしてくる。
 ガーラにも再三、釘を刺されていたことだ。

 リリカは冒険者になるべくなったわけじゃない。冒険者として世界を見て回りたい俺についてくるために、手段として冒険者をやっている。
 リリカにそのことを指摘されるなんて、なんだか皮肉な話だ。

「わたしは、冷たい人間なのかな……」

 物悲しそうに呟く声は、今にも泣きだしそうで、気が付いたら俺はリリカの頭を撫でていた。

「冷たい人間が、誰かのためにそんな顔はしないと思うよ」

「……それだけじゃないの~」

 丸眼鏡の奥の瞳が、スッと俺の視線を受け止める。

「わたしね、キャリンさんが死んじゃった悲しさよりも、シューちゃんが無事に帰ってきてくれた嬉しさの方が、大きかったのよぅ」

「そう、なの……」

 それは、キャリンの死が天秤の反対側に乗っていなければ俺にとっても嬉しい事ではあったけれど、今は複雑な感情しか湧いてこない。

「もし……もし、ね」

 リリカが俯く。俺の視線から逃げるように。

「もし、シューちゃんが帰ってこなかったら……わたし、ジノさんやキャリンさん達を恨んでたと思う……」

「…………」

 何も言えなかった。何かを言える立場じゃなかった。
 俺は、感情のままに自分がどれだけ危険な橋を渡ったのか、思い知らされた。
 優しいリリカが、ジノやヒャラボッカちゃん、ましてやもうこの世にはいないキャリンまでも恨まなきゃいけないなんて、残酷すぎる仕打ちだ。
 それを、俺は引き起こしかけていた。

「あの日、あの瞬間、わたしにはシューちゃんしかなかった。今はガーラさんやルルちゃんもいるけど、やっぱりわたしにとってシューちゃんは特別だから~……絶対に失いたくない人だから~……って、これじゃあただの言い訳だねぇ」

「リリカは……その、あたしが言うのも変だけど、リリカはそれでいいと思う」

 改めて視線を当てたリリカは、相変わらず俯いたままだったけど、少しだけ表情が和らいでいるように見えた。

「シューちゃんなら、そう言ってくれると思ってた」

 どこか寂しそうに笑って、立ち上がる。

「わたし、ずるいね~、シューちゃんにそう言ってもらいたいから、ここに来たのかも~」

「いいよ、リリカならずるくても許す」

「……うん、優しいシューちゃん、好きだよ~」

 言い置いて、逃げるように瓦礫の陰から飛び出していった。
 キャンプの中心、携帯かまどのある方から、仄かに火の温もりが漂っていくる。
 今が何時だかはわからないけど、身体の方は十分な休息を得られたみたいで調子は良い。
 気分は……あまり楽しくはないな。当然だけど。
 さてそれじゃあ、軽く何か食べたらガーラと一緒にドズさんの捜索に向かおう。
 ガーラの言う通りだったとしても、身体を動かしていないとこの鬱屈した気持ちに押しつぶされてしまいそうだった。

 そして、結論から言えば、ドズさんの捜索は無駄骨に終わった。
 キャリン達捜索の出発日から数えればもう四日以上。持ち込んだ食料は殆ど尽きたが、食料はガーラが持参してくれた一週間分――荷物のほとんどが食べ物だった――のおかげで心配はない。

 だからもう少しだけドズさんの捜索を粘ろうとルルも交えて話し合った矢先に、ジノが完全に意識を取り戻したのだ。
 “完全に”とわざわざ付けるのは、彼は怪我もさることながら、飲まず食わずの衰弱が激しかった。実はリリカの祈祷術の甲斐あってすぐに意識は取り戻していたのだ。でもとてもじゃないが起きだして長話をできるような体調ではなかった。

 ルルはジノより一足早く、翌日には目を覚ましてドズさん探索にすぐさま働いてくれていた。あれだけの無茶をしたのに平然としているものだから、空元気で意地を張ってるんじゃないかと心配になったほど元気だった。それでも丸一日も眠り込んだのは相当無理をさせたってことだろう。今度何かご褒美を上げなきゃな。

 ヒャラボッカちゃんはまだ意識不明だ。命に関わりが無いというのはわかっているが、心の問題かもしれないとリリカが沈鬱そうに言っていた。
 なのでこの瞬間、ジノパーティ壊滅の詳細を知っているのはジノだけだ。起きていきなりあれこれ聞き出そうとするのはリリカの反対にあったが、本人が話したいと強く望んだので早速その時のことを聞くことになった。
 その話を聞かされた時は『先に言ってくれ』と言わないでおくのに苦労した。

「じゃあ、ドズさんはもう……」

「ああ……あの傷じゃ、生きてる可能性は……ないだろうな……」

 ジノは、ドズさんが殺される瞬間を目撃していた。
 ジノだけじゃない。ドズさんはジノとキャリンとヒャラボッカちゃんとを逃がすためにシールドホルダーらしくオークの大軍勢に立ち向かい、そして敢え無く散ったのだと……身体のあちこちを包帯で飾ったジノが、涙混じりに語ってくれた。
 俺達はジノのそばに携帯かまどの火を持ってきて、それを囲むようにして話を聞いている。沈黙した俺達を見回して、ジノは妙にさばけた面持ちで天井を仰ぐ。

「キャリンも……駄目だったんだな」

 何かを悟ったような言葉に、ギュッと身体を圧し包まれたような気がした。握りしめた拳が、痛い。

「ごめん、なさい……あたしがもっと早く助けに来てたら、こんなことには……」

「いや、シューはなんにも悪くねぇよ……回廊の異常を知った時点で引き返すべきだったんだ」

 やっぱり、回廊の異常には気付いてたのか……。

「でも、折角みんなでお金を貯めてこうして出張ってきたんだ、せめて異常の手掛かりだけでも協会に報告したい――なんて色気を出したのがいけなかった。俺達の冒険者としての目論見の甘さが招いた、当然の報いだ」

「……キャリンは、オークキングに手籠めにされそうになって、自害したって……これで」

 ずっと自分の腰のホルダーに収めていたキャリンのダガーを差し出す。
 キャリンと同じく変わり果てた姿になったダガーだが、ジノは一目でそれが何なのか気付いた。
 見張った瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

「……辛かったろうな、苦しかったろうな……でも、よく頑張ったよ、キャリン……お前は、俺の自慢の嫁だ」

 改めて、悔しさと悲しみが――いや、悲しみはもう喪失感に変わっていた。
 キャリンを失ったという現実を、ドズさんを探す二日間で噛みしめてきた。だからもう、悲しむことはしない。
 それでも、身を裂くような後悔と喪失感は熾火のように燻って、再び燃え盛るその瞬間を待ち構えている。
 
「すまねえな、シュー」

 男泣きに泣いていたジノが、急に改まって謝罪した。
 一体何を謝っているのかすぐには理解できなくて返答に窮していると、ジノは自嘲気味に苦笑する。

「俺達の無茶に巻き込んで、だいぶ無理させちまったみたいだからさ」

「無理だなんて……確かにちょっと無茶はしたけど、それは……それこそ、あたしの判断ミスだったのよ」

「その判断ミスのおかげで、こうしてキャリンは俺の前に別れを告げに来てくれた」

 俺の手の上のダガーにそっと触れて、ジノが寂しそうに微笑む。

「シュー、こいつはお前が持っててくんねえか?」

 意外な申し出にキョトンとする。これは最期までキャリンの傍にあった大切な形見だ。ちょっと折れて脆くなってはいるが、その事実に変わりはない。
 すぐには返答できず、ダガーとジノの顔を見比べていると、

「俺はキャリンに貰ったものが一杯あるけどさ、お前はあんまり持ってないだろ? それ、お前に持ってて欲しいって言うと思うんだ、あいつならさ」

 ジノは、俺が思っていたよりもよっぽど落ち着いていた。
 本当はもっと取り乱すかと思っていた。俺みたいに。
 でも、これが冒険者らしい冒険者なのかな……すぐ隣にいる人が、次の瞬間にはいなくなっているかもしれない。そんな危険と常に隣り合わせに生きていくのが、冒険者。
 それは、わかっているつもりだ。
 だけど、そういうものだって割り切っちゃうのは……なんだか寂しい気がする。

「わかった……お言葉に甘えてこのダガーはあたしが預かる……大切にする……でも、返して欲しくなったら、いつでも言ってね。あたしはやっぱり、ジノが持ってるべきものだと思うから」

「ああ、ありがとよ……それじゃ、すまねえけど少しだけ……独りにしてくれねえか?」

 顔を覆った両手の下からくぐもった声でそう告げられ、俺達は目くばせしあってキャンプのある部屋を出た。
 部屋を出る直前に漏れ出した、心を磨り潰すような押し殺した嗚咽に聞こえない振りをしながら。
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