2 / 24
1-2
しおりを挟む
次の日の朝、旅装を身にまとい、大きなリュックサックを肩に担ぐ。ドアノブに触れたが、私はふと振り返った。目に映るのは、18年過ごした思い出が詰まった部屋。
お父様がこの世界にある多様な宗教の聖書を読み聞かせてくれたベッド。この世界には様々な亜人たちがいて、少しずつ違う考え方や習慣を持っているんだよと、でも本当に大事にしていることは皆同じなんだよと教えてくれた。
お母様は、10歳の誕生日に鏡台で化粧を教えてくれた。クローゼットの中にはお母様がお祖母様から受け継ぎ、私に譲ってくれたドレスや、寒い冬に暖炉の前で一緒に編んだマフラーなんかがたくさん入っている。多くの時間を一緒に過ごし、いつも私に寄り添ってくれた。
前世の記憶がある私はとても不気味な子供だったはずなのに、お父様もお母様もそんな目を私に向けたことはなかった。弟や妹と平等に接し、私を愛してくれていた。
「部屋を出る前からホームシックになるなんて。この家に生まれて私は本当に幸せだったんだ」
私はそう呟き、ドアノブを捻る。廊下には、大粒の涙を流しているお母様の姿があった。お母様の傍まで進み、優しく抱きしめる。
こんなに細かっただろうか? 私がそんなことを考えていると、お母様は私の胸に顔を埋め、力強く抱きしめ返してくれた。背中に刺さる爪の痛みに、お母様の愛情の強さを感じる。
泣き崩れたお母様をメイドに託し、玄関の扉を開け屋敷の外に出る。差し込む朝日を遮る、見慣れた顔が2つ並んでいた。
「ルゥ、パステル、その格好はどうしたの?」
「我らはお嬢とグランゼへ参る」
「参るだにゃ!」
二人は何を言っているんだろう。私に食客を養えるような財産なんてあるはずもないのに。
「二人ともありがとう。でも、それはだめよ。お給金どころか、一枚のクッキーも焼いてあげられないの」
「辺境に着いたら、私達が魔物を狩って稼いでくるにゃ!」
「給金なら過分にいただいている。焼き菓子の材料代ぐらい何枚分でも払おう」
うん。比喩なんだけど、ルゥのように犬人族はあまりこういう言い方をしないものね。それより……給金ってなんだろ?
「お母様から?」
そんな気を回せる余裕なんてなかったと思うんだけど…….
「……」
無言で首を横に振り、ルゥは長いマズルで方向を示した。その先にあるのは、お父様の書斎。
「……お父様が?」
「昨日、お嬢に付いていくと暇乞いに行ったらな。この金で娘を頼むと、せめてグランゼまでは無事に送り届けて欲しいとな」
「なんで……食客の中でも飛び切り優秀な二人をこんな娘につけるなんて」
理由なんて決まっている。お父様は私を見放したりなんてしなかったんだ。
「泣くな。お嬢は正しいことをしたのだろう。胸を張って背筋を伸ばせ。毅然と前を向いて、堂々と進め」
「そうだにゃ! 背中を丸めてても、あの女が喜ぶだけにゃ!」
「うん。でも、後一分だけお願い」
一分だけと言いつつ、少なくとも数分はたった頃、私は涙をローブの袖で乱暴に拭いた。背筋を伸ばして、まっすぐに前を見よ……う?
「お嬢様、ルゥ殿、パステル殿」
「えっと、フランク?」
「お嬢様の出立に連れて行ってやってくだせえ」
前を見た私の瞳に映ったのは、馬丁のフランクと三頭の角馬。普通の馬よりも足が速く、スタミナもある優秀な馬だ。しかもこの子たちは……。
「……お気に入りの子たちをお父様が?」
「へえ。それと伝言をお預かりしています。『私はお前を信じているよ』とのことでした」
「……お父様」
それ以上言葉が出てこなかった。再び目頭が熱くなり、私は前を向いたまま目を閉じる。
お父様もお母様も、こんな私を信じてくれている。だったらやるしかない。汚名を返上し、嫌な予感が現実となったときに備えて力をつけ、信頼できる仲間を増やそう。幸いなことに、力をつける機会も、出会いも必ずある。向かう先は、魔物が跋扈する大森林に面した辺境グランゼ──別名『冒険者の町』なのだから。
お父様がこの世界にある多様な宗教の聖書を読み聞かせてくれたベッド。この世界には様々な亜人たちがいて、少しずつ違う考え方や習慣を持っているんだよと、でも本当に大事にしていることは皆同じなんだよと教えてくれた。
お母様は、10歳の誕生日に鏡台で化粧を教えてくれた。クローゼットの中にはお母様がお祖母様から受け継ぎ、私に譲ってくれたドレスや、寒い冬に暖炉の前で一緒に編んだマフラーなんかがたくさん入っている。多くの時間を一緒に過ごし、いつも私に寄り添ってくれた。
前世の記憶がある私はとても不気味な子供だったはずなのに、お父様もお母様もそんな目を私に向けたことはなかった。弟や妹と平等に接し、私を愛してくれていた。
「部屋を出る前からホームシックになるなんて。この家に生まれて私は本当に幸せだったんだ」
私はそう呟き、ドアノブを捻る。廊下には、大粒の涙を流しているお母様の姿があった。お母様の傍まで進み、優しく抱きしめる。
こんなに細かっただろうか? 私がそんなことを考えていると、お母様は私の胸に顔を埋め、力強く抱きしめ返してくれた。背中に刺さる爪の痛みに、お母様の愛情の強さを感じる。
泣き崩れたお母様をメイドに託し、玄関の扉を開け屋敷の外に出る。差し込む朝日を遮る、見慣れた顔が2つ並んでいた。
「ルゥ、パステル、その格好はどうしたの?」
「我らはお嬢とグランゼへ参る」
「参るだにゃ!」
二人は何を言っているんだろう。私に食客を養えるような財産なんてあるはずもないのに。
「二人ともありがとう。でも、それはだめよ。お給金どころか、一枚のクッキーも焼いてあげられないの」
「辺境に着いたら、私達が魔物を狩って稼いでくるにゃ!」
「給金なら過分にいただいている。焼き菓子の材料代ぐらい何枚分でも払おう」
うん。比喩なんだけど、ルゥのように犬人族はあまりこういう言い方をしないものね。それより……給金ってなんだろ?
「お母様から?」
そんな気を回せる余裕なんてなかったと思うんだけど…….
「……」
無言で首を横に振り、ルゥは長いマズルで方向を示した。その先にあるのは、お父様の書斎。
「……お父様が?」
「昨日、お嬢に付いていくと暇乞いに行ったらな。この金で娘を頼むと、せめてグランゼまでは無事に送り届けて欲しいとな」
「なんで……食客の中でも飛び切り優秀な二人をこんな娘につけるなんて」
理由なんて決まっている。お父様は私を見放したりなんてしなかったんだ。
「泣くな。お嬢は正しいことをしたのだろう。胸を張って背筋を伸ばせ。毅然と前を向いて、堂々と進め」
「そうだにゃ! 背中を丸めてても、あの女が喜ぶだけにゃ!」
「うん。でも、後一分だけお願い」
一分だけと言いつつ、少なくとも数分はたった頃、私は涙をローブの袖で乱暴に拭いた。背筋を伸ばして、まっすぐに前を見よ……う?
「お嬢様、ルゥ殿、パステル殿」
「えっと、フランク?」
「お嬢様の出立に連れて行ってやってくだせえ」
前を見た私の瞳に映ったのは、馬丁のフランクと三頭の角馬。普通の馬よりも足が速く、スタミナもある優秀な馬だ。しかもこの子たちは……。
「……お気に入りの子たちをお父様が?」
「へえ。それと伝言をお預かりしています。『私はお前を信じているよ』とのことでした」
「……お父様」
それ以上言葉が出てこなかった。再び目頭が熱くなり、私は前を向いたまま目を閉じる。
お父様もお母様も、こんな私を信じてくれている。だったらやるしかない。汚名を返上し、嫌な予感が現実となったときに備えて力をつけ、信頼できる仲間を増やそう。幸いなことに、力をつける機会も、出会いも必ずある。向かう先は、魔物が跋扈する大森林に面した辺境グランゼ──別名『冒険者の町』なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる