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「私はシェリィ、あなたのお名前は?」
「俺? ベアトだよ」
頭の後ろで両手を組んでいたベアト君は、ベアーズさんに向けていた視線を私に向けてそう言った。快活そうな男の子、おそらく十四、五歳にはなっているだろう。
「お父さんの名前を一部引き継いだのね」
「ああ、そうだよ」
「ベアト君はどうしたい? 私は君の気持ちを尊重するわ」
「あー、早く皆の役に立てるようになりたいかな。戦闘職を授かったやつには中々勝てなくなってきたし。そりゃ、俺もレオニウス様が一番いいけどさ」
獣人の男神レオニウス様。やっぱりそうだよね。前に出てくるとき、ばつが悪そうな様子で私と視線を合わせなかったし、そうだとは思ってた。でも、彼が儀式を受けたいと思ってることは確認できた。
「ベアーズさん、どうしても私にお任せいただけませんか?」
「……」
ベアーズさんは、複雑な表情ををみせて黙り込んでしまった。ベアト君が受けたいと言うのなら、どうにかして受けさせてあげたい。どう説得したらいい?
「……確かに、正の位階を授けられたのはアナスタシア様を信奉する宗派からです。しかし、私の父は文化省の役人。幼い頃から、様々な祭事に参加させていただいておりました。レオニウス様の祭事にも何度も参加したことがあります」
「祭事に参加しただけでは……」
ベアーズさんも迷ってる。彼には里を守りたいという強い意思があり、この村からグランゼなどの大きな町まではそれなりに距離もある。それでも迷うのは、ベアト君のために一番良い方法を取りたいという親心でもあるんだろう。
「ルゥ、私の背負い鞄を取ってくれる?」
「む……やけに重いな。ほら」
「ありがとう」
ルゥから革製の大きなリュックサックを受け取る。その中から、丁寧に包んだ一冊の本を取り出した。
「ベアーズさん、これは王都の教会でいただいたものです。どうぞお確かめを」
「これは……聖書?」
私の何物にも代えられない宝物。いただいた聖書だけは家に置いていくわけにいかなかった。リュックサックの大部分は、様々な宗派の聖書が占めている。
「はい。レオニウス様に仕える助祭様よりいただきました。手書きの聖書にはそれを書いた助祭様の祈りも込められています。私はその思いも一緒に受け継いだつもりです。どうかお願いします。私にベアト君の儀式を任せていただけませんか」
ベアーズさんを説得できそうなものなんてこれしか持っていない。聖書を確かめている彼をじっと見つめる。パラパラとめくっていた彼は目を瞑り、聖書をぱたんと閉じた。
「一番好きな章は?」
「一二章、戦いに明け暮れていたレオニウス様が家族と過ごすとても短いひと時。野蛮だと言われることもあるレオニウス様ですが、生まれたばかりの子の頬を撫で決意を新たにする御姿は彼が野蛮な戦闘狂ではないことを表し、戦いは自らのためにするものではないという戒めが込められていると思います」
「……アナスタシア様に仕える者が好みそうな話だな」
ベアーズさんは目を開け、横で話を聞いていたベアト君の方に視線を向ける。
「ベアト、お前が決めろ」
「まじで? じゃあ、お姉さんにお願いするよ」
「ベアーズさん、ベアト君、ありがとうございます。では、お祈りを」
ベアト君はレオニウス様の像の前で跪いた。彼の額にロザリオを当て、文言を述べながら魔力を通していく。やがて、私の頭の中に浮かんだ職業は──
──『錬金術師』だった。
そっか……やっぱり私がアランさんに出会ったのはお導きだったのかもしれない。ベアーズさんもベアト君も望んではいなかった職業だろう。でも、仮にグランゼでこの職業を授かっていたら、おそらくベアト君はこの村に帰って来れなかった。
「ベアト、あなたの職業は『錬金術師』。知力と魔力操作に優れ、物質に魔力を馴染ませる術を持ち、魔導具や魔力薬の作製に長けている職業よ」
微妙な顔をする二人に、一際大きな喝采が降りかかる。本人が望んでいない職業を授かったときほど、派手に祝福するのがこの儀式のマナーだ。しかし、連れていかれるベアトを見つめる私の耳には、後ろに座っている長老たちの鼻をすする音が聞こえていた。
◆
「わあ……」
シェリィが儀式を滞りなく終えた後、村の人々はシェリィを、新たな職業を授かった子たちを讃え、歌い、踊り始めた。その賑やかな祭りを、ぼろぼろな物置小屋から眺める一人の少年がいた。
彼の名はノア。服というのもおこがましいボロ切れを身に纏い、頬骨が浮いた白い顔を壁にくっつけて空いた穴を覗き込んでいる。
「きれいな人……あの人が神官様なのかな……。僕もあの人に儀式をしてもらいたかったな。そうしたら僕も……ううん、そんなことないか」
ノアは、狭い視界に映ったシェリィを見てそう独りごちた。喜びに包まれた村に隠された影。彼は家族から迫害を受け、村から見放されていた。
「なんで神様は僕にちゃんとした職業を授けてくれなかったんだろ」
前々回の儀式の際に、ノアが神官から告げられた職業は最も数が多い職業である【農民】──体力が増強され、作物の状態がおぼろげに理解できるようになる職業だった。
しかし、彼にはどちらの能力も持っていなかった。線が細く、体力はない。育てた作物は勝手が分からず枯らしてしまった。
最初は誰もが彼を心配し、労った。同じ農民の職業を持つ村人が、やり方を教えようとした。だが、それも長くは続かなかった。いつの頃からか、彼は【呪われた子】、【忌み子】、【無能】と呼ばれ、蔑まれるようになっていた。
「……寝よう」
ノアは背中を丸め、膝を抱えて藁の上で横になる──せめて夢の中でくらいは幸せな人生をと願いながら。
「俺? ベアトだよ」
頭の後ろで両手を組んでいたベアト君は、ベアーズさんに向けていた視線を私に向けてそう言った。快活そうな男の子、おそらく十四、五歳にはなっているだろう。
「お父さんの名前を一部引き継いだのね」
「ああ、そうだよ」
「ベアト君はどうしたい? 私は君の気持ちを尊重するわ」
「あー、早く皆の役に立てるようになりたいかな。戦闘職を授かったやつには中々勝てなくなってきたし。そりゃ、俺もレオニウス様が一番いいけどさ」
獣人の男神レオニウス様。やっぱりそうだよね。前に出てくるとき、ばつが悪そうな様子で私と視線を合わせなかったし、そうだとは思ってた。でも、彼が儀式を受けたいと思ってることは確認できた。
「ベアーズさん、どうしても私にお任せいただけませんか?」
「……」
ベアーズさんは、複雑な表情ををみせて黙り込んでしまった。ベアト君が受けたいと言うのなら、どうにかして受けさせてあげたい。どう説得したらいい?
「……確かに、正の位階を授けられたのはアナスタシア様を信奉する宗派からです。しかし、私の父は文化省の役人。幼い頃から、様々な祭事に参加させていただいておりました。レオニウス様の祭事にも何度も参加したことがあります」
「祭事に参加しただけでは……」
ベアーズさんも迷ってる。彼には里を守りたいという強い意思があり、この村からグランゼなどの大きな町まではそれなりに距離もある。それでも迷うのは、ベアト君のために一番良い方法を取りたいという親心でもあるんだろう。
「ルゥ、私の背負い鞄を取ってくれる?」
「む……やけに重いな。ほら」
「ありがとう」
ルゥから革製の大きなリュックサックを受け取る。その中から、丁寧に包んだ一冊の本を取り出した。
「ベアーズさん、これは王都の教会でいただいたものです。どうぞお確かめを」
「これは……聖書?」
私の何物にも代えられない宝物。いただいた聖書だけは家に置いていくわけにいかなかった。リュックサックの大部分は、様々な宗派の聖書が占めている。
「はい。レオニウス様に仕える助祭様よりいただきました。手書きの聖書にはそれを書いた助祭様の祈りも込められています。私はその思いも一緒に受け継いだつもりです。どうかお願いします。私にベアト君の儀式を任せていただけませんか」
ベアーズさんを説得できそうなものなんてこれしか持っていない。聖書を確かめている彼をじっと見つめる。パラパラとめくっていた彼は目を瞑り、聖書をぱたんと閉じた。
「一番好きな章は?」
「一二章、戦いに明け暮れていたレオニウス様が家族と過ごすとても短いひと時。野蛮だと言われることもあるレオニウス様ですが、生まれたばかりの子の頬を撫で決意を新たにする御姿は彼が野蛮な戦闘狂ではないことを表し、戦いは自らのためにするものではないという戒めが込められていると思います」
「……アナスタシア様に仕える者が好みそうな話だな」
ベアーズさんは目を開け、横で話を聞いていたベアト君の方に視線を向ける。
「ベアト、お前が決めろ」
「まじで? じゃあ、お姉さんにお願いするよ」
「ベアーズさん、ベアト君、ありがとうございます。では、お祈りを」
ベアト君はレオニウス様の像の前で跪いた。彼の額にロザリオを当て、文言を述べながら魔力を通していく。やがて、私の頭の中に浮かんだ職業は──
──『錬金術師』だった。
そっか……やっぱり私がアランさんに出会ったのはお導きだったのかもしれない。ベアーズさんもベアト君も望んではいなかった職業だろう。でも、仮にグランゼでこの職業を授かっていたら、おそらくベアト君はこの村に帰って来れなかった。
「ベアト、あなたの職業は『錬金術師』。知力と魔力操作に優れ、物質に魔力を馴染ませる術を持ち、魔導具や魔力薬の作製に長けている職業よ」
微妙な顔をする二人に、一際大きな喝采が降りかかる。本人が望んでいない職業を授かったときほど、派手に祝福するのがこの儀式のマナーだ。しかし、連れていかれるベアトを見つめる私の耳には、後ろに座っている長老たちの鼻をすする音が聞こえていた。
◆
「わあ……」
シェリィが儀式を滞りなく終えた後、村の人々はシェリィを、新たな職業を授かった子たちを讃え、歌い、踊り始めた。その賑やかな祭りを、ぼろぼろな物置小屋から眺める一人の少年がいた。
彼の名はノア。服というのもおこがましいボロ切れを身に纏い、頬骨が浮いた白い顔を壁にくっつけて空いた穴を覗き込んでいる。
「きれいな人……あの人が神官様なのかな……。僕もあの人に儀式をしてもらいたかったな。そうしたら僕も……ううん、そんなことないか」
ノアは、狭い視界に映ったシェリィを見てそう独りごちた。喜びに包まれた村に隠された影。彼は家族から迫害を受け、村から見放されていた。
「なんで神様は僕にちゃんとした職業を授けてくれなかったんだろ」
前々回の儀式の際に、ノアが神官から告げられた職業は最も数が多い職業である【農民】──体力が増強され、作物の状態がおぼろげに理解できるようになる職業だった。
しかし、彼にはどちらの能力も持っていなかった。線が細く、体力はない。育てた作物は勝手が分からず枯らしてしまった。
最初は誰もが彼を心配し、労った。同じ農民の職業を持つ村人が、やり方を教えようとした。だが、それも長くは続かなかった。いつの頃からか、彼は【呪われた子】、【忌み子】、【無能】と呼ばれ、蔑まれるようになっていた。
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