罠に嵌められた悪役令嬢は流刑先の辺境で聖女と讃えられる

まるぽろ

文字の大きさ
13 / 24

1-13

しおりを挟む
 日は既に落ち、祭りも終わりを迎えた頃、ノアは背中を襲った鈍い痛みで目を覚ました。

「起きろ無能。明日の朝までに全部洗っとけよ」

 ノアの背中を蹴りつけた男はそう言い放ち、返事を聞くこともなく小屋から出て行った。いつもであれば男の気配が完全になくなるのを待つのだが、ノアは藁の中から這いずるように抜け出し始める。

「お腹減ったな」

 男が入ってきたときから漂ってきていた食事の匂いに、ノアの腹が音を立てる。彼はその匂いのする方へと移動し、男が洗っておけと言ったものを手探りで探す。小屋の中に灯りなどあるはずもなく彼の目には何も映らないが、狭い小屋の中ではすぐに木の器に触れることができた。彼は食べ残しを指でぬぐい取るように掬い、口へと運ぶ。

「……美味しい。今日はご馳走だったんだ」

 腹ばいの姿勢だったノアは器が積まれた前に座り、さあ食べようとしたとき──突然小屋の扉が開いた。びくりと震え、硬直するノアに、まだ幼さが残る男性の声がかけられる。

「ノア、飯持ってきたぞ。一緒に食べようぜ」

「……ベアト?」

「遅くなってごめんな」

 ノアはふるふると首を横に振る。ノアにとって、ベアトはこの村の中で唯一の友人だった。残飯程度しか与えられていなかったノアが今まで生きてこられたのは、ベアトがこうして食事を持ってきてくれていたからであった。

「この鹿の肉は神官様の従者が狩った魔物らしいぜ。めちゃくちゃ強そうな犬人族でさ。親父が勝てんなんて言うのを聞くなんて夢にも思わなかったよ。それでさ……」

 音が漏れないよう小声で延々と喋り続けるベアトの話を横耳で聞きながら、ノアは貪る。詰め込みすぎた食事を水で流し込み、また詰め込む。数人分はあろうかという量を食べきったノアは、改めてベアトに頭を下げた。

「ありがとう。こんなにお腹いっぱいになったの久しぶり」

「今日は大盤振舞だったからな、ちょろまかすのも簡単だったんだ。それよりさ、神官様に会いに行かないか? あの人ならきっと相談に乗ってくれる」

「……ベアトは儀式を受けたの?」

「ああ、錬金術師ってのを授かったよ。ほんとは戦士とか剣士とかが良かったんだけど、しゃあないな」

 やれやれと言った様子で肩をすくめるベアトに対し、ノアの瞳はこれでもかというほど見開かれていた。

「錬金術師……か、よかったね。でも、僕は器を洗わないといけないから」

「二人でぱぱっと終わらせればいいだろ?」

 どうにか説得しようとするベアトだが、ノアは首をふるふると横に振る。

「神官様に会いに行ったことなんてのがバレたら、殴られるじゃ済まないよ。黙って言うことを聞いておけばたまに小突かれるくらいで済むし」

「……そんな。もしかしたら、職業が機嫌を直してくれるかもしれないじゃんか」

「職業が機嫌を直してくれたとしても、僕は所詮【農民】。うちの連中が、今更そんな僕を受け入れると思う? 何年間もこれだけ酷いことをしてきた人たちと元の関係に戻れると本当に思うの?」

 ノアはじっとベアトの瞳をのぞき込む。ノアのうつろな瞳から一片の希望すら感じることができず、ベアトはごくりと生唾を飲み込んだ。

「……じゃあどうするんだよ」

「何もしないよ。言われた雑務をこなして残飯を貰って生きていくだけ。ベアトとたまに話せる時間があればよかったんだけど、それもなくなるかもしれないね」

「っ! なんでだよ──もがっ!?」

 つい声を荒げてしまったベアトの口を押え、ノアは耳をすませて外の気配を探る。

「……ベアトは、この村にとって錬金術師って職業がどれだけの意味を持つのか分かってない。密会してるのがバレたら、呪いがうつるとかなんとか言われて僕なんて殺されちゃうかも」

「……そんなこと俺が絶対させないから」

「ありがと。じゃあ、僕は皿洗いに行くから」

 ノアは立ち上がり、器を籠に放り込んでいく。さらに、小屋の外に積まれていた衣類を見つけると、ため息をつきながら籠の上に載せ、村の中を流れる小川へと向かって歩き始める。ノアの突き放すような声に、ベアトはその姿をただ眺めることしかできなかった。

 木々に囲まれた小川のほとり。他人の目につきにくいが、月明かりが照らしてくれるそこは、ノアがよく利用する場所であった。冷たい水にかじかむ手で彼が水仕事をもくもくとこなしていると、近づいてくる足音が聞こえてきた。

 ノアは洗い物を切り上げ、籠の中に器や衣類を急いで詰めていく。祭りの後だということが、彼の恐怖を強くさせていた。酒に酔った者がしばしば加減をなくすことを知っていたからだ。

 全てを詰め終え、ノアは気配を消して立ち去ろうとする。しかし、彼が暗闇の中で一歩を踏み出すよりも一瞬だけ早く、彼の背中に若い女性の声がかけられた。

「待って!」

     ◆

「待って!」

 私は、逃げるように去ろうとした彼に向けて叫んだ。ベアト君が突然訪ねてきたのにはびっくりしたけど、まだいてくれてよかった。

「あなたがノア君ね。私はシェリィ。少しお話してもいいかしら?」

 暗闇でじっと固まっている彼に、出来るだけ優しく、ゆっくりとした口調で声をかける。ルゥやパステルに頼めば無理やり捕まえることは簡単にできる。でも、それだと意味がない。

「こっちに来て?」

 ノア君はしばらく動かなかったが、私は彼の返答をじっと待った。やがて、彼はゆっくり振り向き、陰の中から姿を現す。月明かりに照れされた彼の痛々しい姿に、私は息を呑んでしまった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

年の差にも悪意がみなぎりすぎでは????

頭フェアリータイプ
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢?に転生した主人公。でもこんな分かりやすい状況でおとなしく嵌められるはずもなく。。。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...