捨てられ令嬢は、騎士団に拾われる

太もやし

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捨てられ令嬢、騎士団に入る

アティ、迎えを待つ

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 ルピス王国は大陸の中でも広大な領土には豊富な資源が眠っている豊かな国だった。そのルピス王国で最も素晴らしい都市と他国からも讃えられる王都ルピニスには、四季を司る神殿がある。

 その神殿は四季の神殿と呼ばれ、人間には姿を滅多に見せない美しい精霊たちが応じる季節によって姿を現すことから、大陸中から精霊術士が訪れる聖地の1つだった。

 そして四季の神殿から春の精霊たちは踊り去り、夏の精霊たちが行進曲を奏でながら神殿を目指している時期に、ルピニスで一際(ひときわ)かしましい場所から物語は始まる。

 

 

 

「またね、アティ」

「アティ、来学期もポーションの販売、よろしくね」

「ええ、またね。よい夏休みを」

 アティ・フラメルは寮の1階にある自室の窓際で椅子に座り、別れの挨拶をする友達に手を振り、輝く笑顔で答えた。

 淑女教育を受けるために国中の令嬢が集うルピニス女子学校では1学期が終わり、夏休みが始まろうとしている。生徒たちは2ヶ月の長期休暇に浮き足立ちながら、迎えが来た生徒から順に、全寮制の学校から家族の元に帰り始めていた。

「みんな夏休みが来て喜んでいるわね……ああ、家に帰りたくないわ……」

 暗い雰囲気を漂わせているアティは、大きな溜息をつく。これから始まる夏休みのことを思うと、彼女の気持ちは落ち込んでいくのだった。

 そんな彼女を見つめながら、彼女の寮の同室であるエミリア・カールトンは、恍惚の溜息をつく。私のアティは今日も可愛い。

「憂鬱そうなアティも、花の精霊みたいに可愛い……」

 アティはエミリアの言う通り、花の精霊のように可愛らしく美しい少女だった。可憐で優雅、そして存在感のある彼女は学内では人気者で、彼女を慕うファンクラブがあるほどだ。

 アティは人間ではとても珍しい薄桃色の髪をしていた。その髪は胸の下ほどまであり、天使の輪が本当に存在していると勘違いするほど美しく、痛みや枝毛など一切見当たらないほど綺麗だった。

 そして、見るものを決して離さない魔力のような魅力を持つ瞳は、春に萌える新緑のように薄い緑色だ。長い睫毛(まつげ)に縁取られている瞳は、とても愛らしいアーモンド型をしている。

 雪のように白い肌、真っ赤な唇、スラリとした手足、彼女の欠点を見つける者など、そうそういない。

 アティは人間ではないのではないかと疑われるほどの美しさと愛らしさを兼ね備えた、類(たぐい)稀(まれ)なる美少女だった。

「ありがとう、エミリア。だけど、そんなに褒められると恥ずかしいわ……」

 褒められて嬉しくなったアティは頬を桃色に染め、エミリアに向かって照れたように微笑んだ。

「はうっ……」

 エミリアは目を両手で押さえて床にうずくまった。彼女はアティのファンクラブの会長をしているほど、アティのことが大好きなのだ。

 そんな情熱的なエミリアは、目が覚めるような美人だった。青(あお)薔薇(ばら)色の美しい髪をポニーテールにまとめ、菫(すみれ)色の綺麗な瞳は長く濃い睫毛に縁取られている。その眉は意志の強さを、その唇は感情の豊かさを現していた。また彼女は、高い身長と長い手足という抜群のスタイルの持ち主でもあった。

 そして、エミリアがアティを大好きなように、アティもエミリアのことが大好きだ。アティは彼女を尊敬し、彼女から愛されていることを誇りに思っている。ただし、自分に対する奇妙な行動には、いつまで経っても慣れなかった。

 震えながら床でうずくまっているエミリアから、アティは視線を外し、門の方を眺めた。フラメル家の紋章がついた馬車の姿は、まだ見えない。

「……あら?」

 アティの薄緑色の瞳は、白と青を基調とした騎士服を着た男性を見つけた。その騎士服は王都を守る第2騎士団の隊服だ。彼は寮に向かって、自信に満ちた騎士らしく肩で風を切るように颯爽と歩いている。そして、彼の髪色はエミリアと同じ青薔薇色だった。

「エミリア、あの方を見て。あの第2騎士団の騎士様は、あなたの2番目のお兄様じゃない?」

 アティはエミリアの2番目の兄が第2騎士団に所属していることを、本人から聞いて知っていた。冷静な彼女にそろそろ戻ってほしくて、アティは当てずっぽうで声をかける。

 震えが収まり始めていたエミリアはアティの声に立ち上がると、窓際に座る親友の隣に立ち、寮庭にいる男性を見た。

「あら、本当ね。いったい何をしに来たのかしら?」

 エミリアのあんまりな物言いに、アティはクスリと笑った。

「私たちは夏休みに入るのよ、エミリア。なら、お兄様がここに来た理由は1つだと思うわ」

 可愛い親友の楽しそうな声に、エミリアはガックリと肩を落とした。

「アティと離れ離れになるなんて信じられない。家になんて帰りたくないわ……」

「私もそう思うわ、エミリア。でも、お兄様が迎えに来てくれるなんて、素敵じゃない?」

「……そうかしら? 何か企みがあるに違いないわ」

 エミリアは、ふんっと鼻を鳴らす。その姿が面白くて、アティはクスクスと笑った。

 そうこう話していると、エミリアの兄は彼女たちがいる窓際までやって来た。

 切れ長の瞳、薄い唇、形の良い眉、彼はとても端正な顔立ちをしていた。ニコリともしないクールな表情は、彼の鋭い雰囲気をより冷たく鋭利にさせている。そして姿勢の良い彼は、一見細身だが、服の下には筋肉がしっかりとついていた。

 青薔薇のように鮮やかな青色の髪と、朝焼けの空に似ている紫色の瞳は、エミリアと同じ色彩だった。

 彼はまずエミリアを見たあと、アティに長いこと視線を留めた。あまりの熱い視線にアティが気まずそうに微笑むと、彼はふいっと妹の方を向く。

「……エミリア、久しぶりだな。先生に挨拶をしてくるから、帰る準備をしておくんだぞ」

 彼はよく響く声でそれだけ言うと、寮の入口へ向かっていく。

 エミリアはそんな兄を視線で追いながら、驚いたようにポカンとしていた。

「……なんだかいつもと調子が違ったわね。これは何かあるわ……」

「……そうなの?」

 アティは久しぶりに見た若い男性に少し照れていた。8歳でこの学校に入れられてから16歳になった今まで、彼女は長期休暇以外で学校の外に出たことがなかったため、男性と交流することがほとんどなかったからだ。

 男性を見て照れるなんて、レディにあるまじき反応だわ。アティは熱くなる頬に両手を当てた。動揺に目をウロウロとさせたあと、寮門の方に視線を向けることを決める。

「それにしても、なんでウィルお兄様が迎えに来たのかしら。あの人、騎士団に入ってから、実家には滅多に帰ってこないのよ」

「私たちもそうじゃない。ずっと家に帰ってないのよ」

「あら、確かにそうね。お母様からの手紙で、家のことは全て知った気になっていたわ」

 その言葉に、アティは自分の家族と呼ばれる存在のことを考えた。

 アティにとって両親からの手紙や兄の迎えなど、夢のようなものだった。彼女が幼い頃、フラメル家に養子として迎え入れられてから、家族の愛情を遠巻きに見ることしかできなかったのだ。まだ教会の孤児院にいた頃の方が、シスターや職員からの愛を感じられていた。

「どうしたの、アティ?」

 エミリアの気遣う声で我に返ったアティは、小さな微笑みをつくり、首を横に振る。

「あんな素敵な男性がお兄様だなんて素敵ね。お名前はなんておっしゃるの?」

「ウィルお兄様の名前は、ウィリアムと言うの。無愛想な人だけど、本当は優しいのよ」

 そして、先生に挨拶を終えた、エミリアの兄ウィルが窓際にやって来た。彼は少し不機嫌そうだ。

「おい、なんでまだ準備してないんだ」

「あら、お兄様。もう準備は終わっているわよ」

「なぜ寮の入口で待ってないのか、と言っているんだ」

「あら、それぐらいでムッとしているの? 騎士団に入っても、ウィルお兄様の短気は治らないのね」

 アティはウィルとエミリアの会話に驚いた。仲の良い家族ということは知っていたが、兄に向かって、あんな軽口を叩けるとは思っていなかった。もしアティが兄に向かって、そんな口を聞いたら、家族全員から嫌味を言われるか、食事を抜かれるかのどちらかだ。

「おれは別に短気じゃない。お前が呑気なんだ」

「あら、眉間に皺(しわ)が寄っているわよ、ウィルお兄様。その皺が取れなくなったら、笑ってあげるわ」

 アティはエミリアが怒られるのではないかと心配になった。だから彼女は、親友の上着の裾を引いた。

「エミリア」

 それだけで伝わることを祈った。しかし、エミリアはキョトンとしたあと、とても良い笑顔でアティに抱きついた。

「ああ、ごめんなさい、アティ。仲間外れにしてしまったわね。至らない私を許して」

 そういうことではないのだけれど。アティは言いたい言葉を飲み込んで、力なく笑った。

「いいえ、私も邪魔をしてごめんなさい。兄妹仲がとても良くて、素敵ね」

 そんな家族がいたら、どれだけ素敵だったかしら。アティの笑みに憧れが混じる。

「正直に言うと、私たちの仲はそんなに良くないわ。いつも喧嘩してばかりなの。1番上のお兄様の方との方が、まだ仲良しよ……って、紹介を忘れていたわね」

 エミリアは困ったように笑ったあと、アティから少し離れて、ウィルから彼女を見やすいようにした。アティからも彼の端正な顔がよく見える。彼の表情から感情を読む取ることは難しそうだ。

「彼女はアティ・フラメル。私の最高の親友よ」

「エミリア、あなたは私にとっても最高の親友よ。アティ・フラメルです。よろしくお願いします」

 アティは椅子から立ち上がり、ウィルに向かってお辞儀した。品の良いレディらしい、上品で綺麗なお辞儀だった。

 ウィルはそんなアティをジッと見つめた。アティが顔を上げると、2人の視線が絡み合う。あまりに熱い視線に、彼女の頬は一瞬で真っ赤になった。

「彼はウィリアム・カールトン。私のお兄様よ。2人が仲良くしてくれたら、とても嬉しいわ」

 ウィルは頭を少し下げる。それは素っ気ない仕草のように見えた。しかし、朝焼け色の瞳には炎がチラチラと揺らめいている。

「妹が世話になっているようだな。これからも仲良くしてやってくれ」

「私こそお世話になっています。エミリアは素敵な人ですから」

「そうか……」

 少しの沈黙が流れる。そこにエミリアが笑いながら、割って入った。

「まあ、ウィルお兄様。アティが可愛いからって、恥ずかしがっちゃっているの?」

「……うるさい、黙れ」

 少ない言葉で妹に抵抗するウィルは、少し照れているようだった。

「アティ、こんなお兄様でごめんなさいね。ウィルお兄様は、とってもシャイなの。でも、頼りになる人なのよ。私が避暑地に行っている間に困ったことがあったら、ウィルお兄様を頼って。ね、ウィルお兄様もいいでしょう?」

「エミリア……?」

 急に話を逸らしたエミリアに、アティは少し困ってしまう。急にそんなことを言われて、彼は困ってないだろうか。

 しかし、彼は何でもないように頷く。雄弁な瞳に宿る炎は、力強く輝いている。

「ああ、ぜひ頼ってくれ」

「えっ?」

 アティは思わず声を出して驚いた。そんな彼女を気にせずに、熱い視線を彼女に送りながら、ウィルは話を続ける。

「これからは妹共々よろしく頼む。エミリア、帰るぞ」

「はぁい。それじゃあ、アティ、また来学期に」

「え、ええ。また来学期に……」

 急な展開についていけないアティを残して、兄妹は帰っていく。

 何度も振り返るエミリアに、アティは何度も手を振って答えた。
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