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10.お世話になります

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 トモキと連絡先を交換した後、私はヤマトと暮らす家に帰って来た。きっとヤマトは私と同じ家にいたくないだろうから、今日も帰りは夜遅く、私が寝ている時間を見計らったころに帰宅するだろう。

 私は使い慣れた鍵をカバンから取り出し、鍵穴に入れる。ガチャンという音と共に鍵が開き、玄関の電気をつけると、そこには女性もののヒールがあった。

 瞬時にヤマトが女性を連れ込んでいると分かってしまった。このまま部屋の中に入るわけにもいかない。2人でどこにいるの? 何をしているの? 決定的な場面なんか見たくもない。
 そう思った私は、すぐさま外に出て鍵をかけなおし、駅へと逃げたのだった。

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 「ほら、とりあえず、紅茶しかないけど」
 「ありがとう」

 あの後私は先ほど別れたばかりのトモキに電話をかけていた。
 「ごめん、今から行ってもいい?」と気が付いたらお願いしていて、トモキが浜松町の駅まで迎えに来てくれたのだ。
 私はトモキの部屋にあがり、ソファに座らせてもらった。そして今はトモキから温かい紅茶を入れてもらったところだ。といっても、コンビニで買って来たであろうアイスティーを電子レンジで温めてくれたものだけど。

 「・・・」
 「・・・」

 お互い無言のまま。私が紅茶をふーふーと冷ます声だけが静かに聞こえる。トモキから何も聞いて来ないし、私からも何も言えなかった。まさか、恋人が浮気相手を部屋に連れ込んでいた、なんて言えるわけもない。

 しばらくお互い無言のまま、2分くらい経ったころ、トモキが声を発した。

 「明日、一緒に荷物取りに行ってやるよ」
 トモキはこちらを見ずに言う。

 「どうせ、明日荷物持ってくるって話だったろ? 車は俺が運転するし、スーツケースあるから、それで荷物と車を何往復かすれば大丈夫だろ。家具があるわけでもないんだし」
 トモキは何も聞かないけれど、家に帰って私とヤマトに何かあったんだなと察してくれたのだろう。

 「そんなに色々悪いから・・・」と遠慮の言葉を口にしたものの、正直1人であの部屋に帰る勇気が今はなかった。それに、確かに洋服やカバン、靴を運び出すだけと言ってもかなりの量になるはずだ。

 「いまさらいーっつの。お礼はハンバーグでいいぜ?」
 「わ、結構面倒なやつ・・・!」
 「とにかく今日は風呂にでも入って早めに寝ちゃえよ。今お湯入れて来てやる」
 そういうとトモキは浴室に消えて行った。意外に世話焼きな面があったようだ。

 リビングで1人になると、さっきの光景が頭に浮かんできた。今までどうして気が付かなかったんだろう。そもそも、枕カバーの下にネックレスがあった時点で、あの布団でヤマトと浮気相手の女性が何をしていたのかを。それなのに私はずっとあのベッドを使っていたのだ。そう思うと、腕を掻きむしりたくなる衝動が体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。思わず強い力で腕をぎゅっと握りしめてしまう。

 『もう、早くあの部屋を出て、落ち着きたい・・・』
 私の気持ちは固まった。ヤマトとは別れよう。ほんの少しだけあった未練や寂しさが崩れていく。3年も付き合ったから、別れるのが惜しくて別れたくないと思ってしまっていたけれど、結婚してから不倫されるよりは良かったじゃないか。私はずっとヤマトのこと一筋で、浮気なんて考えたこともなかったけれど、ヤマトは浮気をしていた。しかも私たちの部屋で。今日だって、私が帰ってくることは分かっていたのに女性を連れ込んでいた。もういいじゃないか。ヤマトに執着する必要なんか、ない。

 そうやって心の中でヤマトのことを嫌いになるように、負の感情で埋め尽くしていく。嫌いになればすぐに諦めもつく。そう思って色々考えているのに、涙が出てきてしまって、私は膝の間に頭を埋めた。声は出さずに涙だけを流す。

 そのとき、ガチャっと部屋のドアが開く音がした。
 『そうだ、ここ、トモキの家だ!』
 思わず顔をあげると、トモキと目が合った。間違いなく泣いていることがバレたに違いない。私はすぐさま顔を背ける。トモキが無言で近づいてくる気配がするが、鼻声になっていそうで声を出せない。

 すると、ソファの隣がずしっと沈む。そして、トモキが私の頭を優しく撫で始めた。私はトモキの方を向けないまま、そしてトモキは何も言わないまま、お風呂のお湯が張るまで、ずっと私の頭を撫でてくれていた。
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