ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
18 / 193
第1章〜サーカス列車の旅〜

第12話  バラックエリア①

しおりを挟む
 翌日の夕方、私とケニーは家を出た。ケニーはずっと部屋のラックに並ぶゲームソフトの整理をしたり、胃炎を起こしてトイレに行ったり落ちつきなく歩き回っていた。怖いのも緊張するのも当たり前だ。10年以上外に出ていないのを何のリハビリもなく、よりによってアルゼンチンで一番危険なスラムに行く羽目になってしまったんだから。それもこれも私のため。すごく申し訳ないけれど、ケニーのためにこの機会を無駄にしてはいけないとも思う。今外に出なければ、彼は残りの人生をずっとあの狭い部屋の中で送ることになるかもしれない。

 私は祖父が生前使っていた地元の草野球チーム「フクロモモンガズ」の帽子ーー中央に黒いモモンガのマークのついたオレンジ色のベースボールキャップを被り、緑と白のボーダーの長袖Tシャツの上にブルーのデニムのオーバーオールを羽織った。夜に冷え込むと悪いから、グレーのフード付きパーカーを羽織る。部屋の全身鏡に映してみたら、なかなか決まっている。元々ぺったんこな胸と童顔なのもあり、すぐ見破られないくらいには少年に見える。

 貴重品を擦られないよう背中にリュックを背負った。ケニーは一人サバイバルゲームをする時用に買った迷彩柄の軍服を着て、背中にはものものしい黒い大きなリュックを背負っている。彼曰く、これは勝負服なのだという。

「ケニー、本当に無理はしなくていいわ。私一人で行ってもいいし、何なら延期しても……」

 今朝から何度この台詞を言ったか分からない。だが、返って来る言葉は毎回同じだった。

「いや、今日行かないとずっと引きこもりニートのままだ。人生を変えるには、今しかないんだ」

 伯父の額には脂汗が浮き、手はずっと鳩尾の上を抑えている。格好だけはイカついが、ぽっこりお腹に丸顔でつぶらな瞳の彼は、どこからどう見ても屈強な兵士ではなかった。だが10年ぶりに外に出る彼からしたら、これが精一杯の気合いの入れ方なんだろう。

 バス停に並んでいると、前に並ぶ老人が怪訝な目で私たちを二度見してきた。

「私たちって、やっぱかなり怪しい?」

「怪しいのは君よりも僕の方だ。だけど怪しまれたって平気さ、どうせ僕は変な《クレイジー》おじさんだし」

 ケニーは前を向いたまま、まるで自分に言い聞かせるみたいに答えた。彼がありったけの勇気を振り絞ってここに立っている姿を、祖母と母に見せたかった。今日二人は用事があっていなかったから、母宛にケニーと出かけるとメールを送っていた。きっと帰って報告したら喜ぶに違いない。

「ケニー、本当にありがとう。私はあなたが誇らしいし、側にいてくれて心強いわ」

「当たり前だろう、姪っ子のためなんだから。ここで一肌脱がなくてどうする」

 バス停についてからずっとハンカチで顔の汗を拭いているし、迷彩のカーゴパンツに覆われた脚は細かく震えているけれど、今日のケニーは最高にかっこよかった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...