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第1章〜サーカス列車の旅〜
バラックエリア⑥
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ーーパンッ、パンッ
銃声が闇を切り裂いた。
双子のボディガードが銃を構える。
「伏せろ!」
ラウルに促されるまま、私とケニーは頭を両手で覆って腰を落とした。素早く視線だけ動かして辺りを見渡す。2人の男が廃工場の影からこちらに銃を向けているのが見えた。
「嫌だ……まだ死にたくない」ケニーは声を震わせた。
老人は忍者のような凄まじい逃げ足の速さで近くの大きなゴミ箱の中に隠れ、傍にいたボディガード2人が敵に向かって発砲した。
ーーパンッ、パンッ
ーーパンッ、パンッ
夜のスラムに弾ける閃光、住民たちの叫び声、子どもの泣き声ーー。黒い人影たちが一斉に各々の家に逃げ込んでいく。
「銃撃戦だ、逃げろ!!」
ラウルが逃げるのと同時に私たちも駆け出した。
購入したばかりのCDを落とさないようオーバーオールの腹ポケットに入れ、建物の間を縫うように逃げる。振り向くと、私の10Mほど後ろを走るケニーは既に息を切らしている。運動不足の極みの身体を久しぶりに外に出したのだから当たり前だ。さらに後方からは角刈りの護衛2人が同じ方向に駆けてくる。まもなく追っ手二人の姿も現れた。これじゃあ逃げる意味がない。
追っ手が放った銃弾が頬を掠め背筋がひやりとする。
目の前に2Mほどのコンクリートの建物が現れた。その前にある大きな青いゴミ箱に飛び乗り建物のトタン屋根によじ登る。ケニーが登るのを助けたあと、隣のバラック小屋のトタンに飛び移る。ケニーも腹這いの姿勢から立ち上がり、やがて意を決したみたいにこちらにジャンプした。着地でよろけて落下しかけた彼の手を掴み引き寄せ駆け出した。背後ではまだ銃撃戦が続いている。
私たちは今にも壊れそうなトタンからトタンに飛び移りひたすら全力で逃げた。
「アヴィー、一体どうなってるんだ?!」
ケニーは汗だくでゼェゼェ息を切らし走っている。私の方こそ聞きたい。こんな生きるか死ぬか屋根から落ちて怪我するかの展開なんて生まれて初めてだし、出来るなら一生経験したくなかった。
「私だって分かんないわよ! てゆうか、何であいつら追っかけてくるわけ?!」
ジャンプをして別の屋根に飛び移る。ケニーが飛び移るたび、風雨に晒され年季の入ったトタンがベコっと鈍い音を立てる。銃の音がすぐそこまだ近づいている。2対2の攻防を繰り広げる男たちは、本当の敵は私たちだとでもいうかのように同じルートを駆けてくる。まるでハリウッド映画のワンシーンのようだ。
ーーここで死ぬかもしれない。
ディアナに金を奪われ散々な仕打ちを受けた時は、いっそこのまま死んでしまえたらいいと思った。こんな人生なんていらないと。だがいざ命の危機にさらされると途端に惜しくなる。
オーロラの顔が浮かぶ。彼女にもう一度会うまではーー。このCDを渡すまでは、これまで一緒にいてくれたことへの感謝を伝えるまでは、どうしても死ぬわけにはいかない。こんな場所で銃撃戦に巻き込まれて犬死になんて尚更ごめんだ。
間も無く視界のずっと先、住宅地の広がりが途絶えた先に灰色の鉄条網が見えてきて、その向こうの線路に止まる紺色の列車の姿が目に入った。背後ではまだ銃弾が飛び交っている。
「もうダメだ……。これ以上は無理だ、走れない」
世にも恐ろしい追いかけっこの恐怖と、過剰な運動のために汗だくのケニーが苦しげに訴える。
ふと屋根の真下を見ると、出しっぱなしの小さなトランポリンがある。こんなナイスなタイミングで最適な場所にトランポリンがあるなんて、地獄に仏というやつだ。
私は体操選手だ。そう自分に言い聞かせて屋根から飛び降りた。トランポリンのゴムに両脚を弾かれた私は、高く飛翔して地面に着地した。一方、足を滑らせ背中から落下したケニーは尻からトランポリンにつっこんで、ゴムの部分をバリっという大きな音を響かせて突き破り、地面に勢いよく尻餅をついた。
「いってぇ!!」
「大丈夫? ケニー」
丸い骨組みだけになったトランポリンの中にお尻が挟んでバタバタともがくケニーの大きな体を支え、ゆっくりと起こす。私たちは未だ続く弾薬の爆ぜる音から逃げるように、目の前の金網をよじのぼって線路の上に降りた。フェンスの向こうには紺色の30両の列車とその後ろに連なる20両ほどの貨車が停められていた。私たちは線路を突っ切り、真ん中の車両に飛び込み身を隠した。外ではまだ銃声が止まない。
銃声が闇を切り裂いた。
双子のボディガードが銃を構える。
「伏せろ!」
ラウルに促されるまま、私とケニーは頭を両手で覆って腰を落とした。素早く視線だけ動かして辺りを見渡す。2人の男が廃工場の影からこちらに銃を向けているのが見えた。
「嫌だ……まだ死にたくない」ケニーは声を震わせた。
老人は忍者のような凄まじい逃げ足の速さで近くの大きなゴミ箱の中に隠れ、傍にいたボディガード2人が敵に向かって発砲した。
ーーパンッ、パンッ
ーーパンッ、パンッ
夜のスラムに弾ける閃光、住民たちの叫び声、子どもの泣き声ーー。黒い人影たちが一斉に各々の家に逃げ込んでいく。
「銃撃戦だ、逃げろ!!」
ラウルが逃げるのと同時に私たちも駆け出した。
購入したばかりのCDを落とさないようオーバーオールの腹ポケットに入れ、建物の間を縫うように逃げる。振り向くと、私の10Mほど後ろを走るケニーは既に息を切らしている。運動不足の極みの身体を久しぶりに外に出したのだから当たり前だ。さらに後方からは角刈りの護衛2人が同じ方向に駆けてくる。まもなく追っ手二人の姿も現れた。これじゃあ逃げる意味がない。
追っ手が放った銃弾が頬を掠め背筋がひやりとする。
目の前に2Mほどのコンクリートの建物が現れた。その前にある大きな青いゴミ箱に飛び乗り建物のトタン屋根によじ登る。ケニーが登るのを助けたあと、隣のバラック小屋のトタンに飛び移る。ケニーも腹這いの姿勢から立ち上がり、やがて意を決したみたいにこちらにジャンプした。着地でよろけて落下しかけた彼の手を掴み引き寄せ駆け出した。背後ではまだ銃撃戦が続いている。
私たちは今にも壊れそうなトタンからトタンに飛び移りひたすら全力で逃げた。
「アヴィー、一体どうなってるんだ?!」
ケニーは汗だくでゼェゼェ息を切らし走っている。私の方こそ聞きたい。こんな生きるか死ぬか屋根から落ちて怪我するかの展開なんて生まれて初めてだし、出来るなら一生経験したくなかった。
「私だって分かんないわよ! てゆうか、何であいつら追っかけてくるわけ?!」
ジャンプをして別の屋根に飛び移る。ケニーが飛び移るたび、風雨に晒され年季の入ったトタンがベコっと鈍い音を立てる。銃の音がすぐそこまだ近づいている。2対2の攻防を繰り広げる男たちは、本当の敵は私たちだとでもいうかのように同じルートを駆けてくる。まるでハリウッド映画のワンシーンのようだ。
ーーここで死ぬかもしれない。
ディアナに金を奪われ散々な仕打ちを受けた時は、いっそこのまま死んでしまえたらいいと思った。こんな人生なんていらないと。だがいざ命の危機にさらされると途端に惜しくなる。
オーロラの顔が浮かぶ。彼女にもう一度会うまではーー。このCDを渡すまでは、これまで一緒にいてくれたことへの感謝を伝えるまでは、どうしても死ぬわけにはいかない。こんな場所で銃撃戦に巻き込まれて犬死になんて尚更ごめんだ。
間も無く視界のずっと先、住宅地の広がりが途絶えた先に灰色の鉄条網が見えてきて、その向こうの線路に止まる紺色の列車の姿が目に入った。背後ではまだ銃弾が飛び交っている。
「もうダメだ……。これ以上は無理だ、走れない」
世にも恐ろしい追いかけっこの恐怖と、過剰な運動のために汗だくのケニーが苦しげに訴える。
ふと屋根の真下を見ると、出しっぱなしの小さなトランポリンがある。こんなナイスなタイミングで最適な場所にトランポリンがあるなんて、地獄に仏というやつだ。
私は体操選手だ。そう自分に言い聞かせて屋根から飛び降りた。トランポリンのゴムに両脚を弾かれた私は、高く飛翔して地面に着地した。一方、足を滑らせ背中から落下したケニーは尻からトランポリンにつっこんで、ゴムの部分をバリっという大きな音を響かせて突き破り、地面に勢いよく尻餅をついた。
「いってぇ!!」
「大丈夫? ケニー」
丸い骨組みだけになったトランポリンの中にお尻が挟んでバタバタともがくケニーの大きな体を支え、ゆっくりと起こす。私たちは未だ続く弾薬の爆ぜる音から逃げるように、目の前の金網をよじのぼって線路の上に降りた。フェンスの向こうには紺色の30両の列車とその後ろに連なる20両ほどの貨車が停められていた。私たちは線路を突っ切り、真ん中の車両に飛び込み身を隠した。外ではまだ銃声が止まない。
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