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第1章〜サーカス列車の旅〜
サーカス列車②
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「誰かいるのか?」
車両の連結部のドアが開いて、誰かが中に入ってきた。暗闇でシルエットしか見えないが、髪は短く細身だ。手に握られた電灯から放たれる光線に目が眩みそうになる。
「誰だ、お前ら?」
その声は声の低い女性のもののようにも、声の高い男性のもののようにも聴こえた。入り口ドア横にあるスイッチを押すパチンという音がしたかと思うと、天井の真ん中に吊り下げられてあった豆電球のあかりが灯り、相手の容貌が明らかになった。銀色の髪、切長の緑色の目をした青年ーー。年は私と同じくらいか。色白で整った顔立ちをしている。細身で小柄、中性的な雰囲気であるが、男性であろうことが分かった。彼は私たちの顔をじろじろと眺めると、「ここで何やってるんだ? 泥棒か?」と聞いた。
「おっす! おらネロ!」
挨拶をした後でハッとした。私、本当は女なんだった。しかも、銃撃戦と列車が動き出したショックで一人称が変わり悟空風の自己紹介をしてしまった。
「そこのおっさんはなんで軍服着てんだ?」
青年は私の性別について突っ込む様子もなく、床に座り込んでいるケニーに向かって顎をしゃくった。
「初めまして、僕はケニー。ゲーム好きの変なおじさんさ」
ケニーは腰を抜かしたままの姿勢でひらひらと手を振った。青年の眉間の皺は先ほどより濃くなり、視線の感じからして明らかに不審者を見るそれだった。
「僕はこの頃アルゼンチンに引っ越してきたんだ。趣味は泳ぐこととサッカーをすること。この人は僕の伯父なんだ。良い人だよ、ゲームもすごく上手いし。君もあとで教えてもらうと良いよ」
今更女性口調になっても驚かれる気がして、少年っぽい口調を保ったまま自己紹介をした。青年の視線は不審者を見るそれからはみ出し者を見るそれに変わった。彼は私を上から下まで値踏みするように眺め、「お前、女みてえだな」と感想を述べた。
「これからはジェンダーレスの時代が来ると思うんだよね。男らしさとか女らしさを語るのは古いっていうか。それよりも自分らしさが大切っていうか」
混乱状態になると人というのは普段より饒舌になるらしい。案の定青年は怪訝な顔をしている。
「……変な奴」
「ところで、ここには何でライオンがいるんだい? 君のペット?」
ケニーが青年に問いかけた。
「ペットじゃない、こいつらは芸をするんだ」
「芸をするのか? アシカみたいに?」ケニーが驚く。
「お前らここがどこだか全然分かってないようだけど……。これ、サーカス列車だぞ」
どうしても事態が飲み込めなくて伯父と顔を見合わせた。サーカス列車なんて見たのは、『地上最大のショウ』という昔のアメリカ映画の中くらいのものだ。その映画に出てきたサーカス列車はいつ終わるとも知れないくらい長くて、団員たちが中で寝泊まりしながら世界中を巡業していたっけ。
「サーカス列車って、今もあるんだ……」
そういえば10年ほど前、列車巡業をしていたアメリカの有名なサーカス団が興行を終え、団員や動物、その他の機材や道具などの移動と運搬に使っていた列車がオークションに出されたとニュースで言っていたのを思い出した。
「今列車で巡業してるサーカス団なんて滅多にない。大体のサーカス団は専用のキャンピングカーで巡業してる。列車を使って巡業してたアメリカの有名なサーカス団だって廃業した。
親父は元々イギリス人だった。サーカス学校でアクロバットを学んだけど脚を怪我してパフォーマーになれなかった。代わりに団長になる道を選んだ。
10年前、学校時代の先生が団長をやってたアメリカの大きなサーカス団が廃業になるってんで、そこで使ってた電車を譲り受けて修理して移動に使うことにした。親父の……団長のこだわりなんだよ。少しでもコストを下げて、効率よく移動して公演するために……」
「君のお父さんは団長さんなの? そりゃあすごいや」
「別にすごくなんかねぇよ。親父はーー」
青年は何かを言おうとしたあと、言葉を飲み込んで小さく首を振った。
「よそ者のお前らには関係のないことだ」
その後青年は「次の駅で止まったら、さっさと降りて帰れ」と言い残して去り、入れ違いで同じ髪色の少女がドアから入ってきた。
車両の連結部のドアが開いて、誰かが中に入ってきた。暗闇でシルエットしか見えないが、髪は短く細身だ。手に握られた電灯から放たれる光線に目が眩みそうになる。
「誰だ、お前ら?」
その声は声の低い女性のもののようにも、声の高い男性のもののようにも聴こえた。入り口ドア横にあるスイッチを押すパチンという音がしたかと思うと、天井の真ん中に吊り下げられてあった豆電球のあかりが灯り、相手の容貌が明らかになった。銀色の髪、切長の緑色の目をした青年ーー。年は私と同じくらいか。色白で整った顔立ちをしている。細身で小柄、中性的な雰囲気であるが、男性であろうことが分かった。彼は私たちの顔をじろじろと眺めると、「ここで何やってるんだ? 泥棒か?」と聞いた。
「おっす! おらネロ!」
挨拶をした後でハッとした。私、本当は女なんだった。しかも、銃撃戦と列車が動き出したショックで一人称が変わり悟空風の自己紹介をしてしまった。
「そこのおっさんはなんで軍服着てんだ?」
青年は私の性別について突っ込む様子もなく、床に座り込んでいるケニーに向かって顎をしゃくった。
「初めまして、僕はケニー。ゲーム好きの変なおじさんさ」
ケニーは腰を抜かしたままの姿勢でひらひらと手を振った。青年の眉間の皺は先ほどより濃くなり、視線の感じからして明らかに不審者を見るそれだった。
「僕はこの頃アルゼンチンに引っ越してきたんだ。趣味は泳ぐこととサッカーをすること。この人は僕の伯父なんだ。良い人だよ、ゲームもすごく上手いし。君もあとで教えてもらうと良いよ」
今更女性口調になっても驚かれる気がして、少年っぽい口調を保ったまま自己紹介をした。青年の視線は不審者を見るそれからはみ出し者を見るそれに変わった。彼は私を上から下まで値踏みするように眺め、「お前、女みてえだな」と感想を述べた。
「これからはジェンダーレスの時代が来ると思うんだよね。男らしさとか女らしさを語るのは古いっていうか。それよりも自分らしさが大切っていうか」
混乱状態になると人というのは普段より饒舌になるらしい。案の定青年は怪訝な顔をしている。
「……変な奴」
「ところで、ここには何でライオンがいるんだい? 君のペット?」
ケニーが青年に問いかけた。
「ペットじゃない、こいつらは芸をするんだ」
「芸をするのか? アシカみたいに?」ケニーが驚く。
「お前らここがどこだか全然分かってないようだけど……。これ、サーカス列車だぞ」
どうしても事態が飲み込めなくて伯父と顔を見合わせた。サーカス列車なんて見たのは、『地上最大のショウ』という昔のアメリカ映画の中くらいのものだ。その映画に出てきたサーカス列車はいつ終わるとも知れないくらい長くて、団員たちが中で寝泊まりしながら世界中を巡業していたっけ。
「サーカス列車って、今もあるんだ……」
そういえば10年ほど前、列車巡業をしていたアメリカの有名なサーカス団が興行を終え、団員や動物、その他の機材や道具などの移動と運搬に使っていた列車がオークションに出されたとニュースで言っていたのを思い出した。
「今列車で巡業してるサーカス団なんて滅多にない。大体のサーカス団は専用のキャンピングカーで巡業してる。列車を使って巡業してたアメリカの有名なサーカス団だって廃業した。
親父は元々イギリス人だった。サーカス学校でアクロバットを学んだけど脚を怪我してパフォーマーになれなかった。代わりに団長になる道を選んだ。
10年前、学校時代の先生が団長をやってたアメリカの大きなサーカス団が廃業になるってんで、そこで使ってた電車を譲り受けて修理して移動に使うことにした。親父の……団長のこだわりなんだよ。少しでもコストを下げて、効率よく移動して公演するために……」
「君のお父さんは団長さんなの? そりゃあすごいや」
「別にすごくなんかねぇよ。親父はーー」
青年は何かを言おうとしたあと、言葉を飲み込んで小さく首を振った。
「よそ者のお前らには関係のないことだ」
その後青年は「次の駅で止まったら、さっさと降りて帰れ」と言い残して去り、入れ違いで同じ髪色の少女がドアから入ってきた。
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