ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

勤務初日④

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 その後はルチアと一緒に動物たちに餌やりをしたり、バケツにくんだ水とブラシなど専用の道具を使って象や馬の身体を洗ってあげたりした。動物の世話は基本的に、早朝の6:00~7:00にやるのだという。つまり、5:30には起きていないといけないということだ。日によって動物たちの食べる餌を運んできて積み込まないといけないこともあるらしい。

 象のトリュフはルチアあげた林檎を鼻の先で受け取って満足そうに食べた。その様子をルチアは目を細めて眺めている。

「トリュフはアフリカ象で、最初すごく暴れん坊だったの。あんまり言うことを聞かないから、パパは動物園に返すなんて言い出す始末で……」

「それは大変だったね。どうやってこんなに大人しくなったの?」

「パパに面倒を見させるのを辞めて、私やトムが中心になってお世話をするようになったら大人しくなったのよ」

 ルチアはブラシでトリュフの脇腹の辺りを洗いながら、「これを言ったら、笑われるかもしれないけれど……」とためらいがちに切り出した。

「私ね、動物の気持ちが分かるの」

 不思議と驚きはしなかった。動物の声が聞こえることはないが、私自身対人間よりも彼らとの方が通じ合えるような気がすることがよくあったからだ。

「そうなんだ、テレパシーみたいな?」

「そんな感じ。ちょうど、彼女たちが何を考えているのか、何をしたいと感じているかが分かるの。直接言葉で話せるというよりは、彼らの意思や感覚が頭の中に流れ込んでくるみたいな……。上手く説明できないんだけどね。気味悪がられると思って、あんまり人には言ってないんだけど……」

「僕は正直、サーカスに動物を使うのは少し可哀想だなって思ってしまうんだ。でもここの子たちを見たら、少し考えが変わりそうかも」

「いいの、それが正常な反応よ。動物をサーカスに使うこと、かわいそうだって今でも思うわ。多くの人は思ってるの。イギリス国内でもデモが起きてる。動物愛護団体だけでなく、一般の人からもたくさん電話がかかってくるわ。動物を人間の娯楽のために使うな、見せ物にするなってね」

「僕も反対派だったから、よく分かるよ」

「国の法律では、野生動物のサーカスでの使用は禁止されてる。だけどうちの動物たちは元々は野生の動物を繁殖させて生まれた2世や3世の子たちだから、野生動物ってことにはならないの」

「難しいところだよね。動物たちが楽しんでいればいいけど、彼らの側に立てば鞭を振るわれるのは痛いだろうし、それを見て可哀想だと思う人もいる」

「そうね。私は調教の時絶対に鞭は使わないことにしてる。動物たちには優しく語りかけてるの。分かり合えないと思ってるのは人間の側だけよ。心で対話しようとすれば、ちゃんと通じるもの」

「ちなみに、ここの動物たちは今何を思ってる? 彼らはここにいて……サーカスに出ていて幸せなのかな?」

 以前、動物のサーカス使用に反対する愛護団体の人たちがデモを起こしているのをニュースで見た。彼らほど主体的な行動に出るつもりはないけれど、幼い頃から当たり前のように動物に親しんでいて動物が大好きな私からしたら、檻に入れられっぱなしで長時間の移動を余儀なくされ、人間の娯楽のために調教されて見せ物みたいにされる彼らを見ていたら、とても幸せだとは思えなかった。

 ルチアは最初トリュフの大きな耳を撫でながら、神妙な表情を浮かべたまま黙っていた。

「ここの子たちのほとんどは、サーカスに出て芸を披露して拍手してもらったり、誉めてもらうことを楽しいと感じてるわ。人と同じように緊張したりストレスを感じることはあるし、鞭で叩かれるのは痛いし怖いから嫌がってるけど……。彼ら自身も団員たちと同じようにパフォーマンスを楽しんでいるの。本当に不思議なことなんだけどね」

「そうなんだ、それはすごいな。僕ならこんな檻に閉じ込められて人間の都合で使われるなんて、絶対ストレスが溜まるだろうな。それなら野生で自由に暮らしたいって思うよ」

「私も最初はそう思っていたわ。だけどここの子たちは小さな頃から動物園にいたり、サーカス用に調教されている子が多いから、野生の世界を知らないのよ。彼らにとってはここが全てなの。この環境や人との生活に順応して生きてる」

「僕のように、無理してないならいいけど」

 合わせていくことは衝突やトラブルを生まないで済むという意味で、抗うよりずっと楽だ。でも、不満や感情を押し殺す分すごく鬱憤が溜まるし疲れる。動物というのは繊細で、環境の変化や物音や人の気持ちに対してとても敏感だから、私以上に多くのことを感じ取るだろう。長時間に渡る移動のストレスや、ショーへのプレッシャーだってあるはずだ。楽しんでいるのなら良いが、こうして負の側面に目を向けてしまいたくなるのは、私自身が彼らに感情移入したくなるような経験をしてきたからだ。

 彼らは不満や不安、そのほかのことを感じていても言葉にすることはできない。その点で人よりも弱いといえる。だからこそ、私は彼らを理解してできるだけ大切に扱いたいと感じるのかもしれない。

「彼らは言葉がない分、人よりも弱い存在かもしれないね。だから、その分僕たちが彼らの気持ちを読み取って接してあげないとね」

「優しいのね、あなたは」

 ふっとルチアが目を細めた。優しい笑顔だった。

「別に普通さ。思ったことを言っただけ」

「あなたを見たとき思ったの。この人はすごく優しい人だって」

「もし僕が本当は危険な奴だったらどうする? 狼みたいな奴だったら」と言って、私はガルルル、と唸るふりをした。そしたらルチアは「あなたがやると可愛い犬だわ」と笑い、「お手!」とふざけて右手を差し出してきたから、子どもみたいに先出しジャンケンをして遊んだ。

「ケニーもいい人そうよね、軍服を着ているあなたの伯父さん」

「ケニーの優しさについては、僕のお墨付きだよ」

「ふふ、あなたが言うなら間違い無いわね」

 ルチアはそれぞれの動物の性格や、餌やりや掃除のやり方、世話の仕方について丁寧に教えてくれた。彼女の動物への接し方ーー彼らを見つめる時の慈愛に満ちた眼差しも、話しかける時の囁くような声も、大切なものに触れるみたいな触れ方も、動物に対する尊厳と愛情に溢れていた。
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