ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

スタート⑦

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 次にダブルテイク(二度見)の練習をした。

「お前はどんな時二度見する?」とルーファスに聞かれた私は頭を悩ませた。

「う~ん……」

「ちなみに俺はよく二度見をされる。みんな『え?! 何このおっさんちっさ!』って思ってるんだろな」と全てを受け入れているみたいに言った。ルーファスは長い間他者の視線を感じているために、こういうものなのだと悟り切ってしまったのかもしれない。

「私なら、知らない人からいちいちジロジロ見られるのは嫌だな」

「俺も気に病んだ時期があったが……。今ではそんなもんだと思って生きてる。サーカスで慣れたんだな、見られるうちが花さ。俺を見てビックリしたり笑ったり、こいつよりマシだって励まされたり。そんな人がいてもいいと思うんだ」

 腕組みをして彼は何度か頷いた。そんな風に思えるルーファスの心は金メダル級の優等生だと思う。

 不意に私は、高校生の時猫のデイジーの肛門腺が詰まった時のことを思い出した。寝ていたらデイジーが私に向かってお尻で床をこすりながら歩いてきた。眠気が優って一度目を閉じたが、彼女の様子が明らかに普通ではないということに気づいてもう一度目を開いて二度見した。結局動物病院に駆け込んで事なきを得たが、この出来事は完全に二度見に値する。その時の話をしたら、ルーファスは「じゃあその時のシチュエーションを思い出して、やってみよう」と言った。

 ルーファスはミラーの前に横向きで立ち、ミラー(正面)を見て、一度目線を外し横に向き直る。かと思いきやもう一度驚いた顔で正面を見るという動きをやってみせた。次に私も同じようにミラーに対して横向きで立ち、ルーファスが数える1から8の数字のリズムに合わせて、奇数の時に素早く鏡の方を見るという練習を2セット繰り返し全部で16度見をしたあと、反対方向を向いてもう2セットやった。

 次は1から3まで横向きで、正面を見たときに4秒止まり8のカウントで横に向き直るのをさっきと同じように2セットずつやる。最後はカウントに合わせて歩いたあとビクッと腕を動かし立ち止まり、驚いた顔をして正面を見たまま4秒止まり8で横を向く。このトレーニングも2セットずつ。

 その後は人に頬を叩かれる時の動きの練習をした。ミラーを見たまま、4カウントするうちの3秒目で自分で手を叩いて音を出し、本当にビンタをされたみたいに素早く右向きに頬を逸らす。 次は往復ビンタで、3と4のタイミングで二度手を叩いて同時に左右に連続で頬を逸らす。次は痛さを表現するため、3のタイミングで手を叩き頬を右に逸らして手で抑えながら、痛そうな顔をして5秒かけてゆっくり正面を見る。全て2セットずつこなした。

 最後はまた動きをつけて、1. 2で両手と首を振って違う違う、とジェスチャーをし、3で叩かれ泣きそうな顔をしながら残り5秒間で正面を見てごめんごめんと必死に手を振る。違う違うからの往復ビンタ、ごめんごめんを2セット終えた時には、いい具合に身体も心も解れていた。

「よし、じゃあ往復ビンタキレるバージョンをやってみよう」

 1、2、3で怒った顔で鏡に向かって歩いて行って4で右頬をビンタ、5、6でよろめいて7、8で怒りの表情を浮かべて立ち向かう。次のターンでは逆頬ビンタバージョンをやる。それを全部で2セット繰り返した。

 今度は4カウントの間につまずく練習だ。

 ミラーに横向きで立ち1で右足、2で左足を出し歩いた後、3で左脚に右足を引っ掛けて躓き、1テンポずらして4で右足を踏み出す。この1テンポずらすのが微妙に難しかったが、繰り返しやっていくうちにコツを掴んだ。

 次は4カウントで躓いた後に、次の4カウントで後ろを向いて目線と顔を同時に動かして地面を確認し躓いたものを探す という動作をやった。

 先ほどの動きを応用して、歩いていたら躓いて、地面を確認して躓いたものを拾い、ニコリと笑って一度正面を見るという動作を繰り返しやった。

 最後は拾った動作のあと拾ったものを投げたら、それが後ろから飛んできて後頭部にぶつかって前のめりに転び、後頭部を押さえて立ち上がるという一連の動作を練習した。

 ルーファスと一緒にこれまで教わったモーションを流しでおさらいしたところで、ふと感じた疑問を口にした。

「パートナーと演じるとき、本当に相手の顔を叩いたりするの?」

「いや、基本的に俺はアリーナで暴力はタブーだと思ってる。さっきみたいに叩かれるフリだ。昔別のサーカスにいた時にもう1人のクラウンのことをふざけて叩いたんだが、後からすごい勢いで塞ぎ込んだよ。人を叩いたのなんて生まれて初めてだったし、人前だしな……。相手はショーだしウケたからいいじゃないかと気にしてなかったが」

「僕も人を叩くのは嫌だな……」

 前にテレビでコメディアンが叩き合ったり詰りあったりするのを観ながら、何が面白いのかと首を傾げた。笑っている観客たちの心理も理解できなかった。過剰な暴力というのは人によっては不快に感じてしまう。

「人と自分を傷つけないで笑いをとるって、難しいのかな……」

「そうだな、それができるようになるまでは相当な鍛錬が必要だ。だが、お前のその気持ちはすごく大切なことだと思う。俺の知ってるクラウンも客弄りをして笑いを取っていたけれど、客を傷つけないように気を配ってた。本当に面白いクラウンは、誰のことも傷つけないで自分の力だけで笑いを取れる。お前もそんなクラウンになるといい」

「リングの上で話すのはどう?」

「クラウンは喋っちゃいけないという決まりはないが、なるべく言葉だけに頼らない方がいい。クラウンはコメディアンとも似てるようでまた違うんだ。この間観たビデオでは、クラウンたちは自分の動きや仕草で笑わせてただろ?」

「確かに」

「自分で自分を笑えるくらいに悟りきれないと、クラウンは務まらんぞ。そのためにはまず、自分がどんな人間か理解することだ。それから自分のクラウンのキャラクターも自ずと見つかる」

 言葉以外の方法で笑わせるというのは、すごく難しいことだ。それを考えるとチャップリンや歴代の名クラウンたちはとても偉大だ。私にできるだろうか。

 不安になりかけた心を奮い立たせるために「喝!」と叫んだら、練習していた仲間たちが一斉に振り向いた。
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