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第3章〜新たな出発〜
中東へ④
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不意に黒服の男が立ち上がり、豆電球の放つ仄かな灯りの下でパントマイムを始めた。
両手を開げて壁にペタペタと手を当てる仕草、壁に手を当てながら壁を伝って右側に歩く真似をした。次に私たちの方に歩いてきて透明な壁に頭をぶつけ、弾かれたみたいに頭と腰を逸らし後退した。電球の下に戻ってくると右を向いて壁に胸の高さに挙げた手を当てる真似をした。今度は迫ってきた壁に押しつぶされそうになっているみたいに肘を少しずつ自分の身体に向かって縮め、顰めた顔を横向きにして襲いくる壁になすすべもないかのような様子をみせた。やがて透明の壁に完全に潰されてしまいそうになると、重力に抵抗するように歯を食いしばり、腕をゆっくり伸ばし壁を右側に押し戻す動作をしたあと、上体を前方に傾け、脚を床を滑らせるように左右交互に動かして見えない壁を動かして行く。途中壁がまた迫ってきて、男の身体は先ほどとは逆向きに滑るようにして左側に戻され、右と左の脚も後退する身体の動きに合わせて動く。
やがて壁を完全に押し戻したと男は汗を拭う動作をし、立てかけてあった誰かの傘を広げて差し左側に歩いて行った。だが傘が風に飛ばされそうにり、左肩、左腕と一緒に傘を持った手ごと逆風に持っていかれたように右に投げ出し、上体をを右に傾けたまま風に攫われ右方向の壁スレスレの場所まで移動したあと、今度は逆風に逆らうように傘を風が吹いてくる左方向に向け自分の身体を覆うように差して下半身を踏ん張り、肩を怒らせ、背中を丸めるようにして風に逆らい電球のある左方向に戻ろうと歩いて行く。だがやはり逆風に抗えず右側に飛ばされる。それを何度か繰り返したあと、風に巻かれたように傘を持つ左腕を斜め上にあげ、くるくるくると身体を3回転させ、風に飛ばされたみたいに傘をふわりと後ろに放り投げた。
この空間の誰もが男の繰り広げるショーに夢中になっていた。私は男の周りに確かに見えない壁と風を見ていた。おそらくは5分余りの短い時間であったが、男は暗く冷たい空気を確かに変えた。絶望し憔悴しきった人々を自分の世界に引き込み魅了したのだ。
私は感動していた。さっきまでのしかかっていた陰鬱な気持ちはどこかへ消えていた。たとえ一時的なものだとしても、この閉塞感の漂う状況の中で男の観せたものは確かに皆の心にわずかな火を灯したのだ。
ここが劇場やサーカステントの中なら、私は"¡Bravo! "と賞賛の言葉と大きな拍手を送ったことだろう。
今の私は声が出ないために彼のマイムがいかに素晴らしかったか、どれだけ感動したかを伝えることができないことがもどかしかった。ただ握手をするように彼の手を強く握ることでしか。
他の避難民たちも静かに頷いて微笑むことで、彼の素晴らしいパフォーマンスへの敬意と称賛の念を言葉なくして表していた。
それまで押し黙って演技を続けていた男はわずかに微笑んだように見えた。
両手を開げて壁にペタペタと手を当てる仕草、壁に手を当てながら壁を伝って右側に歩く真似をした。次に私たちの方に歩いてきて透明な壁に頭をぶつけ、弾かれたみたいに頭と腰を逸らし後退した。電球の下に戻ってくると右を向いて壁に胸の高さに挙げた手を当てる真似をした。今度は迫ってきた壁に押しつぶされそうになっているみたいに肘を少しずつ自分の身体に向かって縮め、顰めた顔を横向きにして襲いくる壁になすすべもないかのような様子をみせた。やがて透明の壁に完全に潰されてしまいそうになると、重力に抵抗するように歯を食いしばり、腕をゆっくり伸ばし壁を右側に押し戻す動作をしたあと、上体を前方に傾け、脚を床を滑らせるように左右交互に動かして見えない壁を動かして行く。途中壁がまた迫ってきて、男の身体は先ほどとは逆向きに滑るようにして左側に戻され、右と左の脚も後退する身体の動きに合わせて動く。
やがて壁を完全に押し戻したと男は汗を拭う動作をし、立てかけてあった誰かの傘を広げて差し左側に歩いて行った。だが傘が風に飛ばされそうにり、左肩、左腕と一緒に傘を持った手ごと逆風に持っていかれたように右に投げ出し、上体をを右に傾けたまま風に攫われ右方向の壁スレスレの場所まで移動したあと、今度は逆風に逆らうように傘を風が吹いてくる左方向に向け自分の身体を覆うように差して下半身を踏ん張り、肩を怒らせ、背中を丸めるようにして風に逆らい電球のある左方向に戻ろうと歩いて行く。だがやはり逆風に抗えず右側に飛ばされる。それを何度か繰り返したあと、風に巻かれたように傘を持つ左腕を斜め上にあげ、くるくるくると身体を3回転させ、風に飛ばされたみたいに傘をふわりと後ろに放り投げた。
この空間の誰もが男の繰り広げるショーに夢中になっていた。私は男の周りに確かに見えない壁と風を見ていた。おそらくは5分余りの短い時間であったが、男は暗く冷たい空気を確かに変えた。絶望し憔悴しきった人々を自分の世界に引き込み魅了したのだ。
私は感動していた。さっきまでのしかかっていた陰鬱な気持ちはどこかへ消えていた。たとえ一時的なものだとしても、この閉塞感の漂う状況の中で男の観せたものは確かに皆の心にわずかな火を灯したのだ。
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他の避難民たちも静かに頷いて微笑むことで、彼の素晴らしいパフォーマンスへの敬意と称賛の念を言葉なくして表していた。
それまで押し黙って演技を続けていた男はわずかに微笑んだように見えた。
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