ロマンドール

たらこ飴

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45. 褐色の目

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「中学時代、白人の友達が私の書いた作文を盗用して賞をとったの。あとから私が代筆したものだってバレたけど学校もその子の親もうやむやにして、栄誉は全部彼女のものに……。その子はイギリスの中でもトップクラスの私立の高校に進学したわ、私は公立の高校だったけど」

「最低だわ、本当に認められるべきはあなたなのに。周りの大人も最悪」

「他にも色んな場面で人種差別を経験したり見聞きしたりしたわ。これまで嫌になるくらい、夢を叶えられる可能性が高いのは白人の子なんだということを思い知らされた。世界は残酷よ。RPGに例えたら、私は上下スウェットで武器もアイテムもなく戦いに挑む戦士。一方で白人は魔道士よ。努力さえすれば欲しいものを何でも手に入れられる。地位も名誉も愛も」

「そんなことない」

 フォローの台詞も考えないまま否定の言葉を口にする。これを肯定してしまえば世の中に希望がないことを肯定してしまうようなものだからだ。

「ハル・ベリーだって、アカデミー賞の最優秀主演女優賞を獲った。黒人の女性副大統領だって出た。時代が追いついていないだけで、あなたたちが耀く時代は絶対に来る」
 
「アカデミー賞だって所詮は白い賞よ。ハルの後は黒人の女優でその賞を取る人は出てない」

 アリーシャの言葉が胸に突き刺さる。この業界に入って、何度もSNSで誹謗中傷を受けた。私の女優としての実力不足や見た目のことについて、そして、スペインの血が入っているということについて。他のことには全く自信が無かったが、自分のルーツだけは誇りに思っていた。それが自分のキャリアを妨げるなどと考えたことはなかったし、たとえそれが原因で何らかの障害にぶち当たったとしても、きっと乗り越えていけるという根拠のない自信があった。だが先ほどのアリーシャの言葉に少なからざる衝撃を受けた。 

 アリーシャが社会の中で感じていた理不尽さや落胆は、私が感じてきたそれらとは比べられないのだろう。だがどうしても他人事と思えなかった。白人の血が入っているものの純粋な白人とは違う私自身、アイデンティティを貶されるような経験を何度もした。ドラマの撮影のときに感じたことーー。時々監督や脚本家やスタッフの中で、クレアやミアの前と私の前とでは扱いや態度が違う人間がいた。単純な好き嫌いもあるだろうし他の2人がドラマの主役で私より遥かに人気のある女優だからという理由もあるだろう。これについてあまり考えたくはなかったが、もっと別の根深い問題が潜んでいる気がしてならなかったのだ。

 私は咄嗟に祖父のパウロの話をした。移民としてこの国に来て汗と涙を流した末に彼が成し遂げた偉業のことを。ヒスパニックの私と彼女では事情は違うかもしれないと思ったが、世の中に失望し自信を失っている彼女を勇気づけるために他に1番説得力のある話を思いつかなかったのだ。

 アリーシャは静かに話を聞いていたが、パウロがジェームズからバッジを貰った話に涙した。

「お祖父ちゃんは学歴や特別な特技があったわけじゃなかった。ただ誰にも負けないくらい真っ直ぐで一生懸命だったの、仕事や人に対して」

「何か大きなことを成し遂げる人って、そういう人が多いと思うわ。ただ一つのことを見つめて頑張っていけるって簡単なようで難しい。凄いことよ。私の兄もそうなの。子どもの頃差別や虐めで不登校になったりしたけど、ゲーム好きが高じて今はゲーム会社でゲームの開発をしてる。忙しいし時期によって寝る時間もないみたいだけど、すごく楽しそうよ」

「あなたの気持ちを全部理解をすることはできないけど……。私も差別を受けてきた、人前に出る仕事だから余計にね。それでも自分のルーツを誇りに思ってるし、恥ずかしいことだなんて全く思わない。おじいちゃんがいつも言ってたの、『人と違うからこそ、他の人にできないことができる』って。マイノリティだからこそ出来ること、伝えていけることってあるんじゃないかな。それにスウェット姿で一人戦う戦士がいたら、逆に強い仲間が集まって助けてくれると思う」
 
 アリーシャは僅かに顔を綻ばせた。

「何だかあなたに何回も救われてるわね」

 彼女は帰り際黄色い袋を差し出した。中には私が以前血眼で探していた、もう生産中止になったプレミアものの『トワイライト・エクスプレス』というホラーゲームが入っていた。

「これどこで手に入れたん?」

 興奮しながら尋ねるとアリーシャは少し得意げに微笑んだ。

「兄に頼んでメーカーにダメ元で聞いてもらったの。そしたらたまたま一つだけ新品の在庫があったのよ」

「すご!! ありがとう!! てか私がこのゲーム欲しいって何で知ってたの?」

「あなたのファンだっていう友達から聞いたの。あなたがずっと前に雑誌のインタビューで、このゲームがどうしても欲しくて必死で探したけど見つからないって話してたこと」

「あれ、そうだっけ」

 全く記憶がない。お返しが欲しかったわけでも期待していたわけでも全くないが、思いもよらぬサプライズに心は完全に浮き立っていた。

「喜んでもらえたなら良かった」

 アリーシャは安堵したように笑った。帰り際彼女は自分が働いている書店の名前を告げ、よければ後で遊びに来てと言った。私は絶対に行くと約束し彼女に手を振った。
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