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第1章 【初咲きの夜明け】
小さくて大きい、母からの贈り物
しおりを挟む「ママ……もういっちゃうの……?」
寝ぼけまなこで目を掻く少女の声が、夜明け前の暗い家の中に小さく木霊する。
それを聞いた母親は、開け放たれた扉から薄っすら差し込む光を背にし、いとしの愛娘――ニーアナンナに向き直った。
よく寝かしつけておいたはずだったのだが……どうやら母が玄関の戸を開けるささやかな音で目が覚めてしまったらしい。
「『ほしもち』のおしごと……? だいじょうぶ? パパもママも……かえってくる?」
ニーアナンナは目に涙を浮かべ、震える声で母に喋りかける。
彼女は幼いながらに理解していた。
自身の母親が、これからどんな場所に赴くのかを。
死がもたらす決別の重さを。
「……」
その様子を見た母はそっとニーアナンナに歩み寄ると、可愛らしい丸みを帯びた頭を撫で、小さく励ましの言葉を投げかけた。
暗がりに塗りつぶされ、その顔……表情を窺い知ることはできない。
しかし放たれた声色には、我が子の不安に駆られた心情を足元から包み込む慈愛の温もりが込められていた。
「……うん、だいじょうぶ。だいじょうぶだよね。パパもママもとってもつよいから、まけないよね……!」
母の言葉に勇気を貰ったニーアナンナは勇ましく握り拳をつくり不安の心を掻き消すと、正面に立つ母親にしっかりと目を合わせた。
「ワタシ、おおきくなったら『ほしもち』になる! それでね、えっと……パパとママの『せいだん』に入ってみんなをまもるの! だからぜったい、ぜったいかえってきてね!」
意気込む娘の元気な声が、心地よく母の耳を震わせる。
そのまま母親が、不安の消えたニーアナンナにお留守番の注意、そして弟のお世話を任せることを伝えると……。
「まかせて! ワタシはおねーちゃんだから、ベルスズはワタシがまもるの!」
胸を叩き健気に奮起するニーアナンナ。
そんな娘の姿を見た母は、胸の奥底から頂点に至るまで愛おしさに溢れ……気づけば、壁に掛けてあったブランケットをニーアナンナの頭に頭巾のように被せていた。
首元を軽く締め、雨がっぱのようにニーアナンナを包み込んだ母は、両手を背中に回してその小さな体を胸いっぱいに抱きしめた。
「……ママ、どうしたの? これ……なぁに?」
いってきますのハグだけならば、こんな布を頭に被せる必要はない。
なにか意味が込められていることを察したニーアナンナは、被せられたブランケットの端をつまみ上げ、母に尋ねる。
すると母は……どこか遠くを眺めるように、昔の記憶を懐かしむように目を細めた。
そして……腕の中で小さく脈動する温もりを強く抱きしめたまま、その耳元で囁く。
「そうね……これは――――」
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