照らす␣呪いの伝道者 〜【呪いの装備】しか使えない私流の攻略法〜

花咲実散

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第1章 【初咲きの夜明け】

【2話】 二兎追う荒熊に告ぐ

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無重量状態が生み出す浮遊感は……まるで世界から見放されたような、たった一人別の空間に放り投げられたような気持ちの悪さがこみ上げてくる。

 視界がブれ、次の瞬間には地面を見下ろすほどの高所まで跳び上がっていたエスカ。

 自分がまだ生きているのだと実感するまでに、更に数瞬の時を要した。

 跳ね馬並みにクセがありそそっかしい彼女ではあるが、当然身長の何倍もの高さを跳び上がるような跳躍力は有していない。

 今宙を舞っているのは、そのエスカを脇に抱き抱えた星持ほしもちの男アギョウ。

 少女一人を持ち上げつつ自らも天高く跳ねるという、常識では考えられない脚力を発揮しバグの攻撃を回避していた。

 
「意識はあるかいお嬢さん!」


「はいぃぃぃ!!」


 不意に急激な加速度を受けたエスカは意識が飛びかけるが、すんでのところで持ち堪える。


「良い返事!」


 エスカが気を失っていないことを確認したアギョウは、バグの周囲を旋回せんかいするように木々の枝の上を跳び移り始めた。

 絶えず移動し続けるアギョウに並走するように、この場を照らす星も一定の距離を保って彼に付いて回っている。

 当のバグはというと……動き回るアギョウには目もくれず、地面に叩きつけた腕もそのままに不気味に停滞していた。

 しかし決して、追うのを諦めたわけではない。

 嗅覚、触覚、聴覚を研ぎ澄ませ常にこちらの動きを追うことで、次の攻撃の機会をうかがっているのだ。

 仮にここでアギョウが旋回をせず『逃げる』という選択肢を取ったならば……バグもまた全速力でこちらに跳ね飛んでくるだろう。


(うぇぇ……、気持ちわるっ!)


 目まぐるしく回る視界に脳の処理が追いつかず、激しい酔いに見舞われるエスカ。


「で、どうすんだよ。勝ち目あるのか? やっぱ今からでもそのガキおとりにして逃げねぇか?」


 三度みたび木霊する老人の怪しげな声は、アギョウが背負っている大剣の方から聞こえてきた。

 
(なんか今……とてつもなく恐ろしいこと言われた気がするんですけどっ!)


 老人の声を聞いたアギョウはしばらく黙考するが、エスカからしてみれば本当に囮にすることを考えているのではないかと勘繰ってしまう。


「そうですね……よし決めた! お嬢さん、ちょっとよろしいか!」


「はいなんでしょうっ」


「君をここに置いていく!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁおっ! やっぱりアタシを餌にするつもりなんだわっ!」


 清々しい笑顔でとんでもないことを口走るアギョウと泣き喚くエスカ。

 なんとか逃れようと腕の中で必死にもがくが、アギョウが意に介した様子はない。根本的な力の差がありすぎる。

 彼女が暴れる様子を見たアギョウは首を横に振りながら、なだめるように優しい口調で話しかけた。


「大丈夫、見捨てたりはしないさ。ただ君は抱えながら戦うには重すぎる……ので!」


 アギョウは一等太く頑丈そうな木の枝の上にエスカを降ろすと、振り返ることもせず下に……バグが待ち受ける方角に向かって自ら飛び降りた。


「そこで待機だ!」


「あ! ちょ、ちょっと!」


 エスカは手を伸ばしてアギョウを引き留めようとするが、それは自分可愛さから取った行動ではない。

 アギョウが自由落下に従って落ちている時間……アクションの限られる無防備なタイミングを狙った大熊のバグが、腕を振りかぶって待ち構えていたのだ。


「あぶな――」


 エスカが言い終えるよりも、バグの拳がアギョウに到達するほうが速かった。

 その豪腕はアギョウの上半身を捉え、薙ぐように横一閃に振り抜かれた。

 肉塊に木槌を叩きつけるような鈍く不快な音を立てながら、アギョウの体が風車の如く回転する。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エスカの語尾が一瞬にして絶叫に変換される。

 即死……むしろ人間の形を保てていることが奇跡だろう。誰もがそう直感する残酷な一撃。

  アギョウの体は風に遊ぶように波に流されるように、脱力されたまま二転、三転と揺らぎ――


「ほっ!」


 ――まるで地面に吸い寄せられるように、着地した。


「えぇっ!?」


 驚愕するエスカを尻目に、アギョウは素早く地を蹴り上げ、バックステップでバグのリーチの外へと離脱する。

 異常なタフネス……それだけでは説明のできない不可解な状況に、エスカの目は釘付けになっていた。


「ゴ……フッ! 完璧には受けきれないですねこれは……っ!」


 アギョウは込み上げる嘔吐感おうとかんに抵抗することなく、むしろ手を喉に押し込んで自分から吐瀉物としゃぶつを吐き出す。

 どうやらノーダメージという訳にはいかないらしく、撒き散らされたモノには赤黒い血液が混じり込んでいた。


「言わんこっちゃねぇ! 装備がぶっ壊れる前にさっさとやれ! あるんだろ策がっ!」


「もちろんっ!」


 アギョウは老人の声と会話しながらバグから距離を取る。

 しかしその間隔は逃げるにしても戦うにしても中途半端。

 バグが全力で手を伸ばして届くかどうか、そんな絶妙な位置どりをしていた。

 挑発するため。誘い出すため。

 メイド服を着た泣き顔の少女を、出来るだけバグから引き離すために。


「うむうむ、素直で良い子だ!」


 狙い通り、バグはより手近のアギョウを標的にし、前腕で踏みつけるような攻撃を繰り出してきた。

 アギョウは驚異的な身体能力で振り下ろされる鉄鎚をかわしながら、少しずつエスカとの距離を離していく。


「さぁて! いきますよレイヴさん!」


 ある程度の距離が開いたところで、アギョウは自身を奮い立たせるように叫びながら背中の大剣に手を添えた。

 振り回すように構えられたのは、柄頭つかがしらから鞘先まで漆黒に染まった大剣。

 その黒く重厚な一振りはアギョウの声に呼応するように、全身から薄く光を放っていた。

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