照らす␣呪いの伝道者 〜【呪いの装備】しか使えない私流の攻略法〜

花咲実散

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第1章 【初咲きの夜明け】

【7話】 上の方々の中では下の方

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――――晴暦せいれき479年。


 夜空に浮かぶ天体……光輝く星々は全て、この地球を中心に回っている。誰もがその事実を信じて疑わぬこの世界に、大きな転換期が訪れた。

 航海技術の発達と共に世の興味が海外へと向けられ、渡航ルートの確保、交易圏の拡大を狙う諸国がこぞって海原に繰り出す『大航海時代』の始まりである。

 激動する情勢の中、着実に国力をつけ世界の中心と呼ばれるに至った『メラング連邦公国』は、商業、工業の規模を大陸最大級と言える水準にまで押し上げていた。

 そんなメラングの行政区画は十六の有力な貴族たちによって細分化され、それぞれの貴族の名を冠した領地として治められている。


「リシャール家はその中でも特に社会的特権が強いらしくて、そのぶん持ってる領地も広大で管理もたいへん。だから――」


 エスカは森林に囲まれた周囲の環境に視線を巡らせながら、おどけたように声を上げた。


「開発の進んだ都市ばっかりじゃなくて、こ~んな荒れた土地も一応、リシャール領に入ってるってわけなのよ」


 小石を蹴飛ばしながら話すエスカの横顔はどこか寂しそうにも、楽しそうにも見える。


「クリングゾル家は歴史も浅いし、政界に顔も利かない。こんな僻地へきちの開拓地主を任されてるくらいだからアギョウも気付いてると思うけど、ウチはそこまで裕福ってわけでもないのよ」

 
 強大な政権を持つ十六の貴族たちは、自身の持つ領地をさらに区分けして配下を集い、『地主職じぬししき』という役職と共にその土地を貸し与えることで管理を任せる。

 都合の悪い者や利用価値が無いと判断された一門は当然重宝されるわけもなく、都から離れた未開発の土地を宛てがわれることも少なくない。


「ふむ、そうは言うがエスカトーネくん。お屋敷も庭も、貴族のものらしく豪勢に仕上がっていると思うが。この庭木もほら、とても綺麗に剪定せんていされている。よほど腕の良い庭師を雇っているんだな!」


 クリングゾル邸の前方に設けられた、四角く囲われた巨大な前庭。

 その敷地内に入った二人の目の前には、色とりどりの草花や瑞々みずみずしい庭木が盛大、かつ上品に並べられていた。


「ふふふふふん、ありがと。それアタシが整形したの」


「……え?」


「ちょっと、何かしらその意外そうな反応は」


 頬を膨らませながらアギョウを見上げるエスカ。


「いや、君は少々気早なところがあると思っていたので正直意外だった。手先がとても器用だ」


「伊達に十年もメイドやってないわよ。まあアタシの本領は演奏、なんだけどね! 楽器を持たせたら右に出る者はいないわよ!」


「……」


 庭木の剪定と楽器の演奏。本来ならばどちらも専属のプロを雇うもので、メイドの仕事ではない。

 しかし、アギョウは誇らしげに語るエスカに水を刺すまいと黙って話を聞く。


「ご主人様は海外の文化にとっても興味を持っててねぇ、色々ヘンテコなアイテムを買い揃えてるのよ。楽器以外にも食器とか、美術品とか。もし暇なら――――」

 
 ――――と。

 前庭を抜け玄関の前に到着した次の瞬間、目の前の両開きの大きな扉が突如跳ねるように開放された。


「「っ!!」」


 そして開いた扉の奥から、白黒のメイド服に身を包んだ女性が、銀色に光るセミロングの髪を振り乱しながら飛び出してきた。


「うあぁぁぁぁエスカちゃぁぁん! 良かったぁぁぁん!」


 少女はエスカの足元にひざまずくと、その整った顔を思い切りエスカの膝に擦り付け始める。

 エスカの服は泥や細かい葉が付着しており、とても清潔と言える状態ではないのだが、少女は構わず頬ずりを続け……止まる気配がまるでない。


「ちょ、ちょっとハロ! やめ……やめて頂戴!」


 アギョウを支えるために両腕が塞がっているエスカは、ロクな抵抗も出来ずされるがままになっている。


「ふむ。随分と同僚思いのメイドさんだ。慕われているのだなエスカトーネくん!」


「ああんもう! 感心してないで引き離してちょうだい!」



 ハロと呼ばれた少女はたっぷり十数秒間エスカの足を抱き締め続けた後、鼻をすすりながらゆっくりと立ち上がった。


「ズビ……、夜に巻き込まれたんだと思って心配してたんだからね。本当に無事で良かったぁ」


 目元の涙を拭いながら鼻声で語りかけるハロ。

 改めてその姿を見ると、形はメイド服のそれなのだが、エスカが着用しているものとは若干デザインが異なっていた。

 足下をギリギリまで覆い隠すロングスカート。厚手のワンピースと白いエプロンドレス。

 クリングゾル家の給仕服は外出用と家事、接客用の二種類が採用されており、屋内で作業する際はより機能性に富んだ貞淑なデザインの物を着用するのだ。


「うんうん。ごめんなさいね心配かけて」


「もう、本当に……ヒェッ!?」


 歳の頃はエスカと同じか若干上であろうその女性は、ようやくエスカの隣にいるアギョウの存在に気付いたのか。

 視線を横にやった途端、小さく悲鳴を上げながら半歩後ろに下がった。


「あ……あのあの、その……どちら様でしょ~?」


 警戒心満潮の及び腰でアギョウに話しかける彼女の姿は、客人に応対するメイドとしてはゼロ点の態度だろう。

 しかしアギョウもアギョウで、貴族の屋敷に上がり込む客としてはゼロ点の格好であるため彼女ばかりは責められない。


「これはこれは失礼した! 緊急につきこのような格好での来訪になってしまい大変申し訳ない!」


 自身の姿が怪しいことに自覚はあるのだろう。ハロのいぶかしむ視線を受けたアギョウは間髪入れずに詫びを入れた。


「あ~、ハロ。怖がらなくていいのよ? この方は『星持ほしもちのアギョウさん。夜に巻き込まれたアタシを助けてここまで連れてきてくれたのよ」


「ほ、星持ち?」


 エスカの紹介を受けてようやく警戒の糸を緩めたハロは、改めてアギョウに向き直り視線を合わせた。


「星持ちってあの……夜を晴らす専門家の方、ですか?」


 ハロは自身が持つ星持ちの知識を総動員しているのか、数秒間考え込んだ後、ぎこちないながらもアギョウに尋ねる。


「その通り! この物騒な格好も我ら星持ち界隈かいわいでならば至ってスタンダード。ノーマル且つフォーマルなので、どうかお気になさらず!」


「そ、そうだったんですね。申し訳ありません。エスカちゃんの命の恩人様に対して……」


 ハロは慌てて頭を下げるが、アギョウは顔に浮かべた笑みを一層深くしてエスカの肩から手を離した。


「いやいや! こんなおかしな格好をした人間を見て警戒しないほうがおかしい! 貴女あなたに非はありませんよ」


 見た目に反したアギョウの丁寧な態度に安堵したようで、ハロは強張っていた体をわずかに軟化させホッと肩を撫で下ろした。


「……あ! そうだわ! そんなことよりも!」


 しばらく二人の話を横で聞いていたエスカだが、今になってアギョウをここに連れてきた理由を思い出した。

 自由になった両手で柏手を一つ叩きながら、目の前のハロに指示を飛ばす。


「ハロ! 元気いっぱいに見えるけどこの人、多分結構な重傷だから。吐血とかしてるから。急いで部屋を一つ空けてちょうだい!」


「んえぇ!? 吐血!?」


 ハロの緩めたばかりの緊張の糸が、休む間もなく再び張り詰める。

 その激しい精神の乱高下に涙目になるがしかし、さすがは貴族の屋敷に仕えるメイドといったところか。

 言動は慌てつつも、頭の中ではこれから行う段取りを素早く組み立てていた。


「え~っとえ~っと……わ、わわ分かりました! 準備してきまーす! ベッドと布巾と包帯と……それからそれから――」


 しかし即座に頭を切り替え、脳内で必要なものをリストアップしながら早足で屋敷の中に引き返していく。

 開け放しのドアの向こう、正面階段を上るハロの後ろ姿は次第に小さくなっていった。


「ささ、アギョウ。どうぞ遠慮なく上がってちょうだい。ご主人様にはまだ報告してないけど……まあ、後でいいでしょ」


 そう言いながらアギョウの手を引くエスカ。


「……」


 しかしその手から僅かな抵抗感を感じ取り、動きが止まる。


「アギョウ?」


「エスカトーネくん。彼女……ハロくんと言ったかな。彼女はここにきて日が浅いのかい」


 突然のアギョウの質問。

 意図は計りかねるも特段隠すようなことでもないので、エスカは友人を紹介するような気軽さで手早く紹介した。


「そうねぇ。ここで働き始めて……三ヶ月くらいかしら。一番のニューフェイスよ。どうして分かったのかしら?」


「……いや。身につけているものがどれも新品だったからね。なんとなくだ」


 自分から話題を振ってきたにも関わらずあまり歯切れの良くないアギョウ。

 その様子を見たエスカは口角を吊り上げ、イタズラな笑みを浮かべる。


「アラアラ? もしかして気になっちゃったかしら? お目が高いわね~アギョウさん。ハロ、とっても可愛いものね。二十歳って聞いたけど、まだ結婚してないのが不思議なくらい……」


 アギョウがハロのことを女性として意識していると解釈したエスカは早口で語り始めるが、当のアギョウ本人にあまり盛り上がった様子は見られない。


「そうだな……少し、気になることもあるが」


 小さくそれだけ呟くと、開放された扉に向かって大股で歩き始めた。


「今はとにかく休息だ! 屋敷内を案内してくれるかな!?」


「あ! わ、わかったわ。個室は二階だから階段を昇ってもらわないといけないけど……」


 開放されたドアをくぐり抜けた二人は、クリングゾル邸の中へと足を踏み入れた。

 
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