世界は妖しく嗤う【リメイク前】

2章 学校編

8

　魔物と形容すべきか、けだもの、と形容すべきか。背後からの気配に凄まじい威圧を感じる。

　この職員室に化け物レベルの何かがいるというのか。いや、緊張しているに過ぎないのか。

　極度の緊張から血の気がひくのを感じる。
　と、同時に生気までもさぁーっと引いていく。
　心なしか隙間風が強まっているように感じる。

　寒い季節だからというのもあるが、より身体が底冷えする。

　も、漏れる……。
　このままでは15歳になってまで、おもらしをしたとからかわれる材料を周りに与えてしまう。

　嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
　忌避せねばならない。
　この状況を回避するために。
　僕は決意した。
　下腹部に全神経を研ぎ澄ませ力をいれながら、放水という最悪の一手を回避する決意をだ。
　
「おい、おい……」
　誰かが後ろから話しかけてくる声が聞こえてくる。
　今、動けば漏れる、確実に。
　職員室からの脱出。
　これをしなければ、安息の地(トイレ)にはいけない。
　今、ここが正念場だ。

　僕は呼吸を調え、下腹部に加えた力を再度強くしたのちに、わずかにその力を緩めて、動けないものか、微調整を始めた。

「ふ、ふ、ふぅ、ふぅ～」
と、誰かに呼吸を調える吐息を聞かれ、おもらししかけていることを悟られることのないように、完全に息を絶った。

　すると、無音の世界が突如として現れた。

　時が静止したのか、周りの人たちの動作がスローモーションで見える。
　これが限界まで我慢した人間が味わう走馬灯、いや、無の境地だというのか。
　今、この場に人がいて。
　今、この場で漏らしかけていて。
　今、時間が静止していて？
　そう、今、時間が止まっているらしい。

　なんということか。

　時間が止まっているのはなぜかわからないけれど、漏れそうな今、職員室を脱出し安息の地に向かうことが必要だ。

　急ごう。
　いつ時間が再生されるかわからないのだから。
　
「どけよ～、どけよ～。僕は早く楽になりたいんだ！」
　僕は時間が止まって、他人に聞かれてないことを理由に力いっぱい叫んだ。
　安息の地に想いを馳せて、この想いよ届け、といわんばかりに。

　吐息混じりの今にも漏らしそうな僕が発するうめき声が職員室から廊下へと響くもその声に力など微塵も感じられなかった。

　60m、50m、40m……と廊下からトイレまでの距離を着実に詰めていく。

　猛烈な下腹部の出口を叩く音が耳元で感じられそうなほど、下腹部に設けた堤防は氾濫をおこしかけていた。

　次第に、下半身がよりひんやりと湿ってきた。

「来る、来るぞ！」

　じょわーっという氾濫を起こしたことを示す音と共に、下半身を締め付けていた力がフッと緩んだ。

　遅かったか。
　後数m先にトイレがあったのに。
　漏らしてしまった……。
　ああ、15歳にもなって、おもらしをしただなんて知れ渡ったら、良いようにからかわれるだけだ。

　そうだった。思い出した。
　い……じめ。また……いじめられる……。