世界は妖しく嗤う【リメイク前】

2章 学校編

9

「よー、悠基じゃねーか」
　話しかけられた。
　まずい、まずいぞ。
　よりにもよって、この絶望的タイミングの悪さよ。
　発見されてしまった。
　このおちゃらけた声は、クラスメートの森近光也(もりちか_みつや)に違いない。
　彼はクラスメートの中でも指折りの陽気さと成績の良さ。それに不釣り合いなお調子者のような性格がみてとれる。
　よりにもよってクラスカースト上位に位置する森近にこの酷い有り様をみられてしまった。
　終わりだ……それも日向でとはいかないが、比較的日陰の教室の隅っこ暮らしのような平穏な時間はもう来やしないだろう。
　父さんの一件で、世間からの目もある。
　ああ、煩わしい。
　また逃げたくなった。
　
「お前、ここで何してんの？」
「い、いや、何、何も」
　案の定、問い詰めてきた。
　そりゃ、そうか。
　久しぶりに顔を見るやつがこんな醜態をさらけ出して、突っ立ってたら、当然話しかける。
　ここは何とか取り繕わねば。
「本当か～？ お前、いつぶりに顔だしてんだ？」
「ほ、ほんとだよ。えっと、5、5週間ぶりぐらい」
「ま、良かったわ。お前が久しぶりに学校に顔を出してくれてさ。みんな待ってるからな？」
　
　何とか……切り抜けたみたいだな。
　やけに森近がにやにやしながらうつむき加減の僕の顔をじーっと覗きこむように見てきたのが気がかりだけど。
　ホッと胸をなでおろすと、とたんにブワァッと全身の毛穴から汗が吹き出て、ぐっしょりと濡れてしまった。
　そ、そそそ、そうだった。
　濡れてんじゃん。
　急いで拭かなきゃ。
　
　トイレの個室へと駆け込むことにした。
　個室にはトイレットペーパーがあるはずだ。
　グルルルっと幾重にも巻き取って切り離すと、ぐっしょりとお小水で濡れた箇所にポンポン当てて拭き始めた
　今綺麗に拭き取れば、証拠は消せるはず。
　拭くか。
　僕は汚れ物の掃除は好きではないから気乗りはしないが拭き取らねば僕に明日はない。
　トイレットペーパーを再度グルングルンと大量に巻き取っては、濡れた部分に浸して、拭き取りを数回おこなった。
　醜態を晒した証拠をある程度消し炭にする間に、森近以外のクラスメートたちが教室と廊下を行き来する雑音が大きくなっていた。