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ストーカー編
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突然の爆発が吹き荒れた。
街は一瞬にして崩壊し、空間に亀裂が生じる。亀裂はどんどん大きくなる。亀裂の中は真っ暗闇だ。しかし、その爆発に生き残った人間は見た。その亀裂の奥の真っ暗闇の中で蠢く怪しき異形。十匹……いや、もっとだ。何百匹とその亀裂の中に異形がこちらを覗いていた。
その人間が覗いていることを、異形も同じく分かっていた。
こちらが闇を見る時は闇もまたこちらを見ているものだ。
「おい。ストーカー、お前人の家に勝手に入って何やってるんだ?」
僕は今、彼の家でコトコトをスープを煮込んでいる。
彼が外で薪を割っている間に昼ご飯用にとスープを作っていたのだ。こんなに早く薪を割り終わるなんて流石としか言いようがない。
「君にバレないようにスープを作りたかったのにな。妖精の仕業だと思わせて。くく」
1か月前に、僕が倒れた時にシチューを作ってもらっただろう。いつかお返しをしなくてはと思っていたんだ。なんて気の利いた僕なんだ。
でも、僕は普段料理を作らないから、どう始めたらいいのか分からなくて材料をそろえるのに一か月もかかってしまったよ。
「お前! うぐっ!? 話すのも辛い匂いじゃねぇかっ! 腐らせた生ごみの匂いだ! お前、人の家で魔術(毒)研究するなよっ!!すぐ横の家でやれ!」
「ふふ。これは、魔術ではなくてスープだよ? ほら、昨日君はお酒を飲んでいただろう? 肝臓によいとされる、ウコンとしじみ。体力アップにすっぽんとニンニクと鶏レバーとマムシとハブ。あと、この葉っぱ。とても身体にいいんだ。山頂付近の崖にしか生えていない貴重な葉でね。これを探すのに苦労したよ」
カイル君に僕が採った葉っぱを見せた。この葉を入れたら出来上がるからね~。
そんな僕を見て、カイル君は全身を震わせた。
……そんなに感激したのだろうか。カイル君は感受性が豊かだ。
すると、震えた声でお前ぇ……と低い声を出した。
「そんなキモいもん、俺に食わせようとしてんのか!? 俺を殺すつもりか? 匂いで気絶しそうじゃねぇかよ!」
「そんな訳ないよ? 全て身体にいいとされる食材だよ。君に元気をつけてもらいたくて」
「いらねぇっ! こんなの食ったら死ぬわ」
カイル君は、鼻をつまんでスープ鍋を掴んだ。そして、横の流しに勢いよく流した。
折角、作ったスープがゴボゴボゴボと音を立てる。スープが赤いのはすっぽんの血とレバーのせいだ。
「わ――――!! なんてことするんだっ! 酷いよ!」
「うるせぇ! こんなもん、俺に食わせようとするお前の方が酷いっ!!」
カイル君は家中の窓を急いで開け始めた。
ぜぇぜぇと荒い呼吸だ。ほら、僕のスープを飲めばよかったじゃないか。
「お前、普段隠れていると思ったら、急にこんな風にゾッとすることしやがって」
「ゾッとするとは失礼な」
すると、カイル君が僕の鼻をつまんだ。
「お前のこの鼻は飾りか!? それとも慢性蓄膿かよ!? 病院へいけ!」
「いたいいたぁい。僕の鼻がとれてしまうぅっ!!」
僕の鼻を力強く摘まんだ後、勢いよく思いっきり離される。鼻が本当にもげてしまう所だった。それほど高くない鼻を涙目で擦り、鼻が顔から離れていないか確認する。
彼は僕をギロリと睨んだ後、まな板と包丁をとり出した。まさか、僕を……!?
そう思ったが、次にカイル君の手には玉ねぎがあった。それをキレイに千切りにし始める。それを鍋に入れ、焦げないように黄色になるまで炒めた。
「お前、普段料理全くしないだろ。料理の作り方、今見ろ。そして覚えろ」
「……それは、僕に毎朝スープを作って欲しいというプロポーズかい!? ハァハァハァハァ……」
それには、ゴンっ! というフライパンが降ってくるという返事がきた。
本当に手がよく出てしまう人だ。
「お前、前に俺が言った事覚えているか?」
「……前?」
そう。僕がこうしてカイル君と話をするのは一か月ぶりだ。普段は本当に彼を見守るだけ。
彼も初めこそ、僕に突っかかってきていたけど、今では放置してくれている。
以前のどの言葉だろうか。
「僕はカイル君の一言一句覚えているけれど、どれのことだか見当もつかないよ。すまないね。教えてくれるかい?」
「キモい言い方するな。今度俺の前に顔を出すときは、そのガリガリの身体どうにかしろって言った。でも、全然これっぽっちも太ってねぇじゃねぇか」
「……」
覚えてはいたけれど、実行に移せるかは別問題だ。僕は自分の痩せこけた顔を隠す為前髪を手で整えた。
急に彼の前に入る事が恥ずかしくなった。
「や、やっぱり、気持ち悪いかい……。醜いよね。すぐに下がるよ。目に入れてしまってすまない」
そう言って下がろうとした僕の手をカイル君が掴んだ。
「おい。自分を卑下するのはやめろ。うっとおしいだろう。誰が下がっていいって言った?」
僕は首を振って下がろうとする。その様子を見てカイル君が溜息をつく。
「お前、一言一句覚えてねぇじゃねぇか。俺は料理の作り方見ろと言った。勝手に見るのやめるんじゃねぇぞ」
「……」
すると、カイル君が横に椅子を僕の方に置いた。カイル君が顎でくいっと椅子に座れと指示する。それでも戸惑っていると、腕を掴まれて座らされた。君は本当に強引だ。
「これは、オレガノ。俺のスープにはよく入れるやつな。一言一句間違えんじゃねぇぞ」
カイル君が料理をしながら実況を始める。何を入れてどう作るのか……。
鮮やかな手つきであっという間にスープが出来てしまった。
まるで、美しい魔術を作っているようだった。僕はうっとりとしてそれを眺めた。
その呆けた僕の顔をカイル君が苦笑いをした。
「ほら」
ことっとスープをテーブルに置かれる。僕が作っていたスープとは違って黄色の美しい色をしていた。
「え……?? 僕にかい!? 前回もスープをご馳走になっているのに!」
慌てて断ろうとすると、黙って食えとギロリと睨まれる。
「はい……。いただきます」
素直に言うと、どうぞ。と返事が返ってきた。
スプーンでスープをすくう。いい匂いが鼻孔をくすぐる。僕の作ったスープとは全く違う。
口に含むと、やっぱり美味しくてどんどんスプーンが止まらなくなった。
「凄く美味しい」
あっという間に皿が空になっていた。その様子をカイル君はテーブルに肘をつき愉快そうに見ていた。
「そうかよ。シチューは具がデカかったからな。玉ねぎスープとか食べやすいスープの方がいいだろう。そのうち胃も食べ物に慣れてきて他の物も食べれるようになるから」
「……っう、うん。……はい」
僕に合わせたスープを作ってくれていたんだ。
僕は間抜けな食べっぷりを見られていたのが気恥ずかしいのに、さらにこんな優しい言葉をかけてくれて、胸がいっぱいになる。
午後から、カイル君はギルドに向かった。
ギルドに向かう途中、食堂からリチャードが出てきた。
「リチャード、今からギルドに向かうがお前も来るか?」
「おぉ。カイルも行くのか。俺も行こうと思っていたんだよ」
カイル君は、このリチャードという身体のデカい奴の事を気に入っている。カイル君はその有能さから周りからバディを組まないかと誘われる事が多い。でも、彼はハッキリした性格だから一度組んで気に入らなければ二度と組まない。
そんなカイル君からお誘いがあるリチャードはそれなりに優秀なのだろう。
「なぁ、まだ、あの怨霊みたいなストーカーいるのか?」
「あぁ。今もいるぜ。今日は久しぶりに直接顔出してきた」
「マジ? 下手な呪いより怖いな……」
こそこそと話す時、どうしても距離が近付く。下手な呪いなどしない。本格的な呪い魔術をかけてやろうか。
気配には敏感なようで、びくりと身体を揺らしたリチャードは後ろを振り向いた。
「気にするな。この1か月半、アイツが呪ったところは見た事ないから」
「そうなのか?なんか背中がゾクゾクするけれど」
「背後霊か何かだと思えば気にならないだろう」
そんな失礼な会話をしていると、ギルドに付いた。ギルド内にはカイル君がよく組むアンディとかいう軽そうな弓使いとフルラという胸がやたら大きい精霊使いがいた。
「アンディ、フルラと二人一緒なのは珍しいな」
「リチャードはカイルとよくいるわよね。いいな。私もカイルとそんな風に歩きたい」
フルラがカイル君に寄っていく。フルラはカイル君に好意をよせている。彼をみると当たり前のようにカイル君の腕に胸を寄せるのだ。
「あー、行く方向が似てるから。フルラ、そんな怖い顔で俺の事見ないでよ」
リチャードが気を使ってあははっと苦笑いするが、フルラはフンっと顔を背けた。
「モテる男はつらいな」
「アンディ。面倒くさい事言うなよ。おい。フルラもそろそろ離せ」
カイル君が、腕をあげて離れる。むっと口を尖らすフルラの姿。
カイル君がよく組むのはこの四人だ。既に受付を済ませた2人はどういう案件があるのか話し始めた。
「ここ最近モンスターが出没しなくなった。むしろ、どこかへ移動しているのではという噂が立っている」
「あの穴掘りばかりの引きこもりドワーフも移動の跡があったのよ。おかしいでしょ」
二人が話しているように、ここ数日モンスターが表に出てこない。
なるほど。
僕は、二人が話しているのを聞いて、受付へと向かった。
「こんにちは」
急に姿を現した僕を受付がひゃっと声を上げた。
「ここ最近、異形のモンスターの出没記録はあるかい?」
受け付けは、僕の恰好を見て眉をひそめた。
「失礼ですが、ギルド登録は?」
勿論しているに決まっている。人を見た目で判断するのはどうかと思う。僕は魔術師であるバッチを受付に見せた。そこの裏には登録ナンバーにもなる魔術師専用ナンバーが印字されている。
そのバッチをみた受付は、さぁっと顔色を青くして謝ってきた。
「そんな事はいいから、情報を教えてくれたまえ」
「……はい。申し訳ございません。どうぞこちらへ」
受付が個別室へと移動させようとする。僕はチラリとカイル君の方を見た。カイル君はまだあの3人と話している。あの様子ではしばらくは移動しないだろう。
僕は個別室へ移動した。奥の部屋へ案内されることは機密情報開示の意味をする。
これは、魔術師の特権であった。
魔術師は国を守らなくてはいけない為、国が有する情報を共有することが出来る。
「ようこそ、いらっしゃいました」
このギルドの支配人が頭を下げて情報を教えてくれる。
「ここ最近の異形の出没ですね。えぇ。異形のモンスターの出没が4件あります」
「被害規模は?」
支配人は資料を僕に開示した。
「3件は1匹のみで、すぐに退治できました。問題は、残りの1件です。街に謎の爆発が起きました。数件の家を消滅させる規模でした」
「……」
「その時、生き残った村人から、空間に亀裂が一時の間出来てきたと報告がありました」
3件のうち、2件はカイル君が倒した異形だろう。実は、村に爆発が起きた事件は知っていた。しかし、空間に亀裂が発生していたことは初耳だ。
「生き残った村人は、その亀裂の中に異形が何百匹といたと言っていたそうです」
「何百匹……」
ですが、その村人は精神的に不安定でその情報が確かではないと付け加えられる。
恐らく、村人が見た異形は間違いではないだろう。そしてきっと何百などという数字ではない。もっと多いだろう。
「この街にはここまでの情報しか入っておりません。詳しくは王都へ」
街は一瞬にして崩壊し、空間に亀裂が生じる。亀裂はどんどん大きくなる。亀裂の中は真っ暗闇だ。しかし、その爆発に生き残った人間は見た。その亀裂の奥の真っ暗闇の中で蠢く怪しき異形。十匹……いや、もっとだ。何百匹とその亀裂の中に異形がこちらを覗いていた。
その人間が覗いていることを、異形も同じく分かっていた。
こちらが闇を見る時は闇もまたこちらを見ているものだ。
「おい。ストーカー、お前人の家に勝手に入って何やってるんだ?」
僕は今、彼の家でコトコトをスープを煮込んでいる。
彼が外で薪を割っている間に昼ご飯用にとスープを作っていたのだ。こんなに早く薪を割り終わるなんて流石としか言いようがない。
「君にバレないようにスープを作りたかったのにな。妖精の仕業だと思わせて。くく」
1か月前に、僕が倒れた時にシチューを作ってもらっただろう。いつかお返しをしなくてはと思っていたんだ。なんて気の利いた僕なんだ。
でも、僕は普段料理を作らないから、どう始めたらいいのか分からなくて材料をそろえるのに一か月もかかってしまったよ。
「お前! うぐっ!? 話すのも辛い匂いじゃねぇかっ! 腐らせた生ごみの匂いだ! お前、人の家で魔術(毒)研究するなよっ!!すぐ横の家でやれ!」
「ふふ。これは、魔術ではなくてスープだよ? ほら、昨日君はお酒を飲んでいただろう? 肝臓によいとされる、ウコンとしじみ。体力アップにすっぽんとニンニクと鶏レバーとマムシとハブ。あと、この葉っぱ。とても身体にいいんだ。山頂付近の崖にしか生えていない貴重な葉でね。これを探すのに苦労したよ」
カイル君に僕が採った葉っぱを見せた。この葉を入れたら出来上がるからね~。
そんな僕を見て、カイル君は全身を震わせた。
……そんなに感激したのだろうか。カイル君は感受性が豊かだ。
すると、震えた声でお前ぇ……と低い声を出した。
「そんなキモいもん、俺に食わせようとしてんのか!? 俺を殺すつもりか? 匂いで気絶しそうじゃねぇかよ!」
「そんな訳ないよ? 全て身体にいいとされる食材だよ。君に元気をつけてもらいたくて」
「いらねぇっ! こんなの食ったら死ぬわ」
カイル君は、鼻をつまんでスープ鍋を掴んだ。そして、横の流しに勢いよく流した。
折角、作ったスープがゴボゴボゴボと音を立てる。スープが赤いのはすっぽんの血とレバーのせいだ。
「わ――――!! なんてことするんだっ! 酷いよ!」
「うるせぇ! こんなもん、俺に食わせようとするお前の方が酷いっ!!」
カイル君は家中の窓を急いで開け始めた。
ぜぇぜぇと荒い呼吸だ。ほら、僕のスープを飲めばよかったじゃないか。
「お前、普段隠れていると思ったら、急にこんな風にゾッとすることしやがって」
「ゾッとするとは失礼な」
すると、カイル君が僕の鼻をつまんだ。
「お前のこの鼻は飾りか!? それとも慢性蓄膿かよ!? 病院へいけ!」
「いたいいたぁい。僕の鼻がとれてしまうぅっ!!」
僕の鼻を力強く摘まんだ後、勢いよく思いっきり離される。鼻が本当にもげてしまう所だった。それほど高くない鼻を涙目で擦り、鼻が顔から離れていないか確認する。
彼は僕をギロリと睨んだ後、まな板と包丁をとり出した。まさか、僕を……!?
そう思ったが、次にカイル君の手には玉ねぎがあった。それをキレイに千切りにし始める。それを鍋に入れ、焦げないように黄色になるまで炒めた。
「お前、普段料理全くしないだろ。料理の作り方、今見ろ。そして覚えろ」
「……それは、僕に毎朝スープを作って欲しいというプロポーズかい!? ハァハァハァハァ……」
それには、ゴンっ! というフライパンが降ってくるという返事がきた。
本当に手がよく出てしまう人だ。
「お前、前に俺が言った事覚えているか?」
「……前?」
そう。僕がこうしてカイル君と話をするのは一か月ぶりだ。普段は本当に彼を見守るだけ。
彼も初めこそ、僕に突っかかってきていたけど、今では放置してくれている。
以前のどの言葉だろうか。
「僕はカイル君の一言一句覚えているけれど、どれのことだか見当もつかないよ。すまないね。教えてくれるかい?」
「キモい言い方するな。今度俺の前に顔を出すときは、そのガリガリの身体どうにかしろって言った。でも、全然これっぽっちも太ってねぇじゃねぇか」
「……」
覚えてはいたけれど、実行に移せるかは別問題だ。僕は自分の痩せこけた顔を隠す為前髪を手で整えた。
急に彼の前に入る事が恥ずかしくなった。
「や、やっぱり、気持ち悪いかい……。醜いよね。すぐに下がるよ。目に入れてしまってすまない」
そう言って下がろうとした僕の手をカイル君が掴んだ。
「おい。自分を卑下するのはやめろ。うっとおしいだろう。誰が下がっていいって言った?」
僕は首を振って下がろうとする。その様子を見てカイル君が溜息をつく。
「お前、一言一句覚えてねぇじゃねぇか。俺は料理の作り方見ろと言った。勝手に見るのやめるんじゃねぇぞ」
「……」
すると、カイル君が横に椅子を僕の方に置いた。カイル君が顎でくいっと椅子に座れと指示する。それでも戸惑っていると、腕を掴まれて座らされた。君は本当に強引だ。
「これは、オレガノ。俺のスープにはよく入れるやつな。一言一句間違えんじゃねぇぞ」
カイル君が料理をしながら実況を始める。何を入れてどう作るのか……。
鮮やかな手つきであっという間にスープが出来てしまった。
まるで、美しい魔術を作っているようだった。僕はうっとりとしてそれを眺めた。
その呆けた僕の顔をカイル君が苦笑いをした。
「ほら」
ことっとスープをテーブルに置かれる。僕が作っていたスープとは違って黄色の美しい色をしていた。
「え……?? 僕にかい!? 前回もスープをご馳走になっているのに!」
慌てて断ろうとすると、黙って食えとギロリと睨まれる。
「はい……。いただきます」
素直に言うと、どうぞ。と返事が返ってきた。
スプーンでスープをすくう。いい匂いが鼻孔をくすぐる。僕の作ったスープとは全く違う。
口に含むと、やっぱり美味しくてどんどんスプーンが止まらなくなった。
「凄く美味しい」
あっという間に皿が空になっていた。その様子をカイル君はテーブルに肘をつき愉快そうに見ていた。
「そうかよ。シチューは具がデカかったからな。玉ねぎスープとか食べやすいスープの方がいいだろう。そのうち胃も食べ物に慣れてきて他の物も食べれるようになるから」
「……っう、うん。……はい」
僕に合わせたスープを作ってくれていたんだ。
僕は間抜けな食べっぷりを見られていたのが気恥ずかしいのに、さらにこんな優しい言葉をかけてくれて、胸がいっぱいになる。
午後から、カイル君はギルドに向かった。
ギルドに向かう途中、食堂からリチャードが出てきた。
「リチャード、今からギルドに向かうがお前も来るか?」
「おぉ。カイルも行くのか。俺も行こうと思っていたんだよ」
カイル君は、このリチャードという身体のデカい奴の事を気に入っている。カイル君はその有能さから周りからバディを組まないかと誘われる事が多い。でも、彼はハッキリした性格だから一度組んで気に入らなければ二度と組まない。
そんなカイル君からお誘いがあるリチャードはそれなりに優秀なのだろう。
「なぁ、まだ、あの怨霊みたいなストーカーいるのか?」
「あぁ。今もいるぜ。今日は久しぶりに直接顔出してきた」
「マジ? 下手な呪いより怖いな……」
こそこそと話す時、どうしても距離が近付く。下手な呪いなどしない。本格的な呪い魔術をかけてやろうか。
気配には敏感なようで、びくりと身体を揺らしたリチャードは後ろを振り向いた。
「気にするな。この1か月半、アイツが呪ったところは見た事ないから」
「そうなのか?なんか背中がゾクゾクするけれど」
「背後霊か何かだと思えば気にならないだろう」
そんな失礼な会話をしていると、ギルドに付いた。ギルド内にはカイル君がよく組むアンディとかいう軽そうな弓使いとフルラという胸がやたら大きい精霊使いがいた。
「アンディ、フルラと二人一緒なのは珍しいな」
「リチャードはカイルとよくいるわよね。いいな。私もカイルとそんな風に歩きたい」
フルラがカイル君に寄っていく。フルラはカイル君に好意をよせている。彼をみると当たり前のようにカイル君の腕に胸を寄せるのだ。
「あー、行く方向が似てるから。フルラ、そんな怖い顔で俺の事見ないでよ」
リチャードが気を使ってあははっと苦笑いするが、フルラはフンっと顔を背けた。
「モテる男はつらいな」
「アンディ。面倒くさい事言うなよ。おい。フルラもそろそろ離せ」
カイル君が、腕をあげて離れる。むっと口を尖らすフルラの姿。
カイル君がよく組むのはこの四人だ。既に受付を済ませた2人はどういう案件があるのか話し始めた。
「ここ最近モンスターが出没しなくなった。むしろ、どこかへ移動しているのではという噂が立っている」
「あの穴掘りばかりの引きこもりドワーフも移動の跡があったのよ。おかしいでしょ」
二人が話しているように、ここ数日モンスターが表に出てこない。
なるほど。
僕は、二人が話しているのを聞いて、受付へと向かった。
「こんにちは」
急に姿を現した僕を受付がひゃっと声を上げた。
「ここ最近、異形のモンスターの出没記録はあるかい?」
受け付けは、僕の恰好を見て眉をひそめた。
「失礼ですが、ギルド登録は?」
勿論しているに決まっている。人を見た目で判断するのはどうかと思う。僕は魔術師であるバッチを受付に見せた。そこの裏には登録ナンバーにもなる魔術師専用ナンバーが印字されている。
そのバッチをみた受付は、さぁっと顔色を青くして謝ってきた。
「そんな事はいいから、情報を教えてくれたまえ」
「……はい。申し訳ございません。どうぞこちらへ」
受付が個別室へと移動させようとする。僕はチラリとカイル君の方を見た。カイル君はまだあの3人と話している。あの様子ではしばらくは移動しないだろう。
僕は個別室へ移動した。奥の部屋へ案内されることは機密情報開示の意味をする。
これは、魔術師の特権であった。
魔術師は国を守らなくてはいけない為、国が有する情報を共有することが出来る。
「ようこそ、いらっしゃいました」
このギルドの支配人が頭を下げて情報を教えてくれる。
「ここ最近の異形の出没ですね。えぇ。異形のモンスターの出没が4件あります」
「被害規模は?」
支配人は資料を僕に開示した。
「3件は1匹のみで、すぐに退治できました。問題は、残りの1件です。街に謎の爆発が起きました。数件の家を消滅させる規模でした」
「……」
「その時、生き残った村人から、空間に亀裂が一時の間出来てきたと報告がありました」
3件のうち、2件はカイル君が倒した異形だろう。実は、村に爆発が起きた事件は知っていた。しかし、空間に亀裂が発生していたことは初耳だ。
「生き残った村人は、その亀裂の中に異形が何百匹といたと言っていたそうです」
「何百匹……」
ですが、その村人は精神的に不安定でその情報が確かではないと付け加えられる。
恐らく、村人が見た異形は間違いではないだろう。そしてきっと何百などという数字ではない。もっと多いだろう。
「この街にはここまでの情報しか入っておりません。詳しくは王都へ」
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