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大好きな人と別れる
しおりを挟む「は──!」
気が付いたら、広々とした部屋でベッドの上で寝かされていた。
血の気が一瞬で引きながら、飛び上がるように起き上がった。
すりっ。
「ぎゅ……う」
「……ライ、よかった」
ライは俺の腕にくっついて、頭を擦りつけた。ライを腕の中に抱き締めると、ようやく安堵した。
「ここはどこだろう」
どこかの宿屋の一室?
ベッドから立ち上がった瞬間──コンコン、と扉をノックする音が響く。ぎくり……と身が竦んだ。
返事をしないと「失礼します、入ります」と勝手にドアを開けられる。室内に入って来たのは、想像していた人物じゃなかった。
──虎の獣人だ。
虎……? ルムダンの山でも虎獣人を見かけた。
探るように見ていると、虎男は胸に手を置き、深々と頭を下げた。
「ご気分はいかがでしようか」
虎男が自分などに遜っている様子に呆然とする。だけど、何かを聞き返す気分にはなれなかった。
「まず、貴方様とご子息を同意なく、こちらにお連れしたことにお詫びします。ご説明をしてもよろしいでしょうか」
「そうだね……聞いておくよ」
俺が静かにベッドに腰を下ろすと、虎男は静かに語り始めた。だが、話の内容は信じられないことだらけで、黙って聞いていられなかった。
「……今、王様だって言ったの?」
「はい。あの方はスビラ第十二代国王、ケイネス・アウグスト様です」
「……」
本当にあのスビラ王だというのか?
探していたツガイが俺?
想像の遥か上の状況に強張った手に汗が滲む。けど、虎男の話に口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「アンタは?」
「申し遅れました。私はコバ様の捜査を担当しておりました。サハン・シャクランと申します」
コバ様ね。……目の前の虎男は、王の勅命を受け、ずっと俺を探していたという。だから、俺がスラム街出身であることや、スーリャや町医者のことも既に知られていた。
ルムダンでの捜査──そういえば召集令が出されていたっけ。俺は妊娠が分かった時点で、誰にも見つからないよう町医者に匿って貰っていた。
とはいえ──本当に見つけられないほど、俺を探すのは難しかったのだろうか?
ふと、豹獣人の顔が浮かび上がった。
ルムダンの山にある俺の住処にひとりやってきたあの豹男……あの男が嘘を言っていたら……?
けれど、そいつの行動も当然だろう。俺のようなスラム街出身が近づいて、怪しまない奴がどこにいる。豹男が正しく、このサハンや王はおかしい。
「サハンは、ルムダンの山で俺と会ったことがあるだろうか?」
「はいルムダンの山で貴方様を怯えさせてしまい、申し訳ございません。あの時は、陛下のツガイ様だと存じ上げず、失礼いたしました」
「……ツガイ、ね」
「はい」
虎男のツガイについても簡単に説明してくれる。
ツガイ──王様と俺は、特別な絆で結ばれた“運命のツガイ”なのだという。互いのフェロモンに惹かれ合い、抗えない力で引き寄せられる。
通常、強い獣人ほど子をなすのが難しい。
スビラ王国の先代は、ハーレムを築きながらも授かった子は二人だけだった。そのうち第二王子はすでに亡く、先代の血を継ぐのはケイネスただひとり。
運命のツガイは身体の相性がよく、子を授かりやすいとされる。ゆえに、王に“運命のツガイ”が現れることは、王国にとって吉兆だとされている。
そして、俺は子を成せる胎持ちだ。
あぁ……なるほど。どんな身分でも受け入れられるのは、そのためか。
「ぐぅうう」
サハンが現れてから、ライは毛を逆立てて唸っている。そんなライの背中をそっと撫でる。
「陛下は御二人のことをそれは大事にしたいと申されております」
「大事にねぇ……? そのツガイっていうのは、破棄出来ないの?」
「は? 破棄?」
「そう、きっぱりお別れするって意味。……ただ、この質問はサハンさんには応えられないよね。じゃあ、質問を変えるね。今、俺が拒否したら──周りの人に迷惑がかかるかい?」
「……」
サハンは意表を突かれたように目を見開き、しばし沈黙した。そして、静かに頭を下げた。
「是非スビラ王国へ。コバ様」
ルイーダさんの店に戻ってきた俺は、彼女に静かに別れを伝えた。
荷物が少ない俺は、身支度に時間はかからなかった。がらんとした部屋を眺めたあと、一階にいるルイーダさんに声をかけた。
「突然でごめんなさい」
家の外には兵が待っている。ルイーダさんの表情は困惑と悲しみでいっぱいだった。でも、彼女は俺の心配してくれる。
「コバちゃん、大丈夫?」
「うん。平気。……俺の正体は、まだバレていないんだ」
俺の正体──俺の身体は、出産時に大きく変化を遂げた。
肩甲骨から腕にかけて羽が生えていたらしいのだ。らしいというのは、自分の変化も目に入らないくらい必死で気づけなかった。けれど、床に真っ赤な羽が落ちていた。
俺は──鳥獣人なんだそう。
とっくの昔に絶滅した種族。その遺伝が俺の中にあった。
『コバちゃんは特別な貴重種よ。多くの種族があるけれど、羽をもつのは鳥獣人だけ。その羽は幸せを呼ぶと言われ、縁起がいいものとされているの』
鳥獣人が絶滅したのは、鳥獣人を誘拐などの犯罪が相次いだからだ。だから、ルイーダさんは『誰にも秘密にした方がいいわ』と付け足した。その話を聞いたとき、きっと俺の先祖はルムダンという小国に逃げ延びたんだなと思った。
それ以降は、羽が突然出てくるでもなく、背中にあった産毛すら、今は生えていない。妊娠・出産時だけの一時的な変化なのかもしれない。
あのとき言われたことを思い出しながら、彼女に苦笑いした。
「あの人たちは、俺が貴重種だから探していたんじゃなくってさ──俺ってね、スビラ王が探していたツガイ、なんだって」
「まあ」
「俺も……びっくり」
「……そうよね」
そっと彼女が俺の背中を撫でてくれる。
彼女を見ていると、込み上げるものがある。この気持ちはなんだろうか。言葉では言い表せないような感情だ。
「こんなに急にお別れがくるなんてね。びっくりしちゃうわねえ」
「……うん」
育児のことを何も知らない俺に、彼女は沢山教えてくれた。ミルクの与え方、おしめのかえ方。
俺のお母さんで、ライのおばあちゃん。
「ルイーダさん、また会いに来てもいいかな? そのときは今までのお礼にお金を沢山渡せるといいな」
すると、彼女の目からポロポロと涙が流れた。
「いいの。金なんて自分で稼ぐんだから!」
「でも」
「それよりも、コバちゃんが美味しいもの食べなさい」
泣きながらもふんわりと微笑む彼女に、俺も耐えられなくて涙が出る。ずっと鼻を啜ったあと、彼女をゆっくりと抱きしめた。
「ルイーダさん大好きだよ。出会った時から優しくしてくれて、数えきれないくらいありがとうって思ってた」
すると、彼女も俺の背中に手を回す。それから、ゆら~ゆら~と互いに身体を左右に揺らした。
「うふふ。コバちゃんとライちゃんは、ずっと私の家族だよ」
「うん……うんっ」
彼女に、今まで以上、特大の幸せがいっぱい降り注ぎますようにと祈った。
「いつでも帰っておいで」
彼女に背中を押してもらいながら、俺はライととびきり可愛いお店をあとにした。
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