獣人王の想い焦がれるツガイ

モト

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スビラ王国

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◇スビラ王国◇

 馬車の車輪が乾いた土を軋ませながら進んでいく。
 草原は、まるでルムダンで見たあの海のように、どこまでも広がっていた。
時折、牛などの動物の群れと遭遇するが、馬車など目もくれず、悠々としたものだ。移ろいゆく景色の中、やがて地平線の向こうに見張り塔が現れた。
「コバ様、あと数刻でスビラ王国に到着します」
前の席に座るサハンの口元が、がお、がおと動く。この顔で発音が出来ているのが凄い。 
「ふぅん。一生着かなくていいや」
投げやりに答えると、隣でスーリャが喉奥でくくっと笑う。
スビラ王国へ向かう立派な馬車には、俺とライ、それからスーリャとサハンが乗っていた。
本当なら王と共に船に乗り、スビラ王国へ向かう筈だった。けれど俺は船に弱い。船酔いが激しいと訴えると、馬車が与えられた。
そして王はサハンと数人の兵を俺の元に置き残し、船で帰還していった。
「コバ様。それが王の耳に入ったら、どれほど嘆かれるか。あの御方は、それはもう一途にコバ様だけを求められておられるのです」
「サハン、やめろ。俺はコバ探しには協力したが、コバが嫌がるなら話は別だ。一生スビラ王国なんて着かなくていい」
「スーリャ、何を言う⁉ 友ならより良い暮らしを提案し、説得すべきだろう!」
「説得? くそくらえ」
「……」
この二人、またいがみ合っている。
スーリャとサハンは、どうも犬猿の仲らしい。
俺には丁寧に接するサハンだが、スーリャには荒い言葉遣いをする。
なんでも俺がルムダンから出航後すぐに、サハンはスーリャと出会ったそうだ。俺の匂いとやらが残るスーリャに協力を求めたそうだ。
それから一年以上も経つのだから、彼らが砕けた仲になるのはあり得る。それから、スーリャがモロ国にいた理由も分かった。
「ぎゃう」
賑やかさに俺の膝上で眠っていたライが顔を上げた。
「ほら、ライが起きちゃったじゃねぇか。ごめんなぁ」
「はっ、ライ様、申し訳ございません」
 途端にサハンがへこへこと頭を下げて謝るので、俺とスーリャは噴き出すように笑う。
「ははは……ん?」
「どうした? あぁ──」
 ふっと風の匂いが変わった。焼きたてのパンや香辛料の香り──人の営みの気配が、馬車の中にまで漂ってくる。馬車の速度も自然と少し落ちていった。
旗を掲げた門をくぐると、そこは人と物で犇き合う賑やかな場所だった。声が飛び交い、荷を運ぶ者たちが忙しなく行き交う。
「王都フルゴルだ」
「王都……スーリャは、ここで住んでいるのか?」
「あぁ、今は移民扱いだが、五年間、働いて暮らせば永住権が貰えるらしい。ルムダンの町医者の言っていたことはあながち間違いじゃなかったってわけだ」
「……へぇ」
「それと、コバ。俺に協力して欲しいことがあれば何でも言うんだぞ」
「おい、スーリャ! 友ならより良い暮らしを提案すべきだろう!」
「同じことを繰り返しているな」
 二人のやりとりに笑っていたら、高い丘の上に白壁の城が視界に入った。
金と青のモザイクが施された柱が立ち並び、風に揺れる旗が空を彩っていた。城門はアーチ状に高くそびえ、スビラ王国の紋章が堂々と掲げられている。
「あれが」
「えぇ、王がお待ちです」
馬車の車輪の動きがゆっくりとなり、止まるまで、俺は睨むように城を見ていた。
 
「──お待ちしておりました」
城に着くと、城門前で待っていた侍女と名乗る者たちにさっと囲まれた。
「こちらへご案内いたします」
かなり迫力ある女性たちだ。上品だが、有無を言わさない気迫で、どうぞどうぞ城内へと促される。
慌てながら振り返ると、人と人の隙間から「ま、た、な」と手を振るスーリャと、頭を深々と下げるサハンの姿が見えた。
俺も手を小さく振って、それから、見事な造りの建物の中に足を踏み入れる。
「ひえぇえ……これはまた、でっかくって上等な部屋を用意されたものだなぁ」
 案内されたのは、東の離れの塔だった。
 広々をした室内。大理石の床は、歩く者の姿が映り込みそうなほど輝いている。
 ライと寝るには大きすぎるベッド。模様細工の施された高価な家具。どこを見ても豪奢な造りだ。
「えーと。ここには十人くらい暮らしているの?」
 背後に控える猫耳の侍女に声をかけると、「いいえ」と返事がある。
「この塔に入室できるのは、王とツガイ様とご子息様。それから限られた側使いのみなのです」
「え。ここに王が? 絶対会いたくない」
「……」
 侍女は少し黙ったあと、静かに頭を下げ「お伝えしておきます」と返事がある。
「長旅、お疲れのことかと存じます。湯殿の支度が整っております」
「うわっ風呂⁉ ライ、楽しみだねぇ。じゃ──それに入ったあと、ここから出て行くね。俺がここに来たのは、大事な人たちの顔を立てただけ。王もこの暮らしもすべて嫌」
「……は?」
「うん。難民住居っていうのが、スビラにはあるんでしょう?」
「な、何をおっしゃって……?」 
「あ。手続きとかがいる? 困ったな……あっじゃあ、五日ほど世話になるかも!」
「何を──貴方様は、王の運命のツガイなのです」 
「何度も聞いたよ。だから何? 王って他の人とでもセックスできるでしょう?」
 ライにはまだ早いと耳を手で塞ぐ。
「セ……」
「そう。獣人はセックスって言わないの? 交尾?」
 侍女はあんぐりと口を開ける。そのあと、首を横に振る。
「ツガイ様が王妃になられない歴史もございます。ですが陛下は、誰よりも貴方様ただ一人を望んでおられます」
「あはっは! 何それ、迷惑! 俺、スラム街出身だよ。いくらなんでも周りが嫌がるでしょ。王様ならより取り見取りなんだから俺以外をどうぞ!」
「運命は神に認められた絆なのです! 誰もそのようなことを」
「あっは、この国の人達は変なこと信じてるねぇ、俺は信じてないよ!」
 侍女の唇がわなないている。
側使いに言っても話が通らないのかもしれない。話が出来る者を探して豹獣人の顔が浮かんだ。
「そうだ。……侍女さん、豹獣人のことを知っている?」
「豹、ですか?」
「うん。黒豹のね、静かな物言いの獣人だよ。多分、王の近くにいられる立場の獣人だ」
「存じ上げておりますが、その方は……その」
 彼女は、言い淀んで返事に迷いだした。これ以上彼女を困らせるのは悪趣味だとぱっと話を変える。
「ま、いいや。とりあえずお風呂に入るよ」
 その言葉に侍女は目を伏せながら、部屋のドアを開ける。
 すると、外で控えていた白髪の年配女性がぬっと現れた。笑っているが……圧が強い。
「申し遅れました。私、使用人頭のワビと申します」
「俺は……コバです」
「コバ様。お声が外まで漏れておりましたよ。僭越ながら申し上げます。貴方様がここにいらっしゃることは、運命というだけではなく、王に選ばれた証なのです。ご不安になられないよう、このワビ、誠心誠意心を込めてお仕えさせていただきます」
 ワビが頭を下げると、背後の猫耳侍女も頭を下げた。
 丁寧な物言いだが、逆らうことは許されない。そんな雰囲気がワビにはある。
 俺は彼女をじっと見つめながら、色んなものを飲み込んで、にこりと笑う。
「丁寧にありがとう。じゃあ、とりあえず、よろしく」



「コバ様──」
 すべてが無駄に広く、無駄に豪華な部屋に、俺を呼ぶ猫耳侍女の声が響く。
「そのお召し物はどうなさったのですか⁉」
「え、歩きにくいから、破ったんだよ」
「破った⁉」
「うん。破った布でライのおもちゃを作ったんだ。ほら」
 ライが噛みついてベタベタになった人形を手渡した。猫耳の彼女の頬がひきつる。
「……陛下がコバ様とライ様のご様子をご覧になられたい、と申されております」
「絶対会いたくない」
「……少し顔を見せるだけでも」
「見せたくない」
 王を拒み続け、早一か月。
侍女の言付けで王からの言葉を聞かされることはあるものの、完全に耳を塞いでいた。それで、「子供っぽいことしてごめんね!」と笑顔で返すまでがセットだ。
王宮の召使い達はみな身分がいい。これまで王族しか相手したことがなかったから、俺のような者の扱い方がまるで分からないのだろう。食事をすればガチャガチャと音を立て、皿までなめる始末。ライと全力で遊んでいるから部屋はすぐに散らかる。
城の生活に馴染もうとする気はさらさらなく、好き放題している。彼女たちにとったら、野ザルの方がずっと扱いやすいだろう。
「ひぃっコバ様⁉ この包みに入っているのはなんでございます⁉」
「ん? 五日前の朝食のパンだよ? 勿体ないから包んでおいたんだ」
「五日前⁉ 残り物を置いておくのはやめてください!」
「ダメなの? 他にもあるんだ。だって、量が多すぎてさ」
 窓から身を乗り出して,でこぼこした壁に吊るしてある肉を手に取って猫耳彼女に見せる。
「ひぃ、お腹を壊されたらどうするのです⁉」
 そんなことで腹を壊すようなら、ルムダンのスラム街では生きていけないだろう。
「あはは。いつも賑やかだなぁ」
 笑っていると、部屋前に誰かの気配がする。
 扉の方を振り返ると、静かに扉をノックする音が響いた。
 叫んでいた猫耳侍女だが、ほんと咳払いする。
「コバ様、そろそろ王に直接お会いになられてはいかがでしょうか」
「……」
 嫌な予感しかせず、俺は急ぎライの身体にシーツを包んで背負った。すると、ノックの返事を待ちきれなかったかのように、低い声が耳に届く。
「ケイネスだ。突然、会いに来てすまない」
 その瞬間、俺は一目散に窓の方へと駆けた。
侍女が「は?」という声を聞きながら、勢いよく窓枠に身を乗り出す。
「きゃぁああ! コバ様!」
侍女の叫びと同時に、扉が開く。だが、俺は既に三階窓から壁伝いに下り始めていた。
「──コバッ!」
 王が窓から顔を出して叫ぶ。思わず、俺は上を向いてしまう。
 目が合った瞬間、王は窓枠に足をかけて身を出した。その動きに侍女は絶叫する。
「ひぃいい! 王、おやめください! 誰か、誰か!」
「止めるな! コバとライが──」
 騒ぎたてる声を無視して、俺はするすると壁を下り、地面に下り立った。
「陛下! コバ様でしたら大丈夫です!」
「三階だぞ⁉」
 声が飛び交っているが、俺は見上げることもせず、中庭を足早に突っ切った。
あの男の視線が途切れたのを感じてから、塀をよじ登り、そこに腰を下ろす。背中からライを下ろして腕に抱き寄せた。
この俺が、ライを落とすわけがないだろう。絶対落ちない自信があるから下りたんだ。
「ぎゃう」
「うん、賑やかな街だねぇ」
そこから見える風景は圧巻だった。整備された道、軒を連ねる店、豆粒のような人や獣人たち。
 俺は、ちらりと周囲に目をやる。いつだって俺たちには監視の目が付き纏っている。今は、ふたりだ……。
 俺はライの耳元で囁いた。
「ライ、移民や難民を受け入れている場所があるんだ。俺たちが行くのはそこだよ。きっと城の人たちの関心が俺から逸れるときが来る。そのとき、俺たちはここを出て行く。だから、決してこの生活に慣れちゃいけないよ」
 ライはピクピクと耳を動かす。
 そんな彼の頭をよしよしと撫でる。
「それにしても、こんなに辺りを一望できる場所があるなんて。ここからは、地形がよく分かっていいねぇ」
 いい場所を見つけたと、俺はほくそ笑んだ。

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