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●第二十四話 ヴァルタイルとのレッスン
しおりを挟むその夜。
「ヴァルタイルさん……どこまで行くんですか?」
「静かにしろ」
メイとヴァルタイルが向かった先は、スラム街の端も端……この王都を囲う外壁の、すぐ間近だった。
ここまで来ると、人の居住も何もない。
手入れの届いていない放置された空き地があるだけだ。
「ここなら人の目につかねぇ……おい、新入りの女」
「あ、はい」
そう言えば……と、メイはそこで思う。
ヴァルタイルは……果たして、メイの名前を知っているのだろうか?
彼がメイを呼ぶときは、『新入りの女』『おい』『お前』のどれかしか聞いたことが無い。
そう言えば、ヴァルタイルに自己紹介の挨拶をしただろうか?
初対面が衝撃的だったため、すっかり忘れてしまっていたかもしれない……。
「あ、あの、ヴァルタイルさん。一応、私、め――」
「審査は一週間後だ」
メイの言葉の前に、既にヴァルタイルは喋り出していた。
「その前に、お前の力が今、どれくらいのもんなのかを確認する」
「どれくらい……と言うと?」
「お前が今、何の《魔法》を使えて、それでどれだけの力を発揮できるのか、自分の実力をよく把握しておけって事だ」
ふぅ……と、嘆息し、ヴァルタイルは視線を外す。
「次の審査、お前が下手打たねぇように、俺が強化できるならしてやるっつってんだ。一応……お前との契約だからな」
「………」
意外と律儀――と、メイは思った。
「……ああ? なに笑ってんだテメェ」
「な、なんでもありません!」
「だったら、とっとと始めるぞ。まずは、今お前が使える《魔法》だ」
メイは、ヴァルタイルと《魔法》の確認――少なくとも、現時点でメイが使えると自覚している《魔法》を再確認する。
1、《治癒》――怪我や病の治療。
2、《障壁》――物理攻撃、魔法攻撃を弾く光の壁。
3、《解呪》――人に掛けられた呪いの除去。
自覚しているだけで、この三つ。
《魔法》とは、頭の中で神に対する祈りを捧げ、更に呪文を組み合わせる事により、万物に宿る神と意思を疎通し、《魔力》を媒介に〝神の奇跡〟の一部を拝借し発現する、という仕組みだと学んでいる。
「お前がどれだけ神に祈りを捧げようが、信仰心を持とうが、結局は《魔力》の量が絶対だ。《魔力》の質は高まった。だが、一日に二回しか使えない、という事実はこの先も変わらねぇ」
こくり――と、メイは頷く。
「だから、これから一週間かけて、あらゆる《魔法》を試す。そして何が使えるのかを探る」
今まで、メイは手当たり次第に《魔法》を学び、何でもいいから発現できるようにと我武者羅に努力を積んできた。
今の自分の《魔力》を持ってして、何を使えるようになっているのか……それは、実際に試してみないとわからない。
「つってもだ、一日に二回しか使えない上に、実際に発現できた時点でその回数も減っていく」
「手探りの作業……ですね」
「しかも、チャンスは少ない。まぁ、やるだけやるぞ」
ヴァルタイルの目が細まる。
「わざわざ俺が見てやろうって言ってんだ、気合い入れろよ」
メイは、胸の前で両の拳を握る。
そして、ふんすっ! と高まった意気込みを発した。
「はい!」
■□■□■□■□
――それから、一週間は、あっと言う間に経過した。
夜間、しかも一日二度の《魔法》の発現を探るだけの作業だ――修練と呼ぶようなものではなかったかもしれない。
だが。
「二つ、か」
「ま……まさか、この二つの《魔法》が使えるようになっていたなんて……」
新たに、二つ。
メイの扱う《魔法》が増えた。
「まだ他にもあるかもしれねぇが、タイムリミットだ。明日が本番。もう他に試してる余裕はねぇ」
そう言われ、メイは自身の心臓が高鳴るのを感じた。
この高鳴りは……緊張? それとも、期待?
わからないが、きっと、その両方が入り混じったものだ。
「……なんつーツラしてんだ」
「……え? そ、そんなにおかしい顔してました?」
「ああ、いつものふにゃふにゃした顔とは大違いだ」
「ふにゃふにゃ……」
「……前から思ってたんだがよぉ」
そこでヴァルタイルが、空き地に積まれた廃材の上に腰を据える。
「お前、なんでそんなに冒険者なんかになりたいんだ?」
「……え?」
「『誰かの役に立ちたい』……だったか? なら、別に冒険者じゃなくてもいいだろ」
まぁ、どうでもいいが――と続け、ヴァルタイルは夜空を仰ぐ。
「……『誰かの役に立ちたい』っていうのは……正直、ちょっと妥協してたかもしれません……」
そこで、メイはぽつぽつと語り出した。
ヴァルタイルの目が、空からメイへと向けられる。
「本当になりたかったのは……『誰かを守れる人間』……です」
「………」
「大それた理由なんかありません。私、子供の頃、祖母と二人暮らしだったんです。祖母は昔《聖女》で、現役時代は冒険者だったんです」
ギュっ――と、メイは手に持っていた錫杖を握り締める。
「ある日……祖母が、私を守るために傷付いたんです。言いつけを守らずに危険な場所に行った私が悪かったんです……でも、そのせいで」
「………」
「祖母は、どう謝ったらいいのかわからない私に、『今日あたしに守られたように、いつか、あんたも弱い誰かを守ってやりな。申し訳ないと思ってるなら、それが謝罪の印だよ』って」
「………」
「私は、祖母のような立派な人に……立派な《聖女》になりたかったんです」
顔を上げるメイ。
その眦には、涙が浮かんでいる。
「ヴァルタイルさんが、リサちゃんを守る理由とは……少し違いますね。ヴァルタイルさんはリサちゃんのため……でも私は、結局自分のために……」
「おい」
そこで、ヴァルタイルが立ち上がり、メイに近寄ると、その右手を取る。
見ると、メイの右手の手の甲に、決して浅くない切り傷が走っていた。
「あ……気付きませんでした」
「灯りがねぇ場所だ、何で引っ掛けて作った傷かわからねぇが……」
ヴァルタイルは、そこで、自身の唇の端を歯で噛み切った。
微量の血が流れる。
「ヴァ、ヴァルタイルさん!?」
「お前はもう、今日は《治癒》は使えねぇ。試験が近ぇんだ、こんな怪我でも何に繋がるかわからねぇ」
ヴァルタイルは、口内に血を溜めると、そのままメイの右手の傷口に、自身の唇を付けた。
「ひ、ぁ」
傷口に、ヴァルタイルの唇を通じて、彼の血液が触れる。
痛みは無い……微弱な痺れと、少しの温かさ。
どこか心地よささえ覚えるその温度に、メイは思わず体を震わせる。
「……治ったぞ」
ヴァルタイルが顔を離すと、擦り傷は綺麗に消えていた。
「先日の今日だ。おそらくお前の《魔力》の質の強化にはならねぇが、傷くらいは治せる」
「……あ、ありがとうございます。なんて、お礼をすれば……」
「だったら、明日の試験はきっちりこなせ。お前の等級が上がれば、後々俺の助けにもなる」
ヴァルタイルがメイに背を向ける。
《漆黒の森》に戻るのだろう。
「……誰かを守れる《聖女》に、なるためにもな」
「……はい!」
メイは慌てて、その後を追う。
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