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●第二十五話 ラビィリ・グース
しおりを挟む――等級審査試験、当日。
「つ、遂に来ましたね……」
メイは手中の錫杖をギュっと握り締める。自身の掌に、汗が滲んでいるのがわかる。
メイとヴァルタイルが今立っているのは、荘厳で巨大な石造りの建物の前だ。
一見は神殿にも見える外装のそれは、全ての冒険者に携わる業務を統括する総本山――冒険者協会の本部である。
ミュルタスのいる冒険者案内ギルドも、いわばこの冒険者協会の支部のようなものだ。
「いつまで緊張してんだ。とっとと行くぞ」
ドキドキと、高鳴る心臓の音が聞こえてきそうなほど緊張しているメイとは逆に、ヴァルタイルは至って平生の態度で入り口に進む。
「あ、まま、待ってください!」
そしていつものように、さっさと行ってしまうヴァルタイルの後を、メイが慌てて追いかけるのだった。
■□■□■□■□
受付に立っている職員に従い、必要事項を報告、記入を済ませ、二人は会場へと入る。
等級試験は、その時々によって様々な形式を取っているが――今回、無等級の二人が受けるのは単純な実力試験だ。
冒険者の等級は、以前のヴァルタイルの時のような例外的な措置もあるが、基本的には冒険者協会の等級審査で判断される。
任務の達成数や仕事率も重要だが、今回主催されている等級審査試験の様に実力を測る試験で上昇する事もある。
純粋に、冒険者としての戦闘力――実力を審査し、それによって現在の等級を定め直す。
実績の無いメイにとっては多少なりとも等級を上げるチャンス。
素行に問題が有るものの実績を積んでいるヴァルタイルにとっては、一気に等級を上げる良い機会――というわけである。
「審査員の方々だけじゃなくて……他の冒険者の方々にも見られるんですね」
「他のギルドの有力な冒険者を知る機会でもあるからな。試験を受けに来てねぇ奴も、チラホラ来るんだそうだ」
会場は、ステージを囲うようにして一段上がった観客席が用意されている。
現在、その観客席からステージを見ながら、ヴァルタイルとメイは試験の開始を待っている。
「………」
喉がカラカラだ――と、メイは思う。
緊張で無口になってしまう。何故だろう。
やっと冒険者への一歩を踏み出せる。自分は強くなっている。この数日間、ヴァルタイルとも新しい《魔法》を探って来た。
でもいざ本番を迎えると――体がすくむ。
(……成功するイメージが……浮かばない……)
今まで、自分の思い通りに、良い成果を手にした事など一度も無かった。
だからだろうか……どんなにポジティブな事を考えても、嫌な未来が払拭できない。
どうせ、失敗する。
どうせ、恥をかく。
でも、もしかしたら……と、そう心の隅で抱いた微かな光さえも、いつだって幻だった。
自分は――。
「おい、聞いてんのか」
ヴァルタイルの手が、メイの頭部を掴んだ。
「あひぃ!」
もはや脊椎反射で、メイは悲鳴を上げる。
「ったく……どれだけ緊張すりゃ気が済むんだよ、お前は」
「………」
「実力は間違いなく変わって来てるっつぅのに、心は変わらねぇか。くだらねぇな、人間ってのは」
呆れたように呟くヴァルタイルに、メイは何も言い返せない。
その時、だった。
「あら? もしかして……メイさん? メイ・シープスさんではなくて?」
「……ッ!」
その声を聞いた瞬間、メイの心臓が跳ね上がった。
まるで鈴を転がすような、耳心地の良い高音の声音。
「ああ?」
ヴァルタイルが、目線を上げる。
二人の座る観客席のすぐ横に、一人の女性が立っていた。
その恰好――白い生地に、金色の刺繍の施された修道服。
同じ生地で拵えられたベールの中から、艶やかな鴉の濡羽色の長髪が零れ出ている。
両の手首に備えられた金色の腕輪が、彼女の挙動に合わせてシャリンと鳴る。
美しく、厳かで、清らかで、目にするのも憚られるような雰囲気を纏う女性。
《聖女》だ。
その女性は、細く釣り目気味の双眸で、メイを見詰めながら――口元に柔らかい笑みを湛え、語り掛けて来る。
「あ……」
彼女の顔を見て、メイは言葉を失う。
顔色が変わる。
まるで警戒するように、口元を横に引き、唾を飲み込む。
「ら……ラビィリ、さん」
「やっぱり、メイさんなのですね」
にっこりと、ラビィリと呼ばれた彼女は笑う。
「お久しぶりですわね。お元気そうで、また会えて嬉しいですわ」
「………」
ヴァルタイルは黙って、そのラビィリと呼ばれた《聖女》を見詰め続ける。
「こちらの方は?」
その視線に気づき、ラビィリがヴァルタイルについてメイに聞く。
「……私の、今所属しているギルドの……その……」
「あら! お仲間の方ですの? これはこれは、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
頬に手を当て、恭しく喋り、ラビィリはヴァルタイルへと深々と頭を下げた。
「わたくし、名をラビィリ・グース。現在冒険者ギルド、《明星の皇帝》に所属しております《聖女》の端くれ。メイ・シープスさんとは修道院時代の同期生になりますの」
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