聖女様、闇ギルドへようこそ!

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●第二十六話 自覚無き反撃

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「おい、あの人……」

「ラビィリ・グース……《明星の皇帝》クイン・ヴェガの新メンバーの」


 ラビィリと名乗った彼女の登場は、メイとヴァルタイル達のみならず、周囲もざわつかせている。


「所属数ヵ月で、もう九等級なんだろ?」

「ああ、この前のコボルトが集落を襲った事件。その駆除任務にも参加して、相当の成果を上げたって」


 周囲の者達が、彼女の評価を口ずさんでいく。

 その中心で、依然柔和な笑みを湛えながら、ラビィリはメイを見詰め続けている。


「こんなところで、アナタと会うなんて思ってもいませんでしたわ。ところで、今日は何故ここに? ああ、もしかして、こちらの方の付き添いですの?」

「………」

「あら? もしかして……」


 そこで、ハタと、何かを思い付いたように。


「まさか、アナタが試験を受けに来ましたの?」

「………」


 黙っているメイに対し、ラビィリはおかしそうに笑う。


「いえいえ、別に他意はありません事よ、メイさん。わたくし、素直に嬉しいんですもの。修道院時代、何をやっても人よりも劣っていた、誰よりも才能の無かったアナタが、まさか一端の冒険者のように振舞えているのが、とてもとても」

「………」

「ちなみに、わたくしは今回の試験に、試験官として協力させていただく事になっていますの」


 ラビィリのその発言に、メイは瞠目する。


「九等級ともなると、このような仕事も請け負わなくてはなりませんの。でも、力有る者の役割である以上は、仕方の無いことですわ」

「………」


 メイは――顔を上げない。

 ラビィリの顔を、直視できない。

 もし見てしまえば、思い出してしまいそうだからだ。

 あの頃の記憶。

 修道院時代。

 蔑まれ、虐げられ、馬鹿にされ、足蹴にされ。

 でも、それを撥ね退けるだけの力も無く。

 ただ、己は矮小な存在だと、自己嫌悪に陥るしかなかった。

 あの頃を――。


「ところで、メイさん。アナタの噂、とても良く存じていますわよ?」


 ラビィリは言いながら、ヴァルタイルを見る。


「申し訳ございません。先ほどはまるで何も知らないような態度を取ってしまいましたが、わたくし、アナタの事も知っていますのよ? ヴァルタイルさん」


 ふふふ、と、ラビィリは微笑する。

 ヴァルタイルは、依然無表情のままだ。


「今は闇ギルド――#《漆黒の森》__アイゼン・ヴァルト__に所属しているとか。よかったですわね、メイさん。居場所ができて」


 錫杖を握る手に、力が籠る。

 嫌な悪寒が、背筋を駆ける。


「ほら、あなたが入院した頃に、よく言っていた言葉。『誰かの役に立てる人間になりたい』――夢が叶ったという事ね、素晴らしいですわ」


 そこで一転し、ラビィリは、まるで蔑視するような目になる。

 クスクスと、喉を鳴らして笑う。


「でも……ギルドの看板娘? でしたか? 実力も実績も無いアナタにしては、とても上手く取り入ったという事でしょうね」


 ……ああ、この言葉、この言い回し。

 覚えがある。

 王都騎士団本部にて――シーアと対面した時に、彼女がメイに言った言葉と、一緒だ。


「仮にも《聖女》の端くれ。少しは、ご自身の姿を鏡に映してみては? 自分が巷で、どう思われているのか……わたくしなら、恥ずかしくて表を歩けませんことよ?」

「おい、クソ女」


 まるで、顔面に拳を叩きつけるが如く。

 ヴァルタイルのドスの効いた声音が、ラビィリの意識を殴打した。


「く……あの、ヴァルタイルさん? 今何とおっしゃい――」

「一人前の《聖女》ってのは、口からクソみてぇな言葉を吐く生き物なのか」


 一瞬、顔を硬直させたラビィリだったが、すぐに平静を取り戻す。

 しかし、直後に立て続けに放たれた言葉に、再び余裕の笑みを無くした。


「ヴァルタイルさん……いくらわたくしでも、そのような物言いをされて平気ではありませんわよ」

「そうか、悪かったな。俺にとっちゃあ、初めて会った《聖女》ってのはこいつだ」


 ヴァルタイルが、メイを見遣る。

 メイは顔を持ち上げ、ヴァルタイルと目を合わせる。


「こいつを基準に考えちまったら、随分と口汚ぇ生き物だと思ってよ」

「……ふん……なるほど、その実力や仕事ぶりはそこそこ評価されているようですけれど、所詮は闇ギルドに所属しているような方ですわね」


 ラビィリの目が、ヴァルタイルを見下すように見る。


「悪い事は言いません、メイ・シープスにご執心であるならば、その考えを改める事をお勧めしますわ。まぁ、あなた達のような日陰でしか生きられない裏家業の方々からしたら、その程度の女がちょうどいいのかもしれませんけれど――」

「ラビィリさん!」


 バンッ――と、メイが立ち上がった。

 その勢いに、その声に、ラビィリは思わず体を跳ねさせる。

 恐怖、思い出、体に染みついたトラウマ。

 それらが無いわけではない。けれど、それ以上に。

 今のメイの体を突き動かしたのは――。


「私の事は構いません、でも、ヴァルタイルさん達の事を悪く言うのはやめてください!」

「な……メイ・シープス、アナタ、誰に向かって――」

「それと、随分勝手に下世話な妄想をされているようですけれど!《聖女》ともあろう者がそのような体たらく、その方が見苦しいとは思わないんですか?」

「……ッッ」


 突如ヒートアップしたメイの存在感もあってか、周囲の目が集まっている。

 それに気付き、ラビィリは――。


「……メイ・シープス……覚えていらっしゃい。この後すぐ、アナタを地獄に落として差し上げますわ」


 二人に背を向け、声を震わせながら去っていった。

 その後姿を、仁王立ちで見送るメイだったが、すぐに自分が何をしたのか自覚してきたのだろう――我に返る。


「あ、ご、ごめんなさい! ヴァルタイルさん! 私、何か――」

「なんだ、言い返せるのか」


 自分のせいで嫌な思いをさせてしまったと慌てるメイに、ヴァルタイルはそう言った。


「……え?」

「言い返せる程度には、成長したって事だな」

「………」


 ヴァルタイルは言って、立ち上がる。


「ヴァルタイルさん、私……」

「おら。そろそろ時間だ、準備しろ」


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