白狼は森で恋を知る

第3章 白狼と最愛の人

1

「ガイアス、起きて！」
「ん…どうした？」

まだ早朝という時間、ガイアスはミアに起こされて目を覚ました。
先週プロポーズしたばかりのガイアスは、昨日夜に尋ねて来たミアとベッドでまったりと過ごし眠った。今日は婚約して初めて過ごす週末であると楽しみにしていたが、ミアの慌てた声にバッと身体を起こす。

「シュラウドさんが来てるらしいよ！」
「兄さんが…？」

扉をノックされ、起きていたミアが執事に連絡を受けたらしい。急いで着替えて応接室へ行くと、優雅に紅茶を飲むシュラウドがメイド達に楽しそうに話しかけていた。

「兄さん。」
「あ、ガイアスとミアちゃん。おはよ～！」

ひらひらとこちらに手を振ってティーカップをテーブルに置いたシュラウド。

「なぜ連絡も寄越さず急に来るんだ。」
「だって、俺が来るって言ったら留守にするかもしれないだろ？だからわざと黙って来たんだよ～！」

もー、と頬を膨らますシュラウドを冷たい目で見たガイアスが要件を聞く。メイド達はそそくさと部屋から出て行った。

「あのさ、先日電話で『プロポーズしたからミアちゃんちに挨拶に行く』って言ってたじゃん。その件なんだけど…」

シュラウドが続けるには、ミアはシーバ国の王子であるため、結婚する旨をこの国サバルの王にも報告しておくべきではないか、とのことだった。

ガイアスからの電話があってすぐ、ジャックウィル家全員へミアとの婚約のことが知れ渡った。そして真面目な父が「陛下へ早急にお尋ねするべきだ」と言ったことでシュラウドがこの屋敷に来たらしい。

「ガイアスはすぐ電話切っちゃうし、掛けても取り合ってくれるか怪しかったから、わざわざ来たんだよ？」

兄の言葉を黙って聞いていたガイアスだったが、「いらん世話だ。」と言い切った。

「陛下へは既に報告済みだ。そしてその件に関して謁見の申し込みもしている。おそらく今月中には関係者全てへ報告出来るだろう。」

「へ、へぇ～。さすがガイアス。」

仕事の出来る弟に感心しながら、自分の憂いが無駄であったと自覚したシュラウド。

「せっかく来てもらったし、ゆっくりしていってもらおうよ。」

わざわざ遠い所までガイアスを心配して来てくれた兄にミアは申し訳なくなり提案する。

「ミアちゃん…。」

シュラウドの嬉しそうな声に、怪訝な雰囲気を一瞬出したガイアスだったが、ミアの優しさから出た言葉を無下にすることも出来ず「ああ。」と頷いた。

「わぁ～、じゃあ一緒に遊ぼうよ！俺ミアちゃんともっと親睦を深めたかったんだ！」

「お兄ちゃんって呼んでね！」と明るくミアに笑いかけるシュラウドを白い目で見つつ、ガイアスはミアとの結婚について考えていた。

ミアにプロポーズをして結婚の約束をした。
それからお互いにすぐに両親に報告をし、両家に挨拶に行くことも決まっている。先日、サバルの王へはその旨を伝えたのだが、その時の返事が想像していたものと違っていたことに少し違和感を感じた。
「後日話す場を設ける」と言われたのみで数日が経つが、王から連絡はない。

ガイアスは少しモヤっとしたが、シュラウドがミアを抱き寄せていることに気づき、急いで2人を引き剥がした。





・・・・・

「失礼いたします。」

あれから数日が経ち、城に呼ばれたガイアスは謁見の間の玉座に座る王へ頭を下げた。

「こちらへ。」

隣に立つ男に呼ばれて王の前へ近寄る。再度頭を下げていると、王がミアとの婚約に関して祝いの言葉を述べ、本題となる結婚について話しだした。

「シーバ国第二王子との結婚に関してだが、シーバ国王と話し合う必要であるため、すぐには許可できない。」

許可できないと聞いてガイアスはピクっと眉を動かした。

それから王は会議の議題について説明する。
狼と人間が結婚する際、狼側に国籍を合わせることはお互いの法律で決まっているが、自衛隊の隊員は忠誠心を重要視するためサバル国民以外は務めることができない。つまりガイアスが結婚しシーバ国民となれば、今の仕事を続けることができない。
サバル国王も仲の良いシーバ国王アイバンの息子とあって結婚を後押ししてやりたいが、自衛隊にとって必要な人材であるガイアスも手放すことが出来ない。
そしてガイアス1人の為に法を改正することは批判の対象になる、と簡単には決断できないことを伝えた。

それを黙って聞いていたガイアスだったが、説明が一通り終わったところで口を開く。

「失礼ながら、今回の件に関して私は恩賜をいただきたいと考えております。」

ガイアスは、自分の持っている『遠征の褒美』を結婚の為に使いたいと告げた。
この褒美に関しては、王の叶えられる範囲であれば何でも良いとされている。途中で脱落者も出る程の苦しい遠征を知っている国民のほとんどはその権利に理解がある。

「私はこの権利で、ミア様と国籍を合わせず結婚することをお願い申し上げます。」

現在、サバル国にもシーバ国にも異族間の男同士に結婚に関する法律は無いに等しい。これを機に法を固めることは、両国にとって今後の為にも重要なことだろう。
王は顎に指を添えて考える。

「そうだな。国籍を合わせずか…。」

ガイアスが褒美を使ったとあれば批判する者も少なかろう。そして法を改正するのではなく、新たに付け足すとなれば前者よりは難しくない。

「分かった。シーバ国王とその件について検討した後、城内で早急に話し合うことを約束しよう。」

「ありがとうございます。」

今までも数える程しかなかった狼と人間の結婚。しかも王族となると前例もない。それを踏まえるとこの議題の解決が長引くことは目に見えているが、王が自分としっかり約束をしてくれたことで、結婚への希望が見えたガイアスだった。

深々と礼をして、謁見の間を後にした。





・・・・・

「この門をくぐるのは3回目だな。」
「今日はちょっと俺も緊張してる。」

シーバ国の王宮への入り口の前に立ち、ミアとガイアスは少し強張った顔で門を見る。
今回は1回目に会った青年と2回目に会った壮年の男2人が立っていた。ミアの姿を見つけると青年が顔をパァっと明るくしミアに駆け寄ってくる。しかし横にいるガイアスの姿を見てピタっと止まり耳を下げる。

「こら、門番が耳下げんなって言ってるだろ！」
「すみませんッ！」

年上の男に言われ、青年が背筋を伸ばす。耳も元通りピンと立てた。

「ミア様、正門からってことはまた挨拶ですか？」
「うん、今日はその…婚約の挨拶なんだ。」

男に話しかけられ、ミアは少し照れ臭そうに言う。

「めでたいことじゃないですか！おめでとうございます。」
「へへ…ありがとう。」

小さい時から護身術を習っていた先生にそう言われて嬉しそうに笑うミア。「君は幸せ者だな！」とガイアスにも話しかけてくる男に軽く返事を返すが、横で棒立ちになる青年が気になってしかたがない。

青年は『完全敗北』といった顔で耳はまた下がり、尻尾は心なしか萎んで見える。それでも「おめでとうございます。」としっかり伝えてきた。

「嬉しい報告ありがとうございます。」と自分のことのように喜ぶ男に心が温まる2人だったが、ガイアスは横の青年を気の毒に感じ、先を急ぐようミアを促した。

「じゃあ、またね。」

手を振りながら門番の青年と教育係の男と別れ、廊下を歩いていく。

今日のガイアスはとっておきの服を着てきていた。祖父が残してくれた上等な騎士服を手直ししたもので、まだ1度も公の場で着たことはない。
黒地に金の刺繍が胸元と襟、袖に刺されている。また揃いのマントは青い宝石で留めてあり、金のタッセルが肩から下がっている。足元は長めの黒のブーツで、本物の騎士のようだ。

「ガイアス、今日は特別って感じがするね。」
「ああ、張り切ってしまった。」

ミアはガイアスと比べ自分の恰好が大丈夫かと心配になる。
一応、イリヤに見立ててもらったゆとりある白い王宮服を着ている。ガイアスに合わせて肌の露出が少ないものにしており、そのため装飾は少ない。その代わりに襟足の髪を結い上げ白い花の装飾を付けている。

「ミアは今日も素敵だな。」
「ありがとう。」

不安に思っていたがガイアスに褒めてもらったことで自信を取り戻したミアは足取り軽く廊下を歩いて行く。
相変わらず多くの人に声を掛けられ、その度に引き留められるため、2人はなかなか応接室へ辿り着くことができなかった。

「失礼します。」

珍しくイリヤが出てこなかったが、どうやら中でお茶の用意をしていたようだ。中にはシーバ国王であるアイバンと王妃のシナが席に座っていた。

「あら、初めてお会いしますわね。ミアの母のシナです。」
「サバル国から来ました、ガイアス・ジャックウィルと申します。」

ミアがカルバンがいないことを指摘すると、シナが説明する。
カルバンはミアがプロポーズを受けたと報告があった後から元気が無く、今日もこの場には来ないとのことだった。本来なら両親のみで済む話なのだが、ミアのこととなるといつも出てくるカルバンがこの場にいないことは何となく不自然に思えた。

どれだけショックなんだ…と心配したガイアスだったが、今日は夕食を家族全員でとる約束をしており、その席には参加するとのことで少し安心した。

「誤解しないでね。2人のこと祝福してるのよ。ただ、あの子ちょっと弟妹を愛しすぎてるっていうか…」

「少し寂しがってるんだ。」

シナの言葉にアイバンがそう付け足して笑う。
カルバンの妹であるスーシャの結婚の時もこんな状態だったと聞きガイアスは複雑な気持ちで「大変ですね。」と返した。