鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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パン屋に現れた意外な人物

「失礼します。」
 今日も仕事が始まる。シバの執務室に入り、目の前に座っている無表情な上司に挨拶をした。
「おはようございます。」
 近くに寄り、今日の仕事の指示を仰ぐが、一向に話し出す様子がない。
(まだ決めてないのかな。沈黙が気まずいんだけど。)
 俺は不思議に思いながら「アインラス様?」と尋ねた。
「あの、今日は何をしたら良いでしょうか?」
「……昨日、」
 シバはやっと口を開く。しかし続いた台詞は予想外のものだった。
「トロント殿と食事をしたらしいな。」
「え……?」
 俺はトロントという聞きなれない単語に一瞬「誰だ?」と思ったが、すぐに黒騎士アックス・トロントのことだと分かった。なぜこんなことを言うのかは謎だが、俺はそれに「はい。」と返事をする。
 昨日は、英雄である黒騎士が食堂に登場したとあって、皆の視線を痛いぐらいに感じた。
(かなり目立ってた自覚はあるし……噂を聞いたのかな。)
「仲が良いのか?」
「アックス様はこの城で慣れない私に、気遣って下さっているだけです。」
(まだ数回しか会っていないのに、「仲良しです!」とは言えないよ。)
 「仲が良いなんてとても……」と俺が謙遜していると、また黙るシバ。
 俺はどうして良いか分からず、とりあえずお茶でも淹れようと考えた。
「お茶はいかがですか?」
「…貰おう。」
 シバの考えていることはよく分からないが、最近知ったのは、彼がお茶と甘いものが好きだということ。
(……というか、早く仕事を下さい!)
俺は茶器を湯で温める間、ポットの横にある箱を開ける。
「アインラス様、今日は何かお入れになりますか?レモンを入れるとすっきりして、頭が冴えますよ。」
「では、それを。」
俺は「はい。」と返事をして切ったレモンをポトンと落とす。
(あまり時間を置きすぎても良くないよね。)
俺はそれを取り出すと、カップをシバの前に置く。
「どうぞ。」
「マニエラ。」
 すぐに名前を呼ばれ、なんだ一体……と構えるが、シバが俺の目を見て続ける。
「ありがとう。……その、君が淹れる茶は、美味しい。」
 俺はきょとんとしてシバを見る。
「あ、ありがとうございます。光栄……です?」
 俺は、とりあえず上司に褒められたら礼を言うべきかとそう言ったが、シバは俺の顔から視線を逸らした。
「今日だが、1人仕事を抱えている者がいるから手伝ってやってくれ。」
「はい。では、失礼します。」
 部署と名前を聞いて、頭を下げて部屋から出ていく。
 廊下を歩いている間、俺の頭の中ではさっきのシバの言葉がずっと反芻していた。

「はぁ~、助かった。セラのおかげですぐ終わったよ。」
「いえ、大したことはしていませんので。」
 先輩がホッとしながら礼を言ってくるのに、少し照れくさくなる。
「計算が得意って本当なんだな。この部署で働いてくれよ。」
「それはアインラス様が決めるので。」
 先輩は「そうだよな~。」と残念そうに手を頭の後ろに組む。
「今日はこれで仕事終わり?」
「はい、おそらく。」
 俺は今までの感じから、今日も定時前に帰るのではないかと予想する。しかし、こればかりは上司であるシバに聞かなければ分からない。
「もしアインラス様に挨拶して帰るなら、この部署に配属希望って言っといてよ。」
「……お話できそうだったら、してみます。」
俺は「お疲れ様~」と手を振る先輩に頭を下げて、シバの執務室へ向かった。

 執務室に入ると、仕事をしていたシバが顔を上げた。
 俺が、指示を受けていた仕事が終わったことを告げると、いつも通りお茶を頼まれた。
「ハチミツは入れますか?」
「頼む。」
 昨日の味が気に入ったのか、同じものを頼むシバに少しほっこりとしながらお茶を注ぐ。
 とろんとしたハチミツがカップの中に落ちていくのを見て、ゆっくりとかき混ぜた。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて下さい。」
「……君もどうだ?」
 俺は固まる。
(シバと俺が、一緒にティータイム……?!)
 冗談かと思ったがシバの顔は真剣であり、俺は上司のお誘いにノーとは言えない。
「はい。ご一緒します。」

(どうしてこんなことに…。)
 シバは仕事机から移動し、大きなテーブルに着くと、俺に隣に座るよう言う。
 目を見て話さなくても良いので、正面に座るよりはマシだが、隣というのも近くて緊張する。
(ていうか、何か喋って……!)
 シバは席についてから一言も喋らない。
 しばらくはお互い静かにお茶を飲んでいたが、沈黙に耐えきれなくなった俺は、「明日は歓迎会楽しみです。」と言葉を発した。
「アインラス様はそのような席は好まないと聞きました。なぜ参加して下さるんですか?」
「……なぜそんなことを聞く。」
「私はただ気を遣っていただいているのでは、と心配しただけで……、」
「好まないわけではない。仕事があるので断っていただけだ。」
 俺はシバの意外な返答に驚く。ゲームの中での彼はとにかく口数が少なく、仕事の話以外は関わりが無い。ぶっきらぼうで無関心な仕事人間なのかと思っていたが、ただ不器用なだけのようだ。
「そうなんですね。皆アインラス様が来て下さると喜んでいましたよ。」
「…そうか。」
 それだけ言うと、シバはカップに口をつける。
 それからまた沈黙が流れたが、シバへの心の変化によってか、さっきよりは気まずくない。俺が飲み終わり、シバもカップを空にしたのを窺って「下げますよ。」とカップを手に取る。
「今日はそのまま帰るのか?」
「少し寄るところがありますが、どうかしましたか?」
「……トロント殿と約束か?」
 シバの問いかけに、少し考えてから「はい。」と頷く。
 約束はしてはいないが、今日は小さいイベントが起こるので会う必要がある。
(まぁ、どうせ会うんだし嘘はついてないよね。)
「……そうか。」
 またしてもそれだけ言って黙るので、俺は首を傾げる。
(不器用なりに話題を振ったのかな?)
 それならば、この会話は盛り上げるべきだ。俺は聞かれてもいないのに、どこで会うのかや何をするのかを詳細に教えた。

「では、失礼します。」
俺は頭を下げて、部屋へと帰った。


「白いシャツに着替えたし…よし、完璧だ。」
 着替えを済ませて部屋から出ると、目的地である城近くのパン屋に向かう。
 美味しいと人気の店で、アックスは今日ここに立ち寄ってから城へ帰る。時間は俺が仕事を終えて、部屋で着替えてゆっくり歩いてちょうど良い。
(シチュエーションはできるだけゲームに近づけた方がいいよね。)
 パン屋でばったり会うのは、夕日が差し始めた頃だ。俺はその時間に店に着くよう、計算しながら歩いた。

「セラ!偶然だな。」
「アックス!夕飯を買いに来られたんですか?」
 アックスは、明日早朝から仕事で外に出るとのことで、朝食を買いに来たのだと言う。
「ついでだし、一緒に払おう。」
「いや、そんな……申し訳ないです。」
俺はアックスの申し出に、いやいやと顔の前で手を振るが、「エマのブラッシングの礼だ。」と笑って聞かなかった。
 アックスは、俺が選んだ他にも、「これが美味いぞ。」「これは俺のオススメだ。」と次々とパンを取っていく。俺はその量に焦って止めるが、父親にも分けてやれと言われ、頷くしかなかった。

「沢山ありがとうございます。……あの、さっきはすみません。」
「ん……?ああ、服のことか。俺は気にしていない。」
 先程、俺達がレジに並ぶと、店員さんが「あら~、お揃いの服着ちゃって!ラブラブなのね~!」と笑顔で声を掛けてきた。それからは目の保養だと褒められ、新作だというパンを2つおまけでくれたのだ。
 実はこれが今回のイベントのメインだったりする。
 図らずしも白のシャツが被ってしまい、店員にカップルと間違えられて赤面する。しかもアックスはそれに否定せずに「ありがとう。」と言うだけなのだ。
 今回は、その通りに進み、俺はそそくさと店を後にした。
「おまけも貰えて良かったじゃないか。」
「それはそうですが。」
(後は、俺の会話選択で終わりか。)
 今からアックスが「俺が恋人だと間違われるのは嫌か?」と聞いてくる。俺はそれに「い、いえ!」と焦って返事をし、あとはその様子に笑いながら頭を撫でるアックスが「またな」と言って去っていくのを見送るだけだ。
「セラは俺が恋び、」
「マニエラ!」
 ゲーム通りのアックスの言葉は、俺の名前を呼ぶ誰かによって遮られた。俺は、「い、いえ!」と言う気満々だったので、邪魔が入り気が抜ける。なんだと後ろを振り向けば、上司であるシバが立っていた。
(え、なんでここに……。)
「アインラス様……?」
 仕事で何か不備があったのだろうか……と俺がおろおろしていると、「来い。」と手を掴まれた。
(え、シバ怒ってる?何この展開……。)
「アインラス殿、彼を放せ。」
「仕事のことで話がある。」
 アックスがシバの前に立つ。しかし、よほど大事な用事なのか、シバは俺の手を掴んだままだ。
(えー、やっぱり俺何かミスしたんだ……。先輩にもちゃんとチェックしてもらったんだけどなぁ。)
 俺が落ち込みつつ今日の仕事について考えていると、アックスがシバの手を掴む。
「急に腕を引くなど、怪我でもしたらどうするんだ。」
「あの……俺は大丈夫です。仕事だから、行ってきますね。」
 俺はアックスを上目遣いで見て、「また明日。」と言った。
 アックスは少し心配そうにしていたが、俺の言葉に「ああ、明日。」と言い、エマを引いて騎士棟へ歩いていった。
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