鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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『月の夜に』

 俺がこの世界に来て2週間。予定通り、この週はイベントが無いので仕事に集中するだけだ。
 朝の執務室で、俺はシバにお茶を入れながら、今日の弁当のメニューについて説明する。
「卵焼きがお好きなようだったので、今回も入れました。」
「楽しみだ。」
 俺は今日もこの部屋で昼食を取るため、大きな机の上には大きさの違う2つの弁当箱がまるで親子のように並んでいる。シバは本当に楽しみなのだろう、弁当の包みをじっと見た。
「先週と同じく財政班の手伝いをしてくれ。」
「はい。」
 俺は、シュリ達のいる部署をメインに手伝いをするようになった。メインとは言っても、あくまで文官ではなく『お手伝い』である俺は、毎朝シバに仕事の指示を貰いに行く。
 一度手伝いをした先輩が、俺に専属として働いてほしいとお願いしたらしいが、シバによって却下されたらしい。
(あの人、よくシバにお願いに行けたな。よっぽど人が足りてないのかな?)
 俺はシュンとしていた先輩を気の毒に思いながら、今日の仕事を進めた。

「前にお伝えした疲れの取れるお茶を淹れますね。」
「ああ、頼む。」
 俺は持参した缶を開けて中身を確認する。
 今はお昼休みであり、一緒に弁当を食べるべくシバの執務室に来ていた。
 注いでいると爽やかな香りが広がり、食事の邪魔をしない味だと分かる。
「どうぞ。」
 俺がカップを2つテーブルに置き、シバが弁当を持ってテーブルにやってきたことで、俺達は食事を始めた。
シバは丁寧に弁当の包みを開いていく。その手つきは上品で、以前は騎士として剣を振っていたというのが信じられない。
「今日も美味しそうだ。」
 蓋を開けてシバが呟く。その言葉に、また照れ臭い気分がした俺は、それをごまかすために、「今日は俺も同じ中身です!」と聞かれていないのに宣言した。

「今朝、セラは誰にお弁当作ってたの?」
「上司だよ。ほら、前に言ったじゃん。」
「あ!アイン、ニス……さん?」
「シバ・アインラス様だよ。文官長の次に偉いんだから、名前は覚えとかないと!」
 手を挙げて「はーい。」と返事をする父の態度が子どものようで、笑いが出る。
 父は今週、騎士棟で雑務をするらしい。ぽやぽやとした父が屈強な男達とやっていけるのか、非常に不安だ。
「あのさ、明日ちょっと夜に出かけるから。でも、夜10時には帰るから安心して。」
「そうなの?城の中だよね?」
「うん。9時から10時までだよ。」
 時間もしっかり把握している。場所も確認済みだ。
(明日はいける!)
 俺は久々に気合を入れていた。なんといっても明日は超重要なイベント①『月の夜に』が待っているのだ。
(これは絶対に失敗できない。俺の人生が掛かってるんだ。)
 俺の命が掛かっていると言った方が正しいだろう。何せ、このイベントがうまくいけば、俺はアックスルートに完全に入るのだ。俺は部屋に戻り、明日のシチュエーションと会話選択を頭に叩き込んだ。

「何かあったのか?」
 俺の目に隈が出来ているのを見てか、シバが窺ってくる。
「あ、いえ……これは昨夜少し眠れなくて。」
「無理をするな。今日はもう帰っていい。」
 ちょうど仕事が終わったタイミングであり、定時まではあと30分程度。俺は「ありがとうございます。」と部屋を後にした。しかし、扉を閉めてからあることに気付く……。
(あ、俺……シバに夕方のお茶淹れてない!)
 これからは自分からすると言っておいて、なんという不覚。俺はそんな自分にがっくりとしながらも、イベントの為に家へと急いだ。

「風呂よし。服よし。そろそろ出かけるか。」
 俺は風呂でホカホカになった身体で部屋を出る。
 今日のイベントの流れは、まず主人公が風呂上がりに身体の熱を冷まそうと庭に出るところから始まる。主人公は薄いパジャマを着ており、偶然出会ったアックスにそれを指摘される。「ずいぶん薄着だな。」と言われた主人公は『大丈夫です!』『そういえば、ちょっと寒いかも。』という選択肢から後者を選ぶ。
 アックスから上着を肩に掛けられ、「前の上着も返せていませんが…」と言うが、アックスは「次会う時でいい。」と笑う。
 その上着が次のイベントに繋がる鍵となるのだ。
 そして庭のベンチでポツリポツリとお互いのことを話し、主人公はアックスが平民から騎士になったことを知る。その話の中で、彼が英雄であるにも関わらず、こうして見回りなど他の騎士達と同様に働いているのは、決して自分の栄光におごらない為だと語っていた。
 そして主人公も、記憶がほとんど無いことを告げる。それを聞いて「俺にできることがあったら何でも言ってくれ。」と眩しい笑顔を向けるアックスの一枚絵は、実況者でもサムネに使う人が多く、人気なシーンなのだ。
(俺は前回の上着を持ってないから、1つ目のイベントはできないんだけど…。)
 本来であれば、飲み会の後でアックスに貰うはずの上着は、シバが俺を追いかけてきたことでゲットすることは出来なかった。また気分が落ち込みかけたが、失敗は忘れようと気持ちを切り替える。
「父さん、行ってくるね。」
 父の部屋をノックして言うと、「はーい。」と中から声がした。俺は張り切って廊下を歩いていく。
(はぁ……本当に暑いな。外歩きたくなる気持ちも分かるよ。)
 主人公は1時間風呂に入っていた設定だ。俺は普段は15分程度であがるため、今日の風呂は非常に長く火照りがなかなか取れない。
 宿舎の庭へ続く道を歩いていると、まさかの見知った顔が前から歩いて来た。
(え、シバ?!どうしてここに。)
 俺はどうするべきかと悩んだが、別に自分に用事がある訳でも無いだろうと、隠れず堂々と歩いた。
「アインラス様。」
「……マニエラ?」
 俺が周りを見ながら歩いているシバに声を掛けると、意外だったのか驚いた様子でこちらを見た。
(いや、俺の住んでる宿舎内なんだから、会っても不自然じゃないでしょ。)
 むしろ住んでいる宿舎の違うシバがここにいることの方がイレギュラーだ。俺は「何かご用ですか?」と、彼の目的を尋ねた。
「今日休んだ者の見舞いだ。」
「先輩から聞きました。役職の方なんですよね。」
「ああ。あまり良くないようなら仕事を他の者に回そうと思ってな。」
「そうですか。お疲れ様です。」
(しっかりした上司だ。俺がこのお見舞い話を職場でしたら、またシバの信者が増えそう。)
 俺はシバに尊敬の目を向け、シバはそんな俺の格好をじーっと見ている。
「君はやけに薄着だな。」
「今お風呂から上がったばかりで、湯冷ましに外へ出たんです。」
「危ないと思うが……。」
(……何が危ないんだ?)
 シバの発言の意味が分からず首を傾げる。今はまだ午後9時であり、前回城の外で男に絡まれた時ほど遅い時間ではない。
「すぐに帰った方がいい。」
「今出たばかりなので、少し歩いてからにします。」
「……これを持っていけ。」
 シバは手に掛けて持っていた上着を俺に渡す。そして持っていた袋から茶色い厚手のブランケットを出した。明らかに新品だが、もしかして見舞いの品なのではないだろうか。
「これ、お見舞いのお品なのでは……?」
「……違う。」
(明らかにそうだろ!俺にあげたら駄目じゃん。)
「前にお借りした上着も返せていませんが……」
「次会う時でいい。」
 シバは少し目を細めて、俺の頭を撫でた。そして、「ブランケットはやるから、そのまま使え。」と言う。
(この上着のくだり……アックスとするはずの会話なのに……!)
 俺は、とりあえず「ありがとうございます。」と言って頭を下げる。シバは、見舞い相手のことを考えてか「ではまた。」と告げると足早に歩き出した。
(予想外のこともあったけど、イベントには間に合いそうだ。)

「セラ、偶然だな。」
「アックス!お仕事ですか?」
 庭に着くとアックスが歩いており、俺はその姿を見つけて駆け寄る。
「ああ。もうすぐ移動しようと思ってたんだが、庭を見てなかったと思ってな。セラに会えるなんてラッキーだ。」
「大げさですね。」
 俺がくすくすと笑ってそう言うと、アックスが俺の姿をじっと見る。
「ずいぶん厚着だな。」
(え……これまさか会話選択?薄着であるはずの俺が厚着だからこの会話が発生したの?!)
 俺は少し考えて、「そういえば、ちょっと熱いかも。」と返した。
(これでいいのかな……?)
 アックスはその台詞に笑って、「はは、セラは面白いな。今夜はそこまで冷えない。」と俺の少し濡れた髪を触った。

 俺達は2人で庭のベンチに腰掛ける。
「風呂上がりだったのか。」
「はい。」
「上着を脱いだらどうだ?」
 俺はその提案に頷くと、上着を肩から落とした。アックスはそんな俺を横目で見る。
「中は薄いんだな。」
 俺の寝間着は薄く、そのことに少し照れているのか耳を赤くして顔を背ける。
(あれ?ちょっと良い感じ……?)
 これはこれで結果オーライだと、安心してアックスとの会話を楽しんだ。
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