鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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冬の騎士棟前にて

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 あれから数日が経ち、俺は久しぶりにシバの執務室に呼ばれた。
 扉を開けて中を見ると、いつもの整理が行き届いた空間とは違い、まるで別の部屋のようになっていた。
 何も乗っていなかった大きなテーブルには、書類や物が乱雑に置かれており、お茶をすることもできない。仕事机もこれまた汚くなっており、これがあのシバの机か……?と疑ってしまうほどだ。
「あれ?誰もいないな……。」
 部屋を見渡すがシバの姿は見えない。
 どうするべきかと悩んでいると、廊下からバタバタと足音が聞こえた。
(……誰だ?)
 文官棟の皆は上品な者が多く、こんなに粗野な足音を聞いたのは久しぶりだ。俺が気になって扉の方をじっと見ていると、ある人物が入ってきた。
 ここへノックなしに入れるのは、文官長マクゼン・ダラインとこの部屋の主のみだ。
「マニエラッ……!」
「アインラス様?」
 ドタドタと煩く入ってきたのは、冷戦沈着上司シバだった。
「待たせたな。」
「い、いえ、そんなに急いで来られなくても……」
「私が会いたかったんだ。」
 歩きながら俺に近づいてくる。ストレートに告げられ、俺は少し恥ずかしくなったが、同時に嬉しいとも思う。
(俺達、最近すっかり仲良しだからな。)
 上司に対して『仲良し』と言うのはどうかと思うが、距離が近くなっていることは明らかだ。
 俺は最初の頃、仕事場でシバに会うのが嫌で溜息を漏らしていた。しかし、今では会えない時間を『寂しい』と思うようになっている。
(お助けキャラとこうも打ち解けれるなんて、俺の未来は明るいな。)
 俺は久々のシバとの再会に喜びを露わにした。
「私も、アインラス様にお会いしたかったです。」
「マニエラ。」
「お忙しいと聞きましたが、どうされました?」
「ダライン様から君の話を聞いたんだ。」
「私の?」
 俺は何のことか分からず首を傾げる。
「君が王子訪問の際、エヴァン殿下と行動を共にすると聞いた。」
(ああ、俺が最近考えないようにしてたやつ……。)
「なぜそんなことになったんだ。」
「それは……、」
 俺は、先日の改装する部屋の下見の際に、急にエヴァンから頼まれたのだと説明した。そもそも騎士と文官から1名ずつ側に置くつもりだったらしく、近くにいた俺が選ばれたのだろう。
それを伝えると、シバは低い声で「なんだと」と怒りを露わにした。
(わ、表情はあまり変わらないけど、怒ってますって全身から伝わってくる。)
「こんな話は受けられない。別の者を付けると私から伝えよう。」
「あ、ちょ……駄目ですよ!」
 今にも執務室から出てエヴァンの元へ向かおうとしているシバを止める。
「もう決定したことですし、特に難しい内容ではなさそうでした。」
「そんなことは問題ではない。」
 シバは俺を振り切って扉から出ようとしている。
「待ってください!!断ってエヴァン殿下のご気分を害したら……私はここで働けなくなります!!」
「……。」
(もしこれがエヴァンのイベントだったら……最悪、斬首される!)
 俺は「仕事を失う」「国から追い出される」と、シバが踏みとどまってくれそうなワードを並べる。
(始まったストーリーに逆らって、俺と父が死んでしまったらどうしてくれんだ!)
 俺の血走った目を見て狼狽えたシバが、少し冷静になったのか「……分かった。」としぶしぶ了解した。
「いつでも代われる者を手配しておく。何かあった場合は連絡するように。」
「はい!ありがとうございます。」
なんでそんなに必死なんだ……と言いたげに見てくるシバに、俺は心の片隅にあった本心を伝える。
「せっかくアインラス様とこういう仲になれたのに、離れ離れは嫌です……。」
「……。」
 俺は言って少し後悔した。返事がなく、馴れ馴れしすぎたか?と心配になった時、シバが俺の言葉に答えた。
「私もそう思う。」
 それを言うと、俺の身体を寄せ、抱きしめてくる。
(え……どうして……?)
 俺はその身体の熱さに、一緒に目覚めた朝を思い出す。起きたばかりで寝ぼけたシバは、俺を湯たんぽのように抱きしめてそのまま眠った。
「違和感を感じたら……すぐ私に言え。」
「はい。」
 俺達は少しの間、執務室の真ん中で黙って抱き合っていた。

 仕事終わり。
 風が少し冷たい中、俺は遠回りして騎士棟の前を通って帰っていた。
(うーん、そろそろだと思うんだけどなぁ。)
 俺の攻略ノートには、『秋の終わり・騎士棟前の木の葉は全部落ちている』と時期を予測するためのメモが書いてある。
 俺の予想だと、おそらく今週か来週、小さいイベントがある。
 そのために俺は、騎士棟へ通う父に、毎日正面の門にある木の葉の様子を聞いていた。一昨日、「もうすぐ全部無くなりそうだよ~。」と聞いて、遠回りして帰るようにしていたのだ。
「あ、全部落ちてる。」
 俺は大きな木の下に広がった葉っぱを見ながら、イベントについて考えた。
 ここでは、気分転換に遠回りして帰る主人公が木を見上げる。そこで門から出てきたアックスと偶然会うのだ。そこで話をしていると、虫が飛んできて、驚いた主人公はアックスに抱きついてしまう。少しの間沈黙が流れ、主人公がアックスから離れようとすると、グイッと引っ張られる。
 また胸に抱き着くことになって照れて顔を赤くする主人公に「びっくりしたか?」といじわるそうに聞いてくるアックス。2人は寒空の下、じゃれ合いながら一緒に帰るのだ。
(俺、アックスにひっついたくらいで顔赤くなれるかな?いや、そこは気合で……。)
 俺が「よし!」と拳を握ると、後ろから聞きなれた声がした。
「何が『よし!』なんだ?」
「アックス!」
 アックスは俺の決意の言葉に笑っている。
「ははっ……セラ、久しぶりだな。」
「本当ですね。仕事が忙しくてなかなか馬小屋に行けなかったんです。」
「この時期は忙しいみたいだな。」
「アックスは大丈夫ですか?」
「騎士が忙しいのは冬を越えてからだな。変な奴が増える。」
(どこの世界でも、暖かくなると変質者が出るんだな。)
 俺は「分かります。」と返事をした。
 騎士達がちらほら門を出て宿舎へと向かっている。それを見ながら、アックスも帰るところだったのではないかと尋ねる。
「そうだな。剣を部屋に置いたら飲み会に行かないといけない。」
「楽しそうですね。」
「いや、騎士の飲み会なんてうるさいだけだ。酔うと脱ぐ奴が多いから目の毒だしな。」
はぁ~、と息をつくアックス。俺がそれに笑っていると、ゲームの通り虫が飛んできた。
(え、結構でかいな。しかも見た目グロ……ッ!)
 俺は虫は平気な方だが、こっちの虫は大きく形も気持ちが悪い。完全に俺の許容範囲を超えていた。
「ぅわあああッ」
俺が割と本気で驚きアックスの腕を掴む。
(あ、抱き着かなきゃ。)
 俺は一瞬シナリオ通りに……と考えたが、まだ飛んで迫ってくる虫に「ぎゃー!」と言いながら逃げた。
すると、下に落ちていた木の葉で滑り、前に倒れる……
(こける……ッ)
 俺が目を瞑った瞬間、アックスが俺を抱きとめた。
「セラ、大丈夫か?」
 俺を抱き込むと、身に着けていたマントを俺に覆うようにかぶせる。
 俺は虫の姿を思い出しブルッと震えてアックスの胸に顔を埋める。
 少しの間そうしていたが、アックスが「行ったぞ。」と言ったため、マントから顔を出す。
「もういませんか?」
「ああ。怖かったか?」
「……少し。」
 本当はだいぶ怖かったが、強がってみる。
 とりあえず、笑っているアックスから離れようと俺がマントを捲って距離をとろうとした。しかし腕をとられグイッと引っ張られる。
(あ、ゲーム通りの展開。)
「びっくりしたか?」
「……アックス。」
 アックスは再び胸に埋もれた俺を見下ろして、いたずらっぽい表情をしている。
たった虫一匹にあんなにギャーギャー騒いだのだ。俺は狙わずとも顔が赤くなっていた。
(よし……あとは、『2人は寒空の下、じゃれ合いながら一緒に帰る』で終わりだな。)
 アックスが、ハハッ……と笑って俺をマントから出す。
 俺は全ての会話選択を終え、今回は完璧にイベント達成だと心の中でガッツポーズをした。

「セラさん?何してるんですか?」
 後は2人で帰るだけ……というのは、突然現れた騎士ラルクによって叶わなかった。
「奇遇ですね!一緒に帰りましょうよ!」
(えー……ここでラルクさん来ちゃうかぁ……。)
 ゲームの主人公と俺の交友関係は少し違うのだ。
 本来では何か特別なルートに入らない限り話すことさえないシークレット攻略キャラのラルク。序盤から仲良くなってしまったことが、こうやってイベントに影響を及ぼしてくるとは……。
 シバに妨害されることには気を付けていたが、ラルクの登場は予期できなかった。
 俺はイベント中は常に油断してはいないと、改めて気を引き締めた。
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