鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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影絵祭

 街はいつもより賑わっていた。
 飲食店が立ち並ぶ通りに出て周りを見渡すと、店の軒下に飾り付けがされ、看板には『スペシャルメニュー』と記載があったり、普段とは違った特別な雰囲気だ。
 歩く人々は皆、今夜の影絵の話をしており、この祭りがどれほど有名なものか分かる。
(記憶無くしてるから覚えていないけど、ずいぶん人気の祭なんだな。)
 しばし歩いて街の景観を楽しんでいたが、そういえば何も食べていなかったことを思い出し、以前父と話をしていた女将のいる定食屋へ行くことにした。

(たしかこの辺だよね。)
 飲食街の一角。女将がほうきで入口を掃いている姿が見え、声を掛ける。
「こんにちは。」
「あら、セラじゃない!今日は一人?」
「はい。今、やってますか?お昼を食べに来たんですけど。」
「もちろん!さぁ、入って入って。いっぱい食べてってね!」
 店内に招かれると、奥の席に案内される。女将はメニューを取りに裏へ入って行った。
「さぁ、どれでも好きなの食べていいからね。」
「お金は払います。」
「何言ってるの。子どもが遠慮しなくていいのよ。」
(子どもって……俺もうすぐ成人なんだけど。)
 引きそうにない女将の圧に、俺は「じゃあこれを。」と野菜炒めの定食を指差す。
「ちょっと待っててね。」
女将は明るくそう言うと、厨房へ行った。
(こういうお店、アパートの近くにあったなぁ。)
 野菜炒め定食は、1人暮らしのアパートの近所にあった定食屋でよく食べていた、一番安い定食だ。量も多く大学生の人気No.1メニューだった。

 店内を見回すと、お昼のピークを過ぎた時間であるせいか客はまばらだ。
 常連であろうおじさん達がくつろぐ姿を観察しながら料理を待っていると、数分しか経っていないのにもう料理が出来上がった。
「はーい。どうぞ~。」
「あの……オマケが多すぎませんか?」
「サービスするって約束したでしょ。」
「それにしても、」
 俺の目の前には、野菜炒めとご飯とは別に、唐揚げ、エビフライ、そしてサイコロ状に切られたステーキが乗っている。
(食べきれるかな……。)
「若いんだから、いっぱい食べなきゃ!」
「ありがとうございます。」
 素直に礼を言うと女将はニコッと笑い、裏へと戻って行った。
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
「またいつでもおいでね。」
「はい!父にも伝えておきます。」
 ペコっと頭を下げると、女将は「じゃあ、祭楽しんで!」と言って手を振った。

 出ている出店を見ていると、空がオレンジ色に染まってきたので、ゆっくりと会場の方へ歩いた。
「父さんが言ってたのは……ここかな。」
 出かける前、父が今日の為に取っていたという場所へ向かう。
 メイン会場となる広場の近くに4階建ての黄色い家がある。そこは父の元大工仲間の家であり、その屋上から見る景色が抜群なのだという。
 この家の家主は毎年この時期に家を空けているらしく、屋上への鍵を父が預かっていた。今年からは城で働くようになったため会う機会は少なくなっていたが、「毎年好きに使っていいぞ。」と鍵を預かったままだという。
(父さんって本当に人タラシだなぁ。)
 広場は人で溢れかえっており、騎士達が整備の為に並んでいる。あの中に入っていく勇気は無い。

カツカツ……
 貰った鍵を使って屋上へ上がっていく。
「わぁ……!」
 先程は人混みで見えなかったが、広場はすでにライトアップされており、ぼんやりではあるが影絵が映っている。大きな白いパネルが立ち並び、その全てに作風の違う絵が浮かび上がっている。
 俺は、柵に手をついてさらに美しくなるであろう夕方を心待ちにした。

「綺麗……。」
 辺りが夕日に染まり始め、思わず声が漏れる。オレンジの光とライトの光が混ざり、黒い影がパネルいっぱいに浮き彫りになり、絵の雰囲気がガラッと変わる。
 両隣に住んでいる家族も続々と自宅の屋上へ上がってきたため、先程まで静かだったのが、一気に賑やかになった。
「良かったら、これどうぞ。」
 隣で影絵を見ていた家族は、1人でいる俺に温かい飲み物をくれた。
(1人で寂しいかなって思ったけど、来てよかった。)
 作家についても知らない俺が、その雰囲気を味わっていると、屋上の柵を挟んでおじいさんが話しかけてきた。
「どれか気になったのはあるかい?」
「右から2番目の、動物と花の絵が素敵です。」
 俺が一番のお気に入りを指差すと、おじいさんは「あの絵の作家はね……」と絵について教えてくれた。
 その後も子供たちが話しかけてきたりと、隣の家族のおかげで楽しい時間を過ごせた。

「あーあ、終わっちゃった。」
 夕日が完全に落ち、ライトの光が弱まっていく。
 それはこの祭が終わったことを示しており、腕に抱かれていた小さい女の子が、ぶすっとした顔で「まだ見たかった!」と言った。
父親は笑いながら、寒いからおうちに入ろうと、家族を連れ立って1階へと降りて行った。
「お兄ちゃん、バイバイ。」
「おやすみ。」
 手を振る女の子に、俺は声を掛けて笑顔で見送った。
「終わっちゃった。」
 女の子と同じ感想を漏らす自分の顔は、彼女と一緒の表情をしているのだろうか。
(シバと見たかったな……。)
 今日一日、なるべく考えないようにしていたが、夕日に浮かび上がる絵を見ていると、彼はこれを見てどんな反応を示すのかが気になった。
(よし、もう帰ろう。)
 気持ちを切り替えて城に帰ることにする。父からは必ず馬車を使って帰るよう言われているので、さっさと行かないと並ぶことになるだろう。
 他の家族は既に自宅に戻ったようで、周りに人はいない。俺は屋上のライトを絞って荷物を持つと、階段への扉を開けようとドアノブに手を掛けたがーー…

ガンガンガンガンッ
 激しい音がして肩が揺れる。
「えっ」
(誰だ……?!)
 この場所を知っているのは父だけのはずだ。しかし今日は家でラルクと過ごしているためここへは来ないだろう。怖くなってできるだけ扉から離れると、物置の影に身を隠した。

バンッ
(うわっ、誰だよ……めっちゃ怖い。)
 俺がドクドクと鳴る胸をぎゅっと手で押さえているとーー…
「いないのか……。」
 聞き慣れた低い声がした。
 「……アインラス様?」
 俺はそろりと物陰から顔を出す。
「マニエラ!」
 俺に気付いたシバが近寄ってくる。
(どうしてここに?)
 考えても分からず、俺は息を乱しているシバにどうしたのか尋ねた。
「あの、どうされたんですか?というか、なぜここが?」
「影絵は……ッ?」
「終わりました。」
「……間に、合わなか、った。」
「また来年見れますよ。」
「君と、見たかった……んだッ」
 息が上がっていて喋るのが辛そうだ。
(え、俺と見たかった……?)
 シバの台詞に驚いてしまう。
 なぜ彼がここにいるのか聞きたいが、とりあえずシバが落ち着くまで黙って待つことにした。

 屋上に置いてある椅子に2人で腰掛ける。俺は未だに状況を理解できていない。シバは数分ですぐに落ち着いたようで、「すまない。」と待たせたことを謝った。
「今朝、祭に誘おうと電話をしてくれたんだろう?」
「……はい。」
「恥ずかしい話だが、一度も来たことがなく、今日が祭だとも気づかなかった。」
(シバ、一度も来た事なかったんだ。それは見たかっただろうなぁ。)
 シバは出掛け先で、夕日を見たダライン様に「影絵祭は、今が一番の盛り上がりだな。」と言われ、やっとピンときたらしい。それからすぐに早退すると告げ、走って城へ帰ったと言う。俺の部屋へ行ったが既におらず、父に居場所を尋ねたとのことだった。
「シシル殿にここの場所を聞いて急いで来たんだが……間に合わなかった。」
 そう言ってうなだれるシバ。その姿は感情豊かで、俺はその貴重なシーンを目に焼き付けようと、じっと見つめた。
(こんなに落ち込んでますって表現するシバ初めて見た。)
「また来年、今度は予め休みを入れておけばいいですよ。」
「一緒に見てくれるか?」
(来年の俺はどうしてるんだろう……。)
 このままうまくいけば、来年のこの時期はアックスとの恋人ライフ真っ只中だ。しかし、忙しい彼が俺とこの祭に来れるか定かではない。
 俺はとりあえずシバに「はい。」と返事をした。
「帰りましょうか。さっき汗をかいてましたし、今日は寒いから風邪を引かれますよ。」
「ああ。急に来てすまなかったな。」
「いえ、アインラス様が走って来てくださって、嬉しかったです。」
 俺はそう言ってパッと立ち上がると、明かりが置いてある屋上の角へ行く。
「マニエラ、」
 シバが俺の名前を呼ぶ。
「帰らないんですか?灯り消しますよ。」
「ああ、だがライトが点いた。影絵は終わったんじゃないのか?」
 シバの言葉の意味が分からず振り返ると、消えたはずのライトが点灯し、再び影絵が現れた。俺は驚いて柵の近くまで寄る。
「なんでだろ。父さんの話だとこれで終わりって……。」
 呟くように言うと、シバが前を向いて感想を呟いた。
「これは……綺麗だな。」
「はい。」
 どうして突然またライトアップされたのか……理由は分からないが、白っぽい明かりに照らされた影絵は先ほどとは違って大人な雰囲気が漂う。
(シバ、どんな顔してるんだろ。)
 俺は一瞬景色から目を離し、隣にいるシバをチラッと見る。
「……ッ。」
 シバは俺を見ており、目が合うと表情を柔らかくして微笑む。
「……ッあの、あれ見て下さい!私のお気に入りです。」
「どれだ?」
「あの動物と花の、」
「ああ、あれか。確かに目を引くな。」
 俺は、焦りをごまかすように早口でその絵の説明をする。シバはそれを、楽しそうに聞いていた。

 しばらく2人でじっと絵を見つめていたが、隣の家族が再びライトアップされた絵に気付き、慌てて屋上へやってきたことで、俺達は城へ帰ることにした。
 屋上へ続く階段を施錠して、街を歩く。
「おい、広場でまたライトが点いたらしいぞ。」
「今年は10周年だし、何かあるとは思ってたんだ。」
 2人の男性は、話しながら足早に広場に向かっている。他の人々も珍しい夜のライトアップを一目見ようと、俺達とは反対方向へ歩いている。
「こっちに馬を停めている。」
「え、馬で来られたんですか?」
「ああ。」
 シバはそう言うと、少し歩いた先で預けていた馬を受け取る。
「街を出るまで一人で乗るか?私が手綱を持っておく。」
「いいんですか?」
 俺の前のめりな返事に、シバが俺の脇腹を掴んでヒョイっと馬に乗せる。
(一人で乗ったの初めて!)
 俺は、あっちの世界で子どもの時に行った牧場を思い出し、興奮してきた。
「じゃあ、行こうか。」
 シバが隣で綱を引きながら、俺はゆっくりと馬上の景色を堪能した。

「今日は、私の部屋に泊まってくれないか?」
「いいんですか?」
 街を出てからは、シバと馬に乗り城まで無事帰ってきた。そこから宿舎に向かう道すがら、シバが俺に泊まってほしいと言ってきたのだ。
「ああ、君と過ごしたいんだ。」
「あ……は、はい。」
(嬉しいけど、勘違いさせる言い方しないでほしい。)
 俺は黙ってシバに付いて歩いた。

 家に着いてから、シバは俺にお茶を淹れると、風呂に入ってくると言って脱衣所へ行った。
(そういえば、シバは走って来たから汗かいてるんだった。)
 シバが必死に走る姿は想像がつかないが、そのおかげで彼が貴重なライトアップを見ることができて良かった。
(楽しかった。)
 俺はにやける頬を手で覆うと、「うう~」と感情を静かに吐き出して、リビングの机に伏せていた。

「そろそろ寝ようか。」
「はい。」
 シバの声に、俺は立ち上がって暖炉を消す。
 帰ってきた時間も遅かったため、風呂に交代で入って、少し暖炉の前でゆっくりした後はそのまま寝ようという話になった。
 父には、シバの家に泊まると電話をし、「安静にね。」と釘を刺しておいた。
 急に今日リビングで見た父とラルクの光景を思い出してしまう。
 また変な想像をしてしまいそうだった俺は、さっさと寝てしまおうと、他の部屋の電気を消してシバの待つ寝室へ向かった。

「マニエラ、おいで。」
 シバが布団を捲ってそう呼ぶのに従い、そろっと空いたスペースに身体を入れる。
 そしていつも「近くに来い。」と引っ張られるので、そう言われる前に自分から寄ってみた。お互いの手が軽くぶつかり、俺はパッと手を引くと、眠りやすい体勢に変える。
「今日は、来てくださってありがとうございます。」
 一人で、と思っていたのが、想い人であるシバとあんなに素敵な景色を共有したのだ。俺は嬉しくてにやっとした顔でそう告げる。
(暗くて良かった。)
 枕元の明かりは最小限の光で、俺の表情までは分からないだろう。
 シバは俺の言葉を聞いて、さっき離したばかりの手をくっつけてきた。
「私は気が利かない。」
「……?」
(どうしたんだ急に。)
「だから、朝の君の電話も、意図が分からなかった。」
「それは私の言葉不足ですし、気にしないでください。」
「いや、君は悪くない。」
(急に電話をしたのは俺なのに、そこまで反省しなくても……。)
 どうして良いか分からず、おろおろとしたが、安心させるためにシバの手を握る。
「じゃあ、これからはちゃんと分かりやすく伝えますね。私もアインラス様もそうしましょう。」
「……ああ。」
「じゃあ、この話はおしまいです。今日はどうでした?」
 俺が『おしまい』と言ったので、これ以上反省ができなくなったシバが手を握り返してきた。
「君が可愛かった。」
「えっ……かわ?一体どこがですか?」
「白くてふわふわしていた。」
「あれは父さんが無理矢理……!」
 恥ずかしくなって、俺は早口であの帽子とマフラーが自分の趣味ではないことをアピールした。
 それから、ポツポツと今日何をしたのか何を食べたか話しているうちに眠たくなった俺は、途中からシバとちゃんと喋れていたのか怪しい。
「おやすみ。」
 遠い意識の中で、囁くような声とともに頬に優しい熱を感じた。
感想 4

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