鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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『黒馬の騎士』

 あの幻想的な夜から3日が経った。
 シバは次の日の昼から仕事へ行き、俺は部屋に帰って父とラルクから質問攻めに合った。あのシバが俺を探しに走って部屋へやって来たことがあまりに衝撃だったようだ。
「セラさん、もしかしてアインラス様と何かあったんですか?!」と聞いてきたラルクに、何もないと説明するのは大変だった。
(てか、何もできないんだ!)
 俺は悲しい心の叫びを、そっと胸に仕舞った。

 影絵祭後、シバとの関係は変わらず、平和に仲良く過ごしている。
 あちらは普通に接しているつもりだろうが、何気ない気配りや優しい言葉に、俺はシバのことが好きだと毎日実感させられる。それを言葉で伝えられない代わりに、出来るだけ彼に喜んで欲しいと弁当がだんだん豪華になっていった。
 そして、それに応えるように、朝夕のシバからのスキンシップもさらに増えた。
(やめてほしいけど、やめられたら寂しい。)
 俺は複雑な心境の中にいた。

 今は仕事も終わり、久しぶりにアックスと城外で会う約束をしている。イベント絡みでは無いため、純粋に楽しめるとワクワクしながら門へ向かった。

(う~、寒い~……。)
 今日は雪が降るのか、空には雲が掛かっている。
 ここ何日かですっかり冬らしい天気になり、朝夕は特に冷え込む。
 俺が白い息を吐きながらアックスを待っていると、門の前に金髪の男がやって来た。
「またお前か!」
「荷物をお渡しするだけですので。」
 男は何やら門番と揉めているようだが、俺を見ると困ったようにこちらに走ってきた。
「文官の方ですか?」
「いえ、私は手伝いをしているだけで文官ではありません。どうかされましたか?」
「文官棟宛のお荷物をお持ちしたんですが、ここで止められてしまって。」
「こちらを通った物しかお渡しできないので、すみませんがお引き取り下さい。」
「少し中身を確認していただけませんか?もし急ぎのお荷物を渡さなかったとなれば、私が怒られます。」
 どうしようかと悩んだが、門番に「城外で見る分には問題ない」と言われ、男に付いて行った。
「あの、お荷物はどこに?」
「角に馬車を止めてまして、すぐそこです。」
「門の前で確認させてもらえますか?」
 俺がそう言って立ち止まると、男は腕をグイっと引っ張った。
「……ッ!」
 慌てて抵抗するが、口に布が当てられる。
(あ、まずいッ、)
 そう思った時には、俺の意識はなくなっていた。

「んっ…、」
 目を覚ますと暗い部屋に居た。
(え、どういうことだ?!)
 俺は頭を整理する。
 俺は今日、アックスと遊びに行く約束をしていた。そして何者かに誘拐された。これはイベント④が始まったのだろうか。
(ていうか、始まり方が違う。)
 ゲームでは、主人公はアックスとの外出中に攫われる。それは今日のような無計画なお出掛けではなく、2人で話し合って決めたデートコースで……
(あ、待てよ! !もしかしたら、俺と行く場所を話し合えなかっただけで、本当ならゲームの通りだったんじゃ……!)
 ゲームでは予め行く場所を2人で決める流れがあったのだが、俺は最近シバの執務室についつい長居をしてしまい、馬小屋でアックスと十分に話す時間が無かった。
(俺のせいだ……。)
 頭を整理して、今になってやっとこれが誘拐イベントだと分かった。
 本来なら攫われるのはデートの中盤、レストランを俺が先に出た時だ。アックスは男の後ろ姿をチラッと見て、髪色から犯人を特定していた。
(たしか犯人は銀髪だったような。)
 しかし、俺を眠らせた男の髪色は金髪。
(どういうことだ。)
 混乱していると、暗い部屋に急に光が差し込んだ。緊張しながら扉の方を見る。
 閉まっていた扉は開かれ、銀色の髪が見えた。
「起きたの?」
 この顔と髪に見覚えのあった俺は、この男が誘拐犯だとすぐに分かった。
 銀髪を肩まで伸ばし、優しそうに笑う男の名前はエル。こいつはとんでもない変態で、主人公をここへ監禁し、一生彼だけの『秘密の伴侶』にすると言うのだ。
(これから2日間エルと一緒。いや、アックスがエルが犯人だと気付くのが遅くなれば、もっとか。)
 俺がゾッとしていると、エルが近づいてきた。
「セラ、おはよう。僕のこと分かる?」
「……誰?」
(会話選択も間違えないようにしないと。)
「昔だから忘れちゃった?あんなに仲良しだったじゃないか。」
 男は落ち込んだ様子で俺の隣に腰掛けると名前を名乗る。
「エルだよ。」
「……事故で記憶がないんだ。だから、昔のことは分からない。」
「記憶が無いの?……へぇ、」
 エルは「そっか。」と嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また僕のこと好きになってくれたらいいよ。」
「……え、」
「これから楽しみだね。」
 エルは俺の手の上に自分の手を重ねてきた。その感触にぞわっと鳥肌が立つ。
「無理矢理連れてきてごめんね?でもセラが逃げるから。」
「逃げる……?」
「ああ、説明しなきゃね。僕を置いて急に村からいなくなったんだ。僕、すごくショックだったんだよ?」
 エルは、村で俺達がどんなに仲睦まじく暮らしていたのかを話し出した。
 自分に都合良く話しているのだろう、俺が言わなそうな台詞や、しないであろう行動ばかりで、その内容に呆れる。
「あの、俺をどうする気?」
 ゲームでは、エルはアワル村に住んでいた近所の子どもで、主人公のことが好きだった。しかし、アックスがあの村へ下見に来て、主人公と仲良く遊ぶ姿に嫉妬する。そしてアックスが帰った後、主人公を無理やり森の奥に連れていき、そこにある洞窟に監禁しようとしたのだ。幸い、気付いた大人達によって止められ、それは未遂に終わった。
 ゲームと俺の人生が一緒なら、俺も幼い頃に監禁未遂にあったことになる。覚えていないのが幸いだが、相当な恐怖だっただろう。

 父と俺がなぜ王都へ行ったのか、俺には理由が分からない。正確には記憶を無くしてしまったのだが、父がそのことにホッとしているのを見ると、引っ越した理由を聞くことはできなかった。
(エルのことがあったから、父さんは王都に行くことにしたのかな。)
「大好きなセラに酷いことする気はないよ。ただ、ずっと2人きりでいたいんだ。」
「あの、『ずっと』って……、」
「ここで一生僕と暮らそう。可愛いセラがまた他の男と遊んじゃいけないから、外へは出してあげれないけど、大切にするよ。」
「……。」
 今、にこやかにベッドに座っている男は、またしても俺を監禁しようとしているのだ。俺は恐ろしくなり、重ねられている手を逃げるように引いた。
(こいつ、頭がおかしい。)
 俺は助けが来ると分かっているため、なんとかパニックにならずに済んでいる。しかしゲームの主人公は本当に何も知らずにここに連れて来られたのだ。さぞかし怖かっただろう。
(アックス、早く助けに来て……!)
 逃げていった俺の手を見て、「恥ずかしがらなくていいよ。」と見当違いな発言をして笑ったエルは、食事を用意すると言って扉から出て行った。
ガチャン……と鍵のかかる音がした。

(こ、怖かった……。)
 今までの人生の中で、ああいった人種に出会ったことはなかった。俺は今さらになって身体がガタガタと震える。
 この2日間、主人公はエルに襲われることはない。しかしそれは会話選択を間違えなかったらの話。もし間違えればどんな酷い目に遭うのか……想像もできない。
 俺は深呼吸して、とりあえず体力を温存せねばと食事を待った。

「思ったより落ち着いてるね。嬉しいよ。」
(落ち着いてられるか!こっちは震えないように頑張ってんだ!)
「嬉しいなら、ここから出してくれる?」
「それは駄目。僕以外と話さないって誓えるなら、いつか出してあげるかも。」
 不本意ではあるが、俺はエルの手から食事を食べている。
「どれから食べたい?」と優しく聞かれたり、嬉しそうに口元を拭われたりする度に「やめろ!」と言いたくなるが、主人公はエルの機嫌を損ねないように彼に従っていた。ならばそれが正しいのだろう。
「全部食べてえらいね。」
 よしよしと頭を撫でられる。するっと頬に手を添えられると、何かされるのかと怖くなり、肩がビクンと動いた。
「ここはどこなの?」
「うーん、王都ではないよ。まだ教えない。」
「仕事には行かなくていいの?」
「セラは気にしなくていいよ。」
 エルはそう言うと、食器を下げに下へ降りて行った。部屋の鍵がまたガチャンと閉められた。
(何も教える気ないみたい……。)
 会話選択の通りに聞いてはみたものの、俺はここがどこだか既に知っている。
 王都からだいぶ離れた工業が盛んな町で、彼は借りた家の2階の部屋に俺を閉じ込めている。仕事は繁忙期の始まる春まで休みを貰っており、その間に俺を懐柔、もしくは洗脳するつもりなのだろう。
 アックスが俺を見つけることができたのは、俺の父であるシシルが、アックスから聞いた髪色を頼りに犯人をエルだと特定したからだ。しかしそれには、アックスが「犯人は銀髪の男であった」とシシルに言わなくては意味がない。
(アックスは犯人を一切見てない。)
 どういうわけか、ゲームとは違った場所で誘拐され、ここへ連れてこられた。

 俺はあの時の状況をもう一度整理してみることにした。
(待てよ……ゲームでは、待ち合わせの時に何かアックスと会話があった。)
 メモに『門では会話選択無し』と書いてあったため、深く考えていなかったが、あそこで確か少し会話したような……。俺は半年以上前のゲームの記憶を掘り起こす。
(なんかあったっけ?)
 頭をフル回転させていると、やっと何を話したのか思い出した。
『何か揉めてるみたいだな。隣から出ようか。』
(これだ!!)
 アックスと出掛ける前、門で門番と何者かが揉めているのを見て、主人公とアックスは隣の小さい関係者専用の門から出た。
 思い出した自分に拍手を送りたい。俺はやっとモヤモヤが晴れベッドに寝転がる。
(あの男は、主人公を攫いに来たのか。)
 ということは、あの金髪の男はエルの仲間ということになる。ゲームでは、門で攫う作戦が失敗したため、エルが主人公を直接攫いに来たのか。
(何で俺、あいつに付いて行っちゃったんだろう。)
 優しい人々に囲まれて生活しているせいか、すっかり平和ボケしていた。
「はぁ~……。」
ガチャ……
 俺が自分の情けなさに反省し、うつ伏せに寝転がると、部屋の扉が開いた。
「寝てたの?」
「……。」
「長旅だったから疲れたでしょ。」
 エルは扉を閉めると、ベッドの近くに椅子を持ってくる。そしてそこへ腰掛けると、ベッドにうつ伏せている俺の背中を撫でてきた。
「……ッ!」
 何をされるか怖くて、バッと身体を起こすと、エルは「猫みたいだね。」と言って笑った。俺は思わず手を払いそうになったが、怒らせるのは良くないと、ギリギリで抑えた。
「セラが大人しくて良かった。躾をすることになったら可哀想だから。」
「……痛いのは嫌。」
「痛いことはしないよ。でも、気持ち良すぎて辛くなるかも。」
(ひっ、一体俺に何する気だよ!)
 俺は真っ青な顔でエルを見る。
「今はしないから安心して。セラがここから出ていこうとしたら……分かんないけどね。」
 にっこりとした顔のまま、そう言って俺の肩に手を置くエル。俺は抵抗するのも怖くなり素直に頷く。
「分かった。」
「良い子だね。」
 エルはそのままベッドに上がると、俺を横にさせ、一緒に寝転がった。
「ッ何?!」
「一緒にお昼寝しよっか。久々にセラを抱きしめていたいな。」
「やッ……、」
 俺が身をよじって逃げようとすると、エルは俺の口元に手を当てた。
(あ、これ、)
 手には小さい布があり、俺は意識を失った。
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