鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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婚約者役のお務め

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「だいぶ様になってきたな。」
「良かったです。」

あれから3日が過ぎ、明日はいよいよ城で王女様の使者と面会する。
この3日間も暗い部屋で婚約者に見えるよう特訓をした。昨日と今日はウォルの仕事仲間兼友人であるという男性2人に使者役を任せ、4人で模擬会食を行った。明日はこの2人も給仕として参加し、会食の会場もこの部屋であるとのことだった。

「セラ、付いてるぞ。」
「え。」

ウォルは俺の口元を手に持った布巾で軽く拭う。わざとやったとはいえ、子どものようで恥ずかしい。

「ウォル、ありがとうございます。」
「完璧だ。照れている感じもよく出せている。」

俺は特に演技はしていないのだが、褒められたのでその言葉を素直に受け取っておく。

食事も終わり、ウォルの友人2人は明日の予定を確認して部屋から出ていった。俺も帰ろうと席を立った時、ウォルに「明日通る場所を下見するぞ」と止められてしまった。

「わぁ、今日は満月だったんですね!」
「久しく見た気がするな。」

2人で外へ出て庭の奥にある木の近くに腰掛ける。ここは彼が俺と初めて出会った場所であり、明日はここを通る時にこの場所を懐かしむ…という流れも組み込まれている。
ウォルは寝転がり空を見上げた。チラっと彼を見るが眼鏡に月が反射しており、その表情は分からない。

「セラ。俺はお前と話してみたかった。」
「…ウォル?」

突然の言葉に「演技か?」と怪しむが、ウォルは真剣な顔をしている。

「えっと、あれから1度も機会がなかったですね。」
「何度か見かけたが、お前はいつも周りに囲まれていて楽しそうで…なんとなく声を掛けることができなかった。」
「そうなんですか?」

(1回食堂で会ったこととエヴァンの事件の件で会ったのは覚えてるけど、他にも何度か会ってるのかな。)

ウォルは上を向いて寝ていた身体をこちらに向け、俺の腕を引いた。体育座りしていた身体はコロンと芝に転がり、ウォルの顔に近づいてしまう。

「わ、急に引っ張らないでください。」
「なんでだろうな。一目見ただけでこんなにお前のことが…。」

(待って、これ…イベントの台詞じゃん。)

攻略しなくて良いので気にしていなかったが、これまでの5日間に及ぶウォルとの婚約者特訓は、ゲームで発生する大型イベントである。そして、このウォルの台詞には覚えがあり、正しい選択肢も知っている。
①「答えは、自分で考えてみてください。」②「もう特訓は終わったんだから、いつまでも演技しないでください。」
この選択肢のうち①を選べば、ウォルは主人公への気持ちを真剣に考え始め、もうすぐ訪れる最後の告白イベントへと続くのだ。
ウォルはじっと俺の目を見つめており、返事を待っている。

「あの…もう特訓は終わったんだから、いつまでも演技しないでください。」

俺はウォルのおでこをピンと弾いて座り直す。ウォルはその言葉を聞いて、「そうだな。」と言って少し笑った。

「さぁ、明日は頼むぞ。」
「はい。休日出勤は手当も25%アップなので、頑張ります!」
「ああ。無事終わったら俺からも何か渡そう。」

「欲しい物を考えておけ。」と言って俺の頭をクシャっと撫でると、ウォルは先に歩き出してしまった。俺はその背中を追いながら、父が欲しがっていた圧力式の鍋でもお願いしようか…と考えていた。





「行ってきます。」
「セラ、こんな朝早くから出掛けるの?」
「うん。ダライン様の仕事のお手伝いに行くんだ。」
「え~!お休みなのに…可哀想なセラ。」

父さんは最近遅くまで出掛けている俺が、休日まで忙しいことを心配しているようだ。

「大丈夫だよ。明日からは何もないし、お給料も出るから。」
「うん。…気を付けてね。」
「はーい。」

俺は不安げにこちらを見る父に見送られ、宿舎を後にした。


いつもウォルと会う部屋へ行くと、着替えるように言われる。 

「よし、いいな。…いや、ネクタイが曲がっている。」
「すみません。」

ウォルは俺にスーツを着せて鏡の前に立たせる。そして左に少しだけ上がっていたネクタイを後ろから抱き込むように直した。

「おい。こういう場合はどうするんだ…。」
「えっと、ウォルの腕をつかんで、」

俺はウォルの腕に両手を添えると、後ろを振り向いてにこーっと笑った。顔は息がかかるくらいに近い。

「そうだ。今日は気を抜くなよ。」
「はい。」

(そのまま会話されると、気まずいんだけど…。)

しかし今日失敗すれば、ウォルだけでなく、文官長や王にも迷惑が掛かってしまう。俺は頭の中で「ウォルは俺の婚約者…大好き大好き…。」と呪文のように唱えた。



「お出迎えに感謝します。今日は婚約者の方もご一緒されると伺っておりますが。」
「こちら、私の婚約者のセラ・マニエラです。」

ウォルが俺の肩をふんわりと抱き、俺もにっこりと笑顔で挨拶をする。

「マニエラと申します。」

使者は想定していた通り2人であり、今回の俺達の様子等をゼルとその妹である王女に伝えるらしく、俺の一言一句に耳を傾けてくる。
ウォルは挨拶もそこそこに、使者達を城へ案内した。

ウォルは彼らを応接室へと案内した。ここへ来る間も、俺達は腕を組んで歩き、中庭では「私達が出会った場所ですね…。」と零してお互いを見つめ合った。
俺達のラブラブっぷりを見せつけられた使者達は、言いにくそうに今回の訪問の件の内容を伝えた。

「殿下はレイブン様の最終的なお返事を頂きたいとのことです。」
「ふむ…前回の説明ではご納得いただけていないということですね。」

使者達は、俺達を別れさせウォルを国に連れ帰るのはもはや難しいと感じているようだが、王子であるゼルに指示されたため逆らえないといった様子だ。

「だそうだが、セラ。どうしたものか…。」
「私はウォルと離れたくはありません。」

(ここで、泣きそうな顔で俯く!)

頭では、シバに「お前など嫌いだ。」と言われるシーンを想像している。俺はゲームの攻略で頭がいっぱいであり、よくシバを困らせている。彼がいつかそう言って俺を突き放してもおかしくはない。そして、そんな未来を想像すればするほど、本当に悲しくなってきた。
予定では『悲しげに』とのことだったが、自然と目に涙が溜まってくる。

「セラ…。」

ウォルが俺の顎を指で掬う。

(あれ?ここで横から抱きしめるんじゃ…。)

俺は近づいてくるウォルの顔を滲んだ目でぼんやりと見た。

ちゅ、
俺にだけ聞こえるくらいの小さい音がしてウォルの顔が離れる。瞼にはほのかに感触が残っており、ウォルが俺の涙に口付けたのだと分かった。

「セラ、泣かないでくれ。きちんとお断りする。」
「ウォル…。」

(予想外の事はされたけど、このまま流れに乗っておいた方がいいよね。)

それからは真剣に使者達と話すウォルにくっついて、不安げな顔をキープしたまま過ごした。



「セラ、応接室ではどうした?演技だとしたら完璧すぎるぞ。」
「悲しい事を思い浮かべたら自然と…。」
「…俺も本気にするとこだった。」
「え?」

「違うならいい。」と言ってウォルは椅子に腰掛ける。
あれから今回の婚約申し入れの返事と断りの為のサインを書いたウォルは、後は話をうまく伝えてもらう為に使者達をもてなした。彼らは既に婚約に関しては諦めモードであるが、俺とウォルの関係をまだ少し疑っているのか、観察するような視線を何度も感じた。

(あとはあの部屋で夕食を食べたら終わりか…。)

今は束の間の休憩であり、ウォルの仕事仲間が使者達を休める部屋へ案内している。
俺は医務室近くにある馴染みの部屋を使っており、そこでようやく息をついた。部屋に入ってすぐ、ウォルが俺に涙の理由を尋ねてきたため、演技であると伝えると彼はそのまま椅子に腰掛けテーブルに肘をついて休んでいた。

「食事の時も頼むぞ。」
「はい。5日間も練習したんですよ。ばっちりやってみせます!」
「これで終わりか。」

ウォルが呟くように言う。

「長かったですね~。演技って疲れませんか?」
「俺は、案外楽しんでいる。」

(へぇ~、婚約者同士のフリなんて疲れないかな?)

ゲームのウォルルートにいる主人公と違って仲良くもない俺との演技は気を遣うだろうに…心配させまいとそう言ってくれてるのかと考え、ウォルにも優しい部分があるなと感心した。

コンコン、
「レイブン、準備できたか?部屋の用意が整ったぞ。」

ウォルの仕事仲間からの声掛けで、俺達は椅子から立ち上がる。

「さ、行こうかセラ。」
「はい、ウォル。」

隣に立つ男の腕を取り、俺は行き慣れた夕食会場へと向かった。
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