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8.ディランとお出かけ
しおりを挟む次の日、目を覚ますと頭がとてもすっきりとしていた。
たくさん寝ただけなのにとても気持ちが明るくなって、なぜ昨日の夜あんな愚かなことをしようとしたのか、全くわからないほど気分が良かった。
やはり睡眠不足はこわいなあと呑気に思っていたが、呑気なのはルシアだけでディランの表情は暗かった。
ルシアが起きた途端、隣で寝ていたディランも慌てて起きてルシアの腕をがっちりと握った。どこに行く気だと言うのような目は明らかに怯えていてルシアは申し訳なくなってディランを抱きしめた。
「もう大丈夫だから」
そう伝えたはいいものの、ルシアよりも慎重で疑り深いディランがそう簡単にその言葉を信じるはずもなく、どこに行くにも付き纏われ監視された。
それからすぐに家の中からハサミや包丁、ペーパーナイフなどの刃物は消え、玄関にはディランにしか開けられない鍵がついた。
ルシアが出ていける大きさの窓には全て鉄格子が嵌め込まれ、気づいたら別荘は大きな鳥籠のようになっていた。
ディランは特にルシアがあの日しようとしたことに触れたり、ましてや責めたりする事はなかったが、家が変わり、ディランの性格もより一層神経質になったことから、とても大きな過ちを犯したのだとルシアは気づき深く反省した。
でも、鳥籠の鳥のようになってしまったのに嫌だとか不自由だと思う気持ちはなくて、この居心地のいい鳥籠という名の檻の中にずっと居たいと思うルシアがいた。
「そこまで心配ならついて行くよ」
食料品や生活用品の類は全てディランが街まで買い出しに行ってくれていた。魔草は1ヶ月に一度必要な量を業者に運んでもらっているため、細々とした生活用品だけ街で揃える必要があった。
普段は2、3日に一回、ディランが買い出しに行くのだが、その日は湖でのことがあったばかりでルシアに一人で留守番させる事をディランがかなり心配そうにしていた。
基本的に無口で物静かなため、表面的には普段と変わりないのだが、いつもより外に出る準備が遅く、なかなか出発しようとしない。
ルシアはその様子を見ていてよそ行きのワンピースに着替えた。
こうなってしまったのはルシアのせいだとわかっていたから。買い物について行くことで、ルシアを監視することで安心できると言うのなら、いくらでもそうさせたかった。
もともと外に出るのが嫌いなわけではなかった。
ただ、出る必要がないから外出することはなかった。ディランの家事能力があまりにも高すぎるせいで任せっきりになってしまっていただけなのだ。
久しぶりに歩く街は思いの外楽しくて、ルシアがあれこれと興味を持って見ているとディランを足を止めて見ていこうと言ってくれて、惹かれた店に入って見たり、屋台で軽食を買って食べて見たり、普段は行かないような場所にたくさん行った。
昔、家族と行った街は全く面白味のない場所に感じたのに、ディランと歩く街はとても楽しかった。
この商品を見たら、あの屋台のおやつを食べたらディランは何というだろう。どういう反応をしてくれるだろうと思うとつい足を止めてディランの服の裾を引っ張った。
両親や使用人に同じ事をすると必ず面倒臭そうにされたり無視されたのにディランは必ず足を止めてルシアの話をよく聞いてくれた。
時刻はすっかりと夜になってしまい、いつもならとっくに買い出しから帰宅している時間を過ぎていた。ルシアが興奮してあれこれ店を見て回っていたせいで遅くなってしまった。
途中からルシア自身もはしゃぎ過ぎたと反省し、買い物を早く済ませようとしたのだが、なぜだかルシアが面白そうだなと思う店の前でディランは必ず立ち止まり、見て行きたいと言うものだから、ついつい付き合っているうちにルシアの方が店の商品に見入ってしまうというのを繰り返して結局こんな時間になってしまった。
節約家だと思っていたのに、ルシアが興味を持ったものをすぐに買おうとするからそれを止めるのにも時間がかかった。
明らかにルシアが面白がって見たり触ってる商品には触れないのだが、魔導具や美しいランプ、たまにアクセサリーなど心の中で欲しいなと思ったものほど、その気持ちを見抜くように買おうとするものだから止めるのは本当に大変だった。
あらかた見て周り、本来の目的だった日用品を買って帰ろうとしたところでルシアはディランの手を引いた。
立ち止まるとルシアはディランの顔をまっすぐに見て告げた。
「家に帰ったら、聞いて欲しい話があるんだけど。私がいなかった日のこと、私があの別荘に住むことになった昔のこと」
ディランはルシアの手を強く握り返すと心配そうな顔をしていた。
話すことでルシアがまた辛い気持ちになるくらいなら、一生話さなくてもいいとディランは言ったが、本当はディランはとても知りたいと思っている事をルシアは知っているし、それに今のルシアならちゃんと冷静に全て話せるような気がした。
ルシアが全て話すと伝えるとディランは聞くと言ってくれて屋敷に帰ったら話す約束をした。
街中で立ったまま話しているとルシアはぶるりと震えてくしゃみをした。こんなに夜遅くなるとは思っておらずかなり薄着で来てしまった。手で冷えた腕をさすっているとディランは着ていた羽織をルシアにかけてくれた。
ディランが寒いのではと断ろうとしたが体は丈夫だからと言われ押し付けられてしまった。たしかにディランは幼い頃から風邪をひいたところを見たことがない。
ルシアは体調管理が苦手なためすぐに風邪をひくのだが、ディランに家事を任せるようになってから風邪をひかなくなった気がする。
ルシアの分までしっかり面倒を見てくれるなんて、とディランの管理能力の高さに感動していると、またくしゅんとくしゃみが出てディランは眉を顰めた。
暖かい飲み物を買ってくると言われてルシアは広場のベンチに座らされた。
辺りは街灯が灯り、少し肌寒いが街中ということもあり人通りはそれなりにある。通りの向こうの少し離れたところでディランがホットココアを買っているのが見えた。
本当に優しい紳士に育ってくれてよかったと思いながらぼんやり眺めていると目の前の通りを馬車が通った。
さっきも街を歩いている時に数台馬車が通るのを見た。
この国で馬車に乗るのは貴族か裕福な商家くらいだ。
王都ならまだしも、王都から少し離れたルシア達の住む街で辻馬車以外の個人所有の馬車が走っていることはかなり珍しい。
何かイベントでもあっただろうかと考えて、数日前に新聞に載っていた記事を思い出した。
近々王都で帝国との交流を兼ねた若者だけの舞踏会が開かれる。
新聞の見出しには大きくそう書かれていた。
友好国になったばかりの帝国と関係を深めたいこの国の王は、交流を兼ねた舞踏会と称してこの国と帝国の貴族の男女をくっつけて国同士の結びつきを強くしようとしているようだった。
いわば国主催のお見合いパーティである。
舞踏会の参加者については、この国の貴族の中で年頃の男女がいる家庭から一人以上が強制参加と記事には書かれていた。性別は不問。年齢は竜人族が長寿で200歳くらいまで生きる関係で人族の場合は16から40歳まで。
伯爵家の娘で26歳のルシアにも参加する資格はあるが、11年間舞踏会から遠のいているルシアが呼ばれるとは思えなかった。
ルシアの研究のためにも舞踏会に参加して竜人族とお話がしたかったと残念そうにディランの前で告げると、そんなことのために利用すべきでない、参加者に不誠実だと嫌悪感を強く顔に出しながら言われ、確かにそうだなと歳下のディランに指摘された恥ずかしく思ったのをよく覚えている。
この街の令息、令嬢たちがお見合いパーティに向かうための馬車なのだろうかと、道を走る立派な馬車を見ていると、その馬車はルシアの前で止まった。
なぜだろうと思っていると後ろからルシアの口元にスッと手が伸びてきて驚いて仰け反った時には白い布地を鼻と口に押し当てられた。
まずい。
ルシアのよく知る魔草の香りがして、睡眠薬だとわかり、抵抗しようと思ったときにはもうルシアの意識は朦朧としていた。
体は動かず、意識は朧げで誰かに掴まれると無理やり運ばれて馬車の中に放り込まれた。助けを求めないと、と思い声を上げようとするが布をそのまま口に突っ込まれてまともな声が出ない。
ディランに外は危険だと毎日のように言われていたが、本当に誘拐されるとは思っていなかった。
今日は特にディランと一緒にいたため気を抜いていた。
ディランはディランでルシアを一人っきりにしないことに注意しすぎて、人目のある場所ならば安全だと気を抜いていたのだと思う。
後は単純に毎日仕事をしながらルシアを24時間監視し続けて疲れていたのと、今日は久しぶりのお出かけだからかディランも一日中浮かれた様子だった。
ディランはルシアがいなくなったのに気づいたらどんな顔をするだろう。
ルシアが湖に落ちそうになった時、ディランは酷い顔をしていた。
またあんな苦しそうな顔をさせてしまうのだろうか。
それは嫌だな。そう思っているうちにルシアの意識は途絶えた。
「ルシア…!ルシア!」
頭の奥のすごく遠いところでディランが必死に叫ぶ声が聞こえた気がした。
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