【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

椿かもめ

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32.お見舞い

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「沙彩ちゃん、お見舞いに来たよ」

 翌日、私は長谷川くんと一緒に沙彩ちゃんのお見舞いへとやってきた。
 長谷川くんは昨日言った通り車で迎えにきてくれ、共に病院へと向かった。

 手土産のクッキーを渡し、喜ぶ沙彩ちゃんを見て私もつられて笑顔になる。

「紗雪お姉さん、来てくれてありがとう! すっごく嬉しい! お兄ちゃんから色々紗雪お姉さんのこと聞き出そうとしてたんだけど、全然話してくれなくて」

「そうなの、長谷川くん?」

「別に話すことなんてないし……」

 そう言って気まずげに目線を逸らす長谷川くん。そんな彼に対し、ムッと頬を膨らませている沙彩ちゃんが愛らしい。

「いっつもこうなの! なんかあるとすぐ『別に』とか『関係ない』とか……紗雪お姉さん、どう思う?」

「うーん、ちょっとそっけないよね。こんな可愛い妹さんがいるんだから、もっと可愛がってあげないと」

「そうだよね! 私、お兄ちゃんじゃなく紗雪お姉さんみたいな人が姉だったらよかった!」

 沙彩ちゃんがそんなことを言うと、背後に『ガーン』と効果音が出そうなほどに長谷川くんは肩を落とす。
 長谷川くんって意外とシスコンなんだなと思い、沙彩ちゃんと一緒にくすくす笑い合う。

 でもこんな可愛い妹がいるならそうなるのも必然かなと思った。

「そうだ! 沙彩ちゃんってもうすぐ誕生日なんだよね。だからさ……」

 私は昨日購入したプレゼントを紙袋から取り出し、沙彩ちゃんに渡した。
 もちろんこのプレゼントはパリ・オペラ座バレエ団時代の貯金を切り崩して購入したものだ。

 所属したときはバレエ用品などにお金をかけるだけでで、それ以外にこだわりのなかった私。
 一応そこそこ溜まってはいたのだ。

「わああ! すごい嬉しいです! ありがとうございます! 開けてもいいですか?」

「もちろん!」

 律儀に開けてもいいかと聞いてくるところに育ちの良さを感じる。
 沙彩ちゃんは包装紙を取り除き、中の箱を開けた。

「あっ、メイクボックスだ! 今すごく流行ってて私、ずっと欲しかったんです」

「私も沙彩ちゃんくらいの年齢のときはお化粧品に憧れてたんだけど、お化粧品って大人のものってイメージだったから買ってもらうこともできなくて。でも今は女の子用のメイクアップセットなんて置いてあってびっくりしちゃった」

「さすが紗雪お姉さん! 気持ちがわかってる! ありがとうございます!」

 満面の笑みで中のメイクボックスを開け、お化粧品の一つ一つをキラキラとした目で見つめる。
 子供用ではあるがパッケージも安っぽくなくて本格的だ。

 中にはリップやアイシャドウ、パウダーなどが入っており、どれも子どもの肌に優しいと書かれていた。
 ショッピングモール内にあるおもちゃ屋でも今女の子に大人気らしい。

「センパイがくれたんだ。大切に使えよ」

「分かってるよ! そんな羨ましそうな目で見てきたってお兄ちゃんにはあげないんだから」

「羨ましそうな目って……」

 なんだ長谷川くんもメイクボックスに興味があったのかと私は少し瞠目する。
 たしかにバレエの舞台では男性でも自分で舞台メイクを施すため、興味を持つこともやぶさかではない。

 それに最近ではメイクをする男性も増えているし、そうおかしなことではないだろう。
 温かい目線を送る私に気が付いたのか、長谷川くんは「そういう意味じゃないんですが」とボソリと呟いていた。

 どういう意味なんだろうと目を瞬いていると沙彩ちゃんが小さく肩をするめる。

「これは口下手なお兄ちゃんがいけないのか、鈍感な沙彩お姉さんがいけないのか……まあどっちもだね」

 沙彩ちゃんは大人びた表情で言った。
 
 こうしていろんな話をして盛り上がっていると、途中で啓一郎さんのことも話題に上がる。
 どうやら啓一郎さんは若手のイケメン医師として病院内の女性──主に奥様方に人気とのこと。
 よく差し入れなども貰っており、その度に「ありがとうございます」と爽やかに微笑む姿に胸をキュンキュンさせる王子様と評判らしい。

 たしかにあの見た目と穏やかな対応なら、ファンクラブが出来てもおかしくはないなと私は苦笑する。

 私は心の中で『出張から帰ってきたらからかってあげよう』とネタができたことに喜んだ。

 色々話し込んでいると日が高いうちに来たはずなのに、すでに夕日が顔をのぞかせている。

「楽しく話してたからこんなに時間経ってると思わなかった」

「そろそろ帰りましょうか、センパイ」

「えー! もう、帰っちゃうの! もっといてよー! なんならお泊まりしてって!」

 パタパタと掛け布団に手を打ち付ける沙彩ちゃんに長谷川くんは「センパイも忙しいんだから無理を言うな。それに今日は調子が良かったけど、無理をしすぎるとまた悪化する」と冷静に諭す。

 たしかに話しているだけでも入院している沙彩ちゃんにとっては身体に負担をかけてしまうかもしれないのだ。
 あまりにも楽しくて忘れてしまっていたが、沙彩ちゃんは難病を患っているのだ。
 
「今日は楽しかった。またお見舞いに来るから、そのときにもお話ししましょう」

「うん。……紗雪お姉さん。言ってなかったんだけど……私、将来は紗雪お姉さんみたいなすごいバレリーナになりたいんだ。だから頑張って病気治す。……そしたらさ、私にバレエを教えて欲しいんだけど……だめ、ですか?」

 沙彩ちゃんからそのような言葉が出てくるとは思わず、私は目を丸くする。
 以前ならおそらく息苦しく思っていただろうその言葉は、今では心を温めてくれる言葉に変わっていた。

「……うん、私でよければ教えるよ。だから……待ってるね」

 頑張れ、とは言わなかった。
 沙彩ちゃんはすでに頑張っているからだった。

 私の短い言葉に沙彩ちゃんは────にこりと笑った。

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