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37.新聞 啓一郎side
しおりを挟む2日後。
いまだ入院中の俺の部屋をノックし、慌てて入室してくる紗雪の姿があった。
「啓一郎さん、これみてください!」
紗雪の取り出したのは1部の新聞だった。そこの一面を指差して言う。
「梅本と梅本のお父様が逮捕されたみたいです。啓一郎さんと熊沢さんのおかげですね」
そう言って紗雪は頬を緩めて喜ぶ。
俺たちは梅本を逃がさないために色々動いたのだ。まあ俺たちと言いながら、中心となってくれたのは熊沢なのだが。
熊沢の父親は警察庁長官だった。
元々は警察官のエリート家系で生まれたのだが、なぜか一人だけ医者になったという変わり者が熊沢だった。
あの日────梅本に絡まれて長谷川くんに助けられたという連絡をもらった日。
俺は紗雪からの電話をもらったあと、すぐに熊沢へと連絡をした。
『紗雪のことを梅本っていう医者が付け狙い始めるかもしれない。だから梅本に監視をつけてくれないか?』
『梅本って……あいつか、関西の大学病院の院長を父親に持つボンクラ息子! 懇親会でも顔を見かけたけど、結局一度も話さなかったんだよな……まあ、少し親父に話しといてやるよ。多分少しくらいなら監視つけられると思う』
『ありがとう。恩に着る』
熊沢はその父親に頼み、梅本の身辺を探ってくれた。だからこそ紗雪が誘拐されたということをいち早く知ることができたのだ。
ちなみに熊沢の家には専属のSPや特殊部隊の訓練兵などがうろうろしているなどという噂があったのだが。このスムーズな対応を見るにあながち間違いではないのかもしれない。
紗雪が誘拐された際の連絡後、俺の方が先にホテルへたどり着いたのは梅本が甘くその監視を撒いたのだと言う。
どうやら梅本側も裏の世界に通じる人間を何人か雇っていたようだ。ただ、ホテルの周辺を警察関係者がうろつき始めたところを見てさっさと逃げたみたいだ。だからこそ、俺は梅本ひとりを相手にするだけで済んだ。
「でも梅本さんだけが逮捕されるのは予想範囲内でしたけど、まさかそのお父さんまで……」
「以前から色々と黒い噂が立ってた人だったからね。裏金や横領はもちろん、裏口入学まで」
「裏口入学?」
俺は頷いた。
梅本の大学へと入学は実の所本人の実力ではなく、裏で多額の入学金を支払って特別にとのことだった。
梅本の父親の黒い噂については元々警察関係者の耳に入ってはいたが、上層部がなかなか重い腰を上げなかったそう。その警察上層部も梅本の父親から多額の賄賂を受け取っていたのだから手に負えない。
熊沢の親父さんはその警察関係者と医療関係者の膿を全て取り除くとのことで、今回一斉検挙に出たそうだ。ちなみに警察上層部も何人か逮捕されており、今、日本中を騒がせている。
「逮捕の決め手になったのは……ボイスレコーダーだ。実は紗雪のいるホテルにたどり着いてからずっとポケットの中でONにしていたんだ。くる前に熊沢にそのことを伝えてあったから、勝手にポケットから持っていってくれたたみたいだ」
「そこまで用意周到だったんですね……でも驚きました。まさか熊沢さんが警察官の家系だなんて」
「今の話でそこ驚くか。……まあ確かにあのお調子者じゃあ実家はパン屋って言われたほうが似合いそうだ」
俺がそう言うと紗雪は「たしかに熊沢さんの性格からすると似合うかも」と笑った。
そうして話を続ける。
「元々梅本の被害者は多くいたんだ。学生時代から素行も悪くて明らかに裏関係者ってやつとつるんでいたし、女関係ではよくいざこざ起こしていたし」
「他にも被害女性がいたんですね」
「うん。紗雪と同じ手口でホテルとかに連れ子まれてそのまま。被害女性の訴えで示談になるケースもあったけど、基本的には訴えすら聞いてもらえず泣き寝入りになる人もいたみたいだ」
紗雪は眉を吊り上げる。
「本当に最低な人ですね! この人が捕まらなかったらこの後にも何人の人が被害にあってていたか……」
「ほんとそうだよね。捕まってくれてよかった。……俺としてはもちろん被害者たちは可哀想だけど、それよりも……紗雪に手を出そうとしたこと……万死に値するからさ」
「……?」
どうやら後半は声が小さくてよく聞こえなかったのか、紗雪が愛らしく首を傾げる。
そんな姿を見て、また愛おしさが募る。
「紗雪……かわいいね」
俺は紗雪の手を取り、そのほっそりとした背中に手を回す。そして出来うる限りの愛を込めて抱きしめる。
「啓一郎さん……」
紗雪は名前を呼び、ベッドに座っている俺の胸元に顔を埋めた。俺も紗雪の肩口に顔を寄せると甘い───石鹸の清潔な香りがした。
俺たちは抱きしめあっていた腕を解き、顔を寄せて額をくっつける。
そして────唇を合わせた。
紗雪のふわりとした口唇を味わうように何度も角度を変え、軽く食む。
そしてそのまま口内に舌を入れようと────。
「……っ! これ以上はダメです!」
「どうして?」
「啓一郎は病人ですから! 体に負担になることはダメなんですから」
頬を赤らめながら口を尖らせる紗雪はまた一段と可愛らしく、俺は愛おしさに目を細めた。
紗雪は俺の天使で────俺の愛おしい妻だ。
もう手の届かない存在などではないのだから、いつでも愛することが出来るのである。
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