【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

椿かもめ

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38.退院

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 私は買い物を終えて帰宅するとすでに夕方だったので、急ぎで夕食の支度をする。

 元々啓一郎さんは医者という職業のためか不定休であり、最近では丸一日帰ってこないこともあった。
 食事が取れないときもあるほどで、栄養バランスが心配になった私は自分から作りますよと前のめりに伝えていた。

 啓一郎さんはどんなにその料理が不味くても『美味しいよ』と言ってくれるひとだ。
 以前、砂糖と塩を入れ間違えるという定番ミスを犯したときも顔色ひとつ変えずに食べきてってくれて、いざ私がその料理にありついたとき、ようやく気がついたという事件もあった。

 そのとき私は反省したのだ。
 リラックスするための家で気を遣わせてしまった事実に。

 そこから私は料理に関して試行錯誤を始めた。そのおかげか最近では自分の料理を食べてくれる人がいることの喜びさえ感じ始めている。
 料理自体も少しずつ上達している実感も抱いていた。

 私も結婚生活に慣れていっているなとしみじみ思う。そしてそんな自分はとても恵まれているのだとも。

「さーゆきっ。今日はなに作るの? 手伝おうか?」

「大丈夫です! 退院したばっかりなんですから、座っててください」

 啓一郎さんは調理中の私の背後に周り、後ろから抱きしめるようにして手元を覗き込んでくる。
 顔が近くて思わず心臓が跳ねるが、私は何事もないかのように言った。

 つい昨日、ようやく退院の許可が降りた啓一郎さんは自宅で安静にしてくださいと言われている。
 普段から朝から晩まで医者として働いている啓一郎さんは正直言って仕事中毒だった。

 私の前では疲れた態度は見せないが、一緒に生活する中でよく目元にクマを作っていたり、ソファで寝落ちていたりする姿を見かけていた。

「今日は肉じゃがにしようかなって思ってます。退院したばっかりなのでなるべく消化に良さそうな物がいいかなって」

「それは楽しみだね。最近の紗雪、料理するの楽しそうだし、見ている俺も嬉しくなるよ」

「一人だとなかなか料理することあんまりなかったので考えもしなかったんですけど、最近は料理が趣味みたいになってきて。作るのが楽しいんです」

 元々は啓一郎さんの料理の上手さに対抗して密かに練習していたが、いつのまにか作ることが日課になり、趣味にもなっていた。スマートフォンで色んなレシピを検索して、新たな料理を開拓していくことが燃えるのだ。

「紗雪に新しい趣味ができてよかったよ」

 啓一郎さんは安堵したような声色で呟いた。バレエ一筋だった私に別の楽しみが出来て良かったと喜んでいる様子だった。

「それよりさ……紗雪はエプロン姿も似合うね。これって新しく買ったやつ?」

「はい。エプロンなんて前はせずにお料理してたんですけど、やっぱり油とか飛ぶので買っといた方がいいかなと思って」

 出かけた際に見つけた上品な小花の散った黄色をベースにしたエプロン。
 啓一郎さんはそのエプロンの背中の結び目のリボンを触りながら言った。

「かわいい。……今すぐ食べたいくらいに」

 耳元で囁かれ、思わず手元が狂いそうになる。全身が小さく震え、頬に赤みがさすのを感じる。

「だ、だめです! 今は料理の真っ最中なので危ないですから離れててください。それに、啓一郎さんは病み上がりなんですよ? た、食べるとか……そういうことは身体が健康になったときに……」

「そういうことってどういうこと?」

 一度手を止め、啓一郎さんに顔を向ける。彼は意地悪そうな表情で赤くなる私を見つめていた。

 甘々な啓一郎さんはごく稀に私に意地悪をすることがある。基本的にタイミングは私と数日間触れ合うことがなかったときや余裕がなくなったときなどだった。

 ここ最近はずっと病院暮らしだった啓一郎さんとはキス以上の触れ合いはない。もちろん彼の傷が心配だったということもあるが、病院という公共施設で破廉恥な行いをすることに抵抗があったからだった。

 だからこさ痺れを切らした啓一郎さんは私に意地悪してくるのだろう。

「もうっ、いじわるしないでください! わ、私だって啓一郎さんと……いっぱい触れ合いたいの我慢しているんですからっ」

 勇気を出して本心を曝け出すが、後半は照れが大きくて声が小さくなってしまった。俯きながら呟く。

「…………っ」

「……?」

 しばらくしても反応がなく、私は赤らめた顔を上げると。

「あ、あんまり見ないでくれ……」

 啓一郎さんの整ったその容貌は真っ赤に染まっていた。髪の隙間から見える綺麗な形の耳さえも、同じような赤色だ。

 どうやら照れているようで、私は思わず口元を緩める。幾度が啓一郎さんの照れる姿は見たことがあったが、ここまで顔や耳を赤らめることなどはほとんどなかった。

 貴重な啓一郎さんの姿に気を良くした私は思わずその薄い唇に己のものを重ねる。

「夜まで……まっててください。今夜は私がその……頑張りますから」

「……うん」

 啓一郎さんは素直に頷き、私の首元に顔を埋めた。まるで甘えん坊の子供が出来たようで、私の心は愛おしさで苦しかった。
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