断罪のアベル

都沢むくどり

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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌

裏通り

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 あまりにも人が多い。
 これを人海と言わずしてなんと言おう。
 やはり俺の計画に狂いは無かった。早朝にでなければ到着するのが今より遅かっただろう。

 唯一の誤算は帰りをすっかり入れなかった事である。

 どうやって帰ろうか?

 思案していると薄暗い通りが見えた。はたして宿まで繋がってるだろうか。繋がっていなくともこの密集地帯から離れられればそれで妥協できる。まだ北ブロックの表通りしか把握できておらず、裏通りは調べてないので調査名目で入ることにした。


 じめじめした空気の中、カビの臭いが鼻から入り、俺を不快にさせる。

 タン、タン、タン、タン。
歩く旅に木霊する靴の音。周囲の建物はおおよそ民家とは思えないくらいに汚れた石造りの家。

 カン、カン。
中から何か作業する音が聞こえる。鍛冶屋だろうか?裏通りでやっているあたり、許可を貰ってないのだろう。


 これが国の光と影。発展すればするほど、貧富の差が増していく。貨幣経済が産み出した矛盾。持つ者は更に持ち、持たざる者は落ちていく。

 もちろん、金を持っていても没落する貴族、商人、一から築き上げ成功した平民はいるがそれは氷山の一角ほどだ。俺は持ってない方だがまだ幸せだ。なんとか食いつないでいるしな。

 だが明日は我が身。それを覚悟しなければならないと今、改めて思い知った。

 何度か道を曲がり歩く。そしていつも同じ光景が目に入る。

 道の端には魚や肉の骨、壊れた家具、割れたガラスや陶器が散乱していた。道は何重にも分岐しており、正直迷ったかもしれない。でも真っ直ぐ進めばつくはずだ。曲がってもなるべく向かってる方角は記憶してるはずだし。

 うん、大丈夫さ、多分………。

 早起きしたせいか、少し眠い。あくびを噛みしめようと頭を動かした瞬間、
何か光るものが左から頬を掠めた。

 頬に手を当てる。すると左手が真っ赤に染まった。

 自分が傷を負ったことを理解したのは投げられた凶器が右側の壁に当たり、嫌な金属音を奏でた直後だった。

「ほぉ、運がいいな。よく耐えられたもんだ。首を狙ったつもりなんだがな」

 暗くて先が見えない道からそいつは姿を表す。声からして中年ぐらいだろうか。短剣を右手に、近づいて来た。ローブのフードを被っており、素顔がよく見えない。

 裏通りに入る時、俺もフードを被って今に至るのでこちらもばれてないはずだ。

「何者だ?」

「答える義理は無い!」

 ナイフが三本飛んでくる。とっさに剣を抜いてはねのけるがその内の一本は弾く角度が悪く、前髪を数本切り落とした。

 だが、向こうはそれを見越して更に三本追加で投げ、四本を左右に回転させて飛ばす。しかもそのナイフの向かう先は壁。回転の速さと壁の角度を利用した投擲。

 この地形では圧倒的に不利だ。前から三本、後ろの死角から四本の刃が俺に迫る。

「チッッ!」

 迷う暇などない。ただ本能に従った。前から俺を襲おうとするナイフを一本だけ掴み、すぐに紙一重で他のナイフをかわす。右にある壁を蹴って跳躍。相手が壁を利用するなら、俺も使う。これには向こうも一瞬だけ驚く。その隙に手に取ったナイフを相手に投げた。

 すぐに着地して身を屈めて突撃する。相手は上に気をとられたのが致命的だ。後ろに回避されても剣のリーチがギリギリ届く範囲内。こちらの意図をようやく感づき、驚愕の表情を浮かべた。もう遅い、これで詰みだ!

「オオオォォォォォッッ!」

 だが勝利への一太刀を浴びせようとしたまさにその時。


「『プロテクティオ』!」


 その一言が戦況を覆す。光沢のある茶色の障壁が建物の壁と壁をふさぐように出現し、剣の行き先を食い止めた。

「なッ!?」

 安い剣を買ったのがいけなかったのか。障壁の強さと振るった威力に耐えきれず、剣がパリンと情けない音をたてて、粉々となった。慌てて後方にジャンプする。

「バカめっっ! その程度の力で倒せると思ったか!!」

 形勢逆転と見るや、歪めた口元をフードから覗かせる。


『プロテクティオ』
 その人間の属性に影響して発動させる、まるで磨かれた宝玉の如き美しさを持つ障壁。初級魔術だが、詠唱後、すぐに発動し、またその便利さから、一流魔術師でさえ多用する防御特化型魔術。
今の場合は、茶色だった。

 つまり土属性か。まずいぞ、剣が砕けた以上、投擲剣が四本しかない。投げるより斬る方が得意の俺にとってあいつとの投擲能力は雲泥の差だ。斬って戦うにもリーチが足りないし、『プロテクティオ』を使われれば障壁を張ってる部分はそれを越えた力でないと弾かれる。マナもまだまだあるだろう。

「死ねェェェェェェッッ!」

 動体視力では認識しきれないほどの大小様々なナイフを俺に向かって射出。恐らく、身体中に暗器を仕込み、いつでも発射出来るよう備えていたのだろう。

 だがもう、いくら考えようと、この数は対処しきれない。
 
 俺はここで終わるのか…………。

 そう思い、目をゆっくりと閉じる。最後に浮かべたのはどうしても会いたい家族の顔だった。



「『アルマス・ウィンディオ』」


 どこかから静かな声音が耳に届いた直後、強烈な突風が辺りを襲う。目を開けた時には無数のナイフが俺とナイフ使いの間に落ちていた。

 そして俺達の間へと、十字路の右側からゆっくりと歩いて止まる。

 まだ大人になりきっていないような年齢に見えるが、人を引き付けるほどの整った顔立ち、透き通るような青い瞳。暗い裏通りでもよくわかる金の髪。スタイルも成長途上であるが全体で見るととても綺麗だ。

「まだ続けるつもり?」

 こちらからはどんな表情か分からないが、ナイフ使いが後ずさりする辺り、睨み付けているのだろうか?

「顔は覚えたぞ、次に会った時、それが貴様の最後だ! 命拾いしたなッッ!!」

 そう悪役の定番捨て台詞を吐いて、ナイフ使いは逃げた。裏通りは暗いためすぐにその姿が消える。

「この度は助けて頂き誠にありがとうございました」

 地面は汚かったが、そんなのは関係ない。助けてもらった恩義に報いねば。片膝立ちでこうべを垂れる。

「私は、大したことはしてない。何もそこまでしなくても…」

 慌てて俺を起こす。

「いえ、助けてもらった以上、何か恩返しをしなくてはいけません」

「じゃあ、それは後でいいわ…。とりあえず、ここから出よう!しゃべり方も普通で大丈夫よ」

「そうですか、いやそうか。分かった」

「よしよし、それじゃあ付いてきてね」

「宿に帰りたいんだが…」

「じゃあ今、さっきの恩を使わせてもらうわよ」

 こう言われては仕方がない。仇で返す訳にはいかないからな。どこに向かってるのかは皆目見当もつかないが後ろをついて歩く。

 先ほどまで命のやり取りをしてたせいか、全く気づかなかったが、優しい声だ。服装は青を基調としたドレスアーマー。そして何より中央に何らかのエンブレムが刻まれた黒のカチューシャがまた可愛い。年頃だからおしゃれも行き届いている。

「ねぇ」

「はい?」

 少女が首だけをこちらに回して俺を見る。

「次に邪な目線で私を見たら斬るからね」

 可愛い声なのであまり怖く感じない。でも、俺の前にいるのに何でわかるの?そもそも嫌らしい目で見てませんよ。

「フフ、女は男の下卑た視線なんてお見通しなんだから」

 女の勘って鋭いな。男には理解しがたい。だから下卑た視線ではない!
いつまでもこの話も嫌なので、別の話題に転換しよう。

「それにしてもアルマスクラスの魔術を使うなんてすごいな」 

「いや、一系統に集中させた方が極められるし、私は生まれつき風属性の因子を持ってる。だから習得もすぐよ」

 魔術は基本、火、水、雷、風、土の五大属性に分かれていてそれぞれ相性があって光や闇など稀な物もある。因子とは魔術を使えない農民ですら持っている、その者の適性であり、これによって属性の扱い易さが変わる。威力、発動時間などが左右されるので、それだけに進めばもちろん魔術の習得も楽だ。

 だが、一つの道を進めば強くなれるほど魔術の道は甘くない。弱点がわかってしまうからだ。

 だから、魔術を使う魔導師、魔術士や貴族、騎士は複数の系統を覚える。

 ただあまりにも沢山の種類を同時に覚えるのは困難なのでせいぜい2、3属性だ。

 更に基本属性には強力な魔術になるごとに、アルマス、ラミリス、エルザスと基本名称の前に付く。

 そもそも、魔術を覚えた所で使える訳ではない。膨大な努力、才能、本人のマナや発動威力、そして発動するために必要な魔術回路。魔術に秀でた名門の家は、生まれながらにして才能が高いので、魔術回路に障害がない限りは優秀になるのは間違いないだろう。

 例外はあるが。

 まぁ、ともかく今、前で歩いてる彼女は秀才か天才の類いなのだ。

「魔術の強化名称まで知ってるのね、あなたどこの出なの?」

「辺境で魔術師やってるとこの次男坊だよ」

 なんか俺の出身についてさっきも質問されたなぁ。魔術について言わなきゃ良かった。

 ちなみに魔導師と魔術師の違いは、王家に仕えてるか、それ以外かの些細な違いだ。魔導師も隠居や山籠りをして王家から離れれば魔術師に格下げとなる。

「だからなのね、でも何でさっき魔術を使わなかったの?」

「……………………………………」

「ご、ごめんなさい。不躾な質問だったわ……」

「いや、いいよ。君が気に病むことはない……………」

 しばらく無言で歩く。二人の靴音だけがこの静寂な世界に音を奏でる。





 結局、裏通りから出るまで何も話さなかった。
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