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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌
秩序で守られる肯定された殺戮 5
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「あ、そうだ。アベル、あなた馬に乗れる?」
唐突にそんなことを言ってきた。
「あぁ、一通り乗りこなせるけど…………」
「今、メイドが2頭連れてきたから片方を貸してあげる。大事にしてね」
カレンの指差す方向には白と茶の2頭の馬を引いてこちらにやって来るメイドが一人。
黒い髪に黒い瞳、ナツメさんやツバキちゃんと同じ、アズマの民だろうか。
ちなみに少しあきれてしまったのか、ぼっちゃん貴族は片手で顔に手を当てて、ため息をついていた。
「カレン様、ご命令通り、馬を2頭連れて参りました」
「ご苦労様カエデ、悪いわね」
「いえ………、これも主であるあなたのためなら」
少し顔を赤くしたカエデがうつむく。
「照れちゃって可愛いわね。さ、アベル。行くわよ」
「アベル……………………?」
俺の名前をカレンが言った瞬間、カエデが急に我に帰り、こちらを凝視する。その瞳は先程までの主への見方とうって代わり、猛禽類を想像させるような怖い目付きになっていた。
「?」
一瞬の沈黙。カレンが不思議がって俺とカエデを交互に見る。カエデに視線が向かったときには既に怖い目ではなかった。
「それではカレン様、名残惜しいですが、これから用事がありますので、これで失礼いたします」
深々と頭を下げる。
「えぇ」
きびすを返し、帰路へとゆっくり歩き出す。
だが、俺とすれ違う時にこんな恐ろしいことを言ってきた。
「どこの馬の骨か知らないけど、お嬢様に取り入ろうとか考えるなよ。もしそうなったとき、すぐに殺してやる」
俺にしか聞こえないほどの、呪詛のような恨みを込めた小声が俺を威圧する。
どちらにせよ今のところ、いや今後出世コースへのレールにチャンスがあっても乗らないつもりだ。
俺は普通に生きて、普通に死ぬ。飢えに喘ぐこともなく、権力闘争に神経をすり減らすこともなく、革命で地位が無くなることもない、極端な貧しさや富みを望まない、平凡で平和な中間の生活。そんな幸せを、俺は欲する。
逆に言えば俺は、俺が望む幸せを掴むためなら、ある程度の覚悟は出来ている。
ぼっちゃん貴族は何かの利益の為に、カレンは領地を守るために戦うが、俺は俺の進む未来の為に戦う。
いかに原因が可哀想な盗賊だとしても、こちらに刃を向けるなら、俺は徹底的に叩き潰し、命すら奪うだろう。
残忍な性格だ。自分自身そう思う。
だがこれは仕方のないことであり、誰もが持つ深層心理だ。
どんなに不殺生を貫こうとしたところで、殺されそうになれば人は殺人をする可能性もある。また、我々が生きているのは、何かを犠牲にしたからだ。食べ物は内面的な問題だから、人はそれを悪いことだとは思わない。自身が生きる為に、他のものを殺す。
倫理観の問題で、他の生物を殺すのに、人は環境により都合のいい解釈をする。
俺もまたしかりだ。この考えが間違っているかも知れない。人は愚かだ。どんなに完璧だと思っていた答えも、単なる思い込みで実は間違っている、そんなことが当たり前に起こる。
だが、前回の盗賊との戦いで、俺はそれをつくづく学んだ。
そして悟ってしまった。
個人の行動では罪になることでも、権力者、及び大勢力が肯定すれば実行役は法と権力者の庇護のもと、殺害が黙認されてしまうことに。
秩序で守られる肯定された殺戮。
権力の影がいかに汚いかと再認識させられてしまう。
その実行役の一人である俺が深く悩むのもおかしいだろう。
しかし、ただ普通の幸せを手に入れるために、離れていたはずの嫌な世界の境界線。そこに再び足を踏み入れるかもしれない自己矛盾に少しだけ苛まれた。
唐突にそんなことを言ってきた。
「あぁ、一通り乗りこなせるけど…………」
「今、メイドが2頭連れてきたから片方を貸してあげる。大事にしてね」
カレンの指差す方向には白と茶の2頭の馬を引いてこちらにやって来るメイドが一人。
黒い髪に黒い瞳、ナツメさんやツバキちゃんと同じ、アズマの民だろうか。
ちなみに少しあきれてしまったのか、ぼっちゃん貴族は片手で顔に手を当てて、ため息をついていた。
「カレン様、ご命令通り、馬を2頭連れて参りました」
「ご苦労様カエデ、悪いわね」
「いえ………、これも主であるあなたのためなら」
少し顔を赤くしたカエデがうつむく。
「照れちゃって可愛いわね。さ、アベル。行くわよ」
「アベル……………………?」
俺の名前をカレンが言った瞬間、カエデが急に我に帰り、こちらを凝視する。その瞳は先程までの主への見方とうって代わり、猛禽類を想像させるような怖い目付きになっていた。
「?」
一瞬の沈黙。カレンが不思議がって俺とカエデを交互に見る。カエデに視線が向かったときには既に怖い目ではなかった。
「それではカレン様、名残惜しいですが、これから用事がありますので、これで失礼いたします」
深々と頭を下げる。
「えぇ」
きびすを返し、帰路へとゆっくり歩き出す。
だが、俺とすれ違う時にこんな恐ろしいことを言ってきた。
「どこの馬の骨か知らないけど、お嬢様に取り入ろうとか考えるなよ。もしそうなったとき、すぐに殺してやる」
俺にしか聞こえないほどの、呪詛のような恨みを込めた小声が俺を威圧する。
どちらにせよ今のところ、いや今後出世コースへのレールにチャンスがあっても乗らないつもりだ。
俺は普通に生きて、普通に死ぬ。飢えに喘ぐこともなく、権力闘争に神経をすり減らすこともなく、革命で地位が無くなることもない、極端な貧しさや富みを望まない、平凡で平和な中間の生活。そんな幸せを、俺は欲する。
逆に言えば俺は、俺が望む幸せを掴むためなら、ある程度の覚悟は出来ている。
ぼっちゃん貴族は何かの利益の為に、カレンは領地を守るために戦うが、俺は俺の進む未来の為に戦う。
いかに原因が可哀想な盗賊だとしても、こちらに刃を向けるなら、俺は徹底的に叩き潰し、命すら奪うだろう。
残忍な性格だ。自分自身そう思う。
だがこれは仕方のないことであり、誰もが持つ深層心理だ。
どんなに不殺生を貫こうとしたところで、殺されそうになれば人は殺人をする可能性もある。また、我々が生きているのは、何かを犠牲にしたからだ。食べ物は内面的な問題だから、人はそれを悪いことだとは思わない。自身が生きる為に、他のものを殺す。
倫理観の問題で、他の生物を殺すのに、人は環境により都合のいい解釈をする。
俺もまたしかりだ。この考えが間違っているかも知れない。人は愚かだ。どんなに完璧だと思っていた答えも、単なる思い込みで実は間違っている、そんなことが当たり前に起こる。
だが、前回の盗賊との戦いで、俺はそれをつくづく学んだ。
そして悟ってしまった。
個人の行動では罪になることでも、権力者、及び大勢力が肯定すれば実行役は法と権力者の庇護のもと、殺害が黙認されてしまうことに。
秩序で守られる肯定された殺戮。
権力の影がいかに汚いかと再認識させられてしまう。
その実行役の一人である俺が深く悩むのもおかしいだろう。
しかし、ただ普通の幸せを手に入れるために、離れていたはずの嫌な世界の境界線。そこに再び足を踏み入れるかもしれない自己矛盾に少しだけ苛まれた。
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