孤独な王女

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はじめの角を曲がる

成果と意地

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 なんだ、そういうことか。

 これまで曖昧だったのものが、すとんと全部型にはまった音がした。

「姉さま……」

 わかってしまった。全部。
<リエンちゃん、交代して。私から話すよ>
 目の前の男に言っておきたいこともできた。

(でも、姉さま)
<多分、この人なら大丈夫だよ。どのみち私がこれからもリエンちゃんの傍にいることに代わりはない。……それとも、私は信用ないかな?>

 ずるい言い方だと自分でも思う。私はリエンちゃんに嘘をついたことはない。けど……言ってないことは、ある。今、できてしまった。



 入れ代わって、閉じていた瞼を押し上げる。目の前に、小部屋からしか見たことがなかった顔がある。
 はじめまして、とにっこり微笑んだ。

「はじめまして。私はリエンちゃんに居候してる人格の、奈積という者です。とても大切な話がありまして、急遽代わってもらいました」






☆☆☆







 覚醒と言うくらいだから二重人格なんて想像してなかったんだろう。ベリオルは目を見開いて硬直していた。
 あえて、いつもリエンちゃんがしないような自信ありげな顔で座り直す。髪もついでに束ねてしまった。違うと認識されないと話が進まないので丁寧な仕草もなし。胡座まではワンピースでできないけど、不敵に笑うくらいはできる。荒っぽく、勇ましく。
 それが私のだと気づいたから。

「ベリオル、生きてる?」
「……リエン姫、では、ないのか?」
「ううん。同じだよ。あなたの言った『覚醒』が、私」

 とことん凍りついているベリオルを見て、ありがとね、と感謝する。これまで自分がなぜリエンちゃんの中にいるのかとか考えるのも必要ないと思ってたけど、やっぱり大切だった。何しろ私個人の進退に関わる。
 さて、信じなくてもいいから耳に入れといてほしい。

「三歳の時、私はリエンちゃんの中で目覚めた。幼いリエンちゃんから切り離され、独立した人格として。ここではない世界の記憶を持って」
「ここではない……?」

 お、復活が早い。これなら深く話せるかも。

「そう。私が奈積という名前で生きてた世界があるの。滅亡してたけどね。そこで奈積は生きて、死んだ。最期は瓦礫の下。ここまでは大丈夫?」
「………………なん、とか」
「よかった。それでね、私は

「…………は?」

<……姉さま?>


 二人の疑問は同じようで違う。ベリオルはそもそも認識から考えてるだろう。でも、リエンちゃんは……。

 リエンちゃんの中の、あくまでも一つの人格になったと思っていた私。
(ごめんね、リエンちゃん。今気づいたばかりなんだ)

 真実は違ったのだ。

「転生って言うのかな?私ははじめからリエンちゃんの中にいた。奈積の記憶を全部持って、リエンちゃんの幼い自我の下に、こっそりと。……多分、奈積として目覚めるのが早かったら、もしくは最初から目覚めてたら、あの異常な環境じゃとっくに心が壊れただろうし、リエンちゃんの幼い自我は消滅してしまっていた。…………それが急に浮上してきたのが、三歳の時」

 リエンちゃんがはっと息をのむ音がする。
 あの時のリエンちゃんは体も心も瀕死だった。私が希望を見せる前から、既にひびだらけだったのだ。
 どうして目覚めたのかは、知らない。抑えきれないほどぼろぼろだったからか、もしくは……信じたくもない神さまの仕業か。ぎりぎりにならないと手を出さない神さまなんて願い下げだから、やっぱり否定しよう。

「一度目覚めて、すぐまた抑え込まれて……。次に目覚めたのは、リエンちゃんがクソババアに冗談抜きに殺されかけてたとき。……ベリオル、言ったね?『早熟にならざるを得ない理由がある』って」

 あ、クソババアって言っちゃった。やっぱりリエンちゃんの顔だと破壊力凄まじいよなぁ。ベリオル、顔ひきつってる。

「全部私が持ってた。客観的な認識も過去の記憶も。持ってないとリエンちゃんが死んでた。けど、あのときはそれすら関係なくて死にそうだったから、奈積わたしが目覚めた。奈積だった私が、早熟の証なんだよ」

 だから初対面でネフィルを負かした。こっちが負けるわけにはいかなかったから。

 奈積まで負けたら、リエンという存在は、誰かの駒になり酷使され奴隷のようになるか、心を壊され廃人になるかの二択しかなかった。どのみち言えることは、負けたら破滅。勝ったら事態が多少好転したからよかったものの。


「……では、ナヅミであるあなたも、リエン姫であるということか」

 あ、お前って言わないんだ。すごく慄いている。
 でも理解力すごいな。さすが似たようなことを経験したらしいことはある。この人だって何も言わないけど早熟だったはずだから。じゃないとあんな確信をもって告げられるわけがない。

 答えを求められて、わずかに口ごもった。もともと言うつもりだったけど、いざとなるとためらわれてしまう。だってリエンちゃんが悲しむ。


「……そう、そうして、いずれ奈積という個人は消えていく」

<――姉さま!!>

 悲鳴が聞こえる。切り裂かれるような悲しい泣き声。

「徐々に私の意識はリエンちゃんと統合されつつある……。人格の交代だって、最初は強引にでもできたけど、今はリエンちゃんの許可がないとできない。たまに声が届かないことも出てきた。私の存在は希薄になり始めてる。……リエンちゃんが成長して奈積という経験を受け入れる態勢ができはじめてるってことなのかもね」

 心当たりはあるでしょう、リエンちゃん。

 よく分からないといった顔の男を改めて見る。これだけは言っておきたい。
「ねえ、ベリオル。あなたを負かしたのも、今回の麻薬の件で色々成果をたてたのは、奈積じゃなくて、リエンちゃん自身。私の知識も経験も活かして、ばらばらの素材を組み立てて積み上げたのは、間違いなくリエンちゃん自身の功績なんだ」

 そういう風に絡まり、まとまり、溶け合い、一つになる……。
 最後には「奈積」という個は消滅する。

「わかるね?ネフィルを負かした私が消滅しても、今回の功績はリエンちゃん自身の手柄。しかも私自身も溶け合ってるから性格も似てる」

 にっこり笑う。徐々に理解の色が差しはじめた時が、絶好の機会。
 ほら、今だ。


「――これから舐めた真似してみろ。それは自分で破滅を呼び込むものと心得ろ」


 






「……と、まぁ脅しはこの辺にして」
 無駄な抵抗はするなよ?と睨むと、ベリオルは首振り人形のようにこくこくと頷いた。
 情けない大人だなぁと、追い詰めた側だけど思う。あんまり怖がってるとこれからやりづらい。

「怯えないでよ。リエンちゃんは基本的に人畜無害なんだから。今回は盛大に地雷踏み抜いたバカがいたからこんな結果になったけどさ。あなたはもう、リエンちゃんの逆鱗をわかったでしょ?」
「……分からされた、と言った方がいいと思うが」
「変わんないよそんなの。あ、この話、ネフィルにもしておいてね。あなたたちだけは、今のところ巻き添えにしたくないから」
「……言われなくともそのつもりだ。ナヅミ、として別の世界に生きてきたと言ったな。この世界とはどう違うんだ?」
「さあ?後宮で世界が完結してるからなぁ。ああ、でも文字は違うし、多分言語系統も全部違うね」

 まぁ見聞きについては慣れなんだろうけど。
 道理で文字は知らないのに言葉がわかるわけだ。「リエン」として生まれてないとこれもつじつま合わなかったなぁ。

「あと、麻薬の認識は同じっていうのは今日わかったかな?犯罪なんでしょ?」
「ああ、そうだ。ひどいと死罪だな」
「へえ。医療に転用はしてる?」
「どういうことだ?」
「微量なら感覚が一時的に鈍るだけだからさ。麻酔っていって、切開とか縫合の時に便利なんだよ」
「それは知らなかったな。……代わるものがあるから、発達しようがないな」
「じゃあ徹底的な規制対象なんだ」
 びっくりする。ああ、これが異世界というものか。抜け穴もなく完全アウトだから取り締まるのは楽だろうなぁ。

 とかのほほんとしてたら、ベリオルが久々に真剣な顔でこちらを見ていた。
「提案……というか、確認があるのだが」
「何?」
「後宮を出ていくつもりはないか?」
「ないね」
 即答した。
 そんなこと微塵も考えちゃいない。私も、リエンちゃんも。驚くベリオルには悪いけど。

「私たちが出ていくのは。それに誰かに手を借りるのもごめん。どんなに辛くても、痛くても。私たち自身が意地でも自分の手で奴らを追い詰めて、追い出して、解放されないと出ていけないよ」

 今後宮を出るとしたら、それは「出た」のではなく「出してもらった」になる。それではダメなのだ。

「……でも、ね。リエンちゃんが予想以上に寂しかったんだよね。ここまで諦めてるとは思ってなかった。多分私さえいればいいとか、思ってるんだろうなぁ……」

 謝罪を根本から受け入れなかったのには、私だって驚いたのだ。
 幼いリエンちゃんの受けた傷は、深くて重くて、まだずっと膿んでいる。

 ……私が消えたら、この子はどうなるんだろう。私の能力より経験より「個」を求めてしまったこの子は。



「ねえ、私からも提案がある。いつか後宮から出ていくとき、受け入れてやって。今この子を守れるのはあなたたちしかいない。手は貸さなくていい。手出しもダメ。でも、見守って。この子のこれからやること全てを」

 私がいなくなった世界を歩いてもらうために。





 沈黙が降りた部屋で、ベリオルはじっと何かを考え込んでいた。私の提案に、まだ返事はもらってない。
 長話してたから、もうお昼は過ぎてる。でも人払いしたからご飯出てこない。
 ……お腹すいた。

「ベリオル、お腹すかない?」
「……ああ、そんな時間か」

 ちゃり、と懐から懐中時計を出して時間を確認するベリオル。え、そんなもんあったの。いいなあほしいなあ文字盤読めないだろうけど。

 じとっと見てたら、ベリオルが懐から別のものを取り出して、二人の間の机の上に置いた。
 緑の紙できれいに包装されてるけど、これ、何さ。

「ネフィルからの差し入れだ。渡すの忘れてたな」
「え?」
「『今でもとかげ食べてるんじゃないだろうな。まともなものを食べなさい』って伝言もらったんだが、リエン姫、あれ食うのか?」
「美味しいよあれ、以外に慣れたら味が出るし――って、え!?知ってたの!?」

 がたっと飛び上がった。まずいまずい。見られてないと思ってたのに。もしかして、初めて会った日か!復活初日だから、晩ごはんにリエンちゃんに訓練がてら捕まえさせたんだっけ。ああーしくじった。

「お前……美味しいって」

 口調が戻ってるぞとからかいたくなったが、ドン引きしてる顔なのでさすがにやめた。

「奈積として生きてた世界は滅んでたの。まともなごはんもなし。虫でもとかげでも何でもサバイバルよ。それに落とされたり毒入りだったりまともなごはんがでないんだから仕方ないじゃん……って、顔!怖い!」

 気づけば強面が五割増しの迫力になっていた。失言に気づいて焦るが後の祭りだ。

「ほう……?落とされたり、毒を盛られたり?他には?」
「いや、ないから!どのみち屑どもの処分は私たちが自分でやるから!!」

 今すぐ血祭りにあげてきそうな顔だ。どんなに怖いもの知らずな子どもも逃げ出すぞこれ。
 すると至極残念そうな顔でぼそっと呟かれた。

「ネフィルじゃなくても後宮を破壊したくなるな」
「毒にも慣れたし!サバイバルできてるから!!是非とも安心してほしい!!」

 こいつらとんでもないぞ。見守って、なんて言ったけどあまりひどいと先に潰されるかもしれない。……いや、心配はありがたいんだけどね?おちおち冗談も言えなくなるかもしれない。

 話を逸らそうと差し入れの包装を丁寧に開ける。すると、子どもの手で両手ですっぽり覆える大きさの玉虫色の缶と、何かカードがこぼれた。
「何これ」
「見してみろ」
 手渡すと、ベリオルは白いカードに書かれた文字を目で追い、何も考えずにそれを読み上げた。

「『二年分の誕生日プレゼントも兼ねて、今度服を贈りたい。どんなのがいいか目の前の男に伝えておけ』……っておれかよ。おい、事後承諾」

「……いや、誕生日って。もうすぐ六歳になるんだけど。あと二日で」

 先程までとは別種の沈黙が降りた。賢い二人はネフィルの動向などあっさり看破する。

「忘れてるよね?絶対ネフィルってボケてるよね?」
「あいつ……。いや、まあいい。おれから言っとくわ。あいつ、お前のことになると途端にポンコツになるな。三年分で請求していいぞ」
「なら食べ物がいい。長期保存できるもの。服は別にいらない」
「お前もさっぱり切りやがる……」

 缶を開けると中にはお菓子らしきものが詰まっていた。ぎっしりと。
「この包まれてるのは飴?」
「そうだな。その焼き菓子はクッキーだ。あいつの得意なやつだな」
「え?これネフィルが作ったの?」
「あいつ、よくリーナ嬢にせがまれてこれ作ってたんだよ。リーナ嬢もネフィルのクッキーはよく食べてたから、あいつは料理これしかできん」
「……なんというか……」
 あの無表情に似合わないとクッキーをかじると、とても美味しかった。
「美味しい!」
「わかった、伝えとく」
「え、嫌な予感しかしない待って」
「プレゼント食べ物でいいって言ったから、クッキーの山でも届きそうだな」
「私もそれを考えてた!待って!保存!長期!」

 お腹を満たすには足りないけど、リエンちゃんが味わう分も残さなくてはならない……くう。
 もぐもぐ食べて、飴で空腹感をごまかしていると、この無駄な雑談で言いたいことをまとめたのか、ベリオルが仕切り直すように咳払いをした。

「では、提案し直したい。お前の言い分も考えてだぞ」
「どんなの?」
「暇なとき、外宮に遊びに来い。部屋はネフィルの部屋で。字だって礼儀作法だって、教えてやる。ここに二年もいて身についてないなら別の方法をとるべきだと思うんだが」
「字はわかるけど……礼儀作法?」
「お前、挨拶でやったのは侍女の礼だぞ。王女が公の場でそんなことしてみろ。つけこまれる隙を生むだけだぞ」

 仰天した。侍女の!?あ、でも確かにあれ侍女の服着てたから……。うわあ。

「教えるのは必要最低限。まあ、おれかネフィルしか教えるやつはいないから言葉遣いを女性らしくは無理だから……まあ独学でやってもらうとして。敬語も勉強し直せ」

 これなら、過干渉でもなくお前にとってもいい案だろう?

 確かに、と頷く。ちょっといたずら心に「もし拒否したら?」と聞くと、「後宮破壊一直線だな」とためらいなく言われた。過激すぎる。

「いや、待って。分かったって言いたいんだけど、決めるのはリエンちゃんなんだ」
「姫はなんと?」
「……ずっと塞いでる。私が消えるって知っちゃって、今引きこもり中だね。今すぐ返事は無理だよ」
「……そうか」
「ねえ、とりあえず、ひと月後にまたネフィルの部屋にいくよ。返事はそこで言う。それでどう?」
「くれるだけでもありがたいな。……無理はしないでくれ。プレゼントは用意させておく。気軽に来てくれ」
「努力はするよ。うん、ありがとう」

 この時初めてベリオルはにっこりと笑い、私の頭を撫でてくれた。



「おれは、お前の勇姿を囮っていう一番近いところで見といてやるよ」

 そう、からっと言って。


 ベリオルも出ていき、部屋には私一人が残された。   
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