フォギーシティ

淺木 朝咲

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八章 希望と叡智の街

蒼炎

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「ちょ、家は壊さないでね!?」
 リーエイが叫ぶと、シャーマがリーエイの方を向いた。
「ああ? 誰だお前。ここお前の家か?」
「そうだよ! あの子が狙いなら、もっと広いところ行ってよ! じゃないと………」
 ──「時間詐称タイムラグ」。
「なっ……」
 景色が急に薄暗い森に変わった。
「「記憶呼出バックアップ」──その森からお前を出してやらねぇ」
「は!? リーエイ!」
 これには思わずユーイオも焦るが、叩いても蹴っても空間が変わることは無かった。きっと家の中のままなのだろうが、リールの「記憶呼出」をリーエイの「時間詐称」で映像ではなくより強固に、永久的なもの──空間そのものにしているとしたら、どちらかが倒れるまでここから出すつもりは無さそうだ。
「っはは……良いなアイツら、気が利く」
「………」
 もっとも、僕の「輪廻」一発で数分は消していられるのだが──そんなことをしたら家が滅茶苦茶になる。それは避けるべきことだと僕がわかっているのを二人は知っているからこそ、こんなことをしたに違いない。それなら、一歩も引けない。負ける訳にもいかない──!
「燃えるなぁ?」
「っく……」
 熱い。彼の足の一振が、生み出す風全てが熱くてたまらない。
「どうした? あれだけ煽れるなら俺とまともにやり合えるだけの力はあるだろ?」
 ぼっ、ぼぼっ、と一挙手一投足すべてに炎を纏わせ彼は笑う。接近戦はカーラマンも僕も得意ではない。
「シャーマ……お前はどうして最上層者に仕えてる?」
「簡単だ。あの方こそこの街を統治するのに相応しいからに決まってる!」
 ごおっ、と蒼炎が僕を囲むように広がる。
「燃え尽きろ!」
 上からシャーマが飛びかかってきているのがわかった。炎をまとった拳が僕の髪を掠める直前、僕はしゃがんだ上で僅かに左へ移動した。
「お前は目も頭も悪いんだな。──「輪廻サムサラ」」
 直後、炎はシャーマの体を纏っていた分まで消え去り、ユーイオはシャーマと距離をとる。
「お前……厄介だな」
「前前世の魂はさっき殺したサージュと知り合いだった」
「前前世?」
「そう。だから前世はお前が敬愛する奴の姉だ」
「!!」
 シャーマは殴りかかろうとした拳をすんでのところで止めた。
「そうか、お前があの方が探し続けていた「姉さん」なんだな?」
 ならば、とシャーマは笑う。そして、予想外のことを言った。
「なら尚更生かしておけない」
 ごうっとシャーマが纏う炎は大きくなり、そのままユーイオに突っ込んでくる。
「!? 敬愛するなら僕を殺すのはおかしいだろ!」
 なんとか「雷霆」でシャーマの拳を受け止め、弾き返す。
「っ………持ってるなんて聞いてないな。本当に何者だ?」
「ただの世界一不要な人間さ」
 拳をぷらぷらと振っていることから雷が全く効かないわけではなさそうだ。それなら──距離が離れたらすぐに雷撃。
「ぐあっ!」
 すたすたとシャーマに歩み寄ったユーイオは、シャーマに攻撃の隙も与えず「雷霆」の柄で突き飛ばす。距離が離れた途端雷の雨がシャーマを貫く。
「今日は雷が多いな」
 さて、普通ならこれを耐え抜くのは至難の業だ。しかし、相性もあってかシャーマは血を流しつつも立ち上がった。
「………面倒くさいな、僕飽きてきたんだけど」
「俺はお前が厄介で仕方ない」
「そろそろ異能の名前教えてくれてもいいんじゃない?」
 攻撃をいなし、時々「雷霆」を顕現させてユーイオは上手く攻撃の直撃を防いでいる。
「……「業火ホーレンブランツ」の名を知ってどうする?」
「気になっただけ」
「つくづくお前の態度は癪に障るな」
 つんとしたユーイオの態度に、シャーマの炎はどんどん昂っていく。
 ──ああ、イライラする。お前のようなお高く止まった奴の態度が本当に気に食わない。そういう傲慢な奴ほど足元を救われやすいのに、本当に愚かなのはお前だと言うのに!



 ──寒かった。暖を取りたくて仕方なかったと思う。巨大な船に乗って凍りつく土地をひたすら航路の探索をしていたと思う。すぐに終わって、帰ってこれると信じていた。だからこそ絶望した。
 気がつけば凍土ではなく、この霧だらけの街にいた。寒くて死んでしまう、暖を取りたいと思い続けていたせいか、身体から発火するようになってしまった。しかし、何故か炎は青い。自然と自分から出ている炎を熱くは感じなかった。むしろ、炎が体内にある感覚がして心地よいとさえ思えるほどだった。
 自分どうしてここにいるのか、どのように過ごしていたのかの記憶が曖昧な部分もある。だが、氷だらけの寒い土地を大きな船で航海していたことは間違いないはずだ。寒くてたまらなかったことだけははっきりと覚えている。
「お前が………っ…………お前がああああああああぁぁぁ!!」
「んだよ何もしてないってば」
 冷静さを失い、シャーマは滅茶苦茶な攻撃を繰り広げる。殴り掛かり、蹴り掛かり、炎をユーイオに向けて放つ。
「意味ないよ」
 しかし、その炎全てをユーイオは消し去ってしまう。
「っはぁ……はぁ………はぁ…………!!」
「落ち着け」
「お前がいるから!! あの方が狂い始めた!! お前のせいだ……お前の!!」
 言っていることがよくわからない。どうしてまともに会ったこともないのに、僕のせいでアイツが狂うんだ。元から狂ってたんじゃないのか。
「ある日突然「姉さん……? 姉さんがいる!」と喜ばれたと思ったらすぐに俺たちをこき使ってろくに特徴も教えて貰えないまま姉を探す羽目になって……見つからないと俺たちの努力不足のせいにする。俺たちはあの方と違って「姉さん」とやらの魂との繋がりも一切ないのにだ」
「それ以上愚痴を言わない方が……」
「黙れ! どうせ死ぬなら……全部お前に話して死ぬ。あの方のことだ、俺が使い物にならないことくらい肌で感じてるはず……」
「話さなくていいから続けるぞ」
 敵から情報を得られるチャンスにも関わらず、ユーイオはシャーマに立てと命じた。
「お前……」
「僕はこうなった以上一歩も引く気はないし、最後まで自分を信じて意志を貫くしかないと思ってる。だからそんな僕の前で愚痴を零して後退しようなんて汚い精神を見せるな」
 シャーマを睨みつける。
「……僕はユーイオと呼ばれてる。本名はどうでもいい。最下層出身で、六年前にここに拾われてきた。僕が前世を知ってるのは「輪廻サムサラ」の特性。……満足? 戦う気になった?」
 ひとまず嘘でもないが詳細さに欠ける情報を伝えておく。
「ああ……感謝する」
「で……炎だけなら無駄だから。何か工夫したら?」
 「雷霆」を構え、その身に生死を逆転させる力を持つユーイオは、百七十センチとこの街に住む大抵の異形から見れば華奢で小柄な体躯ながらも、その圧倒的な力で相手を畏怖させることは難しくなかった。だからなのだろう、気付かない間にシャーマも焦っていたのだ。
「ああ──「氷槍グラソン」」
「!」
 ぱき、とユーイオの足が凍りついて動けない。しかも、困ったことに「輪廻」で融かすことも消すことも出来ない上にシャーマの「業火ホーレンブランツ」でも消えていない。
「これならお前にも俺の炎が当たるだろう?」
「確かにこれは困るな。──僕が本当にただの人間だったらね」
「は?」
 ばき、と氷を割り、その勢いのままユーイオはシャーマの鳩尾を蹴った。
「…………!!」
 腹を抑え、がくがくと震えるシャーマの前にユーイオは立つ。
「技のレパートリーが少ない。直線的な動きが多い。自然の力ベースの異能なら尚更レパートリーと、動きで撹乱させないといけない。理不尽だと怒りを溜め込んで愚痴を零す暇があるならそれを改善する暇もあっただろ」
「く……そ………が……っ!」
 最早自分の攻撃は無駄だと突きつけられているようなものだった。ユーイオは「雷霆」も持たず、無防備な状態で目の前に立って、シャーマのことを見下ろしているだけなのに、それだけでシャーマには十分すぎるプレッシャーを与えている。
「要するに経験が足りない。絶望を知らないんでしょ。「ああはなりたくない」って傍観者のままで居ただけのさ」
「違う……っ! 俺だって……」
 ──何だっけ。あんなに寒くて、震えて、凍りついていたはずなのに。それがどうしてなのか、どこでそうなったのか、何も思い出せない。脳が焼け焦げるような感覚がした。
「手を出す相手を間違えて、忠誠を誓う相手も間違えて、それでもお前は「なんでこんな目に」って被害者意識を持つんだろ?」
 ユーイオは再び「雷霆ゼウス」を顕現させる。雷を纏わせ、その先をシャーマに向ける。
「安心して。死ぬのは案外怖くない」
「この野郎っ………舐めるな!」
「!」
 がっ、とユーイオの両足首を燃え盛る手がむんずと掴んで離さない。その間に、ユーイオの足首がどんどん燃えてその皮膚が爛れていく。
「……………」
 ユーイオはただじっと爛れていく自分の足を黙って見ている。
「それで終わり?」
「なっ……お前…………足が爛れてるんだぞ?」
「だから?」
 大きな金色の目が近付いてくる。少し長めの外に跳ねたブルーブラックの髪が金をよりいっそう美しく引き立てた。その美しさに思わずぞくりと来るものがある。
「お前には覚悟も足りないな」
 ふっ、と笑ってユーイオは立ち上がる。爛れた部分は勿論痛い。後で軟膏でも塗っておこうと思う。どこかの骨は牛乳飲んだら骨折治るって言ってたし、火傷も軟膏塗れば治るでしょ、知らんけど。
「誰かを殺したいなら殺されても文句言えないよ。誰かを殺していいのは誰かに殺されても構わない奴だけだから」
 「雷霆」をシャーマに向ける。少しでも触れれば丸焼けになることは間違いない。
「お前みたいなガキがそんな覚悟なんか……」
「あるよ。殺したい相手が居るから、殺されないように必死に生きるんだ。殺されても文句や言い訳が口から出ないようにさ」
 にぃっとユーイオが歯を見せるとふたつの満月が三日月へ変わる。シャーマは勝てない、と確信せざるを得なかった。
「死んだってちょっと長い睡眠と変わんないよ。元気なうちを朝としたら今は夕方。お前は今から長い夜を迎える。ゆっくり目を閉じてみろ」
 シャーマは言われた通り、目を閉じる。
「今は夕暮れ、黄昏時だ。夕方の橙と夜の紫紺が混ざるあの空を想像しろ」
「………」
「お前はそんな空を草原に寝そべって独り占めしてるんだ。素敵だろ? 眠くなっただろ?」
「ああ…………」
 それならもう何も心配は要らない。そう言ってユーイオは「雷霆」をしまい、「輪廻」でシャーマの魂を送った。魂を送り終えたその一瞬、ユーイオの指先がとても冷たく凍りついたような気がした。
「…………」
 リーエイとリールの異能が解除され、家の空間に戻る。呆然と自分の左手を見るユーイオをふたりは心配そうに見つめる。
「あのヒト、多分後天性だった」
「え?」
「一瞬、物凄く指先が冷たくなって。凍傷にでもなったのかとびっくりして見てみたんだけどそんな感じはしないんだよ」
 変でしょ、と言ってユーイオは左手の指先をリーエイに見せる。リールもリーエイの背後から指先を眺める。
「………確かに凍傷はしてないように見えるが」
「でもすっごく冷たいよ。あんなに炎に囲まれてたのに。……てか足! それ平気なの!?」
「あ」
 忘れていた。足首は爛れて皮がめくれている。歩こうとするととてつもない痛みが走った。
「メアルさんの軟膏って持ってる?」
「ああ、あるな」
「包帯と一緒に持ってきて」
 リールは困惑しつつも包帯と軟膏を言われた通り持ってきた。
「………っつぅ……!!」
 めくれた皮膚を必死に、なるべく元の状態に近付けながら戻していく。
「めくれた皮膚とめくれてない皮膚の境目に軟膏を多く塗って……めくれた皮膚の根元にも塗って………あとは包帯で固定、毎日替えないと」
 痛みに顔を歪ませながら、なんとか治療しようと奮闘するユーイオに、リーエイは疑問をぶつける。
「どうして「輪廻」で傷を消さなかった?」
「ああ」
 自分自身も「輪廻」の特性を完全に理解しきったわけではない。だが、リーエイはそもそもの根本的な部分で何か勘違いをしていそうだ。
「僕の「輪廻」の主な力は生死の逆転だからね。この皮膚の組織はまだ生きてるし、そもそも生死を逆転させる理由は生命の循環を促すためでもある。つまり、消した傷はいつか戻ってくるってこと……」
 それがいつになるのかはわからないし、だからこそ最上層者と対峙した時にこんな傷が戻ってきたら負け確イベント突入である。
「少しでも負けるリスクは減らしたいじゃん」
 そう言ってユーイオは両足の包帯を巻き終えた。幸いユーイオは黒い丈が長めのスラックスを普段着としているため、包帯はそこまではっきりと見えるわけではない。
「それよりも僕二連戦でお腹空いたからなんか作ってよ」
 そして、立ち上がってもう歩けるよ、とユーイオはキッチンへ向かった。
「………誰かを殺していいのは誰かに殺される覚悟がある奴だけって、誰が言ってたっけ」
「……………忘れた。そんな百年前のこと」
 ふたりはユーイオがシャーマに向かって言っていたことが、偶然にも大戦時の仲間が言っていた言葉と同じだったことに驚き、ぼんやりとその時のことを思い出していた。
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